第63話 おれの恋はセイの洗礼
あれからいくつかの獣人族の村をまわった。狐人族、犬人族、猫人族、鼠人族に牛人族と攫われた女性を帰還させるために、オークに襲われた村を中心に訪れることにした。
おれたちは悲嘆にくれる葬式に出たり、帰還した女性と家族の再会に歓喜したり、村の再建をニールとともに手伝ったり、エティリアは村の長と村の特産品と食糧の交換の話をつけたり、おれは子供たちと野球を楽しんだりとそんなことばかりしていた。
途中で予備の野球道具が少なくなり、風鷹の精霊に頼んで羊人の村へ行って補給したのはニールしか知らない。
村長さんたちからオークに襲われた状況をまとめると、決まってその直前にラクータ騎士団が税のつり上げと警告を行っていることがわかっている。こうなれば黒としか解釈は出来ないけど、そのことに疑いを持たない獣人族の大らかさというか、単にアホなだけというか、とにかくこれでは人族に食い物にされていることも頷けてしまう。
「バカだよな」
「おう、自覚を持つことはいいことだ、偉いぞお前は。そこから改めることで強くなっていけるぜ」
「違うよ。おれのことじゃねえよ」
まったくもう。この女は事あるごとにおれを貶すことが楽しみになっているじゃないかと疑いたくなってくる。
それにしてもアルス連山からこいつの同行を同意したときは距離を保つために言い訳4か条を設定したのに、なし崩しでうやむやになっていることには気が付いていた。でも、共に旅をして銀龍メリジーは案外気さくな性格であること、エティリアと仲良くなったこと、モンスター狩りにすごく役に立っていることを考えると、別にニールを遠ざけることに拘っていないおれがいる。
獣人の女性の生き残りをそれぞれ全て村へ帰してから久しぶりの3人だけの旅路。目的はエティリアとセイの故郷である兎人の村マッシャーリア。草原が広がるに轍だけの道、モンスター化してくるのはレッサーウルフ。初級光魔法のアイコンをいつも表示させて、出会えば殺していくだけのサイクル。
道中は穏やかで日向ぼっこが似合う道のりである。
出会った村長さんたちと話しているうちに、獣人族の村々が徐々に追いつめられているのがよくわかる。今回はエティリアが食糧を大量に買い集めているので一時的に凌ぐことができるが、長期的のスパーンでみると半永久的な食糧の生産・加工・流通・貯蔵の安全保障システムを獣人側が持っていないと人族に対等で交流することは叶わない。
「くっそー。もうちょいと真面目に勉強すればよかったぜ」
農業を産業として起こすことはおれの知識や技能ではできない。スマホに入っているのは個人的な趣味ばかりで内政チートができるものはなに一つない。それよりも停止した世界を回遊した時に内政チートするつもりはないと決めていた。
「アキラっち……何考えているの? 難しい顔してほしくないもん」
心配そうなエティリアがおれに寄りかかってきて、手をそっと添えてくれている。両目はずっとおれの顔を見つめていて、添えている手がわずかに力が込めてきたのを感じ取ることができる。
この女のためにおれは出来る限りのことをしたい、この女が幸せに生きていけることを見届けてからここを去るつもり。だから、知恵が出し尽くすまで考え抜く。おれにこの子のためになにができる? 空論でも虚構でもなんでもいい、思いつけ!
「ない頭で悩むな! お前なんか俺らの助けがなければこの世界で生きていけんだろうが!」
面倒そうにニールが手を伸ばしてきておれの髪をワシャワシャとかき混ぜる。
「うん。ニールっちの言う通りだもん。みんなで力を合わせば大丈夫だもん」
エティリアがおれの腕を抱えてその美しい髪が胸板を当ててくる。なんだかんだでニールもいい子だよな、この子のたちのためにおれはなにをすればいい?
みんなで、力を、合わせる?
