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第73話 月下美人

 エルフの長老たちからポーションのことを聞くことができた。どうもそれらは昔からエルフの間にだけ伝わっている秘方で作られるもので、大量生産はできないらしい。使われている原材料はアラリアの森から取れた薬草や泉から湧いている水を使用しており、最後は製薬を担当するエルフの魔力を込めて作り上げた一品みたいだ。



 これが人族の間に伝わってしまうとエルフ狩りが起こりそうなので、おれはエルフたちと限定的に取引を行うことを長老たちと決めている。結果的に今回は森人の回復薬(エルフポーション)を百本、森人(エルフ)の癒し水(ヒールポーション)を三十本ほどオークの肉と交換することができた。



「すまないな。もっと作成していればよかったものの、森から薬草や泉の水を入れるのに苦労しているのでな」


「いいよ、品が良かったので買えるものなら買っておきたいと思っただけだから」


 申し訳なさそうにお断りをいれる長老におれはことなさげに答えた。実際、おれのアイテムボックスにはダンジョンポーションがこれでもかと在庫を抱えてることだし、回復魔法と状態異常が効かないユニークスキルを持っているので、エルフの秘薬がなくても困ることはない。



「ところでニール殿を見かけませんな」


「あいつなら兎人とお宅のの若者たちを連れて森の中で鍛えると言って出かけたよ」


「それはありがたいことですな。ニール殿は武芸が巧みな上、われらエルフに適合した武術を教えて下さるからな」


「そうか、それならよかった」


 ことに闘いに関しては右に出る者はいないと思われる銀龍メリジーの強さは、爺さんと幼女じゃないと勝ち目どころか、一撃すら入れられないのだろう。



「本当にわれらの回復薬と癒し水は人族が高く買われる値打を持つですかな?」


 未だに自分たちの作り出したものの価値に疑っている長老たちにおれは即答してやることにする。それは警告という意味合いも兼ねているからだ。



「ああ。体力を大きく回復できるあんたたちのポーション、ほぼ全ての状態異常を一瞬で治してしまう癒し水。これが人族の間で知られてみろ、あんたたちにそれを作らせるために捕まえに殺到してくるぞ」


「なんと! それほどのものか。作るのは材料があれば、限られた作り手ではあるがエルフの間では伝わっているごく普通の薬であるため、われらもそれほど珍しいものとは思わなんだが」


「あんたらのポーションはダンジョンから取れるポーションと同等の効果と価値がある、それを放っておくほど人族は優しくないと思うよ? 気を付けておくことだね」


「うーむ……ご忠告に礼を言おう、われらの同胞にて伝えて人族に知られないように気を付けるとしよう。これが同胞たちに災いをもたらさなければいいが」


「そうしたほうがいい。おれもほかのエルフに会うことあれば伝えておくよ」


「ありがたいことですな、機を見てわれらもほかの同胞にこのことを伝達するようにしよう」


 ちょいとお待ちになって長老さん? いま、聞き捨てにならないことを言いましたね?



「エルフはほかの所に住むエルフと連絡する方法があるわけだ?」


 おれに聞かれた長老が特に顔色を変えることもなく、むしろ不思議そうにおれの質問に答えてくれた。



「うむ。アキラ殿がそれを知らぬのほうがわれらからすればおかしい。精霊(ローイン)様に祈願してお願いをすれば声を風に乗せて頂けることはわれらエルフでは常識ですが」


「そうなのか」


 ハイブリッドな精霊(ローイン)だね、契約した時に取扱説明書をもらってなかったからどんな機能が積んであることをおれは知らない。機会があれば呼び出してその通話性能のことを教えてもらおうじゃないか。試しに今度時間があるとき精霊王(ようじょ)に連絡してみるとか。




「いいんですか、ご案内しなくても」


「いいよいいよ。忙しそうだから自分で回ってみる」


 パステグァルはおれがエルフの薬と交換用に出したオークの肉と牛肉で、集落の御婦人方と干し肉作りに精を出している。これだけの量があれば長い間は持つと喜ばれていたから、おれとしてもご敬愛しているエルフ様に喜んでもらえたことに嬉しく思っている。



「なにかあればお呼びしてくださいね?」


「うん、ありがとう。集落を見学するだけだから大丈夫とはおもうけど、なにかあればよろしくね」


 パステグァルは元気よく手を振ってから、さぼろうとして忍び足でこの場から逃げようとしているエゾレイシアをガシっと捕まえてみんなのところへ連れ戻した。おれから見てもいい恋人(ツガイ)になりそうなお二人、末永くお幸せにだ。



 集落は木の柵で囲まれて、慣れていればそんなに大きくはないので、道行くエルフ様たちと挨拶を交わし合いながらゆったりとした歩きで、夜にさし掛かろうとする集落を目で楽しんでいる。お菓子とお肉のパーティでエルフ様たちはおれに対する畏怖と警戒の度合いを下げて、いまやフレンドリーな関係を築き上げられたと思う。



 異世界はケモミミとエルフ様で最高―っ!



