第80話 アラリアの森は修行場
アラクネの糸を大量に入手し、アラクネが紡いだ色鮮やかでおしゃれな服もたくさん仕入れができた。ダイリーは新しく入った農具を喜んでいたので、アラクネの糸一束を鍬の一本と交換しようとしたが、それでは対価として釣り合いが取れないからということで、おれが定めた数で交換することにした。
「おれは商人ではないから今回はこれで交換したが、今後は兎人のエティリアがあなたたちと商売するから彼女と交渉してくれ」
「ええ、わかったわ。そのケモノビトのエティリアが来れば、うちらの糸と作った服を同等の物と交換しましょう」
ダイリーの話で彼女たちは森から木を切って来るから斧が欲しいという要望があって、手斧では心もとないからダンジョンのお宝である20本のバトルアックスを渡した。それを手にしたアラクネたちはバトルアックスの出来に大喜びして、試し切りにとおれの腰くらいある樹幹を一撃で両断させた。
「知り合いの魔物が交換したいものがあれば、仲介してくれても構わないよ?」
「ええ、それは助かるわ。ハーピーたちは手入れするのに人族が作った櫛やカガミというものが欲しいと前に言ってましたから。ハーピーの羽が沢山あるので交換できるみたいよ」
ハーピーの羽は保温性が高くて素材が軽いため、ふとんや防寒服などで愛用されていると剥ぎ取りのときにゾシスリアから聞いたことがある。よしっ、これでエティリアのために新素材の確保に成功とおれは考え、手のないハーピーたちがどうやって櫛やカガミを使うかは謎のままでも問題なしだ。
「まあ、アキラったら嬉しい顔しちゃって。そのケモノビトのエティリアというのはあなたのなんですの?」
「恋人。あなたたちでいうとつがいみたいなものです」
「そうですか、それなら是非彼女と仲良くさせてもらいますね」
「ああ、そうしてください。彼女も喜ぶと思います」
アラクネの女王様であるダイリーの手にはタイターンギザームという白銀色の長い鉾槍を持っている。ダンジョンからおれが取ってきたお宝で土魔法を魔力だけで発動できるから、女王様に献上品としてさし上げた。
「アキラ。今だから聞くけれど、なぜニール様がうちらを攻撃するのを止められたのですか?」
「あなたたちも精霊王様から見れば愛し子ですから、彼女を悲しませることはしたくない」
「まあ。精霊様たちを統べる精霊王さまがうちらみたいな魔物でも愛でられるのですか?」
「ああ、そういうお方なんだ」
人族と付き合いのあった以前のアラクネクィーンたちが残した色んな書物や森のヌシ様から聞き伝わった話で、精霊王や風の精霊についての知識は代々の女王様に伝承されているとダイリーは説明してくれた。
「是非またうちらの里にツガイとともに来てください」
「そうするよ。歓待してくれてありがとう」
おれが渡したたくさんの肉でアラクネの里ではしばらく食糧に困らないらしい。そのためにアラクネの御婦人方は盛大に森から削ってきた木のチップでこんがりと肉料理を焼いてくれて、みんなでそれを腹一杯食べた。その後はお茶を飲みながら英気を養い、気力と体力を満タンにすることができた。
「そろそろ行くぞ」
ゆっくりと睡眠を取ったのでネシアを初め、エルフや兎人の若者たちも元気はつらつで顔色が冴えている。ニールの掛け声におれたちはアラクネとアサシンスパイダーに見送られ、アラクネの里を出て一路祭壇の岩へ行くため、未開の森の奥を二人のスカウトとおれが先頭に立って突き進んでいく。
ニールとおれ以外のみんなはレベル上げが順調で、とくにネシアの成長には目を張るものがある。森の中であるため、さすがに炎魔法の行使は控えているが、ローインの祝福を受けた彼女の風魔法はシルフィードスタッフの持つ効果が相乗し、モンスター化したパーピーでさえ彼女の初級風魔法に抗うこともできずに切断されてしまう。
エルフや兎人の若者たちのチームワークは闘いの数をこなしたおかげでかなり上達している。いままで獣人とエルフには役割分担という概念がなかったため、好きなように突進したり、魔法を射線も考えないでフレンドリーファイアをかましたりしたらしい。
そのためにおれはそれぞれの担当をしっかりと伝えて、担うべき役割での戦い方を身体に染み込ませるのに苦労をした。おれのほうも技能としての集団戦闘術を習ったことなんてないのだが、ゲームしたときの経験や映画やアニメの戦闘シーンを思い出しながら、エルフと兎人一緒に模索しつつチームでの戦闘技術を練り上げていく。
戦闘の経験もさりながら、モンスターから剥ぎ取れた素材と魔石で懐がウハウハで懐が豊かになりそうです。今回の探索を終えれば、おれとニール、ネシアらエルフたち、兎人の若者たちとで四分割することは決定している。ニールが受け取ることはないから実質、おれが半分の素材と魔石を獲得ことになる。
「戦う意味がないからここは無視して通る」
通り道にあったゴブリンの里へスカウトを連れて、木の上から覗いていたおれは下した判断を小声で二人に言い渡した。
「宜しいですか? 見た所ゴブリンが300体程度の里だと思います。今ならあっという間に滅ぼせますよ?」
