38 ラベンダーの精油づくり
二日後、発注した品が工房から離宮に届けられた。
割れないよう丁寧に施された包みをあけると、注文したとおりコの字型のガラス管が出てきた。
これなら左右に設置した瓶と鍋をしっかり繋げる。
職人さんの繊細な仕事に感謝しつつ、改めて精油蒸留装置を設置し直す。
やり方は前回と同じ。
鍋とガラス瓶を置き、水とラベンダーを入れる。
ラベンダーは水切りして花瓶に挿しておいたので、まだまだ元気だ。
準備を整え、魔法コンロに火をつけたら、蒸留開始。
熱しはじめて少しすると、ラベンダーの香りが控えめに漂いはじめた。
まあ、これ蒸留器具の中から空気が漏れてしまっているということなのだけれど、完全な密閉状態にするのは無理なので、敢えて匂いを楽しむことにする。
この状態でも、精油作りに支障をきたすほどじゃないしね。
「これは……いい香りですね」
傍にいた侍女長さんが、独り言のように呟く。
ふふ、そうでしょうそうでしょう。
目を瞑ってみれば、あのラベンダーの丘にいるような気がしてくる。
中火でことこと煮て、1時間くらいかけてゆっくり精製すると、ラベンダーの精油はだいたい大きめの匙一杯ぐらい取れる。
精油は数滴たらすだけでも匂いがつくから問題なし。
そんなこんなで今回は無事、ラベンダーから抽出した精油が完成した!
さて次は、侍女さんに贈るハンドクリームを生産する。
用意するものはお鍋、スプーン、ガラス瓶。
瓶は、ジャムの保管などに使うものの余りをもらってきた。
そのガラス瓶の中に、材料となる蜜蝋二匙と、植物油四滴を入れて、湯煎する。
温かくなった蜜蝋が溶けはじめたら、コネコネと練るように混ぜていく。
よーし、十分に混ざったな。
湯煎からガラス瓶を取り出したら、時間との勝負だ。
熱が冷めれば蜜蝋はまた固まってしまうから、その前に精油を数滴たらして香りづけしなければいけない。
あとは完全に固まるまで放っておけばいい。
「これでようやく終了ですか?」
肩の荷が下りたような顔をして聞いてくる侍女長さんに向かい、笑顔で「いいえ」と返す。
「まったく。まだ何か企んでいらっしゃるのですね」
そう、次は陛下のほうだ。
ラベンダーの精油はまだ余っている。
さきほどの精油精製で使った器具をすべてしっかり洗ってから、今度は同じ方法で精製水を作る。
精製水って言うのは、簡単に言うと不純物のない無味無臭の水のことだ。
水は時間が経つと、結構匂いが強くなるので、この一手間が結構大事なのである。
精製水が完成したら、その中にラベンダーの精油を十滴ほど垂らして、ひたすら混ぜ合わせる。
油と水だから、これがなかなか大変。
とにかく根気との戦い。
筋肉のないエミリアちゃんの腕は早々に音を上げてしまうが、おりゃおりゃおりゃと頑張り続ける。
息切れまでしはじめたら、見るに見かねた感じで侍女長さんが手伝ってくれた。
それからふたりで交互に混ぜて、なんとかかんとか分離の先へ漕ぎつけた。
「はぁはぁ……。できた……。侍女長さん、ありがとうございます……っ」
「こんなに大変なことをなさるなら侍女を集めておきましたのに」
「いやいや、それは……。ふう。みんな仕事があるでしょうし、私の趣味に付き合わせられませんよ」
「あら。私は今、お手伝いしてさしあげましたが」
「侍女長さんは私を見張るのが仕事なんでしょう? 仕事を中断させたわけじゃありません」
私も言うようになったな。
でも不思議なことに、私が生意気な返事をするほど、侍女長さんはうれしそうな顔をする。
今も「まあ!」などと言いながらも、瞳が楽しそうだ。
そんな侍女長さんに手伝ってもらったおかげで、中身も完成したし、仕上げに取り掛かる。
最後に取り出したるは、お部屋に飾ってあった香水瓶。
エミリアちゃんの部屋は全体的にファンシーで、きらきらした空の瓶がたくさん並べられている。
そのうちの一本に小指くらいの大きさの物があったので、それを拝借することにした。
そーっと慎重に、中身を移し替えれば――。
「完成ー!」
ちんまりと可愛らしい香水瓶に入ったルームミストの出来上がり。
寝室のベッド周りに吹きかけたり、このミストを染み込ませたハンカチを枕元に置くだけで、ラベンダーのリラックス効果が期待できる。
もしかしたら陛下の睡眠問題も少しは改善されるかもしれない。
あのラベンダー畑にいるとき、匂いは好きだと言っていたから、この小瓶を渡して説得してみるつもりだ。
「侍女長さん、これを陛下にあげたいんですけど」
「陛下にですか? 妃殿下が?」
「眠れない……というより、眠くないって言ってたから、これを使うともしかしたらよく眠れるんじゃないかなって。目の下すごいクマでしたし」
エミリアちゃんの陛下嫌いを知っている侍女長さんには、驚かれても無理はない。
「お嫁に来たばかりの日は、緊張して陛下にいろいろひどいこと言っちゃったんで、私反省したんです」
「まあ、妃殿下……! ――そういうことでしたら」
陛下に差し上げたい物がある旨を手紙にしたため、それを届けてもらうことになった。
多分返事がくるまでに何日か掛かるだろうな。陛下が倒れる前に渡せるといいんだけど。
そんなふうにのんきに構えていたら、その夜、まさかの陛下本人が離宮にやって来たのだった。
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