第66話 精霊魔術師参上
「ところでなぜセイが村へ帰ってきたのかな?」
兎人族の村マッシャーリアへ来て、おれにとって一番の謎を喜びで今にも踊りだしそうなゾシスリアにぶつけた。
「アキラさんからの依頼でセイお姉ちゃんをゼノスの女神祭で待ってて、エティお姉ちゃんとアキラさんのことをセイお姉ちゃんに話したらすっごく心配しちゃって、あたいをお供に村へ帰ることにしたんです」
うん、その心配というのはたぶんおれがエティリアを誑かしてないかどうかの心配だと思うな。あの腹黒兎人ならやりかねない。
「帰途に獣人族の村に寄ったですけど、エティお姉ちゃんが食料品を引き渡していると聞いて、レイさんのほうが先に村へ帰って待とうって話になって、それで一足先に村へ帰ってきたの」
「そうか、わかった。これで依頼は完了した。ところできみの相棒はどうしたの?」
「モージンですか?モージンなら女神祭をもっと楽しんで行くって。いい男を捕まえたいとか言ってましたけどあたいは興味がないし、村へ帰りたかったのでゼノスでまた会うって」
「なるほどね」
若い娘がしそうなことはこの世界でも一緒と言うことか。いい男ならここにいるのになあ、グスン
ゾシスリアと雑談をしているうちに村長宅へ着いた。ニールはゾシスリアはないかと聞いていたので、二人はゾシスリアのいう適切な訓練場へいくことになった。
「ニール、あんまり無茶はしてやるなよ? 飯までにちゃんと帰って来るんだぞ」
「ガキ扱いすんじゃねえよ……今日は何食うんだよ?」
ガキそのものじゃねえか、この食いしん坊ドラゴン。せっかくなので焼き肉パーティでもしてやるか? エティリアも喜びそうだし、セイレイちゃんたちも餌付けの餌食にしてくれようぞ。
「またあとでな」
「おうよ、焼き肉頼むぞ」
「はーい」
二人は村のはずれのほうへ歩いて行き、ニールがシャドウボクシングをしながらゾシスリアに何か説明しているようだ。おれは一人で村長宅へ入ることにした。
「わが村はいかがでしたか? 気に入ってもらえたでしょうか」
「ああ、何も無い所がお気に入りだ」
「ははは、はっきり言いますね。確かに特別なところはないのだが、そこがわが村の特別だよ」
「へー。洒落が効いているね。ないない尽くしで村長としても大変だろうに」
「この村で生まれ育ったのでここが好きだよ」
そう言ってからピキシーさんはおれに向かって頭を下げてくる。
「エティっちから話は聞いた。我々獣人族を助けてくれてありがとう、こういう時期に食糧はいい援助になった」
「いいってことよ、礼を言われるまでもない。全てはエティが喜ぶ顔をみたいがためにやっているんだ、彼女の頑張りを褒めてやってくれ」
おれとピキシーさんの会話を聞いているエティリアは顔を仄かに赤色に染めて、二つの熱い眼差しをおれのほうに注いでくる。
横にいるセイは若干機嫌が悪そうに顔を膨らませているが、レイはそんな彼女を宥めているように頭をしきりと撫でている。その役を代わりたいなと思いつつ、おれはピキシーさんとの談話を再開する。
「でも、こんなで足りるのか?」
「急場をしのぐことはできたが、それだけ。我々獣人族がこの地にいることのさきが見えて来ないのが現状」
「やはりそうか」
「そうだ。すでにいくつもの村では人族への身売りが行われていると聞いている」
沈痛そうな声でピキシーさんはつぶやくように話している。
「策は? なにか考えていないのか?」
「考えているが打てる手はないなあ。食糧の生産地は人族が抑えている、我々にはどうにもならない」
「あたいらがゼノスで買付けしてくるから心配ないわ」
セイが力強く話に加わってきたが、城塞都市ラクータの首謀者たちが黙って指を咥えてみているだけとは思えない。そのことはピキシーさんもわかっているみたい。
