27 荒れた指先にご提案!
「失礼いたします。……ひっ」
ん?
ドアが開く音がしたあと、怖がっているような声が聞こえたので、ガーゼハンカチを少しずらして、ちらっと片目を開ける。
どうやらベッドの支度をするために部屋にやってきた侍女さんが、私を見て悲鳴を上げたらしい。
果物が浮かぶお風呂の中に、顔を布で覆った人間がプカプカしていたんだもの。そりゃあ驚くよね。
侍女さんは、目が合ってしまったので仕方ないという雰囲気で、恐る恐る質問してきた。
「あの……妃殿下、いったい何をなさっていらっしゃるのですか……?」
今まで困惑しつつも手伝ってくれていた侍女さんのうち近くにいた数人が、便乗するようにこくこくと頷く。
私はふふっと笑って、バスタブの縁に手をかけると、何をしているのかを説明した。
事務的な用事以外で話しかけられたのが、実は結構うれしかったのだ。
「ーーみかんやお芋の汁で、美肌効果にお肌ツルツル……?」
「しかも乾燥した肌が保湿される……?」
説明を聞き終えた侍女さんたちは、困惑気味に顔を見合わせている。
うーん、あんまり信じてくれていないみたい。
無表情を貫こうとしていた侍女長さんとは違い、わかりやすく表情がひきつっている。
でも無関心というわけでもなく、好奇心が半分、戸惑いが半分という感じだ。
「よかったら皆さんも手の甲とかで試してみます?」
「え!? で、ですが……」
嫌がられるだけなら無理には勧めないけど、気になってるんなら、わかりやすい結果をみせてあげよう。
「ちょっと待っててくださいね」
そろそろ二十分経った頃だろう。
お風呂から出て、顔や体を拭き、ネグリジェを着させてもらう。
心なしかいつもより体が温かい気がする。
リラックスして長時間入浴できたおかげで、血行がよくなったのかもしれない。
「さて」
私は自分の頬を触って確かめたあと、近くにいた侍女さんを手招きした。
「手を貸してください」
「え!? 妃殿下、えっ!?」
戸惑ってる侍女さんの手を取って、自分の頬にぺたっと押し当てる。
「……っ! 妃殿下、ぷにぷにでございます……!」
思わずそう叫んだ侍女さんを見て、私は満足げににやりと笑った。
「でしょう? これがさっきのパックの効果です。侮れないでしょ?」
侍女さんがこくこくと何度も首を縦に振る。
彼女の顔から警戒心がいつのまにか消えている。
「もともとお綺麗だったお肌が、ますます艶やかになられるなんて。 しかも野菜や果物で……。魔法をお使いになられたわけではないのでございましょう?」
瞳を輝かせながら問いかけてくる姿がかわいい。
侍女さんがこんな表情を私に向けてくれるのは、この世界にきて初めてのことだ。
ふふ、うれしいな。
その他の侍女さんたちは、やっぱりちょっと遠巻きに眺めているだけだし、目が合ったら慌てて逸らされてしまった。
好奇心より、私に対する心の壁の厚みの方が優っているようだ。
もともと距離を置かれてたんだから、そういう態度のほうが自然だろう。
いちいち落ち込んでいたらキリがない。
私もだいぶ図太くはなってきたので、他の人の反応は気にしないことにして、興味を持ってくれた侍女さんへの説明を続ける。
「植物や食べ物って、色んなことに使えるんです。まだ他のものでも色々作れますよ」
「すごい……。妃殿下は物知りでいらしたのですね……」
頬を染め、ほおっと息を吐いた侍女さんは、おずおずと口を開いた。
「あの、恐れながら妃殿下。じゃがいもの汁は顔だけでなく、手荒れなどにも効くのでございますか?」
手荒れ?
言われてみると、私が掴んだ侍女さんの手は、痛々しく荒れていた。
これはちょっと、パックじゃ駄目だな。
乾燥と赤切れに効くハンドクリームじゃないと。
「少し時間をもらえますか? 手先用のクリームーーじゃなくて、軟膏を作ってみます」
「え!? いえ、そんな! 妃殿下のお手を煩わせるなど滅相もないです!」
「いいんです。その手じゃお仕事も大変でしょ?」
私のために日々の仕事をこなしてくれている結果だろうから、なんとかしてあげたい。
よーし、明日は侍女さんたちのためにハンドクリームを作るぞー!
◇◇◇
翌日。
ハンドクリームに使うハーブを求めて向かった森の中で、私は直立不動のままカチコチに固まっている。
「やっと見つけた。森の中で何をしていたのだ?」
爽やかな初夏の風に、癖のない黒髪をなびかせながら陛下が問いかけてくる。
右腕を痛くない力で掴まれたまま、私はゴクリと息を呑んだ。
なんで私、陛下に捕獲されてるの……!?
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