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第69話 人はいつも厄介なもの

「最後の妨害について説明しますが、実はこれが一番おれを悩ませているんです。それは城塞都市の人族たちがどんな手段を打ってくるかを読めていないからだ」


 おれの言ったことにピキシー村長さんとエティリアが顔を曇らせてしまった。セイとレイも暗い顔をして、互いを記憶を確認するように目を合わせている。


 おれにもそれがわかる。人という生き物は個々が弱くてもそれが集団を成した時の力は強くなる。ことに共通する目的を所有して、有能な頭脳を持った指揮系統を形成すれば、時には敵となる集団を圧倒することも多々とあるのだ。



「俺が潰してきて……」

「えい!」

「むぐぐ、すっぺえ!」


 ニールがなにかを言い出しそうなのは予想ができているおれはすかさず彼女の口に梅干しのおにぎりを放り込んだ。梅干しの味は銀龍と言えども、大の苦手のことは確認済み。そのあとは彼女から制裁という名の折檻を受けてしまったけど。



「やめなよ。地竜ペシティグムスはしょうがないとしても、種族同士の話に手出しは無用なはずよな」


「……ちっ。つまんねえ決まりだ」


 管理神は種族の成長を促すために種族同士の争いは世界を破滅にさせない限り、爺さんと幼女に係わることを諫めている。その眷属である銀龍メリジーもそのシバリに束縛されているはずだ。


 確かにここの獣人族を追いつめているのは人族であるが、これは言わば種族の生存競争。おれとしても管理神様の言いつけを尊重したいので、あくまで獣人族を生存圏へ逃がすことに専念しているだけで彼らを勝たせたいわけじゃない。



 目的は一つだけ、おれの彼女(エティリア)の泣き顔が見たくなくて、その幸せを守りたいため。



「アナタたち、なにを話しているのかがわからない」


「まあまあ、気にするな」


 ピキシー村長さんの疑念はもっともだがこれは説明する気はない。おれは自力で生き延びようとする劣勢の獣人族にちょっとだけ銀龍の力を借りて、おれの知恵と合わさって手を差し伸べる、それ以外のことはすべきではないと考えている。


 主役は獣人族であっておれではない、このことがおれのこの世界で生きるための(こだわ)りである。



「今のところ、心配するだけ無駄なので考えないことにする。だけど各村へ回って来る時はそれとなく気を回してほしい。いいかな? 人族はバカじゃない限りいきなりは手を打ってこない。だがねちっこく探りだけは入れてくるはずだ、そこは気を付けろよ」


「……わかってるわよ」

「うん……」


 やはりというべきかな、返事をしてきたのは人族と深く関わってきたセイとエティリアだけ。彼女たちは人族によって、イタい目を合ってきたことがある。もちろん、全ての人が悪であるとはおれも思わないし、ファージン集落にいる人たちみたいにいい人だって世の中には沢山いるんだ。だけど、他の者を自分の欲望のために食い物にするのはいつだって人間である。


 おれだって、リーマンの時にイタい目を嫌というほど合ってきたからな!




「さて、説明はここで一段落するがご質問をどうぞお!」


「おれはどうしたらいいのだ? どこで戦えばいいのだ! エティの婿殿からの御指名がないぞ!」


 どこの脳筋武将ですかあなたは。知力が30で武力90くらいはありそうで、一騎打ちの時は出したいキャラだよ。エイさん。



「エイさん、あなたには村を守ってほしい。人族はこれまでこの村には手を出してはいないが、来ないとは決まっていない。だから本拠地であるここをあなたに守ってほしい」


「うおー、任せろ! 来たやつらは片端から切り倒してくれるわ!」


「まあ父様、素敵だわ」


 これこれ、人族に言いがかりの根拠となることはしちゃダメ。それにセイさん、あんたもエイさんを煽っちゃダメだよ。なんだよこの武力バカ親子は。



「やっちゃダメだよ? それで人族がわんさかと湧いてくるからね? 準備が整わないうちはなるべく穏便にすますように」


「ダメなのか、残念だ。ワッハッハー!」


 なんだかこの人ファージンさんと気が合いそうで紹介したいな。そういえば集落の人たちは元気でやっているのかな、ちょっと会いたいなあ。



「アキラさん、どうしてワタシたち獣人に肩入れするのか、それは教えてもらえないだろうか」


 ピキシー村長さんの疑問はもっともで、人族であるおれがここまでする理由を彼には考えられないでしょうが、おれの答えは実に単純にして明快だ。



「そりゃ、愛する子(エティ)のため。彼女の幸せはおれの為すべきこと、それだけだ」


 感動を通り越してうっとりした蕩ける瞳で見つめてくるうさぎちゃん(エティリア)。別に彼女にいいカッコするためにやっているだけじゃない、彼女が願う幸福は種族を含めるものであるならば、おれとしては可能な限りのことを叶えてやりたい。



