19 エミリアちゃんの身に何があったのか
「私がこの体で生きていくというのは、つまりエミリアちゃんの役を演じていくってことでしょうか?」
王妃だったエミリアちゃんに、一般人の自分がなりきれるとは到底思えない。
不安を抱いてそう尋ねると、エミリアちゃんは顎に手を当ててうーんと考え込んだ。
「私の真似をする必要はないわよ。あなたの人生をそんなふうに犠牲にして欲しくはないもの。でも別人みたいに変わったことに関して、何らかの言い訳が必要ね。この王宮の人たちと関わったのなんて、たったの三日だけど、私その数日で結構やりたい放題やっちゃったのよ。多分、とんでもなくわがままな女だって印象づいちゃってるわ」
なぜだろう。
話している内容のわりに、エミリアちゃんは得意げな顔をしている。
わがまま三昧な態度を取ってやったわ、ふふん! ぐらいに思っていそうだ。
ん?
いま三日って言った……?
「エミリアちゃん、お嫁に来て三日でその……亡くなっちゃったんですか?」
私は言葉を選びながら、核心に触れる質問を投げかけた。
この子の身に何があったか。
尋ねられる相手は今のところ、当の本人であるエミリアちゃんしかいない。
私が緊張しながら答えを待っていると、エミリアちゃんはそれまでと何も変わらない態度で話しはじめた。
私の心配に反して、エミリアちゃんはからっとした口調だ。
「ええ、そうよ。一日だって長くこんなとこにいたくなかったから。本当は嫁いで来る前に行方をくらませられたらよかったんだけど。私の国ではみんな私の性格をよく知っていたから、隙が全く無かったのよ」
エミリアちゃんはその時のことを思い出しているのか、むくれっ面になった。
「この国の離宮にも最初は、両国それぞれが出した見張りがいたわ。だから陛下に文句を言ってやったの」
「も、文句とは」
「怒鳴り散らして、泣きわめいて、『うちの国の召使いや護衛は全員帰して、この国の護衛も鬱陶しいのよ! 見張られてるみたいで最低!』って言ってやったの」
あっという間にむくれっ面は消え去り、今度は誇らしげな笑みが現れる。
私は圧倒されたまま、エミリアちゃんの話を聞いていた。
「そしたらあの甘ちゃん、護衛の人数を最低限の数まで減らしてくれたのよ。最悪な結婚だけど、夫がお人好しだったのが唯一の救いだわ」
陛下を捕まえて『あの甘ちゃん』って言いきっちゃったよ、エミリアちゃん。
呆気にとられている私の目の前で、エミリアちゃんは楽しげにふわふわ泳いでいる。
護衛の数を減らさせてから、彼女がどんな行動に出たのか。
それは行方をくらませたかったという言葉からも想像がつく。
「……王宮から脱走したんですか?」
「もちろん! 私は大人しくしているような女じゃないもの。真夜中に抜け出してやったわ」
「そんなに簡単に脱走できるものなのですか?」
「あのね、捕虜や犯罪者ってわけじゃないのよ。お忍びで城下町へ出歩くぐらい、王族の男性たちなら皆やっているし。そもそも護衛っていうのは外敵から守るために配置するものであって、王族を見張って自由を奪う存在じゃないんだから」
ん!? さっき見張られてるのは嫌だと怒って、護衛の数を減らさせたって言ってなかったかな!?
