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第67話 情熱の渦はうさぎちゃんとともに

「ワタシたちの先祖はその昔に森の民とアラリアの森で住んでいた言い伝えがござい……オッホン……あります」


 敬語で話そうとしているピキシー村長さんにひと睨みして、その口調を改めることを強要する。村の長に賓客の扱いでもこの先、この村で村人たちがおれに対する関係が気持ち的にむず痒くになりそうだ。



「それで、なぜアラリアの森からこの作物が取れそうにない土地に移り住んだ?」


「村の言い伝えではワタシたちの先祖は人族と取引をしていて、森の恵みが高く売れるから人族に乞われて乱獲していて、先祖たちは森を荒らしたそうだ」


「ほう」


「そうしているうちに森の奥に住んでいたヌシ様、地竜ペシティグムス様の怒りを買い、森の民以外は残らず森から追われてしまったそうだ」


「ふーん」


「森を出たワタシたちの先祖は人族に住める土地を求めたが、人族は作物が育ちそうにないこの土地ならと案内されたそうだ」


「獣人族が森を追われた原因を作ったのに血も涙もないやつらだね」


「ああ。先代の村の長から聞いた話では先祖たちが血もにじむような苦労して開墾した土地も人族に目を付けられたあげく、二束三文で買いたたかれて取られてしまったらしい」


「獣人って、バカなのか?」


「すみません……」


 率直過ぎたおれの感想にピキシー村長さんは耳を垂らしてしゅんと元気をなくしてしまった。その様子は気の毒に感じたがそう言わずにはいられなかった。エティリアがそっとおれの手を握って来るとおれは別に獣人を貶したいために言ったわけじゃないことを思い出す。



「なあ、ピキシーさん。森へ帰りたいと思わないか?」


「……それはワタシたち獣人の共通した悲願であるが、ヌシ様が今でもワタシたちを許したわけでもなく、大人数で森に入ると殺害されてしまう……」


 力なく頭までも垂れている兎人の村長を見るとその横にいるエイさんまでもが沈痛な顔でため息ついている。



「あんたたちが森に帰りたいのなら力を貸そうか? 地竜ペシティグムスと話でも付けてくるよ」


「ダメー! アキラっちに危ない目を合わせられないもん!」


 力一杯腕に抱き着いてくるエティリア。だけどね、きみの愛する男はそういうことをされるとますます燃え上がることをきみには知っておいてほしいな。



「……本当に森へ帰ることができるのでしょうか?」


 縋るような思いでピキシー村長さんはおれに問い合わせてくる。



「ああ、きみたち獣人が本当に自分を助けたくて森へ帰るというのなら力は貸しましょう」


「嫌だ! アキラっち。ヌシ様は強いもん、アキラっち死んじゃったら嫌だもん」


 心配してくれてありがとう、おれはできるだけ優しくエティリアの頭を撫でてあげた。


 大丈夫、おれには大先生(銀龍メリジー)がいる。地竜ペシティグムスが話に応じてくれなかったらコテンパンにボコボコにしつけてもらいましょう。



「森に帰れてもワタシたちは生きていけるだけの術がありません」


 ピキシー村長さんは現実をよく見ている、開墾するにしても食糧や道具が必要だ。現実的に追い詰められた獣人たちにはそれだけの余力は残されていない。


 おれがいなければの話だが。


 そう、ここに来るまでアキラ計画を練っていたのだ! ザルのような穴だらけの計画ではあるが、ローインがいるおれにはどうにかできそうと根拠のない自信が湧き上がってくる。だけどあくまで獣人たちが自分で頑張ってくれないとおれにはなにもできない。作り上げるのは獣人たちの手に寄らねばならない。




「ピキシー村長さんよ、よく聞き給え。獣人移住計画はこれから始まるんだ!」


「あ、ああ……」


 おれの高いテンションで押されてか、ピキシー村長さんは返事するのが精いっぱいである。でもそんなことには気にしない。ここにいる獣人たちを無視して、おれは自分のご高説に酔い痴れようとしているところなんだ。



「その一! 地竜ペシティグムスに獣人がアラリアの森に帰ることを認めてもらう!」


 ここでおれは右手の拳を握りしめる。



「その二! 全ての獣人を受け入れられるだけの移住の村をこのマッシャーリア村で作り上げて、必要な食糧と道具をここで取りそろえる!」


 右腕を半分だけ掲げて見せる。



「その三! 森の中で全ての獣人が住めるだけのモフモフ天国を誰にも邪魔をさせないで築き上げてみせる! 我が行く道に敵はなし!ワッハハハハ!」


 右腕を高く上げてからおれは自分の妄想(ゆめ)に酔って、高笑いをだれにも憚ることなく笑いあげた。もう、おれの前には獣人のお姉さんたちが寄りかかってきて感謝の気持ちを込めて身を寄せてくることしか見えていない。



「アキラさんはこういう人か?」


「うん、ごめんね。自分の世界に入ると中々帰ってこないもん」


「なるほどね、こういう性格だったの。あたいはちょっと勘違いしてたのかしらね」


 兎人たちのおれのことを推し量る会話など、今のおれの耳に入るはずがない。




「といわけでお願いします、大先生」


 ジ・ドゲザをしているおれを冷ややかな目で眺めてくる大先生(銀龍メリジー)



「結局俺頼りじゃねえか、しまらねえ野郎だなおめえよ」


 くっ、大先生(銀龍メリジー)が言いたい放題言えるのも今の内だ。おれのお願いを聞け!



