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2部を大幅に改稿し、内容ががらっと変わってしまったため、
すでにアップしてあった数話分は修正後のものを投稿し直すことになりました。
また、2部の終わりまで予約投稿しました。
しばらく毎週月曜日18時の更新となります。
それ以降は更新ペースを速めるため、その時にまた告知させていただきますね。
ルシード連合国の若き国王陛下テオドール。
彼の暮らすアリンガム城の広大な敷地内には林があって、その中に白亜の離宮がひっそりと建っている。
そんなおとぎ話に出てきそうな館で、隠れるように暮らしている王妃が、一応この私、佐伯えみだ。
現代日本で過労死した私は、同時期に事故死した王妃の体に生き返りを果たしたのだけれど、なんと転生先の世界には『異世界人は災厄か希望をもたらす存在』という伝承が語り継がれていた。
もし私が異世界人だとバレれば、危険視され、場合によっては命を狙われる可能性もある。
そんな事情から、私は離宮に身を潜めて生活しているのだった。
とはいえこの生活、意外と悪くない。
いつでも好きな時に起きて、好きな時に眠れるし、離宮の周辺しか出歩けないとはいえ、周囲には散策するのにちょうどいい林が広がっている。
何より幸せなのが、日がな一日趣味である癒やしアイテム作りに没頭できることだ。
こんな生活、社畜時代には絶対できなかった。
それに交流できる相手は少なくても、精霊に生まれ変わった元の身体の持ち主エミリアちゃんがいつも寄り添ってくれているし、陛下も仕事の合間を縫って、ちょくちょく顔を見せてくれる。
とくに最近は、三日に一回、いや二日に一回……ん? あれ?
昨日も一昨日も陛下の顔を見ているな。
しかも今日もまた、陛下は離宮のサロンに顔を出してくれたので、今私たちは午前中に私が作った木苺のタルトを食べながら歓談しているところだ。
開け放たれたサロンの窓からは、初夏の乾いた風が時折吹き込んでくる。
私の隣に座った陛下は、窓の外の青空に視線を向けることもなく、それどころか侍女さんが用意してくれた紅茶に手も付けずに、楽しそうに私のことを眺めている。
「陛下、仕事は落ち着いたの?」
「仕事の量は変わらずという感じだけど、どうして?」
「最近よく遊びに来てくれるでしょう? だから、時間に余裕ができたのかなって」
「エミに会いたい気持ちを抑えられないんだ。エミの顔が見られるなら、多少の無茶ぐらいどうってことない」
「多少の無茶って……。まさか、この休憩時間の分を、夜遅くまで穴埋めすることになるんじゃ……」
陛下は返事の代わりにスッと目を逸らした。
「もう、陛下!」
出会ったばかりの頃に比べて少しはましになったとはいえ、陛下は相変わらず残業三昧で、その生活はブラック企業の社畜状態のままだ。
昔の自分と同じような日々を送る陛下を心配している私としては、見過ごせない問題である。
「そんな無理しちゃだめでしょ? 息抜きはもちろん大事だけど、お城から離宮までかなり距離があるし、移動だけでも結構時間かかるよね。お城でゆっくりするほうが休息になるんじゃないの?」
「それじゃあエミに会えないだろ」
「無理して私に会うより、休んでくれたほうがうれしいよ」
「俺としては『無理してでも会いに来て』って言われたいんだけど? はぁ……。どうしたらエミは俺にハマってくれるんだろ……」
少し不貞腐れた声で呟いて、陛下が私の肩にこてんと凭れ掛かってくる。
「……っ」
……こ、これは……!
不覚にもきゅんとしてしまった。
「え? 何そのかわいい反応」
「へ!?」
そんな反応していない。
というか私なんかより、今の陛下のほうがかわいかったと思うけど!?
「誤魔化そうとしたって、だめ。顔が真っ赤だし、明らかにポーッとなってた」
「そういう指摘はしなくていいのでっ!」
両手で顔を覆い隠そうとしたのに、その手を陛下に掴まれてしまう。
「俺の態度にドキッとしてくれたんだよな?」
「それはその、えっと……」
「なあ、エミ。もうその気持ちに流されちゃったら? 抗うだけ無駄だよ。俺は絶対にエミを籠絡するって決めてるんだから」
熱っぽい眼差しで私を見つめたまま、陛下が私の指先をきゅっと握ってくる。
ちゃんと彼と向き合うようになって、こうやって口説かれ続けて……。
恋愛を長年休んでいた私も、さすがにもう陛下のことを意識せずにはいられなかった。
陛下に迫られるとドキドキしちゃうし、さっきのように不意に年下っぽい振る舞いを見せられると、普段とのギャップにやられてときめいてしまう。
ただ、それが恋愛感情におけるときめきかと問われると、うーんとなってしまう。
陛下は若くて魅力的でキラキラしている。
でも、そういう美形アイドルにキュンキュンなる気持ちと、恋愛の好きとはやっぱり違う。
そもそも、陛下は一回り近く年が離れているのだ。
十七歳と二十八歳。
元の世界なら完全に犯罪! アウト! だめだめ!
陛下のことは好きだし、支えていきたいと思っている。
けれど、それを恋愛感情だと考えるとなんだかしっくりこない。
むしろ推しを応援する気持ちに近いような気がする。
年の離れた若いアイドルを、叔母目線で温かく見守る感じというのだろうか。
そう思ったら、すごく腑に落ちた。
幸せを祈っているし、できる限りのことをしてあげたい。
そうやって見守っていられるだけで十分満足。
恋愛となると、楽しく推しているだけじゃ済まないしね……。
恋を何年も休んでいたからか、そういう大変な世界に踏み込んでいくことに対して、転生した今でも私はかなり消極的だった。
推しとして、陛下を支えていく。
恋愛結婚ではない妻の接し方として、これはこれでとくに問題ない……はず。