「アキラさん……我が族の(エティリア)(ツガイ)にしてくれたことを長として嬉しく思う。元々ワタシたち獣人も人族とは争う気はなかった、それがラクータからの迫害に近い処遇には心を痛めている」


 静かに自分の思いを述べているピキシー村長さん、獣人がこの地に生きるために人族とは交流を持つことは不可欠と熟知している。



「アナタがワタシたちにしてくれることを感謝する。獣人としては情けない限りだが今はなにもお返しはできない」


「そんなこと考えなくていいよ、お返しはエティと想いを叶えたことだけで十分だから」


 獣人の誇りというもらったらお返しするのことを指していると思うが、そんなことは初めから望んでいない。おれはただ、彼女(エティリア)のためにできることをできるだけしておきたいだけ。これは言わばいずれは去ってしまうおれの恰好付け。



「末永くエティっちのことをよろしく頼む」


「……ああ」


 ピキシー村長さんの誠実な願いにおれは言葉を濁すように返すことしかできなかった。エティリアのことは心から好きである。だが、この生きた世界を自分の目で確かめたい思いはいまも消えることはない。そんな危険が満ちた旅に村思いのエティリアを連れて行くことはできない。


 おれとピキシー村長さんの会話の間にもエティリアはおれのことをジッと見ている。その視線に気付いたおれは彼女に微笑んでみた。



「なんだい?」


「なんでもないもん……」


 プイっと彼女は横に顔を背けてしまい、その方向にはセイだけが座っている。そのためにおれは彼女の表情を見ることができない。



「……嘘吐き」


 エティリアが一筋の涙を流したこのときの小さな呟きはおれの耳に届くことがない。






「なあ、副団長。今回はちょいとケモノどもで遊んじゃっていいっすか?」


 城塞都市ラクータから出たモビスに跨る騎乗兵の一団が獣人族の村の方向へ向かっている。その中に軽薄そうな若者が一番先頭を駆けている年の変わらない白銀鎧姿の騎兵に声を掛けていた。



「おやめなさい。今回に任務は偵察です、余計ないざござを起こすものじゃありません」


「かーっ、お堅えですこと。ケモノどもにお情けですかい?気が知れねえな。なあ、みんな!」


「ははははは」

「そう言ってやんなよ、ネッテブッカ。副団長はケモノがお好きだからよ」

「マジで気がしれないな、あんなやつらはおれらがしつけをしてやらねえと人らしい生活もできねえのによ」

「ぎゃはは、違いねえ」


 会話の端々から副団長と白銀鎧姿の騎兵が率いている部下たちに軽んじられていることがよくわかる。それでも白銀鎧姿の騎兵は真っ直ぐに前へ向かってモビスを走らせている。



「とにかくです。今回はあくまで偵察なので手出しは許しません」


「ケっ、詰まんねえ奴」


 ネッテブッカと騎兵の仲間から呼ばれている軽薄そうな若者が自分たちの副団長から離れて、後ろにいる仲間たちの所へ戻っていく。



「なーにが副団長よ。いくら腕が立つだからと言って、ケモノの一人も殺せねえじゃねえか。なんで団長がこんなやつを気に入ったか、気が知れんぜ」


 ネッテブッカは白銀鎧姿の騎兵を罵ってからうっすらといやらしい笑みを浮かばせる。



「まっ、いいや。偵察中に思わぬ事態が起こることもあるんだぜ? 俺様がてめえに臨機応変ってやつを教えてやるよ」


 憎々しく白銀鎧姿の騎兵を睨みつけてからネッテブッカは自分の考えに賛同する仲間を探すために、白銀鎧姿の騎兵から距離を置くほかの騎兵の集団の中に合流した。






「頑張ってみんなを統合してきてね!」


 手を振ってピキシー村長さんの一団をエイさんとともに見送ってから、おれはニールと若者たちが待つ村の中へ帰っていく。これからアラリアの森へ地竜ペシティグムスと会いに行くため、森を走破できるだけの装備を若者たちに渡さなくてはいけない。



