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第74話 禁忌を解き放て

「...そう。それでアラリアの森に来たのね。...」


「ああ、できることならば彼女のために獣人族を救ってあげたい」


「アキラという人族、えらいんだなお前」


 おれはネシアさんと一緒に月光に照らされつつ、アラリアの森へ来た理由を話していた。時々ペッピスが口を挟んでくるが、その存在を知らないネシアに疑われないために返事することはできない。



「...そのエティリアさんは幸せね、こんなにも愛されているなんて。...」


「え? ええ、まあ。自分の女ですから幸せにしてあげなくちゃ」


「...羨ましいわ。誰かに愛されることなんて、一番の幸福よ。...」


「ネシアさん.....」


「ぼくがいつもいるよ、エルフ姉ちゃん」


 翳りのあるお顔もお美しいですが、やはり女性は笑顔が一番だ。事情をしらないおれは果たして横にいる女性を慰めることはできるのだろうか。イタチの精霊は彼女に気付かなくても懸命に勇気づけようとその横で走り回っている。それに負けているおれってなんだろうな。



「...ごめんなさいね、暗い話になっちゃったわ。...」


「いやいや、とんでもない。差し支えなければあなたがここにいるわけをおしえてくれませんか?」


「それは、ネシアがローイン様のお嫌いになる炎の使い手だからですぞ。アキラ殿」


「...長老様、パステちゃん。...」


 おれの問いに答えてくれたのはネシア当人ではなくて、おれが来たツタの道から現れたエルフの長老一人で、その後ろにはパステグァルが青い顔をしていた。



「すみません、アキラさん。食事でお呼びしに行ったらどこにもいなくて、禁じられた地への扉が開いていたからもしかしたらと思って、長老様に相談したんです……」


 パステグァルが顔色が青いままで丁寧に説明をしてくれたが、彼女に罪などない。勝手に来たおれがわるいんだから、このことはおれがちゃんと長老さんにお詫びしないと。



「長老さん。おれが……」


「どうかネシアをお許してやってください! 許していただけるならこの老骨はいくらでもさしあげますとも!」


 長老がいきなりジ・ドゲザしてきたのでわけがわからなくなってきた。いや、ジ・ドゲザはおれの必殺技なので使用するときは許可を申請してだな……って、そうじゃなくて! お爺さんの骨をもらってどうする、そんなの要らないから説明プリーズ!



「アキラさん、わたしからもお願いです! ネシアお姉さまを許してください、わたしにできることならなんでも致します」


 パステグァルまでもが跪いてくるのでおれは混乱の極みに至った。そうか、なんでもか。あーんなこともこーんなこともこのいたいけな少女にしていいわけなんだな? ロリコンじゃないけど瑞々しい身体をだな……って、ちがーう。ワンスモア説明プリーズ!



「...アキラ、あなたはどのようなお方は存じないけれど、長老様とパステちゃんにどうか罪を与えないでください。全てはあたしが忌子だから、あたしにどのような罰を下っても恨みはしないわ...」


「人族のおじさん! そんなことをエルフ姉ちゃんにしたらぼくが許さないよ!」


 そうか、この超がついても形容しきれない美しいエルフ様に罰をな。とりあえずこの世界のアダルト系のお店はどこかな? 雑貨屋で鞭とロウソクと縄が販売しているかどうか、エゾレイシア店員さんに今すぐ直ちに聞きに行かなくちゃ! 金貨が足りないなら魔石で交換だ……って、おれはなんの妄想に浸っているんだ、だれかこの状態を説明してくださーい! そして、イタチは黙りなさいっ。



「だーっ! あんたらいい加減にしなさーい!先に説明してくれ!」


 おれの絶叫が夜の森に響き渡っていく。




 長老さんの横にネシアとパステグァルが木の株に座っている。ネシアの住まいである木の根をくりぬいた、カモフラージュされていて見た目では住居とわからない家、その家の外におれたちがいる。



「さて、事情を聞かせてもらおうか」


 本当はおれもこんなに偉そうにするつもりはない。ただ、先から許せだの罰を下せだのでなんだかおれが悪者にされているからそれが気に入らない。エルフ様をこよなく愛しているおれがエルフ様に悪いようにするはずもないから。



