第60話 異世界で球遊び
「村の女を連れて帰ってもらった礼は言わせてくれ」
「ほとんどが亡くなっているけど申し訳ない」
パットラス村の合同葬式におれたちも参加した。悲しんで泣いている家族を直視することができなく、特に父親に母さんは何でここに寝てるのと聞いている幼い子供とそのまま抱きしめる父親を見るのも耐えられなかった。
薪が積み上げられた木組みに遺体が並べられ、燃え盛る炎に包まれながら彼女たちは灰になるまで焼かれていく。家族たちの嗚咽におれは居たたまれなくなってその場から離れ、勢いよく空へ高く燃える炎が彼女らの魂を安らかに眠らせてくれる場所へ届けてくれればとひそかに願ってみた。
エティリアの話でその灰は村で彼女たちが好きだった場所に撒かれることで、彼女たちはこれからも家族を見守っていくというのが獣人の葬式であるらしい。形に違いはあるけど、亡くなった人を家族で追憶し続けることは元の世界と変わらない。
「気にしないでくれ。一人でも生きていてくれたし、死んだ村の女も帰ってこれたことを喜んでいるだろう」
「そう言ってもらえればした甲斐があるというか、連れて帰って来れてよかったというか、とにかく素直にお礼の言葉を受け取っておこう」
羊人族の村パットラスの長に招かれて、おれとエティリアは村長さんの家でオークの集落について話をしている。ニールのほうはこう言った湿っぽい話し合いが苦手だそうで、村の中をまわると言ってどこかへブラブラと一人で行動している。
村長さんの家に来るまでの途中で村の至る所にオークどもに襲われて焼け落ちたままの家を村のあっちこっちで見かけていた。そのままにしているのは村に怪我人が多く、その介助すらままにならないため、再建する人手が足りないと村長さんは教えてくれた。
「十数日前の陽の日にラクータ騎士団が来て、オークが出ているから守ってほしかったら税を上げると言ってな、もう払うことができないと断ったら本当にオークが襲ってきた」
「ふーん、そう」
「しかしだ、もう村は余分の食糧もない。税など払えるはずもないのだよ」
村長さんは悲痛な顔で嘆いている。村人がたくさん死んだことに自分を責めているだろうが、おれは別のことを考えている。
なんというマッチポンプ、どんな手段を使ったかは知らないがおれの推測では人族はオークを繁殖させることができるようだ。そいつらを獣人族に襲わせて、人族に反抗できないように恐怖を植え付けるつもりだとおれはそう睨んでいる。
確証を得るために一度城塞都市ラクータへ行く必要があるかもしれないが、その前にエティリアが獣人族のために集めた食糧をまずはここでばら撒く。ただしそれを行うのはおれじゃなくてエティリアにその役を果たしてもらおう。
「エティ、パットラスの村が食べるのに困っているそうだよ」
「……でも、それはアキラっちのお金で買った物……」
「エティはおれの契約商人だよね? おれは投資者だから最後の儲けだけを知ればいい、そのほかのことはエティの好きのようになさい」
「うんっ! アキラっちありがとう」
おれとエティリアの話がよくわからない羊人の村長さんはきょとんとした顔で見ているだけ、この後のことはエティリアに任そうと考えたおれは席を立つ。
「え? アキラっちはどこへ行っちゃうの?」
「ああ、ニールを見習ってせっかく来た獣人族の村でも見てみようかな」
おれの言葉に村長さんはなぜか気まずそうに口を開いた。
「すまんがもしも村の人に失礼なことがあれば許してほしい。その……この頃は人族ともめることが多くてな、村人は気が立っているんだ」
「わかった、気を付けておくよ。おれがしたわけじゃないけど人族であることには変わりはない、とんだとばっちりだが被害を受けた村人たちからすれば憎き敵だ。そこらへんは理解しているつもり」
「すまんな、そう言ってもらえると助かる。それとあんたらは村の女の恩人で、本当は歓待してやりたいが村の食糧も少なくてな」
「いいっていいって、気にするな。ところで食糧のことでエティリアから話があるみたいで聞いてあげてくれ」
俺に言われた村長さんがエティリアのほうに向きなおすと、笑みを見せてから懐かしそうに語りかけた。
「おお、トストロイ殿の御子女か、顔は覚えているよ。トストロイ殿には村もお世話になっていてな、お礼も言えないまま今生のお別れになるとは実に無念だ」
「そう言ってもらえるなら父も喜びます」
獣人は面子を重んじることはエティリアたちと知り合ってから知った獣人に関する民族性のひとつで、この後の話し合いはおれの常識ではよくわからない話もあるので、それならエティリアにやってもらったほうが効率は良いと思う。だからおれは玄関のほうへ向かい、この場から去ることにした。
村はオークの襲撃でかなり荒らされていたが元々はのどかでいい村だとその痕跡から伺うことができる。
焼け落ちた木はかつて果物が多く実っていたことだろう。
壊された噴水からは村人を和ます冷たい水を湧き上がらせていたことだろう。
黒く燃え滓となった小麦畑はかつて風に吹かれて波打つ黄金色に揺れ動いていたことだろう。
……
おのれ!ロクデナシどもめ、おれのほのぼの観光になんてことしやがってくれやがる! こんな光景を見るために移転を決意したわけじゃないぞ!
