番外編 第10話 小さなウサギは頑張り屋さん・下
「んだよそんな値段は! んなじゃ売らねえよ!」
「威勢のいいウサギねえちゃんだな、悪いがここゼノスで農具は需要がないんだ。装飾品のできも悪くはないがここじゃあその程度のものは珍しくないからいい値が付かないんだよ。悪いな」
エティリアは自分の身なりが軽んじられる経験から商売するときは舐められないようにしゃがれた低い声を作って、男っぽい口調で話すようにしている。着ている服装もわざと汚して、荒っぽい自分の虚像を作り上げて商売の交渉に臨んできた。
雑貨屋の親父は申し訳なさそうな表情で薄汚れた灰色のチュニックワンピースを着こんでいるエティリアに農具や装飾品の買値についてわけを話していた。もちろん、そんなことは父親と一緒に行商しているエティリアにはよくわかっていた。
それでも一縷の望みにかけてゼノスの雑貨屋を回ってきたものの、どこも同じような答えが返ってきている。手持ちの生活費もだいぶなくなり、エティリアは焦らずにはいられなかった。
「セイっちはテンクスの町か……行ってみようかな……」
セイたちが住んでいるところへ行ってみたが、冒険でケガをしていまは事務職をしている村の兎人がセイとレイは用事でテンクスの町にいる事を教えてくれた。
消え入りそうな気持を奮い立たせて、心配そうに見つめてくる同じ村で暮らしていた兎人へカラ元気で笑いかけてから、エティリアはテンクスの町へ向かって走車を走らせた。道中の村々でいくらかの農具や装飾品を売ることはできたけど、その金で目標である食糧を買い付けることはできなかった。
「エティ姉! 暗い顔してどうしたの? なんでテンクスにいるの?」
「...エティリア元気ない...」
ばったりとテンクスの商人ギルドの前で、久しぶりに会ったセイとレイは以前よりかなり美しく成長した。いつもなら二人に飛び付いてじゃれ合うものだが、商人ギルドで門前払いを食らって、気を落としたエティリアにそんな元気は残されていない。
「ううん、なんでもないもん……」
「エティ姉、うそはダメよ? 元気のないエティ姉がなんでもないというわけがないんじゃない」
「...そう、エティリア元気取柄...」
「う、ウェーーン」
二人の言葉に思わず泣きだしてしまうエティリア。それをみたセイはレイにエティリアの走車を引かせて、二人が泊まっている宿屋へ向かうことにした。
「――そう。トストロイおじさんが亡くなったことは聞いたの、お世話になっているのに葬式にも行けなくてごめんなさい」
「……いいもん、セイっちは気にしないで。無理して仕事もしないで来たら父様が怒るもん」
宿の食堂で頭を下げてくるセイにエティリアはその頭を撫でている。
「エティ姉が行商人から再出発していることも商人ギルドで聞いているわ、それがここで会うなんて考えもしなかったわ」
「……うん、色んな村でね、売ってみたもん。農具は売れないって言うもん……」
「……エティ姉」
「...エティリア...」
「これはね、村のみんなの命運がかかっているもん。売らないと食糧を買えないもん」
落胆しているエティリアを見てセイとレイは顔を見合わせてから決意を口にする。
「エティ姉、お金なら心配しないで。あたいとレイは稼ぎがいいのよ。欲しい分だけ言って、渡せると思うの」
「...エティリア、お金心配ない...」
「セイっち、それはセイっちたちが農具を買うってこと?」
「あたいたちは冒険者よ? 農具は使わないわ」
セイの返事を聞いたエティリアは眉を吊り上げて一気に顔の表情を険しくさせた。
「セイっちも獣人ならわかるはず、獣人は施しを受けないもん、あくまで対等な取引しか応じないもん! あなた、人族に染まったの?」
「……エティ姉」
エティリアのあんまりの剣幕にレイは口を噤んだまま二人のやり取りを見ることしかできなかった。
「ごめんなさい、エティ姉。許してほしい……」
意気消沈したセイの手を握ってからエティリアは妹分に優しい口調で話しかけた。
「ごめんね、意地悪を言って。ただね、あたいたち獣人は死んでも誇りだけは貫くもん。何とか頑張ってお金を作るからお姉ちゃんを信じてほしいもん」