エルフの青年から確認するように問いかけられたが、おれは決定した指令をひるがえさなかった。それにしても本当にみんなは逞しくなったよ。三百体はあるゴブリンを、程度という言葉で片づけられるのはエルフの集落を出た当初では考えられないほどの成長を遂げた。
これはひとえにニールのおかげだと思う、それだけ彼女の稽古は苛烈で効率的だ。
「いいか? 本来の目的を見失うな、おれたちは無事に祭壇の岩へ辿る着くことが目標、損害を最小限に抑えることが斥候の役割。無意味な戦闘は戦力を削ぐだけじゃなく、ときには味方の命を危うくすることもあるんだ」
「「はいっ!」」
聞き分けのいいお弟子さんからの返事に満足したおれは、のんびりと里の中で日向ぼっこしているゴブリンから視線を外した。そいつらがどんなやつらは知らないけれど、家を建てたり、畑を耕せるだけの文化を持ち得るなら、間違いなく幼女の愛し子だ。
でも闘いを挑んでくるというのなら、問答無用で全滅はさせてやるけどね。
森の中に開けた場所があったので、ここで一次キャンプを張ることにする。
「ここから先はおれとニールとネシアだけで挑む。きみたちはここで警戒しながらおれたちの帰還を待機するように」
この場所には小さいだが澄み切った水を湧く出す泉があって、水源には困らない。森の広場に魔素の塊があるところは木の枝をさし込み、ニールと一緒にモンスター化させて討伐したのちに、それぞれの種類を図にしたメモをエルフの使い手の代表に渡した。
ゴブリンとオークにアラクネ、みんなが対応できるモンスターを狩りつつ食糧も手にすることができる。オーガが湧く魔素の塊には細心の注意を払うように伝えておいた。
テントを張り、枯れ木を集めてからエルフの代表にみんなのことを託すと、おれとニールにネシアは最終目的地である祭壇の岩へ目指して出発する。
「お気を付けください」
「ああ、種族の魔物に襲われそうになったらアラクネの里へ撤退しろ。無理にここでおれたちの帰りを待つこともない。命を一番に考えてくれ」
厳重に注意してからリュックを背負い、おれはニールにネシアとともに歩き出す。ゾシスリアを初め、みんなに手を振られながらおれたちは一次キャンプから離れた。
祭壇の岩に至るまで時間を節約するために魔素の塊を回避しつつ、森の中でたまに徘徊している魔物とは接触しないように避けて通る。いつかはこの森にいる知恵のある魔物たちと交流でもして、より豊かで賑やかな文明を持つ地域にしても悪くはないとおれは思った。ただそれを成し遂げるのはおれではなく、獣人族たちにやってもらいたいと考えている。
「...アキラは変わったお人。モンスターと仲良くするなんて、あたしたち森人は思ったこともなかったわ。...」
「いくつかの魔物の里を見てきたけど、畑を耕したり、森の動物を狩ったりして生きているんだ。形こそモンスターだけど、その営みは立派なこの世界の住民だと思っただけなんだ」
おれが返した言葉にネシアは頷き、ニールは遠くアルス連山のほうに目を向けて小さな声でおれにしか聞こえない呟きを自分自身に語り掛けている。
「この世界の住民か……主様は全てを愛せよと言ったが、こういうことなのか……」
たぶんだけど、管理神様は色んな生き物が住み、地球とは違う発展を遂げる世界を作りたいと、根拠はないがおれは確信している。そういう世界では生き方や文化は違いがあるけれど、それぞれの種族が尊重し合えることが根底にあれば、きっと個体としても楽しく自分らしい生涯を過ごせるものだとおれは思う。
オークさんが女騎士と出会える世界はここで実現ができるから、是非言わせて頂きたいセリフがあるんだ。
「くっ、コロせ。だって、プっ、プククク……」
独りで妄想の世界に入り浸っているとネシアは訝しげに、ニールは呆れ顔でおれを見ていた。
「...アキラ、どうしたのでしょうか?...」
「気にすんなよ、いつもの病気だ。もう治らんよ」
今回は聞こえてるんだぞ、ニール。言い返せないのは腹立たしいけど、小説やゲームにしか存在しなかった世界にいる喜びは、お前らには絶対に理解することはない。それは異世界移転したおれだけが知っている夢想だから。
「飯にするか、献立は牛肉とオーク肉のハンバーグにするからな」
「はんばーぐっ! 新しい食事だな!」
「...はんばーぐって、なんでしょうか?...」
目を輝かせるニールを見て、ネシアは聞き覚えのない名詞に可愛く頭を傾げただけ。ソース作りは材料がないために工夫を凝らす必要はあるけど、砂糖と醤油があるし、この世界の酒もあるから試作してみるのも悪くない。
「こいつの料理はうまいんだぜ。楽しみにしていろ、モリビト」
「...はい。ニール様がそうおっしゃるなら。...」
なんだか銀龍メリジーの中でアキラというのは料理人の価値しかないと思わずにはいられないが、自分のことを猛獣使いとして考えればどうということはない。食べ物でドラゴンを使役できるのなら、いくらでも喜んで作って差し上げましょう。
ありがとうございました。