「今宵は食い放題の焼き肉パーティですぞ? チョコレートと炭酸飲料付きで」


「……ふ、ふん。しゃあねえ、聞き届けてやろうじゃねえか。パーチーの件、間違いはねえだろうな?」


 ちょろいですな、この世界の神話にまつわる生き物は食い物で釣り放題ですか。



「はっはー、それはもう。ご要望あらば今からすぐにでも!」


「よしっ! それで手を打ってやる」


 はい、交渉成立です。これでおれはモフモフ天国への野望がスタートしそうです。



「あきらっち、なぜそうしてまでケモノ人に肩入れをすんだよ」


 銀龍メリジーの問いにおれは笑って答えることができる。そんなの簡単すぎて考えるまでもなかった。



「愛するエティのためにだ。彼女の望みがおれの幸せだから」


 銀龍メリジーはその答えを聞いて、おれに最上の笑顔で返してくれた。




 ニールは弟子となったゾシスリアの家で寝泊まりすると言って、はしゃいでいるゾシスリアに付いて行った。おれはエティリアの家で宿泊することとなり、セイなにか叫んでいたがはレイとエイさんに引きずられるようにして、引っ張られて実家のほうに戻って行った。



「ようこそあたいの家へお越しくださいましたあ!」


 エティリアの家は二階建ての木造の建築物。手入れの行き届いた庭がとても印象的で、花が至る所で咲いており、庭の真ん中には名も知らない大きな木が一本だけ聳え立ている。


「綺麗な庭だね」


「うん! 母さまがね、毎日木や花の世話をしてたもん。あたいの自慢の家だもん」


 そっか、()()()のか。



「今は?」


「ピッキっちがね、今でも毎日やってくれるもん」


「いい人なんだね、ピキシー村長さんは」


「うん。一緒に大きくなったもん。あたいがね、行商人でもう一度頑張るって決めたときに村のありったけのものをくれたもん。これで食糧を買って来てほしいって」


「そうか」


 エティリアは木の下に立ち止まり、おれのほうへ振り返って来る。



「ここにね、父様と母様がいるもん。あたいは寂しくないもん」



 獣人族に墓を建てる文化はない。遺体は灰になるまで火で焼いてから、故人が生前に気に入った場所へ散布するのが慣例で、オークに殺された獣人族の女性の葬式に参加した時、エティリアから教えてもらったことを思い出す。



 おれは木の許へ跪いてから手を合わせることにした。この世界の墓参りの礼儀は知らないが、こういうのは気持ちが一番大事だと思う。



「エティの父上に母上、おれの名はアキラと言います。お宅のエティとお付き合いをさせてもらってますのでお許しください。彼女が幸せになるようにおれも頑張りますから」


 横のほうからすすり泣きが聞こえてきたがおれは故人たちへ冥福を祈ることをやめることはなかった。




「入って、案内するもん」


 彼女に誘われて、おれは彼女の家へ初めて足を踏み入れる。


 高級そうな家具は一切なかった。質素で上質なテーブルに椅子、暖炉の前に敷かれている絨毯が柔らかそうでその上でゴロゴロしたくなる。椅子に座るとエティリアは奥の部屋へ行き、しばらくするとお茶を入れたコップを持て来てくれている。



「飲んで。庭で咲いた花で作ったお茶だもん」


 微かの甘みと仄かの香り、そのお茶の味はエティリアの持つ雰囲気と良く似合っていた。



「美味しいなこれ」


「母さまの自慢のお茶だもん。今はあたいにしか作れないもん」


 この二人だけのまったりとした時間がどうしょうもなく好きだ。言葉の数も少なくなり、おれは手を伸ばして彼女と指を絡ませて、ただ彼女の顔だけを見つめている。



「アキラっちがどんな昔を過ごしたことはあたいはしらないもん」


 エティリアの囁くような声がおれの耳にしっかりと這わせてくる。



「でもね、あたいにしてくれた全てのことを感謝しているもん。ありがとうね、アキラっち」


「きみが笑えていればそれだけでいいよ」


 それがおれのきみにできる精いっぱいのことだ。なんでもしてあげたい、どんなことでも叶えてあげたい。それがささやかなことだとしても。



「セイっちに感謝しているもん。セイっちが引き合わせてくれなかったらアキラっちと出会えなかったもん……」


 消え入るような声におれは彼女の身体を自分のほうへ引き寄せる。エティリアは少しだけ身体が強ばったが抵抗することはない。こういうときは言葉がいらない、彼女の唇に自分のそれを当てる。彼女からの熱い吐息が情欲の念を掻き立てる。



「アキラっち……」


「エティ……」


 わけもなく、彼女はおれを見て頷いてみせる。



 この夜、おれは彼女と初めて身体を重ねて、互いの想いを触れ合いながら確かめ合った。


ありがとうございました。

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