村人たちが遠巻きからおれを見ている目にははっきりとした敵意がなくても、どこかよそよそしくて冷めた視線がおれに注ぎ込まれている。
こうなったのはおれのせいじゃないんだし、仕方ないとは思っていてもどこかぎごちないものを感じずにはいられない。なんと言っても愛する獣人に嫌われるというのは思いのほか精神的に効いているとおれは気付いた。
そんなおれの前に一人の羊人の子供がおれの前に道をふさぐように突っ立ている。これは嫌な予感がするね、規定事実だと出ていけとか母ちゃんを返せとか罵って来る場面だ。
嫌だな、こういうのが本当に起こるとおれのせいじゃないのに情けなく思うな。
「あ、ありがとう! 父ちゃんと母ちゃんを助けてくれて」
「んん? あ、ああ」
その後ろから村に入口で会った羊人の男性と羊人の女性がおれに深々と一礼してくる。この羊人の子供は夫妻のこどもということか。
獣人の女性を助けたことに初めて心が晴れると思える瞬間であった。
子供は羊人の夫妻の許に走って戻ると手を振ってくれた。おれが手を上げて振り返すと嬉しそうに両親と3人でどこかへ向かって歩いて行く。よかったな坊主、親を大切にしろよ。
一人で感激に浸っていると後ろからニールの声が聞こえてくる。
「お前はなにをしてんだよ、あきらっち」
振り返るとニールが廃材を両手いっぱいに抱えているから、思わずその状態にツッコミを入れてやった。
「お前こそ何してるんだ? そんなごみをいっぱい持って」
「おう、暇だからケモノ人の廃屋壊しを手伝てんだよ。あきらっちもすることがねえなら手伝えや」
そうだな、体力はまだまだあるし、焼け落ちた家の解体に協力のも悪くない考えだ。いいことをしているね、グッジョブだぜ銀龍さん。というか、あなたもおれをあきらっちと呼ぶんだ、少し親しくなった感じがしているからいいけどね。
「ああ、一丁かましてやるか!」
「食らえ、おれの超速球!」
唸るようなボールがキャッチャーのクラブに吸い込まれると思ったが、ジャストミートされておれの後方の遥か上空を飛んでいった。
マジか? 手加減をしているとは言え、筋力値が610のおれが投げ込んだストレートを真っ芯から捉えただと! 獣人族の動体視力、恐るべしなり。
解体屋をニールとともに努めて森から再建用の木を伐採して村に運んでいたら、気が付けば羊人族の村人たちとの間のわだかまりは解消されたみたいだ。いまやおれとニールは羊人族の男たちと村の新しい家の工事を手伝っている。
「おーい、アキラくん。ニール様と丸太を5本持ってきてくれ」
「おう。待ててな、ここの柱を立てたら行くよ」
やはりと言うべきか、ニールはここで姉御として羊人族の男たちから慕われている。見た目がとても良いだが言い方は荒っぽくて気さくな彼女は、外見を気にしない獣人族とは気が合って、村でおれ持ちの飲み会でも並み居る野郎どもを酔い潰していく中、彼女だけは顔色一つ変えないで飲み続けていた。どこの豪傑だよ。
彼女の後ろをぞそぞろとついて行く羊人族の男たち、おれ以上にここの生活を楽しんでないかい? 銀龍さん。
「あきらっち、てめえサボンじゃねえぞ!」
「「そうだそうだ」」
「ちゃっちゃと働け、ちんたらしやがって。それでも漢かよてめえ」
「「そうだそうだ」」
く、くそ。この脳筋女と腰ぎんちゃくどもめ。
「……お前ら全員は焼き肉抜きだ」
「「『……』」」
無言になったな? 何も言い返せまい。ククク、おれの勝ちだな。
いやー、料理ができて本当によかった。
おれたちを見ていた村長さんが前のラクータの長が政権を握っていた時代、人族も獣人族と友誼を交し合ったものだと懐かしそうに教えてくれた。一人のために長い間をかけて築いた友好の歴史を壊すアホどもの気がわからない、獣人だぞ? せっかくできた友誼は大切にしないと。
エティリアから提供された食糧はパットラスの村を飢餓の危機から救い出せたと村長さんや村人たちがとても喜んでいるが、村長さんとエティリアが交