第71話 エルフの飴釣り
風鷹の精霊はいつになく嬉々としたご様子、大きく翼を3度ほど羽ばたいてから上機嫌な声でおれに話しかけてくる。
『雄姿と称えるでござるか、気が利く言葉でござるな。何の用でござるか?』
うん、用ならもう終わりました。エルフたちは風鷹の精霊の姿をを発見すると一斉によつん這いになって地べたに平伏している。これでエルフたちとも話がかなり進めやすくなってきたはず。
そんなわけで、ここはちゃんと献上品にチョコレートを3袋を役に立ってくれたローインに差し出すことにする。
「ご機嫌麗しく、これをどうぞ」
『うむ、中々わかってきたのでござるな。そういう敬う姿勢に拙者も協力を惜しまずにできるでござるよ』
「はっはー!」
『宜しいでござる』
ちょローインだねこいつは。性別があるかどうかは見た目では知らないけど、おれの中では雄であることと決め込んでいる。
「ローイン様でございますか、お久しくご尊顔を伺えて、われら一同この上ない喜びでございます」
エルフの長老の一人は頭を上げずにローインに丁寧な挨拶を述べ、それを耳にしたローインは鷹揚に首を上げた。
『森人でござるか、ここはどこでござるかな?』
「アラリアの森でございます」
エルフの長老の返事を聞くとローインは周りを見回すように首を動かしていた。
『アラリアでござるか、拙者がここに来るのも久しいでござるな。そういえば……』
ローインはエルフの長老を何かを思い出そうとしてジッと見ている。その間にも全員が伏しているエルフたちは固まったままで動こうとしない。
『あのときのこわっぱでござるな、元気にしてたでござるか』
「はっ! 幼き頃にてローイン様にお会いして以来、命を長らえてきたでございます」
『そうでござるか。アラリアの森が変わらずにあるのは森人の努力でござる、褒美に我が羽をくれようでござるぞ』
ローインは言うなりに右の翼を少しだけ羽ばたいて、エルフの長老の前に羽が一枚だけ地面に突き刺さっている。
「……これは、ローイン様のお恵み……ありがたき幸せでございます。アラリアのエルフ族の大事なお宝に致します!」
なんだかエルフの長老がすごく喜んでいるので、その羽のことが気になって目を凝らしてみた。確かに色が鮮やかで飾りにするにはちょうどいい装飾品になれそうな一品だ。
「いいな、その羽は綺麗なものだな」
おれの呟きを聞いたローインは気を良くして、おれのほうに質問を投げつけてくる。
『なんだ、拙者の羽を所望でござるか?』
「え? ああ。鎧とかに飾るとカッコいいかなとか思っちゃったもんで」
『おお、格好いいと申すでござるか。ならば受け取るがいいでござるよ』
二つの翼を勢いよく振るう風鷹の精霊。おれの目の前の地面に数十枚の羽根がこれでもかと刺さっている。こいつも精霊王の眷属と言うことか、加減というものを知らないのですかね。
『ほれ、受け取るといいでござるよ』
「あ、ああ。ありがとうな」
その羽を拾ってはアイテムボックスに収納して、全方位からエルフたちの羨望の眼差しが耐えられないほどに降りかかって来るが見なかったことにした。
『用はもうよいでござるか?』
「ええ。来てくれてありがとう。羽のお礼にこれを追加でどうぞ」
さらにチョコレート2袋をローインに恭しく献上する。
『うむ。これは中々美味でござるよ』
「またなにかあったらよろしく頼むね」
『うむ。さらばでござる!』
ローインは四散しないでそのまま飛び立つ。あの方向を見るとたぶんアルスの森へ行くつもりなんだろう。さては精霊王と風の精霊にチョコレートの自慢をしに行くつもりなんだな? バカめ、絶対にあいつらに奪われてしまうぞ。
とりあえず頂いた羽をアイテムボックスの目録で見てみようかな。
