57 七日後
――エミリアちゃんとの別れから七日、私はまだ静かすぎる日常に馴染めずにいた。
もちろん落ち込んでばかりいたら絶対エミリアちゃんに怒られちゃうので、日課にしていた散歩もラジオ体操もサボらずこなしている。
ご飯だってしっかり食べているし、調理場を覗いて料理長さんたちと話す時には声を出して笑うことだってある。
ただ心の真ん中にぽっかりと穴が空き、そこから寂しいという気持ちがずっと滲み続けているだけだ。
この想いにも時が経つほど慣れていき、いつか風化してしまうんだろうか。
それがいいことなのか、悪いことなのか、私にはまだわからない。
陛下は二日に一回は離宮へやってきて、私とお昼を一緒に食べて一時間ぐらい休憩してから仕事に戻るようになった。
まだ丸一日休むのは難しいみたいだけれど、陛下の意識が変わっただけでもすごい進歩だ。
何よりものすごく顔色が良くなった。その理由は明白。
「エミからもらったアロマミスト、昨晩もまた試してみた」
「今回で六回目だよね。さすがにもう結果は変わらないんじゃないかな」
うな垂れた陛下が、はあっと盛大なため息をつく。
ちなみに今日は天気がいいので、離宮の中庭にあるあずまやにお昼を用意してもらい陛下と二人で過ごしている。
離宮の侍女さんたちは皆一斉に解雇されたので、次の働き手が見つかるまでは、王宮の侍女さんたちにお手伝いにきてもらっているのだ。
もっとも今は陛下が人払いをしたあとなので、私達以外の気配はない。
「一応聞くけど、どうだったの?」
「いつもどおり。今回もまた気づいたら香水瓶を握ったまま、朝まで眠り込んでた……」
「ほらね。こうなるともう、偶然とは言いがたいよ。陛下は私のアロマミストを嗅ぐと、確実に眠っちゃうんだって」
「本当にエミの作るアイテムは興味深い…」
純粋な好奇心を抱いているらしく、陛下の瞳が楽しげに輝く。
まるで新しい生物を発見した学者のように、わくわくしているのが伝わってきた。
「陛下って魔法が好きなんだね」
「あっ。……悪い」
「なんで謝るの?」
「だってエミが好意で作ってくれたものを、実験道具のように扱ってしまったから」
「なんだそんなこと。気にしないで。私も謎効果のことは気になるし。それに陛下、ほんとに楽しそうな顔をしていたし」
プレゼントした目的は少しでも癒されてほしいと言うものだったけれど、どういう理由であれ喜びを与えられたのなら作ってよかったと思える。
それに本来の目的も、強制的に眠らせているという点では、達成できたと言えなくもない。
「エミに迫って困らせているときも、俺はすごく楽しいよ」
「よーく伝わってるよ! でもそういうときはもっと意地悪な顔してるからね!」
「どうしてだかわかるか?」
丸テーブルの上に置いていた私の右手に陛下がそっと触れてくる。
そのまま重ね合わせるように包み込まれて、指と指をからませられた。
「わっ、あ、あの、陛下……?」
「エミは困ると、赤い顔で瞳を潤ませて俺を見つめてくるんだ。それがたまらない」
「……っ」
「自分の態度が変わってきた自覚あった?」
気づかないふりなんてしようがない。
今だって指先から伝わってくる陛下の体温を意識しただけで、私の心はかき乱されている。
「陛下のこと、最初は子供だと思ってたのに……。いつの間にかそんなふうに見れなくなっちゃった」
やるせなくて、陛下を軽く睨む。
恥ずかしいし、落ち着かないから、自分でもなんとかしたいんだけど、どうにもならないのだ。
こんなはずじゃなかったのに……。
「それってつまり、今は俺を男として見てくれるようになったってこと?」
「ん!? ま、まだそこまでは行ってないかな!?」
ただ陛下の言葉に動揺して、振り回されているだけ。――そう思いたい。
「なんだ、残念」
そう言いながらも、陛下は楽しそうに笑っている。
「まあ、いい。もともと長期戦でいくつもりだったんだ。どれだけ時間をかけても、エミの心を必ず手に入れてみせるよ」
いつもより低い声で囁かれると、胸の奥のほうで言葉にできない想いがざわめくのを感じた。
その淡い感情の正体を見極めようとしたとき――。
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