ファージン集落の人々を思い出すね、そういえばファージンさんは仲間の人たちと集落を開拓したよな。って、ちょっと待って、獣人はなぜこの痩せた土地に住まなければならないという疑問をエティリアにぶつけてみることにした。
「なあ、エティ。なんで獣人たちはここに住んでいるわけ?農作ができない痩せた土地なんだろう?」
「うーん。あたいもよく知らないけど、亡き父さまが耕すことができる土地は人族に取られたって言ってたもん。それであたいたちは恩恵を預かれる森の傍で生きて、人族と森の民と食べ物とかを交換して生きてきたもん」
エティリアが言い終えるとおれはマップを開いて、これから行く兎人の村マッシャーリア一帯の地図を確認する。エティリアとニールにはおれがなにをしているを知ることはできないけど、ここまでの付き合いだ、すでに何も言わなくなっている。
確かにエティリアがいう森はマッシャーリア村の先に広大な森林地帯があった、しかも丘ありの湖と河川まである。行ってみないとわからないが開墾すればいい領地になるではないかとおれは考える。
「なあ、なんでその森で住まないんだ? 川や湖もあることだし、豊かな森なんだろう、開拓すれば獣人たちが幸せに生活できるんじゃないかな」
「え? なんでアキラっちはアラリアの森に川と湖があることを知ってるの? このことは村の秘密だもん」
「いいからいいから、エティリアから教えてほしいなあ」
「……うん。それより以前のことは詳しく言えないけど、村に住んでいたあたいたちの先祖もそう考えたもん。その時に仲良くなったのが森の民、エルフの人たちだもん」
「ほうほう」
いいねえ、エルフ様とお友達になれそうな予感。レイさんもいいけどガードが固すぎです。
「でもね、アラリアの森にはヌシ様がいるもん。森の恵みを取りに行くとか森の友ならともかく、多くの人が森に入るとヌシ様からのお怒りで殺されちゃうもん」
「ふーん、その怖いヌシ様ってなんだろう」
「ヌシ様はとても怖いドラゴンの地竜ペシティグムス様だもん」
なんと名付きのモンスターが出て来ました。これはもう、イベントの匂いがプンプン臭いますね。
「はっ、ペシティグムスの臆病者め。姿を隠したと思えば獣人族の所で威張り腐ってやがるか」
おや? ニールこと真名銀龍メリジーさんはそのヌシ様ご存じなのか。
「あわわわ、ニールっちダメだもん。そんなこと言っちゃヌシ様来ちゃうもん」
「ははは、来れるもんなら来やがれってんだ。返り討ちしてやんよ」
「すぐに、戦いに、持ってくな!」
思わずツッコミでニールの頭にチョップを入れてしまった。我ながら大それたことをした。
「ってえな、なんだってんだよ」
あらあら、意外とお怒りじゃなかったですこと。この神話級の銀龍さんは案外フレンドリーなのかもしれない。
「いちいち大袈裟なことをいうな。ここは多種族領だぞ? 少しは自重しろよ」
「ちっ。わかったよ、しゃあないなあ」
おれとニールの話を聞く耳を本当にウサミミで立てて聞いているエティリアはなにか言いたそうなそぶりを見せているが、我慢しているのは見ていればよくわかる。おれの彼女は彼氏の言いつけをしっかりと守れるいい子である。
でもこれで一応フラグは成立した。地竜ペシティグムス、もしかすると会いに行くかもしれない。今回は大先生がお付きなので勇気100倍だし、いざとなれば風鷹の精霊による逃亡も可能だ。
獣人族から頼まれない限りなにもするつもりはないけど、とりあえず空想するのはいくらでもできるので、おれの脳内ではすでにその地竜ペシティグムスと激闘を交わした上で撃破までしている。
ふふふふ……
「ぬあははははは、もうこのおれに盲点はなしだ!」
「また始まったぞ」
「ニールっち、アキラっちを許してあげてほしいもん」
二人が可哀そうな目でおれを見ていることは妄想が爆走中のおれにはわかるはずがない。
「お兄さん、エティ姉には手を出すなとあれほど警告したのに、あなたって人はどうして死にたがるのかしらね」
炎の魔神と化した白豹のセイがマッシャーリア村の入口に突っ立ている。今、一番お会いしたくない人におれとエティリアが手を繋いでいる相思相愛の絵図をしっかりと見られていた。
「セイっち、ダメだもん。あたいはもうアキラっちのものだもん」
おれの前に飛び出して、両手を広げてセイの前進を阻むエティリア。
「エティ姉……」
「もうあたいは身も心もアキラっちと繋がっているもん、アキラっちに傷ついてほしくないもん」
いやいやいや、つながるのはまだですやん。なに言うとんねんこのうさぎちゃんは。まだおれはなんもしとらんがな、ウソはあかんで。
「っな! まだなにも――」
「お、お前は……アキラさん、許さーん」
音速を超えて光速で飛び込んできたセイの殺人チョップがおれの脳天に叩き込まれた。数秒間、意識を失いました。
