29 なんでそんなこと訊くんですか!?
「エミリア、ここで何をしていたんだ?」
詰問するというより、純粋に疑問を抱いたという感じの問いかけだった。
だからといって安心はできない。
刑事とか探偵だって、犯人追い詰めるとき、最初は世間話からはじめることが多いし。
陛下には多分、疑いを持たれている。
中身が別人になってるんじゃないかってことまで疑惑が及んでいるかはわからないけれど、不審がられているのは、ほぼ確実だと思っていいだろう。
エミリアちゃんは絶対にバラさないで欲しいと言っていたし、なんとしてもこの場を乗り切らなくては。
そのためにも前回のように動揺しているだけじゃだめだ。
私はしっかり顔を上げて、まずは微笑んでみせた。
できるだけ動じていないふりをするためにも、笑顔は大事だ。
陛下は虚を衝かれたかのように目を見開いた後、ふっと微笑を浮かべた。
く、くそう。
美青年の微笑みは、それだけで攻撃力が高い。
って、出だしから圧倒されている場合ではない。
それで質問はなんだっけ。
そうそう、ここで何をしていたかだ。
「あるおじいさんを探しに来たんです。農作業の道具を背負ってこの辺りをいつもうろうろしてるんで、会えるかなと思って」
「ジェルヴェ公のことか?」
え、あのおじいさん、そんな名前なの?
エミリアちゃんが名前を知らないとおかしい人かもしれないと一瞬怖くなったけれど、よく考えたらおじいさんは私に初めましてって挨拶をしてきたのだった。
そこから一度も名乗られてないし、大丈夫。
あとはなるべく余計なことを言わないように気をつけて……。
「そういえばジェルヴェ公が、畑でそなたと会ったと言っていたな。この畑のことだったのか」
「はい」
私は笑って頷いた。
『はい』か『いいえ』だけで答えていれば、ボロも出さず、うまいこと乗り切れるだろう。
「ジェルヴェ公とはよく話すのか?」
「はい」
「あの方は変わり者だ。困らされていないか」
「いいえ」
よし。これでいけそう。
ほっとしながら『はい』と『いいえ』を駆使していると、不意にこんなことを聞かれた。
「潔癖なそなたが地面に転がっていたのは、どういう心境の変化からなのだ?」
ぐっ……!
『はい』でも『いいえ』でも答えられない質問をぶつけられて、返事に詰まると、陛下が朗らかな笑い声を立てた。
「冗談だ。行動を制約されていれば、時には憂さ晴らしをしたくもなるだろう。気分転換の時間を邪魔してしまって悪かったな」
陛下が申し訳なさそうに眉を下げて、優しい声で言うから、私と陛下の間に流れる空気がほわほわとした和やかなものに変わった。
こうしてみれば、普通の十七歳の男の子だ。
いや普通というにはめちゃくちゃ美形だし、オーラもあるけど。
すごいな、この子。
前の時もそうだったけど、場の雰囲気を掌握していて、多分思い通りに切り替えられるのだ。
今は彼が穏やかに話す時間だと思っているから、こうやってのんびりとした楽しい会話が出来ている。
でも、計算でしている感じじゃない。自然と自分の感情に、相手を引き込んでしまうような、そんなカリスマ性ゆえって感じだ。王様すごい。
「今日はいい天気だしな」
「そうなんですよ」
私みたいな一般人が抗えるわけがないよね。
実際、今もつい世間話なんかしちゃってるし。
もちろん警戒心は解いていないつもりだ。
「先日のことが気になっていた。私の態度で、怖がらせてしまっただろう。様子がおかしかったから、少し疑いを持ってしまったんだ」
うわ、やっぱり怯えたのがバレている。
そのうえ思ったとおり、疑われてもいたようだ。
「何を疑われていたんでしょう?」
内心冷や冷やしながらすっとぼけると、陛下は世間話をするような口調で言った。
「たとえば影武者にすり替わっているのではないかと思ったのだ」
なるほど、そっちを疑われてたのか。
体は正真正銘エミリアちゃんなんだから、中身が別人だと思われてないなら、うまくやり過ごせる気がする。
私のキャラが変わったことに関する言い訳は、エミリアちゃんとの打ち合わせで考案済みだ。
その時に決めておいた設定について、余裕を持って説明する。
「私、今回死にかけたことで、色々と考えが変わったんです」
「ほう」
「生まれ変わったつもりで生きていこうって。だから、前とは違うところ色々とあるかもしれませんが」
「そうか」
陛下は朗らかな笑い声をあげた。
なんだかツボに入っている様子だけど、何がそんなにおかしいのだろう。
「確かに以前のそなたなら、こんなところで頭に葉をつけて転がっているわけがないな」
そう言ってくくくと笑う。
まさか、ツボに入ったのは私の奇行だったのか。
「ちょ、その話はもうやめてくださいよ!」
「影武者以外にも、実はもうひとつ疑いを持っていた。だから追及するような態度を取ってしまった」
「もうひとつ、ですか」
「そなた、異世界人ではないか?」
「え」
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