「では、代表してわしが話します」


 長老さんが説明役に買って出たのでおれもそれでいいと思って、頭を頷いて見せた。



「われらエルフは風の精霊ローイン様を守り神に祭っておられる、ローイン様は我ら同胞を森のいかなる災いからも救ってくださるのです」


 あの拙者鷹がそんなにお偉方とは思えないが、ここはエルフ様の夢想を砕くこともないからおれは黙って続きを聞くことにする。



「風の精霊ローイン様は火の精霊イヴァーゼ様を嫌っておりますゆえ、われらエルフにとってもイヴァーゼ様は忌神の意味を成しています」


「まあ、森は火を嫌うのでそれはわからなくもないが、そこまでのものか?」


「はい。いにしえに風の精霊ローイン様は火の精霊イヴァーゼ様と争われたそうです。その時に焼失した森が現在の都市ゼノスとなってますゆえ、アラリアの森に住み、風の精霊ローイン様からお恵みを頂くわれらアラリアの森人としてはローイン様を無下にはできません」


「そうか。その神話について、風の精霊ローイン様と火の精霊イヴァーゼ様は仲が悪いのはよくわかった。しかしそれがネシアさんとどう関係してくるというのか?」


 どの世界でもどこの地域でもその民族にまつわる伝承と民族性があることは出張であっちこっちに飛ばされていたおれにもよくよくわかっている。それは尊重されるべきことであって、個人の短い経験だけでとやかくと判断を下すものじゃない。



 ただそれが一個人の尊厳と生命に関わっているならおれとしてはその理由を詳しく知りたいと思う。しかもそれが超美形のエルフ様であればなおさらだ。


 長老は悲痛の表情を見せて、おれに縋るように足にしがみついてきた。なんだなんだ? なにが起きたんだ?



「ネシアは可哀そうな子です。先代の森の巫女の後続者として生を受けて、われらアラリアの森人でも有数な魔術を使えながらその力は火の精霊イヴァーゼ様の祝福を受けたもの。炎の魔術しか使えません」


「おいたわしいや……ううう……」


「...泣かないで、パステちゃん。あたしがローイン様から嫌われているから悪いわ。あたしがいなければアラリアの森人もこれからローイン様のお恵みを頂けるわ。...」


「これ! そういうことを言うでない。そなたもわれら大事な同胞、いつかきっと慈悲深いローイン様が許して下さるのだ!」


「...長老様...」


「ネシア、ぼくが付いているから大丈夫だよ」


 うーん、なんだか目の前にいるエルフたちの行動が茶番じみてきているし、イタチは一所懸命に自己主張しているが悲し哉、ネシアに気付かれることはない。



 そもそもあの(ローイン)がそこまでこんな小さいことにいちいちこだわる性格しているとは思えない。こういう演劇風の演出は悲劇的に過ぎるとそれは喜劇にしかならないぞ? よしっ、それでは御本尊に登場してもらって事情聴取といこうか。



「出でよ、風鷹(ウインドウ)精霊(ファルコン)。その雄姿を露わにせよ!」


 はい、役者にご登場して頂きましたからエルフ様たちもいちいちその度に跪いて顔を地面に埋めるものじゃありません。



『何の用でござるか?』


 どうも(ローイン)さんの機嫌が悪いようで、その声にエルフさんたちがビクビクと震えている。



「どうした、そんな機嫌悪くして」


 おれと(ローイン)さんは後ろへ飛び下がってしまったエルフたちから距離があるので、二人の会話がみんなには聞こえないようだ。



『どうにも、拙者のちょこれーとはエデジーに強奪されたでござる、精霊王様に献上するとかいうでござるが、あいつは自分で食うに決まっているでござるよ』


 憤慨している(アホ)さんを眺めて、おれは自分がこういうときの予想がよく当たることを思い出した。馬券の予想は全然当たらないのに。グスン



「そんなことで腹立つなよ、あとでまた差し上げるから」


『さようでござるか! いーや、アキラ殿はよくできた人族でござるな。拙者、いい人と契約ができて嬉しいでござるよ』


 とたんに機嫌よくなる(アホ)さん。チョコレートはたんまりとあげるからおれの今の悩みを解消してね?



