第72話 エルフポーションとオーク肉
お菓子パーティは大好評だったため、お蔭様でアラリアの森のエルフたちと仲良くなることができた。しまいには話し合っているはずの長老たちがパーティのほうに顔を出してきてはお菓子を美味しそうに食べていた。
俺に対する扱いも、精霊使いのアキラ様からちょこれーとのアキラへ昇格することで話し方も打ち解けて、今や若くてきれいなお胸あるあるエルフ様からも気軽に声をかけられるようになった。うん、昇格だよ昇格、降格じゃありません。
「アキラさん、ここが集落の雑貨屋です」
パステグァルが案内してくれた唯一の店は集落の広場の横にある枯れた巨木の根元にある。エルフたちが日常に使われているものを一見したかったので、パステグァルに連れて行ってくれるように頼んでみた。
「いらっしゃいませ、アラリアの雑貨屋へようこそ!」
雑貨屋の扉を開けて、のれんみたいな布を潜ると中から威勢のいい声が聞こえてくる。
「もう、エゾレイシアは。そんなの言わなくてもここしかお店がないでしょう」
「えへへ、やっぱ言ってみたいじゃん」
パステグァルと話しているエルフは、髪が短めのスラッとした体格を持つ美少女? 美少年? の子。エルフはどの子も美男美女でおっさんには性別が見分けられない。
「パステちゃん、この子は男の子? それとも女の子?」
「ひどいなあ、おじさん。僕はどう見たって男の子だよ」
拗ねたように顔を膨らませて、カウンターに座っている店員さんのエゾレイシアは。パステグァルが答えるより先に自分の性別をおれに伝えた。
「悪かった。エルフはどの子も顔立ちがいいのでおれにはどの子も美女にしか見えないよ」
「え? じゃあ、あたしも美女ってことですか?」
おれの言い訳に食いついてきたのはパステグァル。彼女は期待満々の瞳を輝かせてからおれの返事を待っているように両手を胸の前で合わせている。
「あ、ああ、そうだよ。パステちゃんはとても美人だね」
「ありがとうございます! とても嬉しいです」
顔を赤く染めてからパステグァルがおれにとびっきりの笑顔を見せて、嬉しそうな気持を言葉にしておれにお礼を言ってくれた。
いいなあ、本当にお菓子様々だよ。まさか初めて訪れたエルフの集落でエルフ様たちとこんなに仲良くなれるなんて思いもしなかった。これでエルフ攻略法となれるならこれから先、お菓子をばら撒く手で世界のエルフ様たちとご懇意になれるといいなあ。
「今日はどのような品をお求めで?」
「エゾレイシア、店の当番なんて順番でやっているだけでしょう? 恥ずかしいことをしないでよ」
「だって、せっかく集落以外のお客様が来たんだ。ちょっとくらいらしいことしてもいいじゃん」
店員さんを勤めるエゾレイシアはパステグァルのお叱りに落胆したように顔を曇らせている。よく考えてみればパステグァルの言う通り、アラリアの森のエルフは外の世界と繋がりはなく、店と言ってもお客は集落のエルフたちだけ。
それにしても商品の対価はどうしているのだろう。
「オッホン。店員さん、ここでの買い物は金貨とかの貨幣を使えばいいのかな?」
おれの問い合わせにエゾレイシアは頭を傾げて考え込んでしまい、しばらくするとなにか悟ったように急いで返事してくれた。
「は、はい! ポーションなら金貨5枚ですっ! 今なら3本で金貨10枚のお買い得期間ですよ」
高っ! エルフのポーションは高いな。金貨5枚と言えば500万円の値打はあるから、エルフが作っているポーションはよく効く回復薬ということか。3本で金貨5枚が浮くから多めに買っておこうかな? 手持ちの金貨は何枚あるのかをちゃんと見てみないと。
「うそはだめよ、エゾレイシア」
嬉々と話していた店員さんにパステグァルのきついお言葉が降りかかって、叱られたエゾレイシアはすぐにビクッと身を竦めてしまった。
「ごめんなさい、アキラさん。この子は昔から商売ごっこが好きで、人族の貨幣の価値も知らないのに適当に言っちゃうくせがあるんです」
「嘘じゃないよ、ちゃんと知ってるよ。薬草一束で金貨1枚だからポーション1本作るのに3束がいるので手間賃と儲けを考えれば金貨5枚は必要じゃん」
おれに頭を下げて謝っているパステグァルを見たエゾレイシアは猛然と自分の理論で反論してくる。でもおかげで店員さんは貨幣の価値がわかっていないこともおれには理解ができた。
「そうか、なるほどね。ところで店員さん、オークの素材なら金貨1枚でどのくらいのものが買えるのかな」
ここは意地悪く質問を無知の店員さんに聞いてみることにする。両手で頭を抱えたエゾレイシアは悩みながら唸っていて、ようやく出した答えにおれは吹き出しそうになった。
