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第86話 闇の使者

 おれの足元に手と足を切り落とされた男は意味不明の絶叫を上げている。この男は盗賊どもに命令していたから、この男が()()()()の司令塔ということで早めに潰してしまおうと考えた。


 でもこれだけおれの大切なケモミミ仲間を殺して、挙句の果てにおれの大事な剛速球投手を手掛けようとしたから、こいつだけは楽に死なせてやらない。もがき苦しんだ末でじっくりと死の旅路を味わっていただきましょう。



 さあ、楽しい夜のお祭りの続きとしゃれ込みますか。お代は汚らわしい盗賊ども、お前らの命ということで。



 移動して投げておいた人喰い(マンイーター)を拾い上げると、風の範囲魔法を盗賊どもへ向けて飛ばし続ける。あいつらが張っている魔法の膜に阻まれて、その中で守られている盗賊を殺すことはできないが、少しでも魔法の膜から外れた盗賊は風の範囲魔法の餌食となってバラバラに切り刻まれる。


 それにしてもその魔法の膜はいいなあ、おれも取得したい。それがあれば魔法攻撃を防ぐことができる。そうだ、ゼノスへ行ってネコミミ巫女婆さんに聞いてみよう、あの長生きしてきた婆さんなら知っているはず。若返っても婆さんは婆さん、異論は認めません。



「魔法防壁から出るな! やられるぞ!」


 盗賊どもの怒声におれは魔法の膜はすぐに魔法防壁であることを知った、これで婆さんにやり方だけを聞けばいい。アイコンのチート魔法もいいけど、本格的にこの世界の魔法を学ばないといけないかもしれない。魔法のことならエルフ様、魔法陣による魔法の行使をネシアに聞いてみよう。そうしょう。




 盗賊どもは魔法防壁に守られているので、反撃することを試みてきた。精度の良い矢が撃ち込まれるようになり、時折火魔法が織り交ぜられて、おれに襲いかかってくる。それでも数の少なさとおれの機敏値の高さのおかげで、難なくそれらを回避することで攻撃を受けずに済んだ。これが騎士団単位で襲撃された場合はさすがに無事でいられることは難しいだろう。このことを思い知っただけでもおれにとって今回はいい経験を積んだ。



 盗賊どもからすれば、おれは無規則に素早く動き回っているように見えたことだろう。風の範囲魔法を途切れることなく放ち、おれは移動しつつ、魔法や矢を撃とうと立ち止まって魔法防壁の外へ身体を現すやつから、アイコンによる初級風魔法を容赦なく撃ち込んでいく。



 数人の盗賊がおれのせこい戦法で殺されてしまうと、やつらもその意図を理解することができたのか、だれかが攻撃をやめさせ、集団で魔法防壁の中で身を固めるように指示を出した。


 本当に人って学習能力が高いよね、すぐに修正をかけることができるんだから。だけど盗賊どもはきっと知ることはできない。おれがやつらを散らばせないため、そうなるように仕向けていることをね。



 そろそろお遊びを終わらせましょう、一気にお前らを殲滅(ころ)してやる。


 射線をちょっとずつ外す。すでに広場から離れ、村の虎人たちが危害に巻き込むようなことはしない。盗賊どもも離脱することを考えているらしく、集団で固まったまま後方のほうへさがっていく。



 いい子たちだ、もうちょっとだからね、そのまま後ろへ下がりなさい。



「何者かを名乗れ! 礼も弁えない人外が!」


 盗賊どもから誰かがおれに向かって的外れのことを叫んできた。



 バッカじゃないの? おれが頭の悪いお前らといちいち意味のない会話を交わすとでも思っているかな? 自分たちを殺したのが何者かを理解もできないままこの世界から消え失せろ。



「もうちょっとだ、魔法防壁を解いたら一気に散開して離脱だ!」


 盗賊どもの誰かかが号令をかけた。やはり人間はなかなかどうして侮れないもんだ、戦いというものに慣れてやがる。だけどおれがそんなことをさせるなんて思わないでほしい、きみたちにはおれの最大技をプレゼントしてあげよう。



 メニューを開き、スキル、普魔法、光魔法、上級光魔法の順でアイコンを押していく。銀龍メリジーの偽技であるプッチスターライトはこいつらに使うまでもないし、ここで魔法切れは起こしたくない。



「よしっ! 村の入り口に着いたぞ!」


 よしっ! おれもスタンバイだ。



「今だ!」


 そうだ、今だ。



 喰らいな、メガビーム砲だよん。



 夜の闇を切り裂く一筋の太い光線が、虎人の住むアルガカンザリス村から逃走しようとしているラクータ騎士団へ迸っていく。展開している魔法防壁は一瞬で砕け散り、その場にいる全ての騎士団員がその光の中に飲み込まれて、断末魔の声すらあげられないまま、この世界にいた肉体が跡形もなくかき消されてしまった。