見張りではなく、守りのための護衛だと承知したうえで、追い払ったんだな。
やっぱりこの王妃様、色んな意味ですごい。
「ガチガチに警護されているってわけでもないんですね」
女の子一人に逃げ出されちゃうなんて、正直警備ザルじゃない? なんて思ってしまったけれど、たしかにエミリアちゃんの言うとおり、彼女は捕虜なわけじゃない。
中から出ていく人間と、外から入ってこようとする人間との間では、警戒度も全然違うだろうし。
よく考えたら、王族に自由なんてない、王宮から抜け出すことも絶対に無理というのは、勝手なイメージからくる思い込みだ。
今みたいな思考怖いな。
別世界のことに関して「こうあるべきでしょ、こうなんでしょ?」って決めつけてかかるのは、危険すぎる。
元いた世界の知識や普通の概念なんて、ほとんど通用しないと考えるべきなのに。
頭が固いのはよくない。
もっと心をまっさらにしないと……。
「私にだって一人になる自由は保証されてるし、案外なんとでもなるものよ。でも雨の上に土地勘もなかったのが最悪だったわね」
「まさか、雨に打たれて風邪を引いて……」
「違うわよ。足を滑らせてすっ転んじゃったの!」
「転んだ!?」
「森の斜面を転がり落ちて、岩に頭をぶつけたところまでは覚えてるわ。気が付いたら自分の死体を見下ろしてたってわけ」
「そ、それは……」
なんと声をかけたらいいか分からなくて口ごもる。
体の弱さもあって、なんとなく病気で亡くなったと思ってたんだけど、まさかの事故死だったとは……。
「痛かったよね、エミリアちゃん……」
「何よそのなれなれしい口調。同情は結構よ! それに私、終わったことはくよくよしない主義なの」
たくましすぎるエミリアちゃんは、腰に手を当てると、ふんと顎を上に向けた。
「自分が王族や王妃候補として生まれてきたのも嫌だったし。わがままにしてたらお嫁に行かなくて済むかもって期待してたけど、そんなことなかったわ。好きでもない男と結婚して子供を産む人生を過ごすくらいなら、貧しくても自分で切り開いた運命を生きたいの。だから私、生まれ変わるのが楽しみで仕方ないのよ」
起こったことはたしかに取り返しがつかない。
だから次の人生に目を向けて、希望を託す。
エミリアちゃんの強さを私は正しいと思う。
でも、なんでだろう。
明るい顔で笑うエミリアちゃんを見ていたら、涙がぽろぽろ出てきてしまった。
「ちょっと!? なんで泣くのよ!?」
「わかりません。でも悲しくって……」
エミリアちゃんはぽかんと口を開けたまま、私を見つめている。
エミリアちゃんの体で二十日過ごしてきた。
その間、エミリアちゃんのことを色々考え続けてきた。
この子はどんな子なのだろう。
どんなふうな性格をして、どんなふうに生きてきたのだろう。
そうやって思いを馳せてきたからだろうか。
私はいつの間にか、彼女をすごく身近に感じていたのだ。
そんな子が不慮の事故で亡くなってしまった。しかも十五歳という若さで。
その事実に、胸が苦しいくらい痛んだ。
私が自分の想いを泣きながら伝えると、エミリアちゃんは溜め息をついてから、やれやれというふうに髪を払いのけた。
もはやどちらが年上かわからない。
元の世界でもここ数年は、こんな感情的に泣いたりしてなかったのに……。
いやそもそも死ぬ前数年は、社畜ロボットになっていたので、感情はほぼ無だった。
「若くして死んだって言うなら、あなただって同類でしょ? そもそもあなたはどうやって死んだのよ」
「私は過労死……働き過ぎて、ですけど……」
「働きすぎて死んだって、あなた奴隷だったの?」
エミリアちゃんの無邪気な質問がグサッと突き刺さる。
たしかに社畜は、会社の奴隷に近い存在だ。
「悲惨さ加減は同じくらいね。なおさら私だけ同情されたくないわよ! ……ていうか私なんかに同情するなんて、どうかしてるわ」
「え?」
「王妃になる人間が政略結婚が嫌すぎて逃げ出すなんて、絶対に許されないことよ。政治的な事情があるんだから」
横をすっと向いたエミリアちゃんの表情が微かに翳る。
気丈な彼女が初めて見せた寂しそうな顔だ。
「こんな自分勝手な私は、誰からも同情されちゃいけないし、されるはずもないの。もちろん王妃となった者の死だから、形式上は国葬をあげて、大々的に葬るけど、実際みんな迷惑に思ってたはずよ」
「そんなことないんじゃ……」
「あるの。あなたくらいよ、同情して泣くのはね」
そんなふうに言ってエミリアちゃんが微笑むから、またどうしようもなく胸が痛んだ。
でもエミリアちゃんは、今度は泣いている私に怒ったりせず、ただ困ったようにふわふわ浮いているだけだった。
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