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22 トマトと麦のリゾット ~考案編~

 なんだか大変な一日が終わり、翌朝。

 広々とした豪華なベッドで目を覚ますと、エミリアちゃんは姿を消していた。


 いつも通りそっけない侍女さんたちに支度を手伝ってもらいながら、辺りを見回す。


 エミリアちゃん、出かけちゃったのかな。

 昨日、他の人がいるときは傍にいないようにするって言っていたし。

 その話をしているとき、彼女は「私が近くにいなくても、健康になるって約束は守ること!」と念を押してきた。


 体と心の健康を考えた生活かあ。

 着替えさせてもらいつつ、どうしたらいいものかと考えてみた。


 とにかくストレスフリーなのが一番大事だよね。

 それから、睡眠不足もよくない。

 あとはそう、疲れを溜めないこと!


 要するに社畜時代と真逆の生活を目指せばいいわけだ。

 となると私が死ぬ前、「こんなことできたらいいな」とか「いつかこんなことしてみたいな」と願っていた夢を実現させていけば、おのずと達成されるのではないだろうか。


 私がやりたかったのは、適当な食生活を改めて、好きだった料理を楽しむこととか。

 自作した癒し系グッズを試したり、お風呂にのんびり入ったり、家庭菜園をしてみたり、趣味の時間を満喫することだ。

 あとは陽のあたる場所をのびのびと散歩して回り、眠たくなったら、気ままにお昼寝をするなんてのもいい。


 軟禁されていたくらいだし、エミリアちゃんには、王妃としてこなさなければならない公務はないようだ。

 もしかしたらいずれはあるのかもだけど、とりあえず今は起きている間中、暇なのである。

 時間は有り余っているし、私がやりたかったことを片っ端からチャレンジしていきますか。

 うん、ちょっと楽しみになってきたぞ。


 朝の身支度が終わったので、促されたままテーブルに着くと、そこにはいつも通りのこってり濃厚な朝ごはん――ではなく、フルーツが綺麗に盛られたお皿が用意されていた。


「あれ」


 私が驚いていると、それに気づいた侍女長さんが、ツンとすました顔で言った。


「昨日お食事にほとんど手をつけられなかったため、本日は果物を用意したとのことです。料理長はこのために、朝早くから王宮の外にある果樹園に向かったそうですよ」

「……! そうだったんですか」


 食欲がないときも、果物なら少しは食べれていたからだろうか。

 感謝しながら手を合わせる。

 この世界にない文化だから、侍女長さんに不思議そうな顔をされてしまったけれど、出されたものへの感謝の気持ちをどうしても表しておきたい気持ちだったのだ。


「妃殿下。料理長からは、言伝も預かってきております」

「言伝ですか?」

「妃殿下のお口に合う料理のレシピがあれば、是非教えて欲しいとのことです」


 多分、私が食べられる料理をなんとか探そうとしてくれているのだろう。

 不愛想だけれど、厨房でちょいちょい手助けしてくれた料理長さんの顔が脳裏をよぎった。

 ありがたいな……。


 私は今日の行き先を厨房に決定した。

 料理はやりたいことのひとつだったし、何よりエミリアちゃんの肉体改造をするうえでも、かなり大事なポイントとなってくる。

 何を作らせてもらおうかな。

 料理をする場面を想像するだけでわくわくしてきて、心が軽くなるのを感じた。

 エミリアちゃんの胃袋は繊細だけれど、私の心のほうは結構単純だからね。

 その二つを合わせて、うまくバランスをとっていけるといいのだけれど。


 厨房が暇になる時間を見計らい、離宮の一階に向かう。

 こそこそせずに移動できるってやっぱいいな。

 すれ違う侍女さんたちは相変わらず他人行儀なのに、気分がいいせいであまり気にならなかった。

 多分、慣れてきたこともあるのだろう。


 厨房の扉は開け放たれていたので、そこからまず中を覗いてみた。

 あ、よかった。

 ちょうど休憩中みたいだ。


「料理長さん、こんにちは」

「妃殿下」


 椅子から立ち上がった料理長さんが、静かに一礼する。

 他の料理人さんたちも、慌ててそれに倣ったので、私もお辞儀を返した。


「今、お邪魔しても大丈夫でしたか?」

「ええ、どうぞ。休憩中は何もやることがありませんので」


 本当は休憩なんてせずに、料理をしていたいと言いたげな顔をしている。

 ふふ。この人やっぱり料理一筋って感じだな。


「昨日はご飯を残してしまってすみません。せっかく作って下さったのに」

「本日の朝食は召し上がれたようで何よりです」

「わざわざ果物を取って来て下さったそうで、ありがとうございます!」


 ってこの言い方じゃ、調理してないもののほうが良かったって言ってるみたいだよね!?


