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第62話 銀龍さんにお弟子

 交易都市ゼノスは女神祭で人たちは女神にお祈りを捧げるのに余念がない。だから酒場の中で多少のもめ事に誰も気にしようとしない。



「調子に乗るなよ小童が! お前は黙って言う通りにすればいいのだ、わかったか!」


「さてはて、どちらが調子にのっているのか、ちゃんとボクが言わないとだめなのかな」


「なっ! ……」


 テーブルに置いていた酒や料理を払いのけたエッシーピ商会のエッシーピ会長は全く動じていない小人のペンドルの気迫に押されて後ろへ身体を下げてしまう。



「エッシーピさん、今までは良いお取り引き相手であったことはどうもありがとう、だ」


 椅子を蹴るとペンドルはびっくりして座り込むエッシーピ会長を一瞥してから冷笑し、従っていた数人の部下と席を離れようとした。



「お、お前。こんなことして……」


「ただでは済まさないとでも?はは、笑わせるね。そちらこそこのゼノスでボクらに逆らって汚い商売ができると思わないことだね」


 呆然としているエッシーピ会長に興味を失せたようにペンドルは部下たちと騒々しい酒場を出た。いまのペンドルが関心を寄せているのは冴えない人族のおっさん、アキラという男が持ちかけてきた儲け話であり、果たして兎人の商人であるエティリアがどのような提携を結んでくれることに期待している。



 それを見極めるためにもこの都市でエティリアに害を成す存在が現れるというであれば、それを消し去るのもやぶさかではないとペンドルは考えている。






 アキラは虎人の女性から彼女の村アルガカンザリスの名に聞き覚えがあることを思い出した。



「クップッケって名前は知ってる?」


「え? クップッケくんを知っているの?彼とどうやって知り合ったの?」


 ズイっと寄せてくるガタイの良い虎人の女性、彼女は返答じゃなくて質問で帰ってきたことにおれは頭を掻いてクップッケとテンクスの町で短い出会いのことを話した。



「そう、いまはテンクスの町にいるの。村じゃ一番の家族思いの男よ、うまくやってるといいけど」


 虎人の女性はクップッケのことを心配しているようで少し沈んだ顔をする。それは男女間の愛情というよりなんとなくだけど、仲間を思うような感情であることを読み取ることができた。



 川沿いで魔素の塊からモンスター化しているのはレッサーウルフである。ニールは弱いモンスターには目もくれず、走車の荷台で女性陣とお話しに花を咲かせている。仕方ないのでレベル上げの足しと魔石集めに割り切ったおれがそれらの駆除役に当たっている。



「これならいい皮革ができそうね」


 光魔法一射で息絶えたレッサーウルフの皮は傷が少ない。虎人の村アルガカンザリスは虎人の女性によると皮革が名産だそうだ。それならオークの皮と解体し終えたばかりのレッサーウルフの皮は行く当てができたというもの。


 なめしたものはエティリアに販売をしてもらおう。彼女なら獣人族の村々で流通網を組み立てて行けるだろうし、人族の商人たちに安く買いたたかれることもなくなるでしょう。



 漠然だが獣人族は村単位のコミュニティよりも、地域的での共同体にしたほうが管理しやすいとおれは思ってみた。かれらは種族間の争いが少なく、種族が持つ技能と集団としての個性は人族のそれと違ってハッキリと別れている。


 それならそれぞれが生産している特産品を共同で扱って、不足しているものを補い合うことで人族から押し付けられる商業と対抗することができるんじゃないかなと思ったりする。



 遠くのほうで村が見えてきた。虎人の女性が涙を滲ませているのを見るとその村はアルガカンザリス、そう認識することができた。




 村人たちは虎人の女性を優しく受け入れることにおれはその情け深さに感動している。これから先、送っていく獣人族の女性を心配することも多分ないのだろう。それなら安全に送還させることがおれたちの一番大切な役目となるのだろう。



 虎人の女性と話していた体の大きい少女がおれに近づいてくる。


「あの……クップッケ兄さんの知り合いと聞きました。あたしは妹のメッティアなの、クップッケ兄さんは元気にしてるのかな」


 うーん。クップッケくんの妹と言われても、かの男より大きな体付きで精悍そうな顔つき。どっちかいうとクップッケくんが子分でこの子が姉御と言われた方がしっくりくるな。



「あのぅ……」


「いいんだよ。こいつは変に妄想癖があんからよ、気にすんな」


 ニールはおれがいつものように思いふけていると代わりに答えてくれたらしく、あとのほうでメッティアから話を聞かされた。だれが妄想癖があるんじゃい、想像力が豊かだけなの。



 この村にもオークに襲撃された跡が残されているが羊人の村よりは早くから再建が始まっており、ニールは相変わらずさっそく子分を引き連れて丸太などの建材の運送に励んでいる。


 エティリアはアルガカンザリスの長を務める大男の虎人のおじいさんと食糧やオークの皮についての商売話をしている。もちろん、おれはそれには参加しない。よきにはからうがいい、ほっほ。




「おんどりゃーっ!」


 とんでもない雄叫び声とともに超剛速球のストレートが本当に火をまといそうな勢いで飛び込んでくる。おれはバットを握りしめ、その球を目かけて全力で振りぬく!