「やはりおっかないなこれ。使いとこは限定しよっと」






「……」


 カンバルチストと彼を引き留めていたラクータ騎士団の騎士団員はあっけを取られて、目の前に広げられていた仲間への殺戮劇をただ見ているしかできなかった。それは本当にあっという間に終わってしまった短い寸劇だった。



「……ラクータへ戻ります。起きたことを至急に団長殿に報告をしなければなりません」


「……あ、あいつらの敵討ちは――」


 カンバルチストの命令に、やっとの思いで反論しようとしている騎士団員へ、カンバルチストはこの上ない冷ややかな目で見つめ返しているだけ。



「したければどうぞ。私の命令に違反して、勝手に獣人の村へ攻め込んだ上に全滅です。この責任は誰がとるのでしょうか」


 カンバルチストから言われたことを俯いたままで聞き入る騎士団員たちに、彼はさらにきつい言葉を重ねた。



「それに使われた最後の魔法は大光魔法で、それを一人で撃ちだせる存在は見たことも聞いたこともありません。その者は何者かは存じませんが、勝てる相手とお思いのなら今すぐに行ってきなさい。引き留めませんから」


 遠くから細かい経過を見ることはできなかったが、離れたこの場所にまで届く赤い両目はこの場にいる全員に深い恐怖を刻み込んでいる。



 うなだれて気力を無くした生き残りの部下たちはもう、カンバルチストの視野から消えていた。ラクータ騎士団の副団長として、預かっている部下を御しえなかった責任は大きい。しかも全滅に近い損害を出しているから、ラクータへ戻ればカンバルチストに対する処分は免れないと彼は自覚をしている。



 だけど、せめて情報だけはクータ騎士団の団長にちゃんと伝えておかねばならない。部下たちはその知らない存在を人外だと思い込んでいるようだが、あれは人族か獣人だ。すくなくとも人外などではない。


 やつは射線を獣人たちから逸らすために、襲撃をかけた騎士団員たちが村から離れるまで待っていた。人外ならば獣人のことなど気にせずに、初めから獣人を含めて皆殺しにすればいいのに、やつはそれをしなかった。



「どこのどなたかは存じませんが、こんな場所やこんな時に出会わなければ案外いい知り合いができるかもしれませんのに……」


 カンバルチストの小さな呟きを誰一人として聞くことはない。






 村から離れた場所に数人がいることは察知できた、多分だけど盗賊ども、いや、もう自分をだますウソはいい。統一した装備にあの練度、あれはラクータの騎士団なのだろう。



 追いかけて殺すこともできるだろうけど、やつらは村の襲撃に手を出していない。無用な殺戮を好んですることもない。見敵必殺になるほどおれは殺人鬼になっちゃいないし、おれがしたいことはあくまでモフモフ天国を作ることであって、この世界で戦争を引き起こしたいんじゃない。それに後始末はちゃんと付けておかないと幕が下りない。



「……た、助けて……死にたく……ねえ――」


 目の前には蠢く手と足がない肉の塊がおれに縋るように助けを求めている。悲しいものだ、誰でも自分がその立場にならないとわかり得ないことがあるのでしょう。



「……それがお前に殺されてきた者と同じ思いだ」


「……あ、ああ、た……助けて……くれ……死ぬの……いやだ……」


「悔い改めろとは言わない。お前もその思いを抱いたまま、ここで死んでいけ」


「……し、死に……たくねえ――」



 血の海の中で肉の塊は今も何かを呻いて涙を流している。でもその涙はもうじき命が消えようとして、なおも生に縋っている自分へ向けるもので、けしてやってきた殺しを悔いたものじゃないとおれは思っている。


 だからこれは放って置いても構わない救いのない魂、鎮魂曲(レクエイム)を奏でるすら無駄な命の灯。




「大丈夫か?」


 放心して地べたに今も座っているメッティアにおれは声をかけた。彼女はおれの顔を見るなりに慄いて大きな体を自分で抱きしめている。



「……あ、あなた、誰?」



 あっ、そうか。おれは今も奈落の仮面を顔に付けているからメッティアはおれを認識できていない。仮面を外してもいいけど、おれを知っているほかの村人たちから絶対にとんでもない騒ぎになってしまうので、彼女だけにわかるように、ニールが作った手甲を彼女に渡してから小声で話しかける。



