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51 めちゃくちゃな作戦、功をなす

「エミリアちゃん! 聞いて、お願い!」


 何度呼びかけても、声は届かない。

 侍女さんたちは怯えている。

 暗いオーラに取り囲まれて宙に浮いているエミリアちゃんの目はうつろで、どこも見ていない感じだ。


 ここからどんなに叫んでも意味がない。

 そう悟った私は、陛下の作ってくれたバリアの中から出ていこうとした。

 それに気づいた陛下が、腕を掴んで引き留めてくる。


「だめだ。出るな」

「でも……!」

「これ以上近づいてはさすがに魔法がもたない。そなたを守れなくなる」


 自分が安全なところにいて叫ぶ言葉なんて、いまのエミリアちゃんにはきっと伝わらない。


「このままじゃ、他の人たちやエミリアちゃん自身も危ないんでしょう? ちょっと怪我するくらい平気です」

「平気なわけないだろう!」

「さすがにもう死にたくはないけれど、それ以外なら問題ありません! とにかくそこで見ていて下さい。あ、あと、これ貸してください!」

「あ、こら!」


 私は陛下の持っているものを勝手に借りると、制止をふりきってバリアの外に出た。

 途端にものすごい逆風を受けて、体がぐらっと傾いた。目も開けていられないほどだ。

 飛んでくるものもたくさんあって、進むのすら困難だった。

 両腕で顔を庇いながら、腰を低くして、一歩一歩なんとか進んでいく。


「うっ……くっ。はは……。すごい風……! 油断したら吹き飛ばされちゃいそうだよ……。もっと体重を増やさないと駄目だね、エミリアちゃん……!」


 私は彼女に話しかけながら、近づいていった。

 でも、やっぱり声は届いてない。


「いいか、エミリアはもって5分だ。どんどん力が増している、このまま放っておくと手に負えなくなる!」

「っ、わかりました……!」


 陛下の声が後ろから聞こえる。

 勝手に飛び出してしまった私を、それでもサポートしてくれようとしているのだ。


 近づけば近づくほど風が強くなっていく。

 気を抜くと飛ばされそうだ。


「妃殿下! ああ、見ていられない……。どうか危険なことはおよしください……!」


 侍女長さんの取り乱した声がする。

 あんなふうに動揺した彼女を見るのは初めてだ。

 すごく心配をかけてしまっているのだろう。

 ごめんなさい……。みんなのことは陛下がきっちり守ってくれるはずだからね。


 ああ、また風がつよくなった。

 頑張って踏ん張るけど、このまま向かい合っていたらあの作戦は使えない。


 部屋の中で唯一、風がやんでいる場所。

 それが彼女の背後にある。

 あそこに回り込まなくちゃ――。


 もっと腰を落として……。

 ほとんど這いつくばるような体勢になって、なんとか距離を詰めていく。

 ドレスのスカートがバタバタと音をたてる。

 中に履いているドロワースが見えてしまっているけれど、もはやそれどころじゃない。

 とにかく前へ……!


「うううう」


 少しずつ、それでも前進を続けて、私はついにエミリアちゃんの背後に回り込んだ。

 すっと体が軽くなる。


 すぐさま持っていた香水瓶を取り出した。

 さっき陛下のポケットから借りたものだ。


 ラベンダーには鎮静作用があり、苛立ちや緊張した心を和らげてくれる。

 エミリアちゃんの怒りも、ラベンダーのミストが沈めてくれるかもしれない。


 陛下の推測どおりなら、私の作ったアロマミストは、魔力の強い者にこそ効果がある。

 今のエミリアちゃんには、うってつけのはずだ。

 アロマミストが幽霊に効くかはわからないし、陛下の推測が当たっているかも定かではない。

 でも他に方法がないのだ。だから、とにかくこのめちゃくちゃな閃きに賭けるしかなかった。


「お願い、エミリアちゃんに届いて……!」


 ぶしゅっ。

 私は香水をエミリアちゃんの後ろ姿に吹きかけた。


「……!?」


 エミリアちゃんの体がギクッと揺れた。

 よし、反応があった!!

 私はそのままぶしゅぶしゅと何度もエミリアちゃんの顔に吹きかけまくった。

 反応があったのは最初の一回だけで、それ以降はなんの変化もない。


 だめ?

 効いてないの……?


 香水瓶の中身がつきかけたそのとき、エミリアちゃんがこちらを振り返った。

 途端に風の流れが変わる。


「うわっ!?」


 勢いよく風が動いて、私の手から瓶が吹き飛ばされる。

 巻き上げられたガラス瓶は、壁に激突して粉々に砕け散ってしまった。


 ひえー。気をつけないと私もああなっちゃうんだ……!


 でも瓶が割れたおかげで、私のばらまいたアロマミストが空気中に散らばってくれた。

 おかげで室内は一瞬にして、ラベンダーの匂いに満たされた。

 これは私が望んでいたとおりの状況だ。


 ますます風が強くなっていく。

 もう陛下の元まで戻るのは無理だろう。

 この作戦に効果がなかったら、私も終わりだ。



「もうすぐ時間切れだ!」


 陛下の声がする。

 私は覚悟を決めた直後――。


「…………ラベンダーの香り……」

「え、エミリアちゃん!」

「…………くさっ!! いくらなんでもまき散らしすぎよ!!」


 黒い靄が、ラベンダーの匂いに追いやられるように散りはじめた。

 エミリアちゃんの目の中に輝きが戻っている。私の視線がようやく合った。


「エミリアちゃん、私の声が聞こえる!?」

「当たり前よ! ていうかなんなのこれ、全身ラベンダーくさっ」


 いつもの威勢のいい声に怒鳴られた私は、安堵のあまり思わず泣き笑いを返したのだった。

お読みいただきありがとうございます!

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