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第85話 襲い掛かる者と襲われる者

 メッティアは村に起きている異変にいち早く気が付いた。師匠のニールに鍛えられてから、なぜか五感が研ぎ澄ませるようになり、身体能力も著しく上がっていき、いまでは村で彼女と対等に戦えるのは村の長くらいとまで成長を遂げている。



 両親をベッドの下に隠した彼女は家の扉を蹴り飛ばすと外へ飛び出した。自分の目がしたひどい有様に彼女は意識を失いそうになる。



 よく食べ物を裾分けしてくれる隣人の人の良いおじさんが血だまりを作って、物を言わない死体と化していた。


 いつも遊んでいる嫌味ばかりを言ってくるが、本当は優しい男の子に数本の矢が生えていて、自分の家の壁に背中を預けてまま、もう何も言えないで地面に座り込んでいる。


 気と言葉使いがとっても荒く、でも服の縫い方は丁寧に教えてくれたおばさんは大きな身体を地べたに倒れたまま、その首は身体の前に切り離されていた。



 なにこれ?どうなっているの? だれかおしえて? アルス様……



「おい、女がいるぞ」


「縛り上げろ、あとで楽しむぞ」


 声のする方向に視線を向けてみると二人の男がいやらしい目でメッティアのことを見ている。その瞬間にメッティアはなにが起こったのを理解することができた。


 彼女の住む村はラクータの騎士団に襲撃されたのだ。



「お前たち、あたしらがなにをしたというの!」


 メッティアの悲痛の叫びが騎士団員に伝わることはない。騎士団員にとって、獣人の苦しみは彼らの望むものであり、その声を聞くために殺しまわっているのだから。



「はっ、なにをしたってか? んなの知るかよ、獣人に産まれた身を呪えばいいんじゃない?」


「けけけっ、違いねえ。そんなよりもオレらと楽しもうぜ、喜ばせてやってからあの世へ送ってやるよ」


 騎士団員の嘲笑にメッティアはぶつけようがない怒りに燃えて、師匠からもらった手甲を付けている両腕に力を込めた。



「なんだこいつ、歯向かうってなら女でも容赦……ゲヘッ!」


 上かの目線でメッティアに話しかけた騎士団員は、メッティアの迅速な正拳を腹でまともに受け、吹き飛ばされてから地べたを転がりまわり、そのまま動かなくなった。



「く、クソが!」


 残された騎士団員が腰の袋から笛を取り、急いで口に当ててから力一杯それを吹いた。



 ピーーーーーっ!



 闇夜を切り裂き音にメッティアが周囲に目を配ると、騎士団員が続々とここに集まって来る。



「なんだ、どうしたんだ!」


「こいつ、この女強えぞ! アックチャスがやられたんだ!」


 騎士団員のセリフに集合したほかの騎士団員が剣を構えて、弓に矢をつがえ、魔法陣を起動させる。



「武装化!」


 状況を観察したメッティアはニールからもらった手甲に意識を込めると、それは身を守る鎧に変化させる。その情景を見た騎士団員たちは本気になって身を構え出す。



「気を付けろ! こいつはやばいやつだ、お遊びはここまでだ!」


 メッティアが一人で多数のラクータ騎士団員との戦いはここで火蓋が切り落とされる。




 メッティアは強かった。彼女に押し寄せるラクータ騎士団員を巧みな技で殴りつけ、蹴り飛ばす。飛んでくる矢と魔法は師匠からもらった鎧になった手甲が防いでくれて、ここにはいないが彼女は師匠の心遣いに感謝していた。



 しかし、戦いに慣れていないメッティアは知らない。メッティアの闘い方を監察していた騎士団員たちは、彼女が戦闘に不慣れであることはすでに看破している。


 徐々に広場のほうへ誘導されているメッティアは常に全力で攻撃を繰り返していた。



「はあ、はあ……」


 息が荒くなり、体力の限界を感じつつあるメッティアがいつの間にか村の広場にいることに視線で確認した。彼女を囲んでいるラクータ騎士団員たちは、武器を構えるだけで攻撃をしてこないことに、訝しんでいるメッティアへ一人の男が声をかけてくる。



