33 陛下とお出かけ
「これで話がまとまったわね」
エミリアちゃんが満足そうに言うと、陛下は少し表情を崩した。
陛下は少しほっとしたようで、丁寧なお礼をされた。
「礼を言う。こちらの問題にそなたを巻き込んでしまってすまなかったと思っている」
「いえいえ、とんでもない……!」
「なに恐縮してんのよ。あんたも王妃なんだからしゃきっとしなさい」
エミリアちゃんが私の肩をぺしーんと叩こうとして空振りする。
うん、わかる。
さっき私もエミリアちゃんを止めようと思って、やっちゃったからね。
ふふっと笑っていると、「幽霊になったのは失敗だったわ!」と睨まれてしまった。
調子に乗りました、ごめんなさいと謝りかえせば、今度は私じゃなくて、陛下がふっと笑い声を零した。
ちょっと恥ずかしい。
こほんと咳払いをして、居住まいを正す。
「そういえば先ほど尋ねそびれたな。そなたはジェルヴェ公を探してどうするつもりだったんだ?」
そうだ。
元々ここに来た目的があるんだった。
「実はラベンダーの花を探しているんです。あのおじいさんなら、手に入れる方法を知ってるかと思って」
陛下に異世界人だと見抜かれたことや、エミリアちゃんの登場によって、完全に頭から飛んでいたけれど、もともとはハンドクリーム作りに使うラベンダーを探していたのだ。
「ふ。おじいさんか」
わ。また笑われてしまった。
それで気づいたけれど、「おじいさん」呼びはなかったな!?
名前が複雑すぎて、そう簡単には覚えられなさそうだから、ジェルヴェ公、ジェルヴェ公と心の中で呪文のように唱える。
「ラベンダーの花が欲しいのか?」
「はい」
私の返事を聞いた陛下は、顎に手を当て、何かを考えるような仕草をした。
「心当たりがある。ちょうどこれから仕事の用件で、近くへ出向くつもりだ。このまま私が案内しよう」
「え!? 陛下が!?」
「大丈夫だ。その場所は城からそれほど離れていない」
違う。驚いたのはそのポイントじゃない。
「でも、そんな簡単に王様と王妃がふらふら出歩けるものなんですか?」
お忍びにしても、警備の段取りとか、なんか色々大変なんじゃないのだろうか。
だいたい陛下に案内役を頼むのも気が引ける。
「歩き回らないと健康に悪いと言っていただろう?」
「私はこの男と一緒に行動するなんて反対だけどね」
エミリアちゃんが相変わらずな調子で、陛下をねめつける。
「そう言ってくれるな。もともとそなたが異世界人であることをどう隠していくか、今後の話もしっかりしておきたかったのだ。ラベンダー畑に向かいながら話をするか、執務室で話すかの違いだ」
「なるほど……。それじゃあえっと、ご迷惑じゃなければ、連れていって欲しいです」
「我が妃の問題だ。迷惑など、ありえない。だから気にするな」
陛下が安心させるように頷いてくれたので、私も素直に従うことにした。
「エミリアちゃんも一緒に行きますよね?」
「はあ!? 陛下と一緒なんて冗談じゃないわ。私は消えるから、二人で行ってきてちょうだい。打ち合わせの結果は、夜に話して」
「そんな急いでいなくならなくても!」
「一緒にいるとまたイライラしてきて、悪い影響を受けそうだから、傍にいたくないのよ!」
エミリアちゃんは引き留めるまもなく消えてしまった。
残された私と陛下の間に、しーんとした気まずい空気が流れる。
ど、どうしよう……。
「すぐに出られるか?」
「あ、はい。大丈夫です……」
こうして私は、異世界人とばれてしまったショックを引きずりつつ、いきなり陛下とお出かけすることになってしまったのだった。
◇◇◇
それからすぐ陛下の手配した馬車が用意され、それに乗ってラベンダー畑へ移動することになった。内緒話をするには、密室である馬車がいいということらしい。
私達のあとからは、ちゃんと護衛の人たちがついてくるのだという。
仰々しい行列みたいになっちゃったら嫌だなと思って、ぎくりとしたけれど、手配したのは少人数だと教えられたのでホッとした。
馬車に乗り込むと、中はものすごく豪華だったので思わず「うわっ」と声を漏らしてしまった。
座席のクッションはやたらと手触りがいいし、足元の絨毯も土足で踏むのが忍びないほどフワフワしている。
もはや馬車というより、豪華な小部屋である。
「乗り心地は悪くないか?」
「悪いどころか、最高です……!」
前のめりに答えた直後、ハッとなる。
しまった。向かい合って座っているうえ、豪華だと言っても馬車の中なので、陛下との距離が近い。
なんかこれ緊張する。
エミリアちゃんがいるときはよかったのだけれど、偉い人と顔を突き合わせている状態だということを、どうしても意識させられる。
はあ、困った。途端にそわそわしてきて、私は何度か座り直さずにはいられなかった。
気まずくて膝の上に置いた手をモジモジ動かしていると、陛下がふっと笑う気配がした。
「えと、陛下?」
「いや、すまない。同じ顔なのに、立ち振る舞いが異なるとこんなにも印象に差がつくのだな」
「あ、そうですよね。エミリアちゃんのキャラに寄せようと思ったんですけど、私にはちょっと難しくて」
「はは。そうだろうな」
「エミリアちゃん、強烈な個性を持った子ですが、実はすごく優しいんですよ。いろいろ気を遣ってくれるし、私の気持ちを優先させてくれているんだなって言葉の端々から伝わってくるんです」
「そうか……。それは私やこの国の人間が、知ることのできなかった彼女の一面だな」
陛下は私のするエミリアちゃんの話に耳を傾け、真剣に聞いてくれた。
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