56 別れの時
深夜の少し前。
仕事を切り上げて駆けつけてくれた陛下と三人で、バルコニーに出る。
『夜空に向かって飛んで行って、そのまま消えてしまいたい』
それがエミリアちゃんの望みだった。
「見送りはエミ一人でよかったのに。最後まで陛下の顔を見なくちゃいけないなんて最悪」
ブツブツ文句を言っているわりに、エミリアちゃんはそんなに嫌がっているようには見えなかった。心の中にたまっていた不満をすべて吐き出したことで、陛下に対するモヤモヤも消えてなくなったのかもしれない。
きっかけは陛下だと言っていたけれど、エミリアちゃんが本当に悔やんでいたのは、ままならない現状やそれに支配される自分自身だったのだから。
「気を遣うな、エミリア。おまえのために来たわけじゃないからな。エミリアがいなくなったあとで、落ち込むエミを励ましてポイントを稼ぎたいだけだ」
「ちょっと聞いた、エミ!? この男の小賢しい策略にハマったりしたらだめだからね!」
「ふふっ。今のは陛下の冗談だよ。本気でそんなこと思ってたら、私の前で口にするわけないもん。ね、陛下」
「いや、冗談というわけじゃ……」
なぜか慌てた顔をする陛下を指さして、エミリアちゃんが「ざまあみなさい」と笑っている。
今日のエミリアちゃんはよく笑う。
いつまでもこんな時間が続いたらいいのにな……。
けれど私の願いは神様には届かず、エミリアちゃんの体がキラキラと輝きはじめた。
金平糖のような小さな星屑がエミリアちゃんの体の周りできらめいているのだ。
「時間だわ」
エミリアちゃんは静かにそう言った。
「エミ、私の体を受け取ってくれてありがとう。それから……色々ごめんなさい。迷惑たくさんかけちゃったわ……。エミがいなかったら私は間違いなく悪霊になっていたわ」
「エミリアちゃん……」
「私、あなたに会えて本当に良かった」
「うん、うん! 私もだよ……!」
「いい、エミ? その体はあなたのものよ。あなたが望むままに生きなきゃだめよ。私に遠慮なんかしたら許さないから!」
「エミリアちゃん……」
本当はずっと心の中に迷いがあった。
この体を自分のもののように扱ってもいいのか、と――。
でも、どうするのが正しいのかようやくわかった。
この体を大事にして、エミリアちゃんに誇れるような生き方をしなければならない。
そう。私はこれからこの体で、王妃エミリアとして生きていくのだ。
「エミリアちゃん、ありがとう! 私、誰よりも幸せな人生を送るからね!」
「ふふ! 私だって負けないわ」
ああ、だめだ。必死にこらえても、熱いものが込み上げてくる。
手の甲で涙を拭う私から、エミリアちゃんがそっと視線を逸らす。
「……陛下。本当はこんなことぜーっっったいに言いたくなかったけどっ!! ……逆恨みして八つ当たりしてごめんなさい……。私が悪霊にならないようエミと一緒にがんばってくれて、そのぉ……か、感謝してるわ……」
「なんだ? 聞こえない? 大きい声で言ってくれ」
「ばか陛下! 感謝なんてしてないわよ! ばーか!」
「はははっ。しみったれた言葉などエミリアには似合わないだろ。そうやって最後まで俺には暴言を吐いていろ」
「ふふ、そうね。それが私達らしい別れね」
エミリアちゃんと陛下は悪友同士のように、不敵な笑みを交わし合っている。
私はそれがとてもうれしかった。
「さあ、もう行かなくちゃ。消えるのは雲の上がいいんだから。――エミ。どこの誰に生まれ変わるかわからないけれど、いつかまた会いたいわ……」
「エミリアちゃん、私も……! 私もまた会いたい!」
「それならさよならなんて言わない。――またいつか! そのときまで元気でいるのよ!」
ふわっと宙に浮いたエミリアちゃんは、一度控えめに手を振ると、澄んだ夜空目がけてぐんぐんと舞い上がっていた。
「エミリアちゃん! またね! また会おうね!!」
白い光に包まれたエミリアちゃんの姿はまるで天使のようだ。
私は遠ざかっていくエミリアちゃんに向かい、大きく手を振り続けた。とめどなく涙が溢れていく。
エミリアちゃんの小さな姿は、雲まで届いてやがて見えなくなった――。
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