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39 陛下への贈り物



「遅い時間の訪問になってしまって申し訳ない」


 部屋に入ってくるなり陛下はそう謝ってきた。

 遅いと言っても、まだ二十時になったばかりだ。

 ただこの世界に来てから、就寝時間はすごく早くなっていたので、もう入浴も済ませ、パジャマ代わりのネグリジェにガウンを羽織った姿ではあるけれど。


「何か困ったことがあったのか?」

「え?」


 心配そうに尋ねられ、首を傾げる。

 もしかして何か誤解されてる?

 手紙にはどうして来てほしいのか、ちゃんと内容も書いたのにおかしい。


「公務を終えて執務室に向かうと、離宮から手紙が届いたとジスランが言ってきたのだ。今日はもう書類に目を通すだけの予定だったので、そのままこちらに来た」


 陛下の手元をよく見たら、私の書いた手紙を握りしめてる。


「陛下、手紙を読まずにきたんですか?」


 思わず突っ込むと、陛下ははっとした顔をして、握りしめている手紙を見下ろした。


「言われてみれば、そうだな。まずは中身を確認するべきだった」

「やっぱりお疲れなんじゃ……」

「いや、弁解させてくれ。普段はこんなことはないんだ。ただそなたに関しては、何かあったらいけないと思い気が急いた」

「私はエミリアちゃんじゃないんで、いきなり出ていったりしませんよ?」


 ふふっと笑って念のためにそう伝えてみると、陛下は少し照れくさそうに頷いた。


「ふたりを同一視してるわけではないのだが、すまなかったな」

「いいえ。でもごめんなさい。心配をかけてしまって」

「いや、何もないんならいいんだ。用件を直接聞いてもいいか?」

「あ、はい! お渡ししたいものがあるんです」


 私は猫足のついた棚の引き出しを開けると、中にしまっておいた香水瓶を取り出した。


「これは、香水か」

「入れ物はそうです。でも中身は私が作ったアロマミストが入っているんですよ」

「アロマミスト?」


 そっか。この世界にはないものだもんね。

 不思議そうに瓶を眺めている陛下に向かい、アロマミストの説明をする。


「陛下のおかげで入手できたラベンダーの花、あれから作った精油を、水に溶かしてあります。香水に比べて薄めてある分、匂いが優しいんですよ」

「ほう。しかしなぜそのような物を私に……?」


 表情があんまり変わってないけど、陛下は少し戸惑っている様子だ。

 あー、そうか。こんなにファンシーな女の子用の瓶に入れたら、自分とは関係ないものって思っちゃうよね。


「ラベンダーの匂いにはリラックス効果があって、眠る前に嗅ぐと、心が落ち着くんですよ」


 陛下は香水の瓶を指先で摘まむと、目線と同じ高さに掲げてしげしげと眺めている。

 もう少し入れ物を考えればよかったかな……?

 そんなにじっと観察されると、ちょっと恥ずかしくなってくる。


「2日前取りに行ったラベンダーは、もともと侍女さんにあげるハンドクリームを作るために必要だったんですが、陛下が睡眠不足みたいなことを聞いたので――」

「む。ちゃんと寝てはいるぞ」

「ほんとですか? 寝てるあいだほとんど夢を見ていたり、何度も目が覚めるのは、ちゃんとのうちに入りませんよ?」


 そういうと、陛下は返す言葉もなさそうだった。


「これを使ったら少しは効果があるかもって思ったんです」

「私のために作ってくれたのか」

「すみません。確実な効果が保証されているわけでもないのに、わざわざ来ていただいて」

「いや。そなたの気遣いをうれしく思う。ありがたく使わせてもらおう」


 わ……!

 十七歳らしいあどけない笑顔に一瞬ドキッとしてしまい、私は思わず目を逸らした。

 美青年のそんな顔、私みたいな喪女には眩しすぎるよ……!


「こほん! ま、まあ座ってください!」


 私がソファを勧めると、陛下は迷った顔をして、扉と私を交互に眺めた。

お読みいただきありがとうございます!

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