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36 陛下の抱える問題

 陛下の社畜問題について考えながら、摘んだラベンダーを持ってきた籠に入れていく。

 陛下には、仕事に行ってもらって構わない旨を伝えたところ、最後まで付き合うと言われ、そのうえなんと花を摘むのまで手伝ってくれた。


 ただやっぱり時間に余裕があったわけではないみたいで、作業が終わるのと同時に、部下と思しき長身の男性が陛下を呼びにやって来た。

 私たちの馬車とは別に、護衛の皆さんが馬で同行していたわけだけれど、服装から男性は騎士というより文官という感じに見えた。

 そう言えばこの人、前も陛下のそばについていたな。

 陛下の側近とかなのかもしれない。


「私はこれから馬で公務に向かう。そなたには護衛をつけるから、馬車で離宮に戻れ」

「わかりました。陛下、色々とありがとうございました」


 陛下は穏やかな顔で頷くと、身軽な仕草で馬にまたがり、数人の護衛たちを連れて去って行った。

 色々な仕草が全部絵になるってすごい。

 何度も思ったように、やっぱり映画を見ているような気にさせられる。

 でもこれが映画なら、王子役の俳優さんは、あんなくっきりとしたクマを付けてないと思うけれど……。


 ◇◇◇


 離宮に戻る頃にはちょうど夕方になっていたので、部屋に戻る前に厨房に寄って、蜜蝋を回収してきた。


「おかえりなさいませ妃殿下。まあ。なんですか、それは」


 背中に背負った籠を見て、侍女長さんが目を剥く。

 おそらく警戒心と単純な驚きから。


「妃殿下ともあろう方が、まさか自ら花を摘まれたのですか!? どんな危険なことがあるかわかりませんのに、安易に花を摘むなどお控えくださいませ!」

「ラベンダーは危険な花じゃないですよ」

「危険な花とそうでない花の違いを妃殿下が見分けられるとは思いません」


 ひどい。

 絶対に安全な花くらいはわかっているよ。


 でも私も慣れたものだ。

 侍女長さんが私のすることなすことに過剰に反応するのなんていつものパターンだし、最初の頃と違いその理由もわかってきたので動じることはない。


「これからまた生産をします。そこまで危険なことはないので、悲鳴を上げたりしないでくださいね」

「そこまで!? そこまでとはどういうことです!?」


 喚き立てる侍女長さんを宥めつつ、部屋の作業台の上に、集めてきた材料を並べていく。


 ラベンダーの花と蜜蝋、植物油。

 それから、ラベンダーから精油を抽出するのに使うため借りてきた道具だ。


「なんですかこの器具は。また危険なことをなさるおつもりじゃ……」

「大丈夫ですよ、侍女長さん」


 道具を確認し終えた私は、侍女長さんのほうをにっこりと振り返った。


「逃げ出すための道具じゃないです。もう脱走したりしないので、安心してください」

「え……」


 今思えば、侍女長さんがあんなにぴりぴりしてたのは、逃げ出したエミリアちゃんがそのまま事故で死んでしまったからだったのだ。

 二度とそんなことが起きたらいけない。そうやって警戒するあまり、こちらの行動を見張り、部屋に閉じ込めるような暴挙に出たのだろう。

 でも、まあ……心配かけてたんだよね。


 前世の私は心配してくれる人が近くにいなくて死んでしまった。

 侍女長さんの醸し出す雰囲気はピリピリしていておっかないけれど、こういう人が傍にいてくれるのはありがたいものだ。


「まあ、あんまり監視されちゃうと逆に逃げたくなるかもですが」

「まあっ、妃殿下!」

「ふふ、冗談です」


 笑いながらも、今日あったことを改めて振り返る。


 陛下に異世界人だと気づかれてしまったり、エミリアちゃんが悪霊になりかけたり。

 なんだかいろいろあったなあ。

 陛下がいい人だから事なきを得て本当によかった。


 でも、あの社畜っぷりは本当に心配だ。


 実を言うとラベンダー畑から帰る際、私の護衛を采配するため残ってくれた陛下の側近さんに、気になったことを聞いてみたのだ。

 ちなみにやはりあの男性は文官で、陛下の執務補佐を務めているのだという。

 名前はジスランさん。

 年齢は多分、元の世界の私よりちょい上くらいだろう。


 私がジスランさんに尋ねたのは、陛下の目の下のクマや、眠くないと言い張っていた件について。

 過労死という言葉は伝わらないだろうから、「働きすぎると体を壊します。その兆候じゃないかと思うんですが、どうでしょうか?」という言い方をしてみた。

 するとジスランさんは困った顔で頷いた。


「おっしゃるとおり陛下は働き過ぎです。私もこのままでは危険だというのは重々承知しています。でも陛下は自分の体のことに関しては無茶をしがちで、睡眠をおろそかにする点に関してはどうしても言うことを聞いてくれないのです。本当に困ったものです。いっそ峰うちでも食らわせて、強制的にお眠りいただくべきかと――おっと、今のは忘れてください」


 黒い笑いを浮かべながらそういうことを言うのはやめてくださいと思わず突っ込んでしまった。


 ジスランさんの私への接し方は、王妃に対するものとしてはちょっと違和感がある。

 もしかしてこの人も私が異世界人だって知っているのかもな。


 ジスランさんと陛下が話しているのは数回見ただけだけれど、気心がしれている感じがしたし、陛下がジスランさんを信頼しているのは雰囲気からも伝わってきた。

 そんな従者に言われても睡眠環境の改善を図ろうとしないんじゃ、一筋縄ではいきそうにないな。

 まるで子供の行動に困っている保護者みたいな気分になってくる。


 まあ、よくよく考えれば陛下は17歳。

 私は15歳の女の子の中に入っていようが、中身は28歳。

 大人と子供っていう関係だから、こんなふうな感情になるのも自然な話だ。


 でも、ほんとに陛下、あのままじゃまずいよ。

 昔の自分を見ているみたいで放っておけない。このままだと命の危険があるし。

 経験者だからこそわかるのだ。


 かといって、慢性的な睡眠不足をすぐにどうこうできるわけもない。

 さっきジスランさんが言っていたように、一回強制的に眠らせたところで、付け焼刃だ。

 そのときの睡眠不足は解消されても、それが習慣にならなきゃ意味がない。


 睡眠時間が確保できない上、寝る時間になっても眠くなくて、布団の中で考え事をして眠れなくなる。

 睡眠時間が短いならなおさら、質の高い睡眠をとったほうがいいのに。


 ラベンダーの茎から花の部分をちぎりながら唸っていると、不意にひらめいた。

 これだ。まさにこれ。

 このラベンダーたちが、陛下の役にも立つんじゃないかな?

お読みいただきありがとうございます!

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