第83話 地竜は森の住民の守護者
地竜ペシティグムスの頬におれはそっと右手の手のひらを当てて、回復魔法のアイコンをメニューから開き、左手の人差し指で撫でるようにふれてからアイコンを押す。淡く光った回復魔法の光が地竜ペシティグムスの首を包み込み、その至る所に腫れていた打撲の傷跡がきれいに引いて行く。
「殺そうとした奴に回復魔法なんて気が知れんぜ。相変わらずわけのわからん野郎だな、てめえはよ」
横から冷やかすように投げつけられてくる皮肉にもおれはめげない、地竜ペシティグムスの感謝してくるような目に溜まっているしずくがこぼれ落ちていく。おれも一筋の涙を流し、一度だけ首を縦に振って頷いて見せた。
そうさ、敗者にしかわからないこの胸に染みてくる共鳴、銀龍メリジーに完膚なきまで叩きのめされた者にのみわかり合える気持ち。
「泣くんじゃない、漢は負けても明日に向かって立ち上がるんだ」
『おお。そうだな、今日の負けは明日に勝つのための糧だ』
おれの手が伸びてくる地竜ペシティグムスの前足に触れた。おれたちは一緒に同じ方向へ向けていく。そこには涼しげにおれたちを眺めている強者、銀龍メリジーが竜人のままで華麗なる立ち姿を見せていた。
彼女が瞼を閉じるとこの上ない微笑みを美しい尊顔に浮かべてから、いきなり目をかっと開いてえげつないほどの殺気をおれたちに向けて飛ばしてくる。
『二人掛かりで来るか、ああ? いいぜ、まとめて相手にしてやんぞ!』
「調子に乗ってすんませんでした!」
『悪かった、許してくれい!』
やはりどんな生物でも身を弁えて生きるべく、刃向かってはいけない者がこの世界にごまんといることを知ってしかるべき。これが必殺のジ・ドゲザと引き換えに得た今回の教訓だ。シクシク――
『勝負はわれの負けだ。人族、望み通りにケモノビトをこの森で受け入れ、その守護となってやろうぞ』
「ありがとうございます。森のヌシ様に守ってもらえるのなら獣人族たちもさぞや心強いことでしょう」
『人族、そっちの名をわれに教えろ』
「え? あ、はい。アキラ、カミムラアキラといいますが、アキラと呼んで下さい」
『うむ。この古よりより長久なときを過ごしてきた地竜ペシティグムスが誓いを果たす。われから勝利をもぎ取った人族アキラの願いを聞き入れ、われはこのアラリアの森でケモノビトに災いが降りかからぬよう、ケモノビトが往昔のように住するさまを見守ろうぞ』
人族の姿に戻ったニールの立ち合いのもと、地竜ペシティグムスは自分の名にかけて誓いをおれに立てた。それは嬉しいけど、できればその範囲をもうちょっとだけ広げられるようにおれは森のヌシ様に頼んでみる。
「あの、できればこの森に暮らしているエルフと魔物たちも今と同じように見守ってくれるとありがたいんですけど」
『ふむ、それは応じられぬな。人族アキラとの誓いはあくまでケモノビトに対するもの、モリビトやイケイどもは入っていないぞ』
「そこをなんとかお願いできないでしょうか?」
追い縋るおれに地竜ペシティグムスはご大層に目をつぶってから考え込んでいたが、すぐに好戦的な眼光を込めた鋭く突き刺すような目線をおれのほうに送り込んでくる。
『いま一度われと刃を交わせ。同様にわれに傷を付けられれば承諾してやろうではないか』
「あっるえ? そんなご無体な!」
最強の武器である滅龍の槍は今でも地竜ペシティグムスの角に突き刺したまま、魔力なんてようやく動ける程度しか回復していない。この状態で全ての技をさらけ出したおれは地竜に傷を付けられる可能性はないと断言してもおかしくない。
「...アキラ、あたしたち森人を心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ、自分たちのことは自分で守るわ。...」
健気にネシアはおれを慰めるかのように言葉をかけてきた。どうにもおれは自分の詰めの甘さに嘆かずにはいられない。この世界で生きるようになってから勢いだけで話を言ったり、行動を起こしたりする癖が付いたみたい。
他人よりちょっと強くなっているから、どこか油断しているのだろうか。そういえばニモテアウズのじっちゃんにも脇が甘いって言われていたな、つくづくおれってしまらないやつだ。
『ふ……ぬあはははは! モリビトよ、安心せい。イケイども共々守護してやるぞ』
「...ありがとうございます、ヌシ様。...」
豪気に爆笑している地竜ペシティグムスにおれが気の抜けた視線を向けるとやつは笑いながら陽気に語り掛けてくる。
『お前に謀れてわれは同族以外で初めて傷つけられたのだ、戯言一つくらいで驚くな。人族アキラよ』
「は、はあ」
『アラリアの森を荒らさぬモリビトやイケイどもはわれとも長い時を共に歩んできた。われにとってやつらは子同然の存在、親が子を守るは当然の道理であろう』
それを、早く言えや!てめえとの再戦なんて無理ゲーはしたくもねえよ。
『ところでアキラ、お前に問いたいことがある』
一転して雄々しく厳かな雰囲気をまとう地竜ペシティグムスの姿におれは固唾を飲んで、その問いかけを身を固くして待ち構えてしまう。
『いずれ人族がこのアラリアの森に足を踏み入れたとき、お前はわれになにを望む?』
