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第64話 兎人の村長はオトコモスキー

「婿殿を歓迎したいのだが、わが村はラクータの税の取り立てで大したもてなしもできないからすまないと思う」


「それは別に気にしなくてもいいですけど、その婿殿というのはちょっと。なんというか、エティとは恋仲ですが、婚礼を承諾してもらっているわけではないというか」


 おれの言葉にエイとセイの親子が憤慨して足を止めてから二人でおれを取り囲んでいる。



「なんと、アキラっち殿はエティっちと成婚するつもりはないというか! けしからん、実にけしからんぞ!」


「やっぱりあなたはエティ姉のことを弄ぶつもりかい?」


 いや、そうじゃなくて。まだそういう段階には至っていないと言いたいだけなのに、なんでふたりがこんなに興奮しているのがよくわからん。異世界の文化交流は難しい。



「いいんだもん、あたいはアキラっちの言いなりでいいもん。アキラッちのことは許してあげて」


 近頃よく思うことがあるけれど、このうさぎちゃんは何かにつけて火に油を注ぐようなことしか言えないのか? わかっててわざとやってないか? 本当に困ったちゃんだよ。



 ガヤガヤとセイ親子とやっているうちに村中から兎人たちが集まって来る。みんなが好奇心一杯の視線を向けて来て、以前に訪れた獣人の村で当初のうちに受けたのような疎外感はなく、やはりセイやエティリアたちと仲良くしているように見えたのだろうか。



「おや? エティっちじゃないか。もう帰ってきたのか? 水臭いな、一言あってもいいじゃないか」


 兎人たちの中から涼しげで爽やかな顔をした美男兎子が出てきた、その口癖からしてエティリアとなにかの関係があるかもしれない。エティリアの微笑んでいる顔を見ると急に胸の中にチクっとして、いやにモヤモヤとする気持ちが湧き上がってくる。



「ピキシー、ただいまー。食糧は手に入ったもん、これでしばらくはみんなが食べていけるもん」


 報告したエティリアを美男兎子は喜び一杯の顔で彼女に飛び付いて抱擁する。その光景に胸が締め付けられるような思いで苦しくなって、こんな気持ちになるのは高校の時に初恋の人が仲良く恋人と肩を寄せ合って下校するところを見たとき以来だ。



 一人でつらい思いに浸っているところを美男兎子はエティリアから離れて、おれのことについて彼女に質問する。



「こちらの方はどなたかな? 人族と思うだが」


「この人はアキラっち、あたいのことを助けてくれた人だもん」


 そこは好きな人じゃなくて、助けてくれた人ときたか。なんだか釈然としないがおっさんと自認しているおれにはもうそれをわざわざ確認を取る気力なんてない。



「そうなのか。それはお礼を言わないといけないね」


 美男兎子はおれのほうに歩いてくると右手を伸ばしてきて、握手を求めるように手のひらを開いている。なぜだろう、なんだかすっごくおれのそばに寄っているような気がする。



「この村の長を務めるピキシーです。エティっちがお世話になったそうで、お礼を言わせてくれれば幸いだ」


 ここで美兎男子の手を振り払うのもおとなげがないと思われるので、精いっぱい気を張って、握手を応じるようにおれは村長のピキシーの手を握る。



 んん? 気のせいかな? 村長のピキシーはおれの手を指でさするように動かしている。思わず鳥肌が立ってきた。



「いい男だね、是非わが兎人族と仲良くしてやってくれ。ワタシのほうも個人的に仲良くしたいな」


 美男兎子の指の動きが怪しくなって、その目からはなぜか情欲の色が血走っているように見えた。あれれ? なにかがおかしい。



「ピッキっちダメ。アキラっちはあたいのもんだもん、ピッキっちは手を出しちゃダメだもん!」


 エティや、きみはなにを言ってるの? ちょっと今のおれに理解ができないぞ。



「いいんじゃない。ワタシとエティっちの仲、いいものは分かち合うものよ」


 美男兎子の指はますます激しく蛇のように蠕動しながらおれの腕を伝って肩まで登ってきている。



「アキラっち離れて! ピッキっちは強い人なら同性でもお好みだもん!」


 気が付けばおれは美男兎子に抱きしめられていて、その鮮やかな紅色の舌がおれの首筋に這わせている。


「いいね、香しいよ。アキラさん、()()()しましょうね」


 マジっすかー! 異世界でもオトコスキーさんがいらっしゃったのですね。助けてエティ、きみの彼氏が犯されそうですよ!