精霊の羽(精霊に見込まれた者だけが風の精霊ローインを一度だけ呼び出すことができる)
ああ、持っている効果がローインがくれた魔晶と被ってしまった、しかも魔晶のほうは召喚回数が無限なのであっちのほうが価値としては高い。これは装飾品としてどこかに挿してお飾りとして使おうかな。
「そ、そなた様の名を教えて下され」
だれかがおれの足を抱きしめてきた。足元を見ると長老たちが讃えるような目付きでおれを見ている。これはアカンやつだな、アルス神教の狂信者たちのそれと同じ目をこの場にいる全員のエルフたちがしていた。
「それではアキラ様……いや、失礼した。アキラ殿はこのアラリアの森でケモノビトの住まう地を作り上げたいと申すのだな」
おれを取り囲むようにエルフの長老たちに事の成り行きをかいつまんで説明を彼らに行った。最初はローインを慕うエルフたちがおれのことを様付で呼んでくるからそれをやめさせるのに苦労した。
ニールはいうと若いエルフたちと兎人の若者たちに武術を仕込むことに勤しんでいる。エルフが持つ身体能力を見抜いた彼女は木々を飛び移り、身を隠しながら弓や魔法で攻撃することの模範を自分で演じて見せている。
その身のこなしにエルフたちから歓声が上がり、それを習得しようと躍起になって木の上をエルフたちがサルのように飛び回っている。エルフとの交流は彼女に任せることでおれは長老たちを説得することに専念した。
「ああ。獣人たちというより、人族に搾取されないための安住の地を作り上げたいと思っているだけ」
「それはわれら森人エルフも含めてと言いたいのですかな?」
「あんたたちがそれを望んだら、そうしてもいいかなとは思っているよ」
「うむ。悪い話ではないのだが、ヌシ様を倒さねばならないというのがな.……」
アラリアの森のヌシ様こと地竜ペシティグムス。長老たちとの話し合いの中で、エルフたちにとっては森の守り神のように聞こえ、その討伐に手を貸すことにためらわれているようだ。ここはしっかりと誤解を解かなくてはいけない。
「別におれは地竜ペシティグムスを倒すとは言ってないよ? ただ会って、開墾の邪魔をしないようにと話をつけたいだけだ」
「アキラ殿は御存じないだろうがヌシ様は森を荒らす人族が大層お嫌いであるから、アキラ殿のお話しに応じるとは考え難い」
「それは任せてもらおうか。あんたたちに渡りを付けてほしいとか味方になってほしいとかは言ってない、ただこのまま森を通してくれるだけでいい」
「しかしだな、アラリアの森にはヌシ様が必要じゃ。ヌシ様がお守りしてくれるこそ人族が森に入ってこれない」
どうしたものだろう、やはり地竜ペシティグムスとの会談にエルフの長老たちは難色を示している。
すでにワイルドカードをエルフたちに切ったおれは、まさかニールに銀龍へ変身することを頼むわけにもいかない。まだ銀龍の御本尊を見たことのないおれとしてはやってみたいとは思っているが、騒ぎがさらに大きくなりそうでやめた方が正解だろう。
「あのな、このままだと話が進まないのでおれとしてはローインに連れて行ってもらってもいいのだが、あんたたち森の民を尊重したいと思っている。地竜ペシティグムスには会って話をするだけ、ドラゴンと敵対したいとは考えていない」
「ううむ。しばし時を頂けますかな?われらのほうで一度話し合ってみるゆえ、お待ちになってほしい」
長老たちの申し出におれは受けることにする。いきなり来て結論を出せと押しつけがましいことはしたくないし、エルフの住処を見学してみたい欲求にも駆られている。
「それでいいよ。待っている間に見学させてもらってもいいかな?」
「どうぞご随意に、案内役に集落の者を付けましょう」
「ありがたい」
「パステグァル、アキラ殿を集落の案内せよ」
「はい! 畏まりました……宜しくお願いします、アキラ様」