地竜ペシティグムスから質問された内容を理解した時、おれは遠く離れたファージン集落のことを思い出した。あの貧しくても懸命に日々を送っている、第二の故郷にいるおれの仲間たちを思い浮かべていた。
「……アラリアの森のヌシ様に全ての生き物を愛でることを願う。人族は一人残らずみなが欲深い生き物なんかじゃありません。貧困に喘いで、森の恵みを求めたい人々もいることでしょうとおれは思っています。そのときに叶うことなら慈しんでやってあげてください、これが願えるならの願いです」
『全ての生き物を愛でるか……アキラ、お前は精霊王様と同じことをいうのだな』
はるか遠き地にある帰れないアルスの森へ、地竜ペシティグムスは目を細め、なにかを思い出している表情を見せてから再度おれのほうへ顔を向けてくる。
『全ての生き物はか弱き愛し子。互いに奪い合い、傷をつけ合わないのであれば、この地竜ペシティグムスの名において、いかなる生き物であってもアラリアの森で生きる糧は与えようぞ!』
「森のヌシ様の深いご慈愛、ありがとうございます!」
アラリアの森のヌシ様へお礼を捧げるために深くおれは頭を下げ、感謝する気持ちを伝えた。そんなおれに地竜ペシティグムスはさらに口を開いて話しかけてくる。
『人族アキラに問おう。人族のことは無論、ケモノビトやモリビトが森を荒らすのであれば、われはなんとせよとお前は思う?』
「そのときはアラリアの森を守護する地竜ペシティグムス様が思うままになさるがいいと思います。弱い者は助けてほしいのですけど、悪事に森のヌシ様が我慢して見逃すことはありませんから」
『その言、気に入った! ここにわれとそっちの契約は成す。未来永劫に渡ってわれは、ドラゴンに名を連なるものペシティグムスが生がある限りは人族アキラの願い通り、アラリアの森に住み付く者を守り通そう』
よっしゃー! これで第一目標は達成することができ、この森へ獣人さんたちのモフモフ天国を作るためのお墨付きが手に入りました。
ネシアの両手を掴み、はにかんでいる彼女をよそに喜んでいるおれを、森のヌシ様は無視しているかのように事の成り行きを見守っているニールへ語りかけた。
『メリジー、やってくれ』
「おうよ、まかせろや」
ペシティグムスとニールの会話がわからないおれは、顔を赤くしているネシアの手を掴んだまま、竜たちの行動をただ見つめているだけ。
小さく飛び上がってからニールは見えないほどの速さで手刀一閃、地竜ペシティグムスの滅龍の槍が刺されている太い角を一瞬にして切り落としている。
「な、なんだ?」
『人族アキラ。そっちに傷つけられたわれの角を証として受け取れ。これを持ってこの地竜ペシティグムスを負かせたことを誉れとして、この地に住む多種族に広く語り継がれるがいい!』
いやいやいやいや。どこの英雄伝説っスかそれは、だれにも語りませんって。そんなことしたら間違いなくおれはアルス教か都市のお偉い方に捕まって、神殿の奥で生きた偶像として祭り上げられてしまうじゃないっスか。
「全力でご遠慮致しますっ!」
おれが望む異世界転移はほのぼのスノーライフ、だれにも束縛されない世界の観光。地竜ペシティグムスと言えど邪魔はさせないぞ!
『そ、そうか、稀に見ない欲のない人族だな。だがわれの角は受け取れ、武器にでも仕立てるがいい』
うーん。こんな大きなドラゴンの角を武器屋に持って行くとこれまたとんでもない大騒ぎになって、武器を作るとかの問題じゃなくなる。そもそもドラゴン製の武器がほしいならニールさんに頼まないと彼女の面子を潰すのじゃないかな。ほら、言わんこっちゃない、先から彼女の厳しい目でおれを見ているし。どうっすかな――
……そうだ。この角はよりふさわしい使い道ができるので、ペシティくんに相談してみようか。
「あのう、この素晴らしいあなたの角をこれから作る獣人族の里に置いて、森のヌシ様を祭る御神体とすることでお許しを頂けないだろうか?」
『むむ、われの角を御神体とな……いいではないか、うむ、いいぞ。その考えはいい、われが神として崇められるか……ぬあはははは!』
なんかこの提案がペシティくんにとても気に入ったので、これで一件落着だね。刺さっている滅龍の槍もペシティくんの角とともにちゃんとアイテムボックスに回収しよう。
『人族アキラ、この森でわれの力を欲しくばこの岩になにか匂いが付くものを捧げよう。その匂いでわれはそっちが来たことを知るだろう』
匂いね、それでエルフ様は香りのいい果実酒を献上してきたわけか。だがおれの場合は匂いするものを持っていない、どうしたらいいかな。
あ、あった、あったんだ。それなら今回役に立ってもらったニールにもきっと歓喜の声が上がるはずだ。
「わかりました。これから第一回アラリアのヌシ様を敬う祝宴の牛肉焼き肉パーティを開催したいと思います! ニール、魔法の袋に入れた果実酒を出してくれ」
地竜ペシティグムスとの戦いの前に、ニールはちゃっかりとまだ飲まれていない果実酒の樽を魔法の袋に入れたのはチラ見でチェック済みだ。
『ギュウニク? やきにくぱーてぃ?』
「気が利くじゃねえか! てめえを祝うのは気に入らねえが焼き肉パーチーはいいもんだぜ、ノロマ」
歓声を叫びあげるニールに、ノロマ呼ばれのペシティくんは嫌そうな顔をしているが見ていろ、今にその顔色を変えてやるからね。異世界のお肉の味に酔い痴れてみせろ。
ありがとうございました。




