40 陛下と夜の過ごし方について
私がソファを勧めると、陛下は迷った顔をして、扉と私を交互に眺めた。
「いいのか? こんな時間に訪ねてきたので、すぐに退室しようと思っていたのだが」
「え? なんでダメなんですか?」
「いや、何故というか」
言いにくそうに言葉を切られて、首を傾げる。
なんだろう?
どういうこと?
……あ。
ははあ、なるほどつまり――。
「男女が夜にふたりきりになるといろいろ問題があるって話ですか?」
陛下はますます微妙そうな表情になり、眉根を寄せてしまった。
大人っぽく見えても、陛下は十七歳だからね。
そういうことには敏感なお年頃なのだろう。
私はフォローするつもりで、陛下に笑顔を向けた。
「そういう意味合いでなら、まったく問題ないですよ!」
「まったく?」
「はい。ここリビングだし、まだ二十時だし。侍女さんたちも隣の部屋に控えているんだから、間違いが起こってるなんて思われませんって! 気にしすぎですよ、陛下」
「……まったく大丈夫だと思っているのか?」
「え? そうじゃないですか?」
「それに嫌じゃないのか?」
「陛下とこうやってふたりでいることがですか? 全然」
「……!」
なぜ絶句しているのだろう。
嫌がってるわけなんてないのに。
「陛下、えっと気を遣わないでください。過剰に警戒したりしないので。たしかに私は今、エミリアちゃんの中に入っているから十五歳の女の子のイメージかもしれないんですけど。中身は二十八歳ですよ」
「二十八歳……」
ぽつりと呟く陛下に向かって、えへんとドヤ顔をして見せる。
「そう、陛下よりずっとお姉さんなんですよ。それなりに人生経験もありますし、十七歳の男の子とふたりきりになったからって、過剰に警戒したりしません」
もうずいぶん彼氏はいなかったけれど、恋愛をまったくしたことがないわけじゃない。
繊細な女の子のように扱われて、気を使われる方がむしろ恥ずかしいし、二十八歳と十七歳の間に甘酸っぱい感情が芽生えるなんて微塵も思っていなかった。
「……」
あれ。
ホッとしてくれると思ったのに、なぜか陛下の表情が曇っていき、むすっとしたまま視線を逸らされてしまった。
なんか突然ご機嫌ななめになっちゃった?
初めて見る態度なので、ちょっとびっくりする。
もしかして子供扱いしたと思われて、機嫌を損ねちゃったのかな。
大人っぽいけど、十七歳だもんな。
ちょっとフォローしておこう。
「でも陛下も同年代の女の子たちからはきっと意識されまくりですよ! すごくきれいな顔をしていらっしゃるし。だから安心して下さい!」
「……」
陛下は何故かますます複雑そうな顔をしたあと、ため息をついてから微かに首を振った。
ちょっと微妙な沈黙が流れる。
「……あの、私なにかまずいこと言いましたか」
さすがに居心地が悪くて、恐る恐る問いかけたら、陛下はハッと目を見開いた後、困ったように苦笑いを浮かべた。
「いや、すまない。そなたが気にしないならいい。それでアロマミストやらの使い方は?」
「あ、そうです。それじゃあ説明するので、座ってください」
陛下も今度は、言われたとおり座ってくれたので、私も向かいの席に腰を下ろした。
「やり方を説明しますね! 一般的な使い方だと、ベッドの周りにシュッシュッと吹きかける方法がよく用いられます」
あ、いまの言い方はまずいか。
どこの世界の一般なのか突っ込まれちゃうもんね。
他の人にはしないよう気をつけなくちゃ。
その点、陛下と話すのは楽だ。
異世界人だってバレてるおかげで、変に気を使わなくて済む。
それにひとりきりで異世界のことや、エミリアちゃんの存在について秘密を抱えていくのは、きっとしんどかったと思う。
この世界のこと、右も左もわからない状態だからなおさらだ。
「寝台の周りにかけるだけでいいのか?」
「はい。でも陛下は寝付くのに時間がかかるみたいなので、匂いをしみこませた物を傍において置くほうがいいかもしれませんね」
そうすれば、しばらく香りを楽しめるしね。
「たとえば――」
席を立った私は、チェストの中から綺麗にたたまれたハンカチを一枚持ってきた。
ハンカチはたたんだまま広げないで、一、二回、アロマミストを振りかける。
「香りが嫌じゃなければ枕にかけてもいいですよ。はい、こんな感じです」
匂いを移したハンカチを陛下に差し出すと、陛下は興味深そうに受け取ってくれた。
「香りをかいでみてください」
「ふむ……」
手にしたハンカチを陛下がそっと顔に近づける。
その直後、なぜか彼の体がゆらりと横に揺れて――。
「え」
戸惑っている私の目の前で、陛下の体がゆっくりと傾いていく。
そのままぱたんとソファーに倒れ込んでしまった。
「えっ。……え!?」
「……」
「陛下!?」
嘘!?
どういうこと!?
急いで立ち上がり、陛下の傍らに駆け寄る。
慌てて顔を覗き込むと――。
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