「女! 一人で俺たちとやりあうってのか? 諦めて投降しろ、悪いようにはしないぞ?」


「お前らは信用できない! とっとと村から出て行け!」


 メッティアの怒声に男はにやけた顔をして、右手の人差し指である方向をメッティアへ指して見せた。



「そいつらがどうなってもいいってなら俺たちはいいけどよ」


 そこには騎士団員たちに首筋が剣で当てられていた村の子供たちがいる、全員がメッティアの友達であり、その口元には声がでないように布で縛られている。


 メッティアの闘気が一気に失われ、膝が折れて地べたに座り込んでしまった。



「その怪しげな鎧を抜け」


「……武装解除……」


 男の言いつけに今のメッティアは素直に従うしかない。友達を助けたい一心で彼女は鎧を手甲に戻した。



「おいおい、図体はでかいけどガキじゃねえか」


「畜生が! 俺らは子供にあしらわれたってのか」


 騎士団員たちはメッティアのことを見て、憎々しげに毒の籠った言葉をメッティアに投げつけていく。



「は、ははははは! ここを襲ってよかったぜ! いいもんが手に入ったよ。女のガキ、それを渡せ!」


 号令していた男がメッティアの持つ手甲に歓喜の声を上げて、手甲をよこすようにメッティアへ命令した。



「こ、これは師匠からもらった大事なもんだ!」


「んなの知るかよ。渡さないとどうなるかは知ってるだろうな? それとガキ、服も脱げや、全部だ」


 手甲を隠すように抱えるメッティアに男は、苛立ちげに口調を荒げてから捕まっている虎人の子供たちに目をやる。男の視線を受けた騎士団員たちは持つ剣にわずかな力を込めると、子供たちの首から少しだけだが血が流れ出した。



「や、やめろ! これは渡すから!」


 メッティアの悲鳴に男は満足した表情で彼女から手甲を強奪するように取り上げた。


 ここにいる騎士団員たちは下品な目で彼女のストリップショーに期待している中、メッティアは恥辱に耐えながら言われた通りに着ているものを脱いでいく。



「俺が使ってもいいがこれは都市の長に上納したほうがいいな。うまくいけば今回の功績で俺が副団長になれるかもな、ははははは!」


「言われた通りにしたからあたしの友達を解放しろ!」


 両手で胸と股間だけを隠しているメッティアから発した言葉を、男は訝しそうに彼女のほうへ見つめ返した。



「はて、どういうことかな? 俺たちがケモノとの約束を守るとでも思っているのか? 甘いな、ガキ。そこで寝ているケモノと一緒だな」


 男が見ている方向に目をやるとそこには剣で刺されている村の長が横たわっていた。信じられないような目付きでメッティアが男を見ると、村の長が騎士団員にやられた事情はメッティアにも理解できた。


 村の子供をダシにして同じ手を使われたんだ。



「き、汚いぞ! お前ら人族は正々堂々と戦えないのか!」


「結構結構、お褒め言葉をどうもありがとう。俺たちがケモノと約束でも交わすと思ってんのか? おめでたいガキだね」


 男はメッティアの近くにいる騎士団員に目を配ると、二人の騎士団員が裸のティアに近付いてから手と足を拘束してそのまま地面に押し倒す。



「キャーっ!」


 メッティアの叫び声を聞いた男は悦の入った表情で奪った手甲をメッティアに振りかざり、優しい口調で残忍なセリフを語り掛ける。



「おい、ガキ。いまからお前を女にしてやる、ここの全員でな。女になる喜びを知りながら死んでいけや、な?」



 そして、それは起こった。泣き叫ぶメッティアを抑え込んでいる二人の騎士団員の額に、ネッテブッカは見たことのないナイフが突き刺さったのを目撃した。




「ガヘッ――」

「グハッ――」


 仲のいい二人の騎士団員が断末魔の呻きをあげると身体が地面に崩れるように倒れ込んだ。ネッテブッカという男はなにが起きたのかをまるで想像できない。



「う、うわー!」

「な、なんだ――」

「ゲッ――」

「ブッ――」


 横からなにかうめき声が立て続けて聞こえてくる。あれはケモノの子供が捕まえている方向だ。ネッテブッカはそこへ目線を移動させたが、見えてくるものは首のないお仲間の死体で、ケモノの子供はすでに解放されている。



