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第87話 大人買いの時間

 テンクスの町に辿りつくまで、おれはひたすら悲し涙を流していた。おれはモフモフとエルフ様たちと仲良くしたいだけなのに、なぜ救世主みたいなむごい扱いを受けねばならない。モフモフ様とエルフ様とはフレンドリーでほのぼのするがおれの目標であり、崇められて欲しいとはこれぽっちも思っちゃいねえ。



「ええい、ローインタクシー、最高速だい! グスン……」


『そのたくしーというのはいかなるものは知らないでござるが、宜しいでござるぞ。』


 眼下の風景が一気にぼやけて見えてしまうほどの速度で、ローインタクシーはそれは素晴らしい速さで目的地へ向かってくれた。




「ようこそテンクスの町へ……あ、てめえは!」


「はあ」


 衛兵の詰め所であの若い衛兵とまら出くわした。もう、テンプレだよなこれ。いいかげんに飽きてきた。



「おい、口を慎め。また団長に怒られたいのか?」


 しかし今回はどうやら風向きが違ったみたいだ、若い衛兵の横から年上の同僚が彼に注意をした。



「く……ようこそテンクスの町へ……」


「はあ? なんっスか? 聞こえませんなあ」


 屈辱に耐えている若い衛兵は、身体を震わせながらおれに愛想のない挨拶してくるから、わざと聞こえないように耳に片手を当ててからからかってみる。



「うぐぐぐ……ようこそテンクスの町へ! 御用は何でございますか!」


「ああ? 御用ですかあ? またおれは捕まっちゃうんですかあ?」


 あははは、顔が真っ赤になって若い衛兵は手にしている槍を握りしめている。あー、楽しい。



「勘弁してやってくださいよ。こいつはその後スーウシェ団長にこってりと絞られて、生きた心地がしなかったんですから」


 見かねた若い衛兵の同僚が助け船を出してきたので、おれとしてもささやかな復讐ができたから、ちょっかいを出すのはここまでとするか。



「今回は商売でここに訪れた。証明するものは――」


「……いいっすよ。団長から弟弟子であるあなたはいつでも通すように言われてますから」


 ぶっきらぼうな言い方だが、若い衛兵のほうからおれのほうに事情を説明してきた。若い者が折れたというのなら年長のおれがいつまでもだだをごねるのは恰好がつかない。



「そ、そうか。お役目、ご苦労です」


「……テンクスでよい思い出を」


「ああ、ありがとう」


「次の方どうぞ」


 若い衛兵はおれに一礼すると次の旅人に検問する。若いときは誰でも血気盛んなでやり過ぎてしまうこともあるでしょう、それを許すのも年上の務めだとおれは思うね。



 今回の目標は一つだけなので、商人ギルドへ一直線に向かうことにした。そうだ、ちょっと時間を作って、うちの剛速球投手の兄上に会ってみよう。できれば彼を故郷へ帰してあげて、家族と再会してほしいものだ。これから始まるモフモフ天国作りにああいう気のいい働き手がほしい。




「率直に言います。これで買えるだけの食糧と鍬や鋤、金槌に斧などの開拓用道具をギルドのほうで買い付けてきてくれ」


 ワスプールは目の前に積まれている等級4の魔石の山にあっけを取られて、おれと魔石を交互に目を走らせているだけ。うーん、500個じゃ足りなかったのかな? 今度、ニールにお願いしてシンセザイの山でオーガの大量狩りをしようか。そうだ、足りない分はマンティコアから取れた等級5の魔石と魔法の袋で代用しようっと。



「足りないか? それならこれも付けるから」


 ドサっとアイテムボックスから等級5の魔石を100個と魔法の袋を20個ほど出して、魔石の山の上に放り上げる。これならなんとかなるじゃないかな。



「……アキラ様、あなたはテンクスが貯えている食糧を買占めされるおつもりですか? これだけ食糧を買付けされるとここ一帯に飢え死にする村々が現れて来ますよ!」


 怒りを込めたワスプールの言葉におれも事態を知ることができた。要するにおれは素材を出し過ぎたということ。てへっ、またやり過ぎちゃったね。



「当ギルドが引き受けるかどうかは別として、アキラ様がこれだけのものを買い付ける理由を説明してください。当ギルドとしてはいかなる商品も安全かつ数量をそろえた上で、全ての人々にお届けできるように義務を負っていますから」