「……オークの腕1本かな。オークの肉は美味しいから高いんだ」
「そうか、ならばこれを全部買ってくれないかな?」
アイテムボックスからオークの肉を1体分だけエゾレイシアの前に出して置いた。それを見た無知の店員さんは驚きと焦りの表情を見せて、ガタガタと身体を震わせ始めている。
「あ、あのう……あの……」
今にも泣きそうなエゾレイシアを見て、これ以上イジメるのはかわいそうな気がするから店員さんに貨幣についての情報をちょっとだけ明かすことにする。
「店員さん、オークの肉は傷の状態にもよるけど1体分なら銀貨50枚、皮は銀貨35枚で売れる。等級2の魔石を含めるとオーク1体をなるべく無傷で仕留めると金貨1枚の売値になるよ」
以前にエティリアから聞いた話をエゾレイシアに伝えると彼は瞬く間に顔を真っ赤にしてからおれに最も大切なことを聞いてくる。
「あ、あのう。銀貨ってのはなんですか?」
ああ、なるほどね、これでわかったよ。エゾレイシアはどこかで金貨の話を聞いたので人族が売買に扱っているのは金貨だけと思い込んでいた。ゲームでのゴールド扱いじゃないんだからもっと違う貨幣も存在していることを彼に教えてやろうとおれは考えた。
「これでわかったら調子に乗って当番でお店ごっこするんじゃないわよ」
「うるさいな、いいじゃん別に」
パステグァルが不貞腐れているエゾレイシアに説教している間、おれはエルフのポーションを鑑定していた。
森人の回復薬(体力の1/4を回復させる)
おお! なんとこのエルフポーションはダンジョンポーションと同等の効果がある。これは買いだな、できればエルフの生活に影響を及ぼさない程度買い占めしたい。他のも見てみたがエルフが作る薬系というのは本当に良いものばかり。
森人の癒し水(猛毒や混乱などの異常状態を治す)
なんだねこのチート級のアイテムは。異常状態を治せるものがエルフによって作り出されているのか、これも間違いなくお買い得だ。でもここは価格を知るためにまずは森人の回復薬のことを聞いてみよう。
「ポーションを買いたいので1本はいくらになるかな?」
「金貨――」
「黙ってなさい!」
エゾレイシアがネタに走ろうとしたがパステグァルに頭を叩かれて絶句している。うん、見た所この二人はいいコンビになりそうだ。
「アキラさん、あたしたちは物と物で交換しているので、先の1体分のオーク肉なら10本で交換ができます」
「安いなおい、安すぎるよ」
おれの上げた声にすかさずエゾレイシアが乗って来る。
「そうでしょう! やっぱそうですよね。ここは金貨……痛っ、頭を掴まないでよパステ!」
エゾレイシアとパステグァルの夫婦漫才はさておき、以前にテンクスの町の薬屋でみた質のいいポーションは1本で銀貨5枚で販売されていた。オーク1体分が銀貨50枚なら、パステグァルの話でエルフポーションも1本で銀貨5枚となる。
しかしテンクスの商人ギルドでワスプールは、ダンジョンから取れたものは10倍の値打が付くと言うことだった。今後、万が一エルフと人族が取引する場合のことを考えると、ここはダンジョン産と同等の価値ということで、エルフポーションは銀貨50枚で値段をおれの独断で決めることにした。
「よし! きみたちエルフが作ったポーションをおれが買う場合は銀貨50枚としようか。ということはオークの肉1体分がポーション1本と交換すると言うことで、いまこの店に何本のポーションがある?」
おれからの話に絶句しているエゾレイシアとパステグァル。ようやく声を絞り出したエゾレイシアは店に置いてあるポーションの本数を教えてくれた。
「3、30本です……」
「じゃあ、オークの肉30体分だね? はい、これどうぞ」
ドサドサとアイテムボックスからオークの肉30体を店が一杯になるまで取り出した。びっくりして動かなくなったエゾレイシアを見たパステグァルはそのまま叫びながら二人は揃って雑貨屋を飛び出していく。
「ち、長老様! 大変です、オークが! アキラさんがオーク――」
「アキラさん、オーク……オーク、アキラさん……」
いやいや、アキラさんはオークじゃありませんよ。そして、店員さんもおれをオークと呼ばないように。
んん? このやり取りはどこかでやったような気がするな。
この後、エルフの集落はオーク肉の料理祭りとなったのは言うまでもありません。大はしゃぎしておれに肉の追加を要求してくるのは勿論、我らが大食王のニールさんでした。
ありがとうございました。