 木の上に建つエルフの木造住宅が少なくなり、木と木が密集してきたので引き戻そうかなと考えているときに木の柵が見えてきた。よく見ると柵には扉が設けられていて、外に出られるようになっているみたい。



「抜け道かな……どうしょうか」


 ここはエルフの集落、外に出ればアラリアの森。少し迷ったがこんなところに扉を設置したことがおれの好奇心を呼び覚ましている。



「冒険、だね。いざとなればローインに運んでもらえればいいか」


 すでにおれが精霊使いであることはアラリアのエルフたちに知れ渡っている。ローインで広場に帰ってもそこまで驚かれることもないだろうから、気軽におれは扉を開けて、アラリアの森に探索に出かけることにした。



 扉の外は獣道みたいのが続いて、まるでおれを森の奥へ誘っている。鬱蒼とした森林にはシダ類の植物が辺りに生えていて、葉っぱやら木の枝やらが行き先を阻んでいるように進みにくくなっている。わずかに差し込んでくる月明りが道を照らしている状態だ。



「うわっ、ツタかよ」


 太いツタが獣道を遮っているので手でそれを払いのけながらおれは前進しているが、そのうちに諦めたくなってきた。



「攻められた時の逃亡口かな、あの扉は。この先は森が続きそうから戻ろうか」


 自分に言い聞かすように呟いてみると、元の道へ帰ろうとしたおれは前方に月に照らされて光っているような広場があることに気が付いた。



「そこまで行ってローインさんタクシーを頼もうか」


 そんなタクシーはどの世界にもないのだが、ローインさんのタクシー代は無限増殖のチョコレートなので、お手軽に利用することができる。


 最後の根気を振り絞って、おれは生い茂るツタを力でかき分けながたさらに前へと進んでいく。そして、森の中にある広場でおれは見た。



 幻想的なまでに月の光を浴びて、白い布一枚を身に付けただけでこの世の者とは思えないほど、それはただただ美しいとしか言いようがない、美形の者が軽やかな足取りで踊っている。



 忘我という言葉を学校で学んだことがある。ネット小説をスマホで見ているとき、ネットゲーをコントローラで必死に操作しているとき、マンガをまとめ買いして続けて読んでいたとき、アニメをエンディングの回まで買い集めて大画面のテレビで観賞しているとき、おれはその極致に至ることがしばしばあったんだ。



 人を見て、風景を見て、造形を見たときは稀に自分を忘れることがある。この出会いは衝撃的過ぎて、おれとその美形なる者しかこの世界に存在していないような気がして、その人を魅了してしまうような蠱惑的な舞いを終わるまで黙って見つめることしかできなかった。


 この美形なる者が男であろうか女であろうかはそんな些細なことはもうどうでもいい、美しければそれでいい。おれを感動させてくれてありがとう、あなたへお礼だけはきちんと伝えたい。



 踊り終えた美形なる者はしばらく休んでいるみたいだが、呆然と突っ立ているだけのおれに足元から子供の声が聞こえてきた。



「おい! 見惚れるのはわかるけど彼女に惚れるじゃないぞ」


 足元に視線を向けてみるとイタチみたいな動物がおれのことを見ている。これはネコミミ婆さん巫女のフクロウと同じか? こいつは森に住んでいる精霊だな。



「イタチちゃん、こんにちは」


「イタチだけどイタチじゃないよ。ぼくはペッピスという立派な名がある風の精霊なんだ!」


 ペッピスね。この子は美形なる者を見守っているということか。



「へえ。わかった、ペッピスね。よろしく」


「えへん。ぼくはこのエルフ姉ちゃんを守っているんだ、人族のおじさんが変なことをするとただじゃおかないよ」


「うん。わかった、がんばってね」


 ペッピスと話しているおれの声が大きかったみたい。美形なる者がこっちに気が付いたようで、響きのいい声を掛けてくれる。



「...あら。あなた、人族ね。こんな所まで珍しいわ...」


 この話し方、どこかで聞いたような……そうだ、レイのそれとよく似ている。ただ、レイのそれよりしっかりとした喋り方だ。



「あ、ありがとうございました!」


 美形なる者は片手で口元を抑えたようで、笑っているのだろうか。



「...変なお人族ね。お礼を言われる覚えはないわ...」


「いやいや、お美しいご尊顔を拝見させて頂き、その上天女の舞いまで見せて頂けたからお礼を申し上げたい気持ちで胸がいっぱいです」


「...クスクス、本当に変なお人族。お礼はもらったわ、どういたしましてよ...」


 美形なる者はゆっくりの歩みだが、確実におれのほうへ近づいてくる。



「... 変なお人族、あなた、お名前は?...」


「カミムラアキラですが、アキラとお呼びください」


 久々にフルネームで名乗り上げた。美形は得なんだよな、こんなにもおっさんをきりきり舞いにさせるんだから。



「...そう、アキラね。あたしはネシアよ、アラリアの忌子のネシア...」


 あたしと自分のことを言っているから性別は女性でいいと思う。ただ、最後は消え入りそうな細々とした声だったが、彼女の自己紹介はしっかりとこの耳で聞き届くことができた。


 忌子ってなに? こんな美人が忌み嫌われているというのなら、おれはこんな世界を敵に回しても戦って完勝してみせるぞ!



 このときのおれはネシアの魅力に取り込まれてすっかり自分の彼女(エティリア)のことを頭の片隅に思い浮かべることができなかった。



 違うからね! 薄情とか浮気者とかそういうのじゃなくて、人は美形と美景に心を奪われるのがさだめだから!


ありがとうございました。

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