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58 新しいはじまり

『いますぐエミを離しなさい、色ボケ陛下!!』


 可愛い声の怒鳴り声を聞いて、目を見開く。

 待って。

 この感じ、覚えがある……!

 陛下とふたり、びっくりして顔を上げると――。


「えっ!? な、なに!? 白い……モフモフ!?」


 衝撃のあまり思わず叫ぶ。

 だって空の向こうから、ふさふさの毛をした小さなモフモフがものすごいスピードで急降下してくるのだ。

 子狐のような見た目のそのモフモフは、私の目の前までくると、ぴたっと動きを止めた。


『エミ、助けに来たわよ! 陛下に言い寄られて困ってたでしょ。私がやっつけてあげるから安心しなさい!』

「えっ……。え!? エミリアちゃん……?」


 声も見た目も変わっているけど、この感じ、この口調、エミリアちゃんとしか思えない。

 慌てて陛下を振り返ると、彼はげんなりした顔をして盛大なため息を吐いた。


「間違いない。これはエミリアだ。放つオーラがあいつと全く同じだから。――その見た目、精霊に転生したってことか」


 後半は白いモフモフに向かって放たれた言葉だ。

 白いモフモフはあまり長くない鼻っ柱をツンとあげてみせた。


『そうよ、どうやら私、悪霊になったのに正気を取り戻した特別な魂として、精霊に昇格させてもらえたらしいわ』


 昇格……。

 つまり人間が神様に変わるようなものだろうか。

 神話なんかではちょくちょく聞く話だ。


「エミリアちゃんはそれでよかったの?」

『もちろん! 人間より精霊のほうがずっと自由だし、言うことないわ! しかも精霊だからこうやって元の記憶を失わずに済んでいるし。おかげでエミとの約束をさっそく果たしにこれたのよ』


 大きくてふさふさな尻尾を振って、小さくなったエミリアちゃんが私を見上げてくる。

 驚きのあまり感情が追い付いていなかったけれど、やっと理解できた。

 夢みたいな奇跡。


 ――私、エミリアちゃんと再会できたんだ。


「……エミリアちゃん、また傍にいてくれる?」


 うれし涙で声を震わせながらそう尋ねると、柔らかい肉球が私の頬を拭ってくれた。


『安心しなさい。私はそのために戻って来たんだから。エミが陛下の毒牙にかからないように、しばらくは見守ってあげるつもりよ』

「毒牙って……。エミリアは俺を何だと思ってるんだ」

『エミがぽわぽわしてるからってその隙をついて付け込もうとする色ボケでしょ』

「ぽわぽわ!? 私そんなんじゃないよ!?」


 言われ放題な私と陛下は思わず顔を見合わせた。

 ああ、でも、この感じ。

 うれしい。楽しい。

 エミリアちゃんがいなくなってから一度も埋まることのなかった心の穴がすっと塞がっていくみたいだ。


「エミリアちゃん、戻ってきてくれてありがとう……!」


 私はたまらなくなって、彼女のふわふわな体を抱きしめた。

 エミリアちゃんは驚いたように私の腕の中でもそっと動いたけれど、それからすぐ私の首の辺りに鼻先をすり寄せてくれた。

 一緒に過ごした十日間では決してできなかったこと。

 私達は今、触れあえている――。



(第一部おわり)

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