37 精油抽出器
侍女さんの手荒れ対策に作るつもりのハンドクリーム。
その香り付けに使うラベンダーは、ハーブの中でもトップクラスのリラックス効果を持っている。
このラベンダーを使って、陛下にアロマミストを作ってみるのはどうかな。
ラベンダーの香りで少しでも眠りの質がよくなるかもしれないし。
アロマミストは、ハンドクリームを作る過程で生産する精油を利用できる。
物は試しだ。とりあえず作って渡してみよう。
「妃殿下、なんです? そのお顔」
閃いたことがうれしくニヤニヤしていたら、さっそく突っ込まれてしまった。
侍女長さんには「秘密です」と返して、作業に取りかかる。
まずはラベンダーから精油を抽出するための器具作りだ。
テーブルの右側に、魔法コンロを設置し、その上に大きめの鍋を載せる。
左側にはやはり大ぶりのガラス瓶を置く。
ウォーターボトルからガラス瓶の中に、たぷたぷたぷと水を注いでいく。
水を注ぎ終わったら、口が狭く小ぶりなガラス瓶をその中に漬ける。
小ぶりなガラス瓶の中には小石をいくつも入れてあるので、浮いてしまうことはない。
魔法コンロにはまだ火をつけずに、摘んできたラベンダーをこんもりと入れて、蓋をする。
次は鍋の空気孔と、小ぶりなガラス瓶の口をチューブで繋ぐだけなのだけれど、その段階になってハッとした。
しまった……!
重要なアイテムが足りない……!
鍋の蓋にある空気孔とガラス瓶の口は、シリコンチューブで繋ぐ。
でも、この世界にシリコン素材なんてあるわけがない。
なんでそんな重要な問題を失念していたのだろう。
自分が思っている以上に、もとの世界の常識を捨てられてはいないのかもしれなかった。
チューブの代わりになるものを必死に考えてみるけど、これだという代用品が浮かばない。
藁で代用するのは?
ストローになるくらいだから、ある程度の密閉性は期待できる。
ああ、だけど藁じゃ硬くて曲げられない……。
瓶と鍋の穴をU字型に繋がないといけないのだから、それでは困る。
ううー……。参った。
「妃殿下、うーうー仰られて、どうなさったのですか?」
頭を抱えて唸っていた私に侍女長さんが声をかけてくる。
「侍女長さん、管ってありませんか?」
「管?」
「このラベンダーを蒸留して、精油を作りたいんです。それには熱した空気を、管を使って別の容器に移動させて冷やすって作業が必要なんです」
「はあ。それはつまり、植物油を精製するのと同じ方法でということでしょうか?」
「あ、そう! そうです!」
「では、それこそ厨房に器具があるのでは?」
「はっ、そうか!」
どうしてその発想が浮かばなかったのだろう。
今日の午前中、私は植物油を貰いに厨房に行ったじゃないか。
「早速聞いてきてみます!」
「あ! お待ちください!」
侍女長さんは慌てて私の後を追ってきた。
どうやら一緒について来てくれるらしい。
厨房に行き、料理長さんにやりたいことを説明すると、料理長さんは腕を組んで考え込んでしまった。
「たしかに植物油を抽出するのに、そういった器具を使う方法もあります。しかし厨房で植物から油を作ることはないのですよ」
「うう、そうなんですね……」
私ががっかりして肩を落とすのを見て、侍女長さんと料理長さんが目を見合わせた。
「できないならできないなりに代替案を出してください、料理長。器具はどこから入手できるのです」
なぜか侍女長さんが詰問口調で料理長さんに詰め寄っている。
慌てて止めに入ろうとしたところで、料理長さんがぽむっと手を叩いた。
「そうか。そうだな。――妃殿下、器具は城下町のガラス工房で作ってもらえます。あとは瓶と鍋蓋を繋ぐものさえあればよいのですね?」
「は、はい」
「であれば、その部分だけガラスで作ってもらいましょう」
「頼むことができるんですか!」
侍女長さんと料理長さんを見比べると、2人そろって戸惑い気味に頷いた。
「妃殿下、あなたは本当に変わった方ですね。あなたが望んで叶わないことなどそうないでしょうに」
「あ。待ってください。もしかしてすごく高価なものですか?」
それなら作ってもらうわけにはいかない。
手作り品のために高価な道具を手配してもらっては、本末転倒もいいところだ。
私が値段を気にしたことで、どうやらまた二人を驚かせてしまったようだ。
今度はやれやれというようにため息を吐いた侍女長さんが、ガラスは庶民でも注文できることを教えてくれた。
「妃殿下がお望みの品を、離宮からの依頼品として発注しておきましょう。数日中にこちらに届くはずです」
「ほんとですか……! ありがとうございます!」
勢い余ってガバッと頭を下げたら、侍女長さんに「ひっ、妃殿下が頭をさげるなどおやめください!」と叫ばれてしまった。
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