 うーん、どうしょうか。モフモフ天国のために人族の味方は欠かせないが、ワスプールがそこまで信用できるかどうかが問題だ。



「言いにくそうなお顔をなさってますね。これらのものはどのように入手されたかはあえて問いません。今回はアキラ様とはご縁がなかったということで……」


「待て待て、ちょい待ってね」


 ワスプールが立ち上がると魔石と魔法の袋にも目をくれずに部屋から出ようとしたので、彼が本気であることをおれはその素振りから感じることができた。


 最初の取引もそうだし、エティリアのときも世話になったんだ。ここはもう、ワスプールという商人ギルドの職員さんを信用することしかないでしょう。



「わけあって全部は言えないけど、一言だけで納得してくれないかな」


「それは聞いてからの話で判断します」


 ワスプールが椅子に座り直してからお茶を一口だけ飲み、おれのほうへ身体を向きなおしている。



「……獣人族だけの楽土を作る」


 おれからのキーワードを聞いてから、ワスプールは目を閉じて何かを思考しているように思いふけている。その間にすることもないので、おれはお茶を飲みながら美味しい茶菓子を口の中に放り込み、今回は競争相手(エティリア)がいないからおれの独占だ。


 エティかあ……会いたいな。



「……そんなことはできるとお思いですか?」


「いや、できるできないじゃなくて、やるんだ」


 強めに押した言葉にワスプールが真剣な面持ちでおれを見つめている。いや、あんたはカッコいいけどおれは男に興味はないよ。どこぞの村長さんのおかげでいまでもトラウマになっているんだから。



「家内がね」


「ほうほう」


 ワスプールの嫁さんの話がどうしていきなりここで出てくるかは知らないが、あんまりにも真面目な顔をしているから話の腰を折るのも悪いだろう。



「いつも故郷のことを心配しているのです。ちなみに家内は狐人で、この世で一番の美しい人です。彼女に勝る美女は未だに見かけたことがありません」


「それはそれは。だけどなあ、ワスプールには悪いのですがお美しい奥さまにはこの世で二番目とさせて頂きましょうか」


「ほほう……して、アキラ様の中でに一番目を是非とも教えて頂けますかな?」


「それは勿論、おれの(つがい)であるうさぎさんのエティリアだ」


 ワスプールが右手を伸ばして、おれに握手を求めてくる。こういうときは(おとこ)なら飾りに過ぎない言葉なんていらないだろう。ただお互いの熱き思いをぶつけ合えばいい。固く握りしめられた二人の手、目だけで交し合う情熱。



 モフモフ同盟、いまこそここで成せり。




「魔法の袋だけは引っ込めて頂きたい。こんなものが市場に大量に出たら当ギルドに疑惑がかかりますし、アキラ様にも迷惑を被ってしまいそうです」


 ワスプールが言わんとすることはわからないでもない。ダンジョンの奥底にしか存在しない魔法の袋が20個もテンクスの商人ギルドから出れば、色んな人の思惑が飛び付いて、ここの商人ギルドがとんでもないことに巻き込まれそうだ。



 しかし、それに代わる商品を提供しないとおれとしては現金も欲しいところなんだ。なんかいいものないかな? 異世界の物はどうだろうか、牛肉とか塩とか飴とかは売れそうだがそれこそ疑惑では済まなくなる。いかんせん、この世界では存在していないものばかりだ。


 どうしょうかな……あった、いいものが最近手にしたばかりじゃないか。



「ワスプールさん、これを見てほしいだけど」


「なんでございましょうか?」


 アイテムボックスから出して見せたのは、アラクネの里で女王様と交易したアラクネの布とアラクネが丹念を込めて織り込んだ服。おれが魔法の袋を売買することを断念したことに、ワスプールはホッと一息を入れたようだが、今度は大きく息を吸い込んだ。んん? 過呼吸なのかい? 医者を呼ぼうか? あるかどうか知らないけどね。



