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第81話 料理長に助手ができた

 ハンバーグと言えば材料はミンチ肉。あいにくこの世界にはフードプロセッサーという便利な機械は存在しないから、自分で切らなければならないが面倒くさい。こういうときは大先生に出番を頼むのが定石だとおれは思うね。



「というわけでお願いしやす!」


「どういうわけかは知んねえがおまえ、この頃やたらと俺を扱き使っていねえか?」


 とんでもないです。武芸百般の銀龍メリジー(脳筋)さんならたやすい御用と思いますんで、是非その腕を見せて頂きたいものです。



「はい。これで石の上から肉を切り刻んでください」


 牛肉とオーク肉をアイテムボックスから大量に用意してからサバイバルナイフをニールに渡す。不壊属性ついているからバカ力で石を切っても刃こぼれはしないのだろう。



「チっ、しゃあねえな。うめえもんを作れよ」


 トントントントントントントン――



 ニールは石の上に肉を適当に置いてから素早い手首の動きで肉を切り刻み始めた。どのくらい早いというと手首による上下の動作が残影を作って、肉の塊があっという間にミンチ肉に早変わりしていく程度。


 ハッキリ言って人間の動きじゃありません、フードプロセッサーもいらずに家に一台はほしい銀龍メリジー。今なら熨斗を付けてただで、しかも送料無しでくれてやろう。



「...アキラ、手伝うことはないの?...」


 美形のエルフは手持ち無沙汰しているようで、おれのほうに自分もなにかできないかと聞いてきている。



 トントントントントンガリットントン.....



「そうだな、野菜のほうを切ってもらえたら……ガリッってなんだ?」


 トントントンガリッガリッガリッガリッ――



「だあーっ! ニール、石を砕いてんじゃねえよ!」


「んだよ、それなら早く言えよ。ったくグズなんだからてめえはよ」


 お前はどんな怪力の持ち主だよ。カルシウムは骨を強くするが、石を混じるとどんな養分になるかはおれも知らない。というか、砕石は建材として使われますけど食材として寡聞にして存じません。



 涙を流さない玉ねぎみたいな野菜をネシアにみじん切りにしてもらってから、オーク肉の脂身でアウトドアクッカーで炒める。クッカーの鍋は一人用なので、今では人数分の食事を作るのに苦労しているから、この世界の料理用の鍋セットを街で見繕うことを心に決めた。


 改めてニールに切ってもらったミンチ肉と黄金色に炒めた玉ねぎもどきに卵と小麦粉を混ぜて、手のひら程度の大きさに仕分けていく。この世界にも卵生動物がいてよかった。テンクスの市場で卵を見かけたときは大喜びで、あまりのはしゃぎぶりにクレスたちが引いていたのはよく覚えている。



 ジューッ


 待ちきれずにニールが忙しくハンバーグを焼いている鍋を覗いている。調理の邪魔だからこれはちゃんとシツケしないといけない。



「これニール、ハウスっ!」


「はうす? んだよそれ」


 しまった。この頃のニールは最初のようなとげとげしい雰囲気はなく、豪快なのは変わっていないがどこか可愛らしい小動物のようなムードを漂わせていて、おれもついついペットを扱うような行動に出てしまった。



 麗しいニール様は下から覗き上げるようにおれの顔を見ている。やはり人化している銀龍メリジーは人離れの美しさを持つことを改めて思い出す。思わず彼女の目から逸らすように視線を下に向けるがそこは深い谷間がおれを待ち構えていた。


 なんの色仕掛けの罠だよこれ。



「お、オッホン。もうすぐ出来上がるから着席しなさい」


「変なやつだ」


 誤魔化すようにおれは焼き上がったハンバーグに、醤油と砂糖に酒を少しだけ垂らした水っぽいソースをかけてから、茹でただけの野菜に塩を振りかけて、期待の目を輝かせている麗人のお二人が待つ即席のテーブルに料理を持ってそこへ向かう。




 食った、完食しました。作ったハンバーグは全てなくなりました。もう慣例のようにおれは一口も食べていない。満足そうな二人は食後のコーヒーを所望して、テンクスで買った焼き菓子を添えてのご提供にネシアは微笑みを見せてくれた。


 とびっきりの御代金(スマイル)、ありがとうございます。



 自分の食事はカレーライス、お二人ともそれに興味を示さない。以前に食卓にカレーライスを乗せたことはあったが、ネシアは香辛料が多いと言って、一口食べただけでスプーンを置いた。ニールのほうはカレーライスよりも焼き肉などの肉料理が好みだと言ったことがある。


 いいもんね、月月火水木金金のネイビーカレーだい。おれだけが楽しめる文化のある料理(ソウルフード)、おれにとってそれがカレーライス。



「ひと眠りしたら出発するよ」


「おう。お前らは寝とけ、見張りは俺がやる」


 憩いのひと時を過ごすとおれは体力を満タンにするために休息をとることにした。もうすぐ祭壇の岩へ着くので地竜ペシティグムスとご対面する。その時を備えるためになるべく完璧な態勢を整えたかった。



 ニールのありがたい申し出におれは甘えることにする。近頃の彼女は思いやりという優しい気持ちを理解できたかのように、周りの人たちにも気を配れるようになってきた。爺さん(エンシェントドラゴン)は彼女にどんな変化を求めていたかは聞かされていないけど、このように変わってくれることにおれは笑みを浮かばずにはいられない。



