32 私の決意
「この子は確かに異世界人よ。でも勘違いしないでよね。この子が嘘をついたんじゃなくて、私が隠しておけって言ったの!」
「エミリアちゃん……」
自分のことでも大変なのに、私を庇ってくれてるんだ。
傍若無人にも思える振る舞いの中に隠れがちだけど、やっぱりこの子は優しい。
陛下はエミリアちゃんの言葉に「そうか」と頷いて、私の方に視線を向けた。
「はじめからそなたを責めるつもりはなかった。先ほども言ったとおり、こちらとしてはそなたの協力を求めたいと思っている」
陛下に言葉を返す前に、意地悪な顔になったエミリアちゃんが割って入ってきた。
「別に嫌なら断っちゃっていいのよ」
「えっ。でも」
「異世界人は国に加護を与えてくれるって信じられているの。だから、この国から逃げ出してよその国に助けを求めれば、丁重に扱ってくれるわ」
「エミリアの言うとおりだ。ただし異世界人の加護を悪い方向に利用した国もかつてあった。国選びは慎重に行ったほうがいい」
「ふん。この国こそ、この子を利用して悪事を働こうとするかもしれないでしょ!」
「私はこの者を苦しめるようなことはしない」
「どうかしら。口ではなんとも言えるわ」
わっ、まずい。
またエミリアちゃんのオーラが淀みはじめたので、私は慌てて会話に参加した。
「あのっ、私はこの世界のこととかまだ全然知らないので、どこの国がいいとか、この国はちょっととか判断しようがないんです」
「そうだな。ならばこういうのはどうだろうか。この世界のことを学ぶ間は、我が妃としてここに留まる。当然、衣食住の面倒はみさせてもらう。危険が及ばない範囲でなら、ある程度の自由も約束しよう。その後、もしそなたが異世界人として他国に保護を求めたいと思ったときには、そなたの意思を尊重する」
え!? そんなに待遇よくて大丈夫なの? ブラック企業にいた頃の劣悪環境になれきっていたため、逆に怖くなる。
あまりに陛下がいい人すぎるよ。
普通だったら、この国の王妃の体に入ったんだから強制的に協力しろとか言い出すようなところなのに。
「ちょっと、あなた。『陛下はいいひと!』とか思ってるでしょ。あなたを懐柔するために、そう演じてるだけかもしれないじゃない」
「えっ」
エミリアちゃんの言葉に目を丸くして陛下を見ると、陛下は苦笑してやんわりと首を振った。
「言葉でいくら信じてくれと言おうと、そなたも簡単には信用できないだろう。その部分を時間をかけて見極めてくれればいい」
「でもここにいる間は、王妃としての振る舞いを押しつけられるわよ」
そう。そこが問題だ。
私は王妃としての振る舞い方を知らない。
マナーやらなんやらもまったく学んでいない。
単なる一般人だ。
「王妃として生きられるか、はっきり言ってまったく自信ないです。ド庶民だったので、王族の生活なんてまったく想像がつかないですし」
「それで構わない。もちろんそなたが望むのであれば教育係をつけることもできる。異国から来たのだ、習慣の違いと言えばどうとでもなる」
「はあ……たしかに」
いよいよ断る理由がなくなってきた。
「『王妃エミリア』として生きることが嫌なら、遠慮せず嫌って言っていいのよ。私が死ぬほど嫌だったことだから、あなたに無理強いする気なんてないわ」
わけもわからないまま転生して与えられた体と人生だし、この世界の食べ物に辟易したりもした。
でもエミリアちゃんの体に転生してから、本当に嫌だったことはない。
私の人生は本来なら、元の世界で倒れて死んだときに終わっていた。
だから生き直すチャンスを与えてくれた神様とエミリアちゃんに心から感謝している。
私はエミリアちゃんを真っ直ぐ見つめて、返事をした。
「私はもう一度生きられるだけでうれしいよ」
「……そう。それならもう私は何も言わないわ」
エミリアちゃんはどこかホッとしたように微笑んでから、陛下のことをビシッと指差した。
「陛下! 聞いてのとおり、私の後釜はこの子よ。この子に嫌な想いをさせたら、絶対に許さないから!」
「エミリアちゃん……」
「いい、本当よ? この子に何かあったら、生まれ変わったあとすぐ、あなたを退治しにくるからね」
「え。そんなすぐ生まれ変われるものなの!?」
自分が思っていた輪廻転生のイメージとはちょっと違ったので、びっくりした。
それじゃあ大切な人と死別しても、すぐに生まれ変わりを探したりできるってことになる。
「人によって色々だ。即座に転生を果たして、死んだ直後、生まれかわる者もいれば、二〇〇年以上かかる者もいる。そこは神の判断次第と言われているな」
私の質問には陛下が丁寧に答えてくれた。
陛下の説明、毎回すごくわかりやすいな。
それによく考えれば私も一瞬で転生してきたんだった。
「何年かかろうと知ったことじゃないわよ。陛下を罰するためなら、意志の力でなんとかしてみせるわ!」
意志の力でなんとかなるものなのだろうか?
でもエミリアちゃんならできそうだと思えてしまう自分もいた。
なんとなくこの子、規格外って感じがするし。
「話が逸れてしまったじゃない! とにかく、約束してよ! 私に対して悪かったと思ってるなら、私にそんな感情いらないから、その分この子に向けてくれる!?」
「むろん、そのつもりだ。嫌な想いはさせないよう、私が彼女を守ると誓おう。できる限りのことはする。この世界で、王妃として生きてくれるだろうか」
陛下とエミリアちゃんが私の答えを待っている。
私はごくりと息を呑み、手のひらをぎゅっと握りしめた。
この世界でエミリアちゃんの代わりとして生きていく。
そう覚悟を決めて、頭を下げる。
「迷惑をかけないように頑張りますので、よろしくお願いします」
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