 同行する若者はアタッカーゾシスリアを含めて全部で5人、偵察を担うスカウトが1人、攻撃を担当するアタッカーがもう1人、防御するタンク役が1人、遠距離射撃するシューターが1人。本当は回復役のヒーラーがいれば完璧なのだが、この村というより回復魔法が使える獣人は極めて少ない貴重な存在だそうだ。そのために教官兼任のおれがヒーラーを勤めることになった。



「さて諸君、われらはこれからアラリアの森へ向かう」


 おれが渡したダンジョンの武具一式を装備した兎人の若者たちは緊張した面持ちでおれとニールのほうへ固唾を飲んでから静かに直立不動の体勢を維持している。



「そう硬くなるな、ニール大先生がいれば大抵の敵は凌げる。それでもきみたちには森でモンスターと戦ってもらう、きみたちが強くなるためにな」


「あ、あたいらで大丈夫でしょうか!」


 ここはおれとニールに親しいゾシスリアがみんなを代表して質問してきた。



「きみたちには鍛えてもらって、これからの兎人族の戦闘チームになってもらうつもり。繰り返すがおれとニールがいるから心配はするな。だが規律は守ってもらうからそのつもりで」


「はいっ!」


「強くしてやんから俺に付いてこい!」


「はいっ!」


 いつも思うが銀龍メリジーの設定は絶対に間違っている、あいつを漢にすべきだった。ただねえ、あの巨乳は観賞用には捨てがたいしなあ、困ったものだ。


 ふしだらなことを考えているおれにエイさんが声をかけてくる。



「エティっちの婿殿、此度は我が族に尽力してもらいお礼のいいようがない」


「いいよ、そんなことは気にしないでくれていいから」


「わが娘をやってよいのだがな、いささか気が強すぎろとこがあってだな……」


「お気持ちだけで充分です。おれにはエティがいるですので」



 セイがおれの女になるだと? あれの性格をしらないのなら喜んで申し入れを受け入れたかもしれない。でもな、おれが見たところセイは完璧なヤンデレであるはずだ。あんなのと一緒になったらおれは一生兎人族の住処から出られなくなる。怖いよ。



「そうか、ならばしかたもあるまい。で、いつにここを出るつもりだ」


 エイさんの問いにおれはアラリアの森のほうへ身体を向き変えて、まだ見ぬ森へ心の高まりを感じている。



「もうすぐ出発する。善は急げって言うからな」


「膳は急げ? エティっちの婿殿はお腹を空かしているのか? それならば是非うちで食事を取ってもらいたい。妻の作る食事がうまくてな……」


「違うよっ! そのゼンじゃねえよ。それにあんたとこで食事取ったじゃんか、うまかったよ。ああ、すっごくうまかったから遠征用に大量に作ってもらったじゃん!」


 そう、エイさんの妻でセイの母上は料理がとっても上手で、ファージン集落にいるシャランスさんとアリエンテさんに勝るとも劣らない腕前であった。そのために遠征用に沢山つくってもらって、アイテムボックスに放り込んである。


 森の中ではいつもおれが料理番をつとめるわけにはいかないから。



「さて、おれたちも出ようか!」


「はいっ!」


「おうよ」


 大きな掛け声に兎人の若者たちは一斉に身を構える。ゾシスリア以外はこの子たちにとって初めての冒険、引率役のおれが先頭を行き、ニールがこの子たちを育て上げることでしょう。


 アラリアの森の主、地竜ペシティグムス。いまから会いに行くから逃げるなよ!



 その前に森の民であるエルフ様とお会いすることができる。エティリアもセイもレイもいない今、ちょっとした浮気ならバレないかなあ。



「おい! てめえ、変なことを考えたんだろ?」


「イイエ、ベツニナンデモナイヨ?」


「なんかおかしいなことすんと、あいつにチクってやんからよ」


 チっ! 最大の守護にして阻害者、それが銀龍メリジーであることを忘れていたぜ。



 おれはモフモフ天国への第一歩を踏み出すためにアラリアの森へ足を踏み入れた。




これで第3章は終わります。


第4章の前に番外編を挟みたいのでよかったら飽きずに見てください。


ありがとうございました。

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