「本当はこうなるんじゃないかなって思ったから釘を刺したのよ」
介抱するため横たわっているおれの頭を膝にのせているエティリアの横でセイが不機嫌そうに吐き捨てるように言ってのけた。セイの後ろには不安そうにしているレイがしおらしげに座っている。
「エティ姉は昔から年上、特に父のようなおじさんが好みだったからアキラっちのことを気に入るじゃないかなって」
「そうなのか……」
うさぎちゃんはファザコンだからおれのことが好きになったのかと思うとなぜだかしっくりこないものがある。別におれじゃなくてもいいとか、おれよりいい奴が出てきたらどうなるとか、モテないおじさんは自信というものに欠けて、自虐的になる場合が多々とある。
「違うもん! 年上にあこがれるのは認めるもん、だけどアキラっちはアキラっちだから好きになったんだもん!」
屹然とセイに言い放つエティリア。その手は力を込められていて、なんていうか、おれの髪の毛を掴んで引っ張っている。
エティや、痛いからやめて。髪の毛が抜けたらおっさんはハゲるから。
でも、その痛さはおれには心地が良かった。エティから好きと言われる度に心を和ませていき、この子のことが誰よりも大切に思えていく。
「……エティ姉」
「...セイちゃん、レイ、エティリア好き。エティリア、アキラ好きならそれでいい...」
レイはセイを見つめるとともに彼女の手を強く握る。セイはレイのほうを見てからエティリアにも目を向けて、しばらく彼女の大事なお姉さんを凝視している。
エティリアから柔らかくて暖かい視線を受けて、フッとセイの強ばっていた身体から力が抜けて、エティリアのほうへ微笑んで見せた。
「いいわ、エティ姉が幸せになれるならあたいがとやかく言うことではないわね」
やったー! 最大の難関を通り越した気分だい、これで晴れてうさぎちゃんと人目もはばからずにイチャイチャできる。
そんなウキウキしたおれをセイの凍てつく視線が一瞬でおれを凍り付かせる。
「エティ姉のことはあなたに任すわ。でも、泣かせたりしたらエティリア殺す!」
「...レイ、セイちゃん同じ気持ち、エティリア泣いたら殺害...」
あう、この瞬間からおれはエティリアと周りも認める恋仲となったが、二人もの殺人鬼がおまけで付いてくることになった。全てがうまくいったときに果たしておれは無事にこの地域から生きて脱出することができるだろうか。
「大丈夫もん、アキラっちはあたいを泣かせないもん。泣かされてもみんなの前では泣かないもん」
ビクビクっ! エティや、そういうフォローにならないフォローは言わないでくれ。二人からの殺気が先の比じゃない。セイが背中の剣を抜こうとしているし、レイは魔法陣を起動させているじゃないか!
「ここでなにをしているんだ、セイ」
突然村のほうから声が聞こえたので声のした方向を見ると兎人だけど兎人とは思えない、ファージンさんにも匹敵するような筋肉獣人がそこに立っている。
「父様、エティ姉が帰ってきたわ」
「おお、エティっちか、久しいな。うちのセイっちが世話になったというではないか? 礼を言わせてもらうぞ!」
あんたはどこの名が通った武人だよ、名は知らんけどな。それよりセイが父様とか言ったね、セイの剣術を思うとこの兎人もさぞかし武術が凄い達人なんだろうな。
「エイおじさま、お久しぶりだもん」
エティリアがいきなり立つからおれの頭がしたたかに地面と強く接吻した。痛いです、エティさん。シクシク……
「あ、ごめんねアキラっち」
「……いいよ別に」
久々の故郷だもんな、嬉しくなっただけだよね。おれのことを粗末にしたわけじゃないよね。
「ふふふ、なーんだ。やっぱりエティ姉は恋より村のみんなが大事よね」
「...レイ知ってる。獣人仲間第一、アキラその次...」
はいそこ、嬉々と冷やかさない追い打ちかけない。今のおれは頭の痛感よりも心が痛い。シクシク……
「そのなる人族はどこから来た者だ?」
筋肉獣人の問いにセイとエティリアが答える前におれのほうから口を開いた。こういうときは自分のほうから名乗ることが礼儀だと思う。
「アキラというものです。セイさんの知り合いでエティと仲良くさせてもらってます」
おれの挨拶を聞くと筋肉獣人が驚いた顔して、つかつかとおれのほうへ突進してきた。ヤバいっ、こいつもエティ好き好き派なのか?
身を構えるより早く筋肉獣人がおれを隙間なく抱擁してしまい、この暑苦しさはファージンさんのそれに比べても劣ることはない。
「でかしたぞ! アキラっちと名乗るものよ。よくぞエティっちの婿殿になることを承諾してくれたぞ」
あるぇ? こう来たか。てっきりエティとの交際に怒りを買うと思ったがあっさりと認められた。獣人のことは未だによくわからん!
ありがとうございました。