「あの、違うんです……! お料理よりも果物の方が美味しかったというわけではなく!」


 慌てふためいて弁解すると、料理長さんはわかっているというように頷いた。


「どうかお気になさらず。妃殿下の体調に合うものをお出しできなかったこちらの落ち度です」

「そんな! こちらこそ残してしまってごめんなさい!」

「妃殿下の場合は、ただ豪華なだけの宮廷料理では満足されない。そのことは重々承知しております。妃殿下が御所望の料理をお出しできないのは、私の不徳のなすところです」

「えええ、そんなことは……!」


 私達が謝罪合戦をしている横で、他の料理人さんたちが何やらひそひそと話している。


「あの無口な料理長が、めちゃくちゃ長く話しているぞ!?」

「妃殿下の前以外では見たことのない姿だ……!」

「でも、どうしてふたりで頭を下げ合っているんだ?」


 思わず料理長と顔を見合わせてしまった。

 この状態で、謝罪合戦を続けるのは恥ずかしすぎる。

 話題を変えよう……。


「今朝の果物、料理長さんが朝早くに果樹園へと取りに行って来て下さったんですよね? 色々と気遣っていただき、ありがとうございます」

「む……。侍女長め」


 料理長さんはしかめっ面で、そっぽを向いてしまった。

 あ、あれ。

 怒っちゃった……?

 私がオロオロしていると、横を向いたままの料理長さんが小さな声でぽつりと言った。


「妃殿下にわざわざ言うことではないと口止めしたのですが、参りましたね」


 眉を下げて、困り顔で顎を撫でている。

 相変わらず眉を寄せて、険しい顔をしているけれど、これはもしかして……。

 怒っているんじゃなくて照れてる?

 よーく見たら、コック帽から出た耳が微かに赤くなっている。

 それに気づいたら、料理長さんのむっつりとした表情も全然怖く感じなくなってきた。


 私はふふっと笑ってから、さらに質問を投げかけてみた。


「料理長さん、果樹園にはよく行かれるんですか?」

「ええ。私の姉が果樹園に嫁いだもので、いつでも新鮮な果物が手に入るのです」

「へえ! お姉さんが! それじゃあこっちの野菜は?」


 調理台に積まれたたくさんの夏野菜を指さして尋ねる。


「そちらは市場から仕入れたものです」

「料理長さん自ら市場まで行かれるんですか? 商人さんが持ってきてくれるものだと思っていました」

「食材は自分の目で見て選びたいのです。そうすることで、新鮮で味の良い材料を手に入れることができます。妃殿下は野菜がお好きなようでしたので、多めに仕入れて参りました」

「えっ。あの、それはえっと、ありがとうございます」


 まさか私のことを考えて、仕入れをしてきてくれただなんて。


 妃殿下という立場でも、この離宮の中では最低限しか相手にしてもらえない。

 それが普通になっていたからこそ、料理長さんの心配りをうれしく感じた。


「料理長、いつも以上に市場で熟考していると思ったら、王妃殿下のためだったのか……」

「ものすごく時間をかけて選んでるから、不思議だったけどなるほどなあ」


 料理人さんたちのひそひそ話がまたはじまる。

 その途端、料理長がこほんと咳払いをした。

 慌てたように、料理人さんたちは口を噤んでしまった。


「妃殿下。この野菜を使って、何か料理を作られますか?」

「いいんですか?」


 返事の代わりに、料理長さんは体を引いて、調理場のほうへ続く道を空けてくれた。


 さてと、どの野菜を使わせてもらおうかな。

 作業台の上に並べられた夏野菜たちをぐるりと見回す。


「ああっ! 美味しそう!」


 思わず声を上げたのは、つやつやと輝くトマトだ。

 真っ赤に熟れたトマトはつやつやしていて、張りがある。

 ひとつ手にしてみると、スーパーのトマトからは絶対にしない、甘酸っぱくて爽やかな葉っぱの匂いが漂ってきた。

 新鮮な取れたてトマトの匂いにうれしくなる。


「このトマトを使って、おいしいごはんが作れないかな」


 これだけ新鮮そうなトマトだから活かしたい。

 前回みたいなスープじゃなくて、もうちょっとおなかに溜まるものがいいな。

 頭の中で、知っているレシピをあれこれ思い浮かべてみる。

 そうだ、あの料理はどうかな。

 必要な材料を思い浮かべてみる。

 うん、多分この世界でも作れそうだ。

 パンがあるわけだから、大麦も手に入るよね。


「料理長さん、麦って分けてもらえますか?」

「麦ですか。ええ、大丈夫です」

「よかった。それじゃあ麦と、ここにあるトマトを使って一品作ってみますね!」

「麦とトマトでですか?」


 料理長が少し前のめりになり、調理台の上のトマトと私の顔を見比べてきた。


「傍で勉強させていただいてもよろしいですか?」

「勉強!? でも素人が趣味でしている料理ですよ?」

「私の目下の目標は、妃殿下の作られたあのスープの極意を知ることです。そのためにも、様々な料理を拝見させていただければと思います」


 スープの極意って。

 ありふれたじゃがいものスープを、特別な料理のように言われてさすがに恥ずかしくなった。

 でもこれが料理長さんの料理に対する熱意なのだろう。

 となれば、私は気にせず自分ができる範囲で、この世界にはない味付けを披露するのみだ。


 さてと。

 私は異世界にきて二度目の料理にチャレンジするため、ドレスの袖をきゅっとまくり上げた。

 今回挑むのは、トマトのリゾットだ。

 どうかおいしくできますように。

お読みいただきありがとうございます!

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