34 元の世界
車内の空気がほぐれてきたところで、陛下からは、王妃が異世界人だとばれたら困る理由を説明された。
エミリアちゃんの国の後ろ盾がなくなると、隣国と戦争になりそうなことも知らされ、身が引き締まる。
国同士の深い事情については「今は理解できないだろうからおいおい話して聞かせる」とのことだ。
エミリアちゃんの立場を考えると、国際情勢などを知らずに、ぼへーっと生きてることは難しい。
「やっぱり、ある程度の知識は必要ですよね」
ちゃんと頭に叩き込めるかな……。
私がこの世界の知識を習得するまで、どのぐらい時間の余裕があるのだろう。
記憶力にめちゃくちゃ自信があるというタイプではないので、少し不安だ。
「当面は王妃が公の場に出てくることはない。焦ることはない」
「とはいえ勉強はしておきたいです。あ! でもほどほどに。あんまり大変だと、エミリアちゃんの胃に負担がかかってしまうので」
「胃が弱いのか?」
「そうなんです。それに少し歩くだけでも息切れしちゃうし」
「そうか。あの晩、そんな体で逃げ出したのだな……」
どう返せばいいか迷っていたせいで、言葉を発するタイミングを逃してしまった。
う。気まずさ再び……!
直前まで気にならなかった馬車の音が、やけに大きく感じられる。
なにか話した方がいいかな。
そうはいっても、話題が全然浮かんでこない。
よく考えてみたら、私は陛下のことを何も知らない。こんなことで、夫婦としてやっていけるのだろうか。
エミリアちゃんの代わりを頑張って務める意思はもちろんある。
でも陛下の奥さんとしての役割については、何も考えていなかった……。
王妃と王様ってどのぐらいの頻度で顔を合わせるんだろう。まあ、今だってひとりで生活しているから、元の世界の夫婦みたいな感じではないはずだ。
それならなんとかなるかな?
気まずさを感じたまま、ちらっと陛下を見る。
意外にも陛下は気づまりに思っている感じはなく、少し楽しげな瞳で私の様子を眺めていた。
「もしそなたが嫌でなければ、異世界についての話を聞かせてくれないか?」
そう求められて、なるほどとなる。
陛下の瞳の中に浮かんでいた感情は好奇心なのだ。
自分の住んでいる世界ではない、別の世界の話。
もし逆の立場だったら、私も興味深く感じていただろう。
「面白く話せるかはわかりませんが……」
陛下はどういうことが知りたいのだろう。
この世界と特に違う部分を話したら、よろこんでもらえるかな。
私がこの世界に来てびっくりしたことは、まあ、色々あったけれど、とくに驚かされたのが魔法の存在だ。
「私の世界には陛下もご存じなとおり、魔法というものが存在していません。代わりに『科学』というものが発展しているんです。たとえば今、私たちは馬車に乗って移動していますが、あちらの世界では、もう馬車を交通手段として使うことは滅多にありません。代わりに科学技術によって開発された『電車』や『車』という箱型の乗り物を利用するんです。それらは自らが内蔵する力によって動いてくれるので、馬などに牽引させる必要がないんです」
「ほお。自力で動く乗り物か。面白い。そなたも車を所持していたのか?」
「私自身は持っていませんが、私の実家にはあります」
「馬車と似た乗り物を所持していたということは、そなたの実家はそれなりに位の高い家だったのだな」
「え!? いえいえ、私は一般家庭で育ちました」
「乗り物が所持できるのに、一般家庭?」
「向こうの世界では、普通の人でも個人の乗り物を所有できるんです。車はそれなりに高いけれど、手が届かないほどではないというか……。
私の交通手段は、車よりもっと多くの人を運べる『電車』が主だったので」
「多くの人を運ぶ――、つまり船のようなものか?」
「そうですね。陸上を走る船に近いイメージです」
「はは。どんな光景か、見てみたくなってきたぞ。他にはどんな違いがあるんだ? 科学ではどんなことができる? そなたも科学という能力を使えるのか?」
矢継ぎ早に質問をされた私は、少し圧倒されたあと、ふふっと笑ってしまった。
楽しんでもらえているようなので、ホッとなる。
こうして話していると、陛下も普通の十七歳に見えてくるから不思議だ。
それからも私は、この世界と向こうの世界の違いを陛下に話して聞かせた。
「――なるほど。実に興味深いな。科学というものの存在もそうだし、そなたの育った環境にも関心がつきぬ」
一般人の生活環境は、この世界と元の世界ではかなり異なるだろう。
陛下が私のしてきた暮らしについて面白がるのも納得だ。
そんなことを話していると、馬車がガタガタと揺れてから静止した。
どうやらラベンダー畑に到着したようだ。
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