 バットが砕け飛び散り、ボールを受けたキャッチャーが球の勢いを殺げずに後ろへ何回転もしながら転がっていく。


 手が、腕がメッチャいってええええ! なんだこれわあ。スピードは獣人族にしてはまあまあだったけどボールの回転数と球の重さがとんでもない、ボーリング球を打っているというより鉄球を打撃しているみたいなものだ。メッティアは今までに見ない超本格的なピッチャーということか。



「あたしの(ストレート)を打ってるもんなら打ってみやがれ!」


 こわっ!普段はちょっとおどおどしたところもある大きな幼気な少女が猛獣に化けている。でもね、ふふふ。これで羊人チームのライバルを見つけることができたぞ。これは本格的に仕込んであげることが必要のようだ。名コーチ、ここに現れるなり。



 その前に。



「メッティア、もうちょい手を抜こうか」


「なんだと、このあたしに手を抜けだと」


「うん。試合は9回まであるからね、スタミナの配分を考えろよ」


「ううう、わかったよ」


 うん、是非そうして。スタミナというよりキャッチャーがきみに潰されてしまうから、人身事故を防ぐための手段だ。




「おい、あきらっち。てめえはまださぼって遊んでいんのか!」


 外野からニールの怒声が飛び込んできた。その横で子分たちがうんうんと頷いていて、なんだかもう馴染みの光景になりつつあるな。



「違うよ。虎人の村で子供に運動を教えてんの」


「そうか。ウンドウとやらはいいもんだ、俺にもやらせろ」



 道中の暇潰しにニールにはボクシングを教えた。うろ覚えの知識で形だけを見せただけだが、やつは一瞬で飲み込みやがった。グローブを獣人族の女性にオークの皮で作ってもらったがコングを鳴らせてから3秒、ニールのジャブの連打だけでおれはあっという間に腕の骨を持って行かれてしまい、超再生と健康ユニークスキルにして完治するのに半日の時間を要した。


 それ以後、彼女から再戦の申し入れは度々あったが、おれがそれを受け入れること二度とない。化け物とは試しに戦ってみるものじゃないという教訓をおれは身体をもって得てしまったから。



 でも今回はそうじゃない、ピッチャーは超剛速球のメッティア。ニールよ、お前もバットをへし折られるといい。屈辱というものを今こそ知れい!



「全力でな、遠慮はするなよ」


「いいんだな? 本当にいいんだな」


 ああ、いいぞ。お前(メッティア)がおれを驚かせた世界一の超剛速球(ストレート)をやつに見せてやれ。



 先のキャッチャーが未だに失神しているので仕方なくおれが務めることになったが、ここはスキルの身体強化を全開させる。野球の試合で異世界移転が終わってはたまらない。


 ニールのほうも嬉しそうにバットを構える。羊人の村で彼女も野球の試合を観戦していたからバットを振ることは知っているようだ。



「おらこいやっ!」


「あたしの全力で砕け散りな!」



 これ、野球だよな?



 ピッチャーマウンドで大きく振りかぶったメッティアはタメを作り、大きく左足を上げてから目にも止まらぬ速さで右腕を振りぬく。まずい、これは先のよりもすごいボールが来そうだ。全開せよ身体強化(バリア)


 バッターボックスにいるニールは迫りくるボールに反応して猛烈な勢いでバットを振り払う。バットとボールが激突した瞬間に、なんと両方とも止まったように激しくせめぎ合っている。



 これ、野球と思うか?



 ニールのバットになにやら気が流れ込んでいることをおれは感知した。バットが折れることを防ぐためにニールは闘気をバットに張らせていて、回転が止まらないボールの勢いが少し弱まったと思ったときにニールのバットはそれを遠くへ飛ばしながら振りぬかれて、ついには原形が留まらないほど粉砕してしまっている。


 ボールのほうはいうと遠方へ飛ばされていく中で焼失してしまい、塵になったことをおれの目でしっかりと映ることができた。



 これ、ヤキューという形の全く新しい格闘技だよ。



「やるじゃねえか、小娘。てめえは鍛えがいがありそうだぜ」


「宜しくお願いしやす! 師匠!」


 ニールの許に駆けつけてきたメッティアをニールがその肩をたたいて褒めていた。どうやら野球とは別のスポーツがこの世界で産声をあげて新たに誕生したようで、関わり合いを持ちたくないからおれはこの場を去ることにする。



