44 侍女さんとハンドクリーム
陛下をお見送りしたところで、タイミングを見計らったかのように侍女長さんがやって来た。
昨日のことを聞いてみたら、しれっとした顔で「妃殿下も熟睡していらっしゃったので、ブランケットをかけておきました」と言われてしまった。
「そういうときは起こしてくださいよー」
「なぜですか? よくお休みになられていらっしゃいましたよ」
「陛下と二人してソファーで目を覚ましたんですよ。けっこう気まずかったんですから」
「そうですね。次回からは、どうぞ寝台でお目覚め下さいまし」
「露骨……!」
侍女長さんとやり合っていると、朝食の準備をするため、侍女さんたちが室内に入って来た。
あ、手荒れで悩んでいた侍女さん発見!
昨日は彼女が休みだったから、まだハンドクリームは渡せていないのだ。
仕事の邪魔にならないよう、朝食が終わってから声をかけた。
「これ、こないだ話したハンドクリームです」
「まあ、妃殿下……!」
メイドさんは驚きのあまり、口元に手を当てて固まってしまった。
「手荒れに効くはずなので、よかったら使ってくださいね」
「妃殿下にぶしつけなお願いをしてしまって申し訳ありませんでした……! まさか、本当に手作りのお品をいただけるなんて……」
すっかり恐縮させちゃったみたいだ。
他の侍女さんたちもこっちの様子をうかがっている。
「遠慮せずもらってください。もしいらなかったら、捨ててもらって構わないので」
「そんな捨てるなんて……! でもあの、本当によろしいのですか?」
彼女は恐る恐るというように侍女長さんの方を窺った。
やりとりを見ていた侍女長さんが、厳しい顔のまま頷き返す。
「エルサ。こういう場合はお断りするほうが不敬に当たります。妃殿下にお礼を伝えて、ありがたく頂戴しなさい」
「は、はい!」
侍女さんの表情が、ホッとしたように綻ぶ。
「ありがとうございます、妃殿下! 大切に使わせていただきます!」
よろこんでもらえたみたいで、よかった。
実は余計なお世話だったらどうしようって心配していたんだ。
「ハンドクリームって使ったことある?」
「いいえ。見るのも初めてでございます」
ちょっと説明をしたほうがよさそうだ。
「ハンドクリームは、手に水分と油分を補給して、肌を守ってくれるんです。洗い物や洗濯のあとなんかは特に念入りに塗り直してください。続けていれば、少しずつ手荒れがよくなってくるはずです」
「まあ、そんな効果が……!?」
「じゃあ使い方を説明しますね」
かぽっとあけるとラベンダーの香りが漂ってくる。侍女さんの鼻先にも匂いが届いたようで、彼女は目を真ん丸くして驚きの声を上げた。
「なんていい匂いなんでしょう! これはラベンダーでございますか?」
「ふふ、そうなんです。ラベンダーで香りづけをしてあるんです。これをこのくらい指に取って、手に馴染ませて……。体温で温まったら全体にのばしてください。指先まで丁寧にね。はい、やってみて」
「は、はい!」
侍女さんはどきどきしながら私の説明通りにクリームをすくい、その手に塗り込んだ。
「わあ。傷にしみないんですね。すべすべで、とてもいい匂いです」
「手荒れの方に効果が出るのは時間が掛かるかもですけど、香りを楽しむだけでもちょっと嬉しいですよね」
「はい! それにこんなに手触りがよくなるなんて感動です」
視線を感じて顔を上げると、他の侍女さんたちが興味深そうにこちらのやりとりを眺めていた。
声をかけようかとも思ったけれど、目が合っただけで、蜘蛛の子を散らすようにみんな仕事に戻ってしまった。
「妃殿下、本当にありがとうございます。ああ、でも使ってしまうのがもったいなくて、どうしましょう。飾っておきたいくらいです」
「飾る!? だめだめ、ちゃんと使ってください! いつまでも保管できるものでもないので!」
「そうなのですね。分かりました」
なくなれば、いつでも作ってあげられるしね。
「そうだ。他の侍女さんたちにも、『匂いが大丈夫そうなら、いつでも作るから』って伝えてもらえますか? みんな手荒れがひどそうで、心配なので」
「妃殿下! なんてお優しいのですか!」
感動のあまり目を潤ませる侍女さんの勢いに、おうっとなる。
そんなたいしたことしたつもりはないので、ちょっと恥ずかしい。
そもそも私のお世話をしてもらってるんだしね。
でもここまで喜んでくれるのは、やっぱりうれしい。
とくに侍女さんたちとはずっと距離があったから、まあ他の侍女さんたちにはまだ避けられているけれど……。
それでも一人でも普通に話してくれる人ができたのは、ありがたかった。
お読みいただきありがとうございます!
スクロールバーを下げていった先にある広告下の☆で、
『★5』をつけて応援してくれるとうれしいです