「ニールが泣くぞ。無茶はダメだよ」


「あ、アキラのおっちゃん?」


「ああ、そうだ。よく頑張ったな」


「う、ウエーーン! アキ――ムグゥ!」



 おれに飛び込もうとして大声で泣こうとしているメッティアの口を塞いでやった。そんな大声じゃバレるだろうが。



「しーっ、静かに。おれが助けたってバレたくなんだ」


「ムグゥ……」


 メッティアはどうしてって目をして視線で質問してくる。



「おっさんはな、恥ずかしがり屋なんだ。きみたちを救えただけでもう、おっさんは満足したからね」


「ムグゥ……」


 納得できないって目線がおれの目に突き刺してくる。



「オホン……いいか、メッティア。これは野球の監督として命令する、このことはだれにも言っちゃいかんぞ?」


「ムグゥ……」


 嫌だけど監督命令なら仕方ありません、そういう萎れた両目がおれのほうに向けられた。よし、聞き分けのいい子だ、監督として嬉しいぞ。野球とはなんの関係もないけどね。



 アイテムボックスからアラクネの生地を一枚だけ出してからメッティアに渡す。彼女も自分が裸身でいることに気が付いたか、恥ずかしそうにアラクネの生地を受け取るとクルクルと自分の身にまとっていく。




「どこのどなたかしらないが、村を救ってくれてありがとう」


 声の方向を見るとおれが回復魔法をかけた村の長がそこに立っている。



「あ、いや……オホン。気になさるな、我は闇で繰り出す悲劇を許さぬ者ゆえ、礼など無用だ」


 おれであることが知られないようにわざとらしい振舞いをしてみた。



「おお、闇より来る者ですか!」


「そうだ。闇に生き、闇に消え、闇世に蔓延(はびこ)る不正義を正すのみ」


「は、はっはー!」


 あるえ? 虎人の村長さんと大きな幼き少女がおれに礼拝しているよ? やばいな、芝居が過ぎたか。これはもう、行かなくちゃね。



 左手を空高く掲げて、いまも待機しているローインタクシーを利用してサッサと逃げよう。


 風が集まり鷹の精霊がこの場に顕現してくる。ぞろぞろと現れた虎人たちが驚いた目でこっちを見ていた……



 なんてことをしやがるんだ。精霊たちはどうしていつも空気を読んでくれない! こんなことしたら獣人たちに誤解が生まれるじゃないか!



「おお! 森人の守り神、精霊ローインさまだ!」

「私たちを助けるために来てくれたのね!」

「ありがたやありがたや――」

「拝め拝め、村の恩人に失礼がないように」



 ほらっ、やっぱこうなったか。チキショーめが。



『もう村を救ったでござるか、さすがは拙者の契約者でござるな。』


 だー、この(バカ)はなんてことを言いやがる。間違ってないけど、村人の誤解が深まるだろうが。



「おお、おれたちのために……」

「おら、感動だ。ローインさまが闇より使われた者は人族から助けてくれた」

「ローイン様の闇の使者でございますのね」

「闇の使者、おららの守り神……」



 あれれ? 変な名で呼ばれたよ? 誰だよ、その闇の使者ってのは。どんなダークヒーローだ? 人族を切り、獣人を助けるってか? いやだよ、そんな二つ名はいらねえ!



「「「闇の使者様っ!」」」



 やばいよ、狂信者はどんなことでも仕出かすから今すぐに逃げなくちゃ。こらこら、少女メッティア。そんな神を見るような目でおっさんを崇拝してくるんじゃありません、精神的に死ぬから。



「オホンっ! 虎人に告ぐ、兎人が住むマッシャーリア村に集え。その先には獣人の楽土へ続く道があり、汝らは先祖の地へ再び訪れることになろう!」



 もうなんでもいいや、とにかくこの場を切り抜けるのにそれらしきことを言えばいい。あとのことなんて知らん。



「「「おお、獣人の楽土へ!」」」


「生き延びよう、その先にある光を見よう、そうすれば獣人のための繁栄がそこにある。恐れるな、怖がるな、お前たちのためにかの道はすでに切り開かれた!」


「「「おおーーーーっ!」」」


 アイテムボックスから適当に数本のダンジョンポーションを取って、それらを虎人の村長さんの前に置く。これで傷ついた村人を治せるといいのだが。



「傷薬だ、村人を治せ」


「はっはーっ!」


 いや、村長さんあんた、感激して頭を地面に擦り付けて場合じゃないですって。早く村人を治癒してあげてくださいよ。ここにいるのはもう限界だな、これ以上いるとおれを祭る宗教が生まれかねない。




「ローイン、早く連れて行け!」


『もうよいでござるか?』


 小声でタクシーさんに急かすが、やつはとてもおっとりと構えていた。もう、嫌だ。ほら、狂信者どもが腹這いになって襲いかかって来ようとしているじゃないか。



「いいから行けってんだ」



 ローインは風となって姿を消して、おれを包み込んでから空へ飛びあがっていく。下のほうをチラ見すると虎人たちが両手をかざしたままなにかを叫んでいた。この黒歴史は今すぐ記憶の海の中へ沈めてしまおうとおれは思ったね。



 絶対に獣人族の間で変な騒ぎになること間違いなしだよ。シクシク――


ありがとうございました。

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