「ところで火の精霊イヴァーゼと仲が悪いってエルフから聞いたけど、本当か?」


『うむ? なんだその根も葉もない噂でござる。拙者、イヴァーゼと大の仲良しでござるよ。アキラ殿にもらったちょこれーとも分けてあげるつもりだったでござるよ。』


「むかしにゼノス辺りの森を焼いたって言うじゃねえか」


 アカンわ、この(アホ)に関わると時々イライラしてこみ上げてくる怒りがある。



『そのことでござるか。いーや、拙者もイヴァーゼも若かったでござるよ。どっちの力が強いかを較べようとしたでござるが、火炎旋風になってしまったでござる。あのときは二人とも焦ったでござるよ。わっはっはっは!』


 わっはっはっは、じゃねえよ。迷惑千万じゃねえか、このバカタレどもが、おかげでエルフさんたちが子孫代々まで勘違いしたままじゃねえか! その前にお前らに年齢という概念はないんだろうが!


 いかん、いかんですよ? 血圧が上がってきそうでおっさんには高血圧は大敵ですからね。気を付けましょうか。



「エルフたちが勘違いしているから今度解いておけ。それより今は目の前でお前を恐れ震えているエルフに許すと言ってやってくれ」


『うむ? なぜ拙者がそんなことを言わねばならぬでござるか?』


 首をちょっとだけ傾げている(アホ)さん、可愛くしたつもりだろうがおれは頭の血管が5本くらい、プチンっと切れた気がするだがどうしてくれようか。



「……チョコレート20袋」


 おれの大盤振る舞いにすっごく喜んでいる(アホ)さんが声を弾ませる。



『いーや、許すともでござるよ。全ての森人を許すでござるよ。』


 どんだけチョコ好きなんだよこの世界の精霊たちは。おれのラノベの常識が崩れ去ってしまうではないか。



「名はネシアという。イヴァーゼの祝福を受けているということでエルフから忌子にされているから誤解を解いてやれよ」


『拙者に任せていいでござるよ。』




『ネシアなるものがお前でござるか。』


「...は、はい。敬愛するローイン様にお会いできて嬉しゅうございます。されど火の精霊イヴァーゼ様から力を授かったあたいにはローイン様に会わす顔がございません。...」


『イヴァーゼは拙者の兄弟同然のものでござる、あいつから祝福を受けられたことを誉れにするが良いでござるよ。やつとは友と書いて強敵と読む仲でござるからな。』


「...強敵……お許しくださいませ...」



 パシッ!


 より一層震え出して涙を流して止まないネシアを見て、おれは(アホ)の頭を叩かずにはいられなかった。



「そうじゃねえだろう! このアホ鳥が!」


『拙者には痛覚がないでござるが、多種族で言うなれば痛いでござるぞ。』


「そういうのはいいから、ちゃんとしてあげようよ。怖がらせてどうする!」


 あっ、いまチラ見したけど、おれが風鷹の精霊(ローイン)の頭を叩くものだから、長老さんが恐れをなした目でおれを凝視している。これでまたいらない誤解を招きそうだけど、まずはネシアさんの件を解決しよう。



「ローインもエルフに慕われているんだから、祝福してあげるとかあるんだろう?」


『うむ。それがよいでござる……ネシアなる森人、面をあげるでござるよ。』


 ローインに言われたネシアは恐る恐る少しずつ頭を上げて、ローインを見ると視線を合わさないように下に向けてしまった。どれだけエルフに崇められているんだ、この精霊は。



 ネシアをしっかり見たローインの目付きが先と打って変わって、すごくまじめな眼差しになっていた。



『ほほう、これはこれは……ネシアなる森人、汝に多大な魔力をその身に宿すとみたでござる。汝は今より拙者の祝福を受け、久方だが森の守り手と名乗るが良いでござる!』


 ローインからネシアに見えない力が流れ込んで行くことを察知することができた。あれ? (ローイン)さん? これネタに走っているわけじゃないよね。



「森の守り手……われらアラリアの森人から森の守り手が……」


「ネシアお姉さまは忌子じゃなかったのですね!よかったです。ううう……」


「...ローイン様のお許しだけではなく、ご慈愛をあたしにくださるのですね。ネシアはローイン様のお託通り、森を守ってまいります...」


 呆然と呟いている長老さんとうれし涙を流しているパステグァル。当のネシアは決意を固めた表情でローインのほうに深く頭を下げて礼拝した。



『うむ。しかと頼んだでござるぞ、森の守り手たるネシアっ!』


 それだけ言い終えると風の精霊(ローイン)は姿を四散させてこの場から消えた。なんだかエルフ族と精霊の大切な儀式に立ち会った気がした。



 それにしても、あいつ(ローイン)はチョコレートのことをすっかり忘れていないか? それなら真面目に仕事したお礼に後で召喚して倍増して大量に渡しておくか。


 うん、そうしょう。


ありがとうございました。

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