「セイっち、気持ちは嬉しいがラクータのやつらは本気で獣人族の食糧流通を断ってくる気だ。お前は名の通った冒険者かもしらないが人族の連携には勝てないよ」
セイはピキシーさんの言葉を聞いて黙ってしまっている。都市ゼノスで長い間に人族のリクエストをこなし、人族と深く関わっている彼女ならきっと人族のいやらしさがよく存じているはず。
ただ、エティリアの暗くなる顔を見ていると彼女にこういう表情をさせたくないおれは何とかしたい思いが強くなっていく。
「ピキシーさんは打開策とか考えていないのか?」
「ほかの村の長と会っているけど、中には人族と一戦すると激高するやつもいたが無理だ。個々の力が勝っていても人族の軍団には絶対に我々には逆らえそうにない」
「ピキシーさんはこのままでは嫌だと考えているのか?」
「当たり前じゃないか! 我々は人族と対等に付き合ってもよいが屈することはしたくない!」
キリっとした目付きにハッキリと伝えられてくる言葉。うむ。ピキシーさんはホモさんだけど、獣人としての誇りは高そうだ。こういうの、嫌いじゃない。
獣人たちが人族の奴隷に成り下がってしますのは見たくないし、子供たちがせっかく野球を覚えてくれたので監督としての野球という文化を育んでいく責任を果たしてやりたい。なにより、愛する彼女の幸せを願うのは彼氏としてはいい恰好を見せてあげたい。
「アラリアの森のことを教えてくれないか?」
「……エティっちが教えたのか?」
エティリアを見るピキシー村長さんの目が険しくなっている。
「あたいは……」
「村の秘密を番とは言え、人族に教えるのは禁じられているはず。トストロイの娘であるお前がそれを知らないはずがない」
うわー、なんか剣吞な雰囲気が漂ってきている。ピキシーさんに睨まれて困ってしまっているエティリアが今にも泣きだしそうだ。ここはおれが助け船を出さなくては、歯ぎしりしているセイに制裁されそうになる。
「違う違う。わけがあって、アラリアの森が肥沃であることについて、おれは知っているんだ」
「……なぜ、人族のお前にそんなことがわかっているんだ」
ピキシーさんの疑惑の目がおれに向けられてきた。セイのほうも今までと違って、敵意をむき出しにして、背負っている剣の柄に手をかけている。セイの父親であるエイさんは席を離れて、扉の前に塞ぐように立ちはばかり、全身から闘気を発してからおれのことを細めで監視するように見つめている。
エティリアは席を飛び出して、おれの目の前に両手を広げて庇うような姿勢を取った。
「アキラっちは傷つけさせないもん!」
「……エティっちの婿殿とは言え、われら獣人族の秘密を知ってこのままにするわけにはいかない」
低く唸るような声でエイさんは威嚇してきている。足が震えているエティリアを見て、おれは自重することをやめることにした。
「なんでおれがそのことを知っていることを知りたいようだから教えてやる」
「ああ、是非頼みたいものだな」
ピキシー村長さんの声に最終通告のような響きが帯びている。応えてやろうじゃないか、その願いに。
「それはおれが精霊魔術師だからだ。出でよ、風鷹の精霊!」
アイテムボックスに入れてあるローインの魔晶に命じるようにおれは手を上に上げてから叫んだ。おれの声に周囲から風が集まり出し、鷹の形をした精霊がこの場に姿を露わにした。
『その掛け声はダサいでござる、今後は改良するように願いたいものでござる』
ここにいる全員はおれとローイン以外にみんながその場で固まっていた。そりゃそうか、精霊召喚なんてものはアルス神教の教典か名高い巫女でしか見れないものだからな。
「...うそ、アキラ精霊使い? しかもローイン様...」
まさか最初に声を掛けてきたのがエルフ様とは思わなかった。
「精霊使いというか、友達みたいなものかな?」
