23 トマトと麦のリゾット ~調理編~
リゾットというと普通はお米で作るものが多い。
でも麦はお米に比べてぬめりが少ないので、実はとてもリゾットに向いているのだ。
さて、しっかり手を洗ったら、さっそく調理開始だ。
まずは下ごしらえから。
麦は軽く洗い、芯を残さないように吸水させてから、水けをしっかりきるためザルにあけておく。
トマトは手で潰して、その際に出た汁と具を分ける。
ちょっと一口、トマトの味見をしてみよう。
「んーっ! おいしい……!」
味が濃厚だし、まったく青臭さがない。
何より果肉がとってもジューシーだ。
これはトマトの味をしっかり活かしたほうがいいな。
私の斜め後ろでは、料理長さんや料理人さんたちが様子を見守っている。
素手でトマトを潰しはじめた辺りで、「ええっ!? 妃殿下が素手で!?」と驚きの声があがった。
確かに王妃の行動としては、思い切りが良すぎたかもしれない。
でも、まあ気にせず作業を進める。
今後も料理はしたいし、いっそのこと、ちょっと変わったところのある王妃だと思われてしまったほうが、色々やりやすくなりそうだしね。
さて、ここまでで下ごしらえは終わり。
次はスープ作りだ。
前回教えてもらった通りに炉を使ってみる。
トマトの汁と適量の水を火にかけて、沸騰したら味付けをする。
今回もじゃがいものスープの時と同様、使う調味料は塩だけにした。
それでもトマトの甘みと酸味で、まろやかな味わいになるはずだ。
スープはこれで大丈夫。
鍋は下ろさず温めたまま、今度は隣の自在鉤に新しい鍋をかける。
オリーブオイルを引いて、研いでおいた麦を入れたら炒めていく。
しばらく経つと、麦が透明になってきた。
そこに先ほど作っておいたスープを、麦がひたひたになる程度に注ぐ。
あとは弱火でじっくり煮込んでいく。
水分が減ってきたら、またスープを追加。だいたい三、四回に分けて注ぐことになる。
おたまでかき混ぜてみると、いい感じのとろみが出てきた。
よしよし、順調だ。
完成を待ちわびながら、ニマニマしていると、隣から料理長さんの戸惑うような声が聞こえてきた。
「……これは」
ん? なんだろう?
不思議に思って尋ねようとしたら、今度は他の料理人さんたちがひそひそと話しはじめた。
「なんだ、あの料理は……」
「料理と言えるのか……?」
「べちょべちょだな……」
なんというかゲテモノ料理を見るような反応だ。
でもリゾットという料理を知らない人が見たら、ちょっと敬遠してしまう見た目なのはわかる。
食べるとすごく美味しくても、見た目のハードルが高いと勧めづらい。
レシピを披露するなら、そういうところまで考えないとだめだな。
「おまえたち、妃殿下の御前だぞ。口を慎め……!」
料理長さんが料理人さんたちを睨みつけているので、慌てて止めに入る。
「あの! 私は大丈夫ですから! 気にしないで思ったこと言っちゃってください。そのほうが助かるんです。私、ちょっとこの世界……じゃなかった、この国の感覚がまだよくわからないので」
「そうなのですか……?」
料理長が躊躇いがちに問いかけてきたので、「はい!」と答えて笑顔を返す。
「できれば料理長さんの意見も聞かせてください」
「では、恐れながら妃殿下。これでは食材の食感を損なってしまっています。前回のスープの時も、やはりじゃがいもをすり潰していらっしゃいましたね。どうして敢えて原型をとどめないほど潰し、煮詰めてしまわれるのですか?」
あ、そっか。
だからさっき困惑したような声を出していたんだ。
納得した私は、今回の料理でも食材を潰した理由について説明をした。
「えっとですね。胃が疲れていると、消化速度が落ちちゃいますよね? でも柔らかいものだったら、硬いものよりは消化が早いじゃないですか。食べたものが胃に留まっている時間が減るだけで、負担がかなり減ります。いつまでも食べ物が胃にあると不快感がありますし。だから胃が弱ってる時は、消化を助けてくれる柔らかい料理を食べるといいって言われてるんですよ」
「言われている、とは妃殿下の国でですか?」
「あ! そ、そうです……!」
危ない危ない。
本当は元いた世界でのことだけど、なんとか誤魔化せた。
それにしても、弱った胃か……。
私の脳裏には、自然と社畜時代の食事の記憶が蘇ってきた。
料理をしている時間なんてまったくないから、外食かできあいのお弁当で済ますばかりの毎日だった。
ああいうものって、どうしてもメインとして重たいおかずが入っているんだよね……。
ようやく仕事を終えた深夜。ぺこぺこのおなかに煽られて、後先考えず、から揚げ弁当を頬張った過ちについて思い出す。
結局、朝になってもから揚げは消化されないまま、胃もたれを抱えて出勤するなんてこともしょっちゅうだった。
あんなこと繰り返してたら、そりゃあ体を悪くするわ……。
二年間も適当な食生活を送って、死んだ身だからこそ言える。
食事ってめちゃくちゃ大事だ……!
美味しいもので心を満たすことも、重要な喜びのひとつだ。でも人の体は、健康に気を使った料理を食すことで、元気を取り戻せたり、病気から回復できたりする。その事実も忘れちゃいけない。
「……美味しさを追求するだけではなく、体のためを考えた料理ですか」
しばらく黙っていた料理長さんが、そう呟いて考え込むように目を伏せる。すると隣にいた料理人さんがおずおずと手を挙げた。
「あのぉ妃殿下。では妃殿下の料理を食せば、朝起きたときに感じる胃もたれが、なくなるってことでしょうか……?」
「胃が弱ってるとすぐには難しいかもしれません。でもしばらく胃に優しい料理で負担を減らせば、少しずつ回復していくことを期待できますよ」
「そ、それはうれしいですね……」
「おまえ、毎朝、胃が痛いって悩んでたもんな」
仲間の料理人さんがそう言うと、その時の痛みを思い出したのか、彼は胃の辺りをさすりながら神妙な顔で頷いた。
思わず仲間意識が湧いてしまう。
なんとか彼にも楽になって欲しいところだ。
「今作っている料理の見た目に抵抗があったら、スープとかでもいいと思います」
そう提案をしつつ、一応完成したら、味見を勧めてみようと考えた。
おっと。鍋の方がそろそろ頃合いのようだ。
雑談をしながら、おたまでかき混ぜていたお鍋に汁けが少なくなってきた。
ことことと優しい音を立て始めたお鍋の中に、トマトを加えてひと混ぜする。
白い湯気と共にふわっと香ったのは、トマトの甘くて爽やかな匂いだ。
柔らかくなったトマトと、とろっとなるまで煮込まれた麦が混ざり合って、なかなかおいしそうだ。
器にもったら、仕上げに黒胡椒を一振りした。
できた!
「これで完成です!」
おおっと歓声が上がる。
みんな調理中かなり引いていたけれど、味見をしてくれる人はいるかな。
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