「あ、アキラ様……こ、こここれはどこで入手されたものでしょうか!」


 こ、コケコッコー。鶏じゃありません、目の前にいるのはワスプールという人族です。


「おいおい、ワスプールさん。商人が人の仕入れ先を聞きたがるのは感心しませんぜ?」


「……そうでした。申し訳ございません……」



 おしっ、食いつきは最高だぜ。



「どこで手に入ったかは教えてやれないが、エティリアならこれから定期的にこれを提供することが可能ということだけ申し付けておきましょうか」


「さようでございますか!」


「ああ、ウソをワスプールさんにウソを言っても仕方がないよ」


「アキラ様、お願いがあります。商人ギルドの担当として落第かもしれませんがこれは是非、わたしの商会に取り扱わせてください!」


 おやおや? ワスプールは自分で商売したいと言い出したぞ? そういうの、嫌いじゃないぜ。



「いいですよ。それなら独占的にワスプールさんに卸すようにエティには言付けておきましょう」


「ありがとうございます! これだけ質の良い服は見たことがありません。家内は私の代わりにを商会を営んでくれるのですが、彼女は服を売るのが大好きなんですよ」


 息を荒くしているワスプールを見て、奥さんの趣味を兼ねた商売なら商品を仕入してあげたいのは旦那としての思いやり、そこを買うことにする。



「一つだけお願いがあるんだけど」


「お聞きましょう。アキラ様の願いなら頑張らせて頂きたいと存じます」


 いや、そこまでの願いじゃないからもっとお気楽に。



「ゼノスにラウネーの店といのがあるんだけど、エティが卸したアラクネの布はその店にも安く売ってあげてほしい」


「ほほう、それはお安い御用で。原価割りしてでも売らせて頂きましょう」


「いや。商人だから儲けましょうね」


「ははは、これはこれは。して、そのラウネーの店はというのはアキラ様が御用達の店で?」


「いやまあ、そんなものかな」


 うん。おれというより精霊王様と女神様の御用達、でもこんなことは誰にも言えない。言ったらが最後、ラウネーさんのお店はアルス神教の指定店になってしまう恐れがから。




「アキラ様。こんなことをお尋ねするのもいかがかとおもいますが、食糧と開拓に使われるものだけをご購入されても、城塞都市ラクータと対抗できるとは到底思えませんが」


 心配そうな顔で聞いてくるワスプールさんに、おれは彼が真相の一部に辿りついていることを知るとともに、大きく誤解していることも同時に理解できた。そのために正しく伝えておかないといけないと姿勢を正す。



「ワスプールさん、この際だから言っておきますけど、おれはラクータと戦争するつもりはないよ?」


「ほう……それではなぜ買付けをされるのですか?」


「俺の目的はただ一つ、獣人族が住めるところを作り上げたい。そのための食糧と開墾用の道具だ」


「なんと。しかし、城塞都市ラクータは黙って見ているとは思えませんが?」


「うん。だからワスプールさんも秘密裡ではなくて、大々的に買付けをしてもらえればいい。それ自体がラクータへの牽制となるんだから」


「しかし、それでは時間稼ぎにしか……あっ」


 ワスプールのハッとして何かに悟った顔を見て、どうやらワスプール氏もおれが考えている正解に達してくれたようだ。



 そうなのだ。これは元々生存をかけた人族と獣人族の種族競争、しかも初めから獣人族の負けが織り交ぜられた一方的な勝負。



 戦争するというのなら管理神の信念に基づいて、おれはどちらにも手を貸せないし貸す気もないし貸せるほど力もない。だが管理神は種族競争で真っ向勝負しろとは言っていない。それならこの場合において、獣人族に勝つ方法があるとすれば、それは逃げが勝ちということになる。



 おれはそこに活路を見出そうと思い至ったんだ。


ありがとうございました。

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