『拙者はダサい輩と友達になった覚えはないでござる。』
もう、この子は。場の空気を読みなさい。
「エデジーにチェンジしよっかな?」
『うむ、あきらとは友でござる、大の仲良しでござる。』
やればできる子じゃないか、ローイン。今後もちゃんとしつけをしていくから覚悟してね。
「...すごい。森人の言い伝え、精霊使い愛すべし。ローイン様、森人守り神...」
レイがおれに全身の力を使っていきなり抱き着いてくる。あるぇ?兎人の疑念を解こうとして風鷹の精霊を呼び出したらエルフ様が釣れてきた。お胸様がトテモ気持ちイイのデス。
「ダメー、レイっち! アキラっちはあたいのだもん!」
愛しいうさぎちゃんがおれとレイの熱い抱擁を見て、物凄い力でを引き剥がしに来た。
「「疑って申し訳ありませんでした!」」
ピキシー村長さんと武人のエイさんが土下座でもしかねない勢いでおれに謝っていた。というより、先まで土下座をしていたのでやっとの思いで座らせることができた。
「別にいいけど、このことはできればほかの獣人たちには内緒にしてほしい」
レイを初め、セイにピキシー村長さんと武人のエイさん、わが愛する恋人のエティリアまでもがおれのことを神扱いしそうになったのは誤算だった。ここまで効果覿面になることは予想できなくて、お気軽に精霊を呼び出してしまったのはちょっと失敗した。
「...ローイン様の契約者、アキラ様同胞に内緒できない...」
風鷹の精霊がエルフの間ではどういう位置付けであるなのかはレイをみれば一目瞭然。今でもおれに飛びかかって来ようとする彼女をエティリアがレイの全身を巻き付いて止めている。
そのローインには帰還してもらった。なにかぐずっていたのでチョコレートをあげたらあっという間に消えてしまった。精霊って、案外ちょろいね。
「そこはレイもほかのエルフには黙ってほしい」
「...レイ、同胞騙せない。森の風統べるローイン様、アキラ様、友なら全てエルフ従う...」
たかが鷹が森の風の精霊であるとは思わなかった。今更ながら自分の軽率の行動が自分の人間関係にこれほどの影響を与えるなんて考えてもいない。でもここからはなるべく元通りに戻すようにおれも努力を惜しまない。
「はいはい、レイも含めみなさんよく聞いて。確かにおれはローインを呼び出せた、でもそれはみんなに信用してほしかったからだ。これ以上様付けで呼んだり、敬うそぶりを見せたりしたら逃げ出してやるからそのつもりで」
「アキラっち、それは謙遜で?」
みんなを代表しているではないけど、セイがおれの宣言に質問をしてきた。
「謙遜じゃないな。ただきみたちとは対等で付き合いたい。ローインは呼び出せてもおれが精霊というわけじゃないし、御大層な力を持った人族というわけではない」
銀龍メリジーという守り役を持ち、女神と呼ばれた風の精霊エデジーを召喚できて、この世界の守護者二柱とお友達になっているから御大層な力を持っていると言ってもたぶん過言ではないとおれも思ったりしないでもない。
だけど、親しくなった人たちとは同じ視線と視野で交流関係を持っていたい。神とかで崇められたりでもしたらおれは間違いなく精神的に死んでしまう。小心で臆病を売りにしているおっさんをナメるんじゃない、羨望や崇拝な眼差しだけで精神的自殺をしてしまう自信はあるからな。
「……アキラっちは変わった人族ね」
「...レイ、こんな欲ない人族見たことない...」
はいよ、白豹ちゃんたちの感想は褒め言葉として解釈しよう。
それより先から愛しのうさぎちゃんがおれに抱き着きたくてそわそわしているみたい。ここは彼女の願いを彼氏として受け止めてやろうではないか。
両手を広げると待ちきれなかったわが恋人は香しい匂いとともにおれの胸に飛び込んできた。
ありがとうございました。




