21 異世界人にまつわる伝承②
「魔力がないという証拠もありますし、呼び出して、しかるべき方法で問い詰めれば、真実を話すしかないのでは」
「強引なことはしたくない。エミリアの中にいる人格が異世界人であることを隠しているのだとしたら、それはこちらを信用できるかわからないからだろう」
「そうは言っても、あまり悠長にしているわけにもいきませんよ。他の人間にも、中身が別人だと気づかれてしまう恐れがあります」
本当に異世界人だった場合、そのことを多くの人間に知られるわけにはいかない。
中身が別人に入れ替わった王妃を、果たして本物の王妃といえるのか。
これは解釈がわかれるところだろう。
最悪の場合、この政略結婚が無効となってもおかしくはない。
それだけは何としても避けなければならなかった。
エミリアの国という後ろ盾を得たことで、ようやく他国との領土争いを巡る問題は解決の兆しを見せ始めたのだ。
いまはただでさえ、魔物の群れが発生する事件が続き、不安要素が大きい。
そんな状況下だ。
戦争の危機を招くような事態は、なんとしても避けたい。
「この国で元のエミリアを実際に知る人間は、我々の他には侍女と、エミリアを護衛していた少人数の騎士のみか」
「ただし初日の振る舞いは、噂となって王宮に広まっていますよ」
「確かにあれには虚を突かれた」
「虚をつかれたって……それだけですか? あれほど敵意を剥き出しにした態度を取られたというのに」
「少女のわがままにいちいち目くじらを立てることもないだろう。グレイスが癇癪を起した時も、だいたいいつもあんな感じだ」
「グレイス殿下はまだ三歳です。だいたい奥方と妹君を一緒にするのはいかがなものかと」
どちらも家族だ。たいした違いはないだろう。
そう言い返したら、呆れた眼差しを向けられてしまった。
咳払いをして話を戻す。
「現在の護衛に関しては問題ないだろう」
エミリアが目覚めてからは、かなり厳重に護衛をつけているが、もう騎士には任せていない。
気配を消すことのできる、隠密に行動する能力を持った者たちを任務に当たらせているため、エミリア本人は気づいてはいないはずだ。
「まあ、初日のお振舞に関しては、『異国から嫁いできたばかりで情緒不安定だった』という説明でいけるかもしれません。デリケートそうな見た目をしていらっしゃいますしねえ」
「ああ。性格面での印象の違いは、離宮にいたのがたった三日ということもあり、どうにか誤魔化していけるはずだ」
「侍女長からは、性格の変化に関する違和感の訴えがあった。ジェルヴェ公よりも、そちらの方が油断ならない」
「女性の勘は侮れませんからね。彼女は聡明だ」
「そこさえクリアしてしまえば、魔力がないことに気づかれない限り、異世界人だということに思い至る者もそういないだろう」
鑑定魔法の遣い手は滅多にいないし、普段エミリアに接する侍女たちにその適性はない。
(しかし、ジェルヴェ公なら、同じ結論に至っていてもおかしくないな)
ジェルヴェ公はエミリアと密に接しているようだし、現に疑いを持ったからこそ、テオドールに会いに来たのだ。
何よりジェルヴェ公は鋭く、底知れぬほどの知識を持っている。
(私に会いに来た時点で、エミリアの中に異世界人がいる可能性を疑っていた可能性も十分ある)
とはいえジェルヴェ公に知られる分には、問題ないだろう。
もちろん一度しっかり話をしておく必要はあるが、かつて玉座についていたジェルヴェ公が、この国や王室の不利益になる話を言いふらすとは思えない。
「ともあれ、まずは妃殿下本人を探るべきでしょうね」
「ああ、そうだな」
あれこれ推測しているだけではどうにもならない。
「明日、さっそく彼女に会いに行こうと思う」
「すぐに対処しなければならない問題だという点に関しては同意します。しかし陛下自身がすぐに動かれる必要もないのではありませんか? ご命令いただければ、代わりに私が対処しますよ」
「会話を交わしたこともないジスランが、いきなり接触するのは不自然だろう。ますます警戒されるぞ。夫である私が『夫婦だから』といえば、それなりの理由にはなる。ジスランは予定の調整をしてくれ」
「地味に難題ですね」
「睡眠を削ればなんとかなる件は夜に回せばいい」
「そんなことを言われると、意地でも陛下の睡眠をこれ以上減らさない方向で調整するしかないじゃないですか」