「なんだ、なにが起こったってんだ! ……おい、警戒しろ!」


 ネッテブッカの掛け声に騎士団員たちはそれぞれの得物を手で握り、一変したこのお楽しみの場に見えないのなにかへ気を張って備えている。



 死なない程度に自分の村が滅びることを見届けさせようと、急所を外して刺した村の長のほうを見ると、そこには身を屈め人型のようなものがいる。


 刺した剣を抜かれた村の長から淡い光が身体を包み込むように光っていると、騎士団員たちはそれが回復魔法であることに気が付く。



「何者だ、てめえはよ!」


 ネッテブッカはそれが人の形していることを確認すると幾分安心したのか、その人型に向けて荒い声で詰問した。



 その声に合わせて、その人型は立ち上がるとネッテブッカたちに顔を向けてくる。その顔を見たときに全ての騎士団員が息を止めて、喉へ固唾を飲み込んだ。




 真っ黒の顔は鼻や口が見えない、爛々とした赤い目だけが炎の明かりの中でも異常なほど燦々と輝いていた。あれは人なんかじゃない。暗闇から現れたケモノたちの無念な思いによる呪詛が具現化して、ネッテブッカたちに襲いかかってきたように思われた。


 その得体のしれない人型は未だに動けないネッテブッカたちへ、こんなときでも素晴らしく美しいと思える片手剣を向けてくる。



 スウ……


「ガッ――」

「グッ――」


 僅かに風の音が聞こえたと思ったとき、横にいる仲間の騎士団員がバラバラに切り落とされたのをネッテブッカは目視した。無形の攻撃は魔法であることはすぐに思い付いた。



「大風魔法だ! 集合して魔法防壁を張れ!」


 百戦錬磨とまでいかなくても、ネッテブッカにはこれまでの戦いで積んできた経験がある。


 見たことはないがダンジョンの最下層から手に入った神器は、魔法を使用できるとネッテブッカは聞いたことがある。それなら得体のしれない人型が持っている深紅の剣は、ダンジョンの神器であるかもしれないと推測した。



 騎士団員の魔法術師たちが張り出した魔法防壁は、絶え間なくおそってくる風の範囲魔法を防いでいる。このことがネッテブッカにわずかな余裕をもたらすことができた。



「てめえは何者だ!」


 しかし、得体のしれない人型は何も答えて来ない。そのことが余計にネッテブッカたちはこの得体のしれない人型を不気味に思わせる。



「畜生が! なんだってんだよ!」


 苛立ちを隠せないネッテブッカに、得体のしれない人型はフッと笑ったような表情を見せていると、ネッテブッカには感じることができた。その人型はなぜか右手を夜空へのほうへ向けて上げている。



 村を焼いている炎が空へ吸い込まれるように舞い上がっていく。



 そのありえない光景にネッテブッカたちは口を開いて見つめることしかできない。ハッと気が付くと大風魔法は止んでいて、ネッテブッカは今までにないような湧き上がってくる危機感に、身体を震わせずにはいられなかった。



「来るぞ! 構え――」


 ネッテブッカが言い終える前、得体のしれない人型は両手にナイフを持って彼の目の前に立っていた。


 赤く光る両目に睨まれてネッテブッカは仲間への指令を忘れ、顔中に広がる黒い闇はまるでネッテブッカを二度と帰って来れない奈落へ誘おうと、本能的に畏怖させてしまっている。



「こんな動きは生き物にはできない、できるはずがない……」


 ネッテブッカは戦慄を禁じえきれずに身体を硬直させてしまった。突如の出来事に周りにいる騎士団員も反応ができないまま立っているだけ。



「あいつらをやったナイフだ……」



 見覚えのある変わった形のナイフにネッテブッカが目をやると二本のナイフは残影を残してわずかに動いた。


 手と足の付け根に走った熱い激痛を感じ、ネッテブッカが痛さで声を上げようとするより先に、彼の体重を支えて獣人たちを蹴り飛ばしてきた足が、数多の殺戮を成した両手が、ネッテブッカの身体から切断された。



「が、ぐわああああっ!」



 ネッテブッカの上げる悲鳴は、今まで殺してきた獣人の誰よりも勝るとも劣ることはない。


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