「ああ、よろしくな。パステグァルちゃん」
長老に呼ばれておれの前に立ったのはエルフの少女、可憐な顔立ちとほっそりとした小さな体格はこれから期待をかけてもいいと言った所で、あいにくロリ属性のないおれの欲情を駆り立てるほどではない。そもそも出会ういい女に片っ端から欲情するなんておっさんは若くない。
「パステと呼びつけてください、アキラ様」
「じゃ、パステちゃん。きみもおれのことをアキラかアキラさんと呼んでくれ」
「はい……あ、アキラさん」
ムフフ、かわええなあ。こんな妹がほしかったよ。妹属性、ゲットだぜ……って、よく考えたらすでにそれはシャルミーのときにクリアしてるね。
「ではパステちゃん、案内をよろしくね」
「はい」
寄せ合って話し合いを始めた長老たちと離れて、おれはエルフの少女による案内でエルフの集落を楽しく観光する。
エルフの集落は住居を巨木の上に構えており、木々の間を大きな枝につるで編んだ通路でつないでいた。自然を活用した集落の構築に、とても気に入ったおれとパステグァルがゆっくりと集落の中を見回っていると、エルフたちが興味津々におれを見つめている。
「ごめんなさい。人族に会うのはとても珍しいことで、みんなが舞い上がっているだけです」
申し訳なさそうに頭を下げているエルフの少女はこの状況にを謝っている。
「気にしなくていいよ。エルフ様に逢えるだけでおれは幸せだ」
「エルフ様……?」
しまった! つい本音をぽろりとこぼしてしまった。疑わしげに見てくるエルフの少女を誤魔化すように、おれは飴をアイテムボックスから取り出して手渡す。
「故郷の飴だ、絶賛配給中なので食べてみて?」
「……頂きます」
飴を袋からどうにか出したエルフの少女はそれを口の中に入れると目を大きく見開いて、口の中に広がる感想を言葉で少女は表現する。
「甘くて美味しいですっ!」
「そうか、よかったな……って、え?」
パステグァルの嬌声を聞きつけたようで、周りに湧き出したように十数人のエルフの子供が急に集まってきている。子供たちはおれが持つ飴に目を奪われているようだ。
「えっと、食べる?」
飴を袋ごと出すと子供たちは手を伸ばしてきて、飴の袋がすぐに空となってしまった。次々と飴を口に放り込む子供たちからは驚きの声が上がっている。
「甘い!」
「美味しいねこれ」
「こんなの食べたことないよ……」
確かにこの世界の甘味って、これほど純度が高い甘さのものをおれは食べたことがない。今では人たち、特に子供とコミュニケーションを取るのに常用していて、これはもう交流用のアイテムになっているね。
「うおっ!」
気が付けば子供の輪の外に大人のエルフたちが集合して、その目は残念そうに空の飴の袋を気にしていた。その中にはおれ好みのお胸エルフ様もいたので、ここは大いに好感度を上げておくべきなのだろう。
「よかったらあんたたちも食べてみるか?」
おれはアイテムボックスから数袋の飴を取り出し、エルフたちにプレゼントするように手を真っ直ぐに伸ばして渡す仕草を見せた。少しだけ躊躇する間があったが、食べ物に釣られたように大人のエルフたちは飴を受け取ってくれた。
「美味しいわ!」
「ああ、こんなの食べたことがない」
「人族はこんな美味なものを食べているのか」
「うめえだろう? これはあきらっちしか持っていねえ絶品だ、もっと食っとけよ」
「「「はーい!」」」
うん、せっかくエルフ様たちがお集りのようだからここはひとつ、お菓子パーティでも始めよう。テンクスとゼノスで買い付けたものもまだまだ残っているし、エルフ様たちに喜んでもらえるならおれとしても本懐だ。
そしてニールよ。お前はちったあ遠慮をしろよ! エルフ様の取り分を奪うんじゃない。
ありがとうございました。