無理難題であればあるほど、ジスランは決して不可能だと言わない。
予想通り今回も、不満げな表情を浮かべながらも、承諾してくれた。
「わかりました。なんとかしましょう。その代わり、明日、必ず彼女の秘密を暴いてきてくださいね。それから会いに行く際は、必ず護衛をお連れ下さい。万が一影武者に替わっていた場合、陛下のお命を狙ってくるかもしれません」
「自分の身は自分で守れる」
「あなたが下手な護衛よりお強いのはわかっていますが、得体のしれない存在と二人にさせるわけにはいかないんです。もうあの方は、以前の妃殿下ではないのですから」
「……以前のエミリアではない、か」
テオドールがそう呟くと、ジスランは仕方なさそうな顔で、肩を軽く竦めた。
「やれやれ、顔色が悪いと思ったら、それで落ち込んでいたのですね。こう言ってはなんですが、エミリア様の身に起きた事故に対して、陛下が罪悪感を抱く必要などありませんよ」
やはり気落ちしていることを気づかれていたか。
言葉にせず、上手く隠しているつもりでも、ジスランにだけは感情の乱れを気づかれることが多い。
「エミリア様は王族としての責務を果たさず、政略結婚から逃れようとなされた。明らかに非はエミリア様にあります。そもそも陛下は、たった一度、お輿入れの際に顔を合わせられただけではありませんか。そのうえエミリア様が発せられたのは、護衛を減らせというお怒りの言葉だけ。これではあまりに陛下を侮辱している。確かにあちらの国の方が強大で、力もありますが……」
言葉の端々に棘がある。
昔馴染みだからこそ、時折軽口を叩き合う関係だし、それをこちらも心地よく感じているので咎めはしない。
辛辣な物言いをするのは、ジスランにとって癖のようなものだ。
それでも彼は立場をわきまえているし、目上の人間に対して敬いの気持ちを忘れたりはしない。
そんな男が、ここまでの言葉を口にするとは、正直驚かされた。
「ジスラン、言いすぎだ。おまえらしくもない。それに論点がずれているぞ」
ジスランはまだ不満げな顔で、むっつりと黙り込んだ。
「エミリアにとっては、意にそわぬ結婚だったのだ。態度が攻撃的になっても仕方ない」
「陛下は優しすぎます。いくら奥方といえど、陛下は他国の王族から下に見られていいお立場ではありません。それをお忘れなく」
「ジスラン。故人のことをあしざまに言うのはやめろ」
「故人ではないでしょう? 生きて動いていらっしゃる」
果たして、それはどうだろうか。
「元のエミリアの魂が、もうあの体の中にいないのなら、それはエミリアが生きていることになるのか?」
「申し訳ありません。私にはわかりません……」
自分にもだ。そう思いながら窓の外に目をやると、丸く満ちた月が煌々と輝いていた。
彼女が死んだのは暗い雨の夜だ。
きっと寒かったし、痛みもあっただろう。
国の都合に少女を巻き込んでしまったという思いは、やはりどうしても拭えない。
「陛下がどのような考えをお持ちであろうとも、今のあの方のことも、妃殿下として扱ってもらわなければなりません。グレイア大国の妃が生きていることが大事なのです。また戦になどならぬよう、彼の国の後ろ盾が必要なのですから」
「……わかっている」
「たとえ中身が異世界人と入れ替わっていようと割り切って、王妃として扱って下さい」
「……それもわかっている」
「やめてくださいよ、その生返事」
ジスランは腰に片手を当ててから、気持ちを切り替えるように息を吐いて、真面目な表情を浮かべた。
「異世界人が中にいるのなら、その方の前では、暗いお顔をお見せになってはいけませんよ。その異世界人が妃殿下の体を乗っ取ったようなものなのですから。元のエミリア様の魂が消滅したことを、責めているように映りますよ。少なくとも私がその方であればそこを気にしますから」
エミリアの体を乗っ取ったなどとは微塵も考えていない。
しかしジスランの言うとおり、こちらの態度次第では、そう誤解させてしまう可能性がある。
(罪のないものを不用意に傷つけないためにも、十分気を遣わねばな)
一度すでに元のエミリアに対して、対応を失敗している身としては、かなり不安ではあるのだけれど……。
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