「い、イヤーーっっ!」




 怖かった、未だに震えているくらい恐怖に襲われていた。セイとレイ、それにニールが大笑いして、エイさんとエティが救助してくれなかったら今頃はどうなっているやら。攻撃も魔法もピキシーのその気持ちのいい指で封じられていた。



 この世界に来てから娼婦の館へ行ってるけど、デュピラスとの情事はどっちかというとありの肉体の喜びをそのまま感じたもの。()でこんなに気持ちがいいなんて思ってしまったのはあっちの世界の風俗へ行った以来で、恐ろしいことにおれは()()()()しまいそうになっていた。



「ピッキっち! 今度アキラっちに手を出したら許さないもん!」


「はっはっは。ちょっとした戯れだ、そんなにカッカするなよ。いくらワタシでもあなたの恋人でも手を出さないよ」


 本当かな、うそじゃないだよな?いくら美男子でも男には興味はないからね。



「うー」


 唸って威嚇しているエティリアはとても可愛く見えた。ピキシーという若い村長さんはそんな彼女を微笑ましく見てからおれのほうに声をかけてくる。



「アキラさん、エティとセイに良くしてもらってありがとう。近頃は人族と色々あってね、村の者を含めてここ一帯の獣人族は人族に対して不信感を深めているのだよ」


 ピキシー村長は普通にしていれば笑顔が良く似合う青年で、先の出来事でおれは彼に対する先入観が深く刻み込まれているが、それはそれとして彼との会話はエティリアの彼氏として恥ずかしくないように振舞っておこう。



「ああ、そうみたいだね。ここへ来るまでの村々でもそれは感じることができた」


「すまないね。エティっちの番には村上げての歓迎式でも開いてやりたいのだが、村にも余裕がなくてね、とりあえずは言葉だけでも村長として掛けておこうと思うのだ」


 ピキシーさんは笑いながらまた手を伸ばしてきて握手を求めてきたが、危機感が半端なく音なく鳴り響いているので、それを回避するために言語による拒否を示す。



「いや、握手は先ほどもしたので歓迎のお言葉は確かに受け入れさせてもらうよ」


「ちっ」


 今、舌打ちしたよな。やっぱり何かを企んでいたんだ、あぶねえー。



「ピッキっち、アキラっちには一杯投資してもらってるもん、失礼はダメだもん」


「トウシ? それはどういうものかな?」


 聞いたことのない名詞にピキシー村長さんはおれのほうへ問いかけてくる。


 またかよ。本当に新しい概念の普及は大変なもんだよな、ここでもこういう商談とか物流のことはエティリアに丸投げしようか。



「それはエティに聞いてやってくれ。おれは金は出すが口は出さないのが主義なんだから、詳しい説明は彼女が教えてくれる」


「そうなのか、エティっち」


「へへーん。あたいはアキラっちとセイっちの御用商人だもん、なんでも聞いてちょうだい」


 エティリアは目を瞑ってから顎を上げる。鼻でも伸びないかと心配はしたけど、彼女のドヤ顔も彼氏のおれからすれば愛らしく見えてしょうがない。



「そういうわけでできれば村をまわるための案内役を付けてほしいのだけど……」


 セイがなぜか乗り気でテーブルに乗っかるくらいに身を乗り出している。その分、お胸様もテーブルに載せているのだが、それは隣に置いてある果物のように摘んでいいかどうかの判断に迷う。



「あたいが行くよ!」


「じゃきみにお願いするよ!」


 セイより先に名乗りしたのはエティリアの従姉妹のゾシスリアで、部屋の隅のほうに座っていた彼女はテーブルにいるおれたちを見ていながら気を使ってくれているのか、ずっと口を閉ざしている。


 なぜセイとレイが村にいることを聞きたかったし、セイの案内ではどうもゆっくりと村を見物できそうにないから、ゾシスリアが名乗り上げたとき、すかさず彼女を指名することにした。



「なんでなのよ、あたいが案内したかったのにひどいじゃない」


「いやいや、白豹さんたちにお供を願うのは恐れが多くてね。遠慮させてもらうよ」


「...アキラひどい...」


 麗しいエルフ様のレイまでもががっがりした顔をしているが、この村がエルフと繋がりを持っていることを知った以上は新たな出会いに期待を持ちたい。食い物にされかねない白豹たちは観賞用に回すことにする。



「ピキシー村長さん、ゾシスリアちゃんに案内を頼んでもいいかな?」


「あなた達がよければそれでいいよ。ゾシスっち、頼んだよ」


「はいっ!任せてください!」



 うんうん、元気いっぱいの子は見ていて気持ちいいね。おっさんはそういうの、色抜きで大好きだよ。ってなわけで兎人族の村マッシャーリアの観光に洒落込もうか!


ありがとうございました。

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