 魔族領で恐れられて、山の上で爺さんと一緒に籠るのもいいが、せっかく感情という生き物の証を持っているのなら、それを色んな種族と偶然的に出会い、必然的に離別して、生涯の思い出を積み重ねてみても悪くないと思う。



「んだよ。ニヤニヤして気持ちわりいな」


「別に。さて、寝床を作るか」


 ぶっきらぼうに不機嫌な顔のニールへおれは笑顔を向けると仮眠を取るため、ネシアとおれのテントを設営しようとこの場から歩み去る。



 知っているか、ニール。今のきみは冷たき気高い美しさじゃなくて、おれが惚れてしまいそうくらい温かみのある、とてもチャーミングで魅力的な女性に見えるんだ。もちろん、果てのない命があるきみに惚れたりはしないけどね。




 祭壇の岩と言う名が付いているから、それはどんな場所かと思っていた。アラリアの森の奥深く、開けた木々のない平地にただ大きな一枚岩が鎮座しているだけのここは、岩の下の地面には壊れて朽果てた木樽の残骸があっちこっちに散乱している。


 岩の上へ登る天然の階段があったので、おれとニールにネシアはそれを使って岩の上へ目指す。



「ネシア、道が狭いけど大丈夫か?」


「...ええ、心配してくれてありがとう。ちょっとしんどいけど大丈夫よ。...」


「心配すんなよ、エルフねえちゃんはぼくが守るから」


 息使いが少しだけ乱れてきたネシアにおれは声を掛けたが、彼女は気丈に歩みを止めることもなく階段を踏み続けている。それとイタチの精霊よ、勇ましいことをおっしゃっているけど、彼女の首に尻尾を巻いているだけじゃねえか。



「心配すんな、落ちても飛んで拾ってやんからよ」


 最後尾のニールは心強く言ってくれているけど、()()()()()助けてくれるかは考えないことにする。伝説のドラゴンの現身(うつしみ)を見たい気もするが、もうちょっと万軍の敵と対峙している時とか、ここぞというときのほうが感動できると思う。




 一枚岩である祭壇の岩の上は平ぺったい場所。ここからはアラリアの森を一望できるので、見渡す限り深緑の森が広がっている風景が視界に収まる。本当にこの森はアルスの森には及ばないとしても壮大な森林であることに変わりはない。暇があればここに独りでキャンプしながら月が掲げる夜空を眺めていたいものだ。



「地竜ペシティグムスを誘き寄せるために献上品(おさけ)を置くよ」


 アラリアのエルフが作った果実酒を入れてある木の樽をアイテムボックスから取り出した。森のヌシ様はエルフを追い払わなかったのはこの酒のためだと思えるくらい、エルフの果実酒は実に口当たりが爽やかでとても飲みやすかった。



「俺の分も残せ、あとで飲む」


 ニールの注文におれは二樽の果実酒をアイテムボックスに放り込む。大先生の言いつけはちゃんと守らないとな。


 樽から蓋を外すと果実酒のいい香りがそよ風に乗って、辺りに匂いを漂わせていく。この匂いだけで飲まなくても気持ちよく酔えそうだ。さあ、森のヌシ様、おいで下さいませ。



 ズンッズンッ……


 酒の匂いに誘われたのか、遠くのほうからとてつもなく重そうな物体が地響きを響かせながらこちらへ近付いてくる。その音におれはなんとなくネシアの顔に目を向けてみた。



「...わかりません。集落から出たことがないのでヌシ様にお会いしたことがない。...」


「そうか。それならここで待とうか」


 考えてみればわかる話、ネシアは忌子で集落から出たことがない。そんな彼女に確認を取ろうと思っても知っているはずもない。しかし、答えは意外な方向から帰ってきた。



「ふんっ。トロい地竜(アースドラゴン)の足音だな。とりわけこの遅い鈍さはペシティグムスしか出せねえよ」


 吊り上げた柳眉で木々が倒されている方向を見ているニールは冷笑している。多種族で恐怖の的でしかない地竜(アースドラゴン)は彼女からすれば取るに足りない程度の存在であるらしい。




 ようやく森のヌシ様である地竜(アースドラゴン)ペシティグムスのお出まし、でかい角が付いている首を振りながら祭壇の岩のほうへ接近してきた。本当に遠方から見るだけならただのトカゲにしか見えない。でもトカゲは人の肝を冷やす唸り声をあげないので来るのは間違いなくドラゴンだ。



 ネシアはこちらへ木を踏み倒しながら向かってくる地竜(アースドラゴン)に怯えて慄いているようで、その顔色は青白くて、身体中から汗が絶えずに噴き出している。そんな彼女におれはそっとその手のひらを握って落ち着かせようとした。



「...アキラ。...」


「心配ないよ。大先生(ニール)さんがいるおれたちに恐れるべきものは何一つないから」


 その言葉に気を良くしたのか、ニールはおれの肩を三回ほど力強く叩いている。



「分かってんじゃねえか、俺にまかせろや」



 頼りがいのあるニールさんにお願いがある。叩くなら手加減して? 肩の骨が粉砕されそうでマジでめちゃくちゃ痛いです。骨が強化されそうな石入りのハンバーグを作って食えばよかったかな? 歯がボロボロになるだろうけど。


ありがとうございました。

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