 野球を教えることはできるがそれ以外はしらん。知らんったら知らん。




 あれから村の外でニールとメッティアの姿を見かけることが増えてきている。ニールがぼくしんぐというこの世界発の格闘技を教えているみたいで、高速で打ち合う二人を最初はメッティアを心配して止めようとしたがニールのほうがちゃんと寸止めしていることが観測しているうちに分かった。


 それ、おれの時もしろや!人の腕の骨を粉砕させるんじゃねえよ。


 それにしても双方が対等で打ち合っていること気になったので、おれはメッティアのステータスを覗き見した。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

名前:メッティア

種族:虎人族

レベル:10

職業:格闘家


体力:336/336

魔力:258/258

筋力:112

知力:53

精神:33

機敏:95

幸運:57

攻撃力:1062/(112+950)

物理防御:620/(15+600+5)

魔法防御:600/600


武器:無し


頭部:無し

身体:チュニックワンピース(物理防御+15)

腕部:シルバードラゴングローブ(物理火属性攻撃+950・物理防御+600・魔法防御+600・機敏倍増)

脚部:無し

足部:皮革のサンダル(物理防御+5)


スキル:自己強化Lv1・拳術Lv2

    蹴術Lv1・回避Lv2

    超加速Lv1・体力回復Lv1

    投擲術Lv1・火炎付与術Lv1

    光魔法Lv1・斧術Lv2

ユニークスキル:身体超増強

称号:銀龍メリジーの愛弟子

   闘魂の投手

   家族思いの村娘

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 あら? おれの目がおかしいのか表示に異変が起こったのか? メッティアのスキルが色々とおかしいです。絶対にニールとおれのせいで強者の卵になっているよこれ。


 銀龍メリジーの愛弟子ってなに? 闘魂の投手ってなに? やばいよな。ユニークスキルまで付いていて、絶対にこれは銀龍メリジーの愛弟子になったせいだ。家族思いの村娘は今いずこに?


 それに獣人なのに光魔法まで使えてますよ、さすがは銀龍メリジーの愛弟子である。



 そんなことよりもだ、シルバードラゴングローブっていったいなんだよ。ニールめ、自分の素材から手甲を作成して愛弟子にプレゼントしたな。


 あれほど自重しろって言ったのに、あいつはちゃんと事の重大さを理解してんのか。こんなのバレてみろよ、人族が押し寄せて来て、なんとしても強奪することに繋がりかねない。




 ニールの猛攻にメッティアは手甲を前にかざすとそれは小盾に変化した。ええ! なにそれ? カッコイイじゃん! おれもそれは欲しいな。


 それでも攻撃の手をやめないニール、たまらずにメッティアは左右の両腕に変化していた小盾を合わせると全身を覆う鎧へとさらなる変装を遂げた。それから足蹴りを連発してニールに反攻するが、鋭く蹴られた足はことごとく空を切り、ニールのカウンターブローがメッティアのみぞおちに決まり、ゴボッと黄色の液体がメッティアの口から飛び出して、そのまま前屈みで腹を抱えて地べたでのた打ち回っている。



うん、ボクシングなのにキックが出た、これはキックボクシングだな。ニールのやつ、おれは教えてないのに自分が開発した。まさに全身これ凶器。



 あの変化自在の手甲はマジで欲しい。おれも色々とダンジョンから珍しい武具を持っているが変化できるものなんて見たこともない。ニールに頼んだらくれると思うのだが、やつのドヤ顔が想像できてムカつく。たぶんだけど、本当に我慢ならないほど腹立ちしそうなので、やつからなにかをもらうのは諦める。手甲は諦めるが本当はほしいなんだけどなあ。




「おい、てめえはまた怪しげな術を使ったな」


 メッティアを失神するまで鍛えたニールがおれに問い詰めてくる。



 実は以前に銀龍メリジーのステータスを見ようとして鑑定スキルを発動させたことがあって、バシッと鑑定が跳ね飛ばされたためメリジーからしつこいほど問い詰められたことがある。その時は言い訳として魔力が漏れたと恍け通すことでメリジーに怪しまれていたけどどうにか助かった。


 どうも銀龍メリジーみたいな神話級のステータスを見ることできないらしい、今度は風の精霊(メガミ)エデジーさんに鑑定スキルのチェックに見させてもらってみよう。



「んにゃ? マリョクがモレタよ?」


「ちっ、またかよ。魔力操作くらい自分でどうにかしろ」


 こうして、人知れぬの所でいずれは世を轟かすであろう実力者(メッティア)が誕生したのである。



 そんなもんは見なかったことにして愛しきエティリアとイチャイチャしに行こう。心が休まる一時を与えてくれるのは彼女だけ、おれの平和を乱すやつらは遠くで幸せを見つけてきてほしい。



 おれがいないところでな。


ありがとうございました。

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