「……うん、エティ姉。応援するから何でも言ってね」
和解したように二人の兎人が抱き合い、それを見ているエルフのレイも混ざりたい気持ちでソワソワしている。
「エティ姉はこれからどうするつもりなの?」
「うーん。ゼノスの近くの村は買ってくれたのでそこへ行ってもうちょっと粘ってみるもん」
「そう。ちょうどよかったわ、あたいたちもゼノスへ戻るつもりなの。護衛で一緒に行こ?」
「...レイ、エティリア守る...」
「いいの? あたいは護衛代出せないもん」
「なに言ってるのさ、エティ姉は。ゼノスへ行ったら知っている商人もかけておくわね」
「うん。ありがとう、セイっち」
「水臭いわね。そんなことよりこの宿の料理は美味しいのよ、ご飯がまだなら一緒しましょうね」
エティリアが何か言う前にセイは席から離れ、宿屋の体格のかなりいいお女将さんに声をかけて料理の品々を頼んだ。そう言えばここのところロクなものを食べていなかったので、食事はありがたく頂戴しようとエティリアはセイの気遣いに感謝した。
「セイさん、レイさん! いますか!」
これから料理がテーブルに運ばれて来ようとしているときに、宿の玄関で衛兵の格好した青年が入ってきてセイとレイの名を叫んでいる。
「テンクス衛兵団の者ね、こんな時に何の用かしらね」
「セイっち、お仕事ならちゃんと行くもん」
苛立ちを隠さないセイの顔を見て、エティリアはダメな妹を宥めるように諭した。セイは軽くため息してからレイの手を取って立ち上がる。
「エティ姉、ちょっと話をしてくるから待っててね」
「...エティリア待つ...」
二人がテーブルから離れて衛兵の青年と話し込んでいる。エティリアはテーブルに並べられている料理に興味を抱き、空腹感が湧いてきたので運ばれてくる料理の数々でお口を楽しませようと、いそいそと料理に手をつけた。
「ごめんなさいね、エティ姉。急な仕事が入ってて話を聞いてあげられなくて」
「...セイちゃん、レイこの仕事したくない...」
謝っているセイとぐずっているレイに、エティリアは唇に左手の人差し指を当てて、片目を瞑ってみせる。
「冒険者は信頼が大事だからお仕事は行くもん。それと、レイっち? お仕事したくないなんて言う子は、メっだもん」
セイとレイはエティリアの可愛い仕草に吹き出しそうになったがどうにか耐えることができた。
「うん、エティ姉。テンクスの大通りにある花屋の横に小道があるわ、入った所に飲み屋があるからそこで落ち合いましょう」
「...レイ、エティリア飲みたい...」
エティリアの依頼でセイたちが冒険者として初めてのリクエストを達成した祝いの席以来、一緒に飲んだことがなかったからエティリアはセイのお誘いに乗ることにした。
「いいもん。あたいはもうちょっと雑貨屋で頑張ってみるもん。あとで合流するから、セイっちとレイっちもお仕事頑張るだもん」
「わかったわ、またあとでね」
結局一人であれだけの料理を平らげてしまったエティリアに、挨拶を交わしてからセイとレイが宿屋を出た。驚いた顔のお女将さんにお礼を言って、エティリアはテンクスの町にある雑貨屋を回り、農具と装飾品の売却を頑張ることにした。
やはりというべきか、商人ギルドと同じことをテンクスの雑貨屋も安値でしか買い付けてくれないので、エティリアはテンクスの町で商品の売却を断念する。
「ここかな……あら? 知らない人族がセイっちたちといるもん」
セイに言われた通り、花屋で小道に曲がってからちょっと入ったところに飲み屋はあった。窓から中を覗くとセイとレイが知らない人族のおじさんと話しているようだ。
「だれかな、セイっちの知り合い? でも人族だから絶対にまた可愛いウサギとかいうに決まってるもん、もう甘く見られたくないもん」
何度か咳をして低いトーンの声を作り、薄汚れたのチュニックワンピースの胸元をいくらか緩めて、外に積んである箱の上の埃を少しだけ自分に撒いておく。荒っぽく見える身なりを整えてから扉の前に立ち、呼吸を整えたエティリアは勢いよく扉を力一杯開けて、店の入口からセイたちへどすの利いた声で叫ぶ。
「おう、てめえらここにいやがったか? 俺は場所しらねえから探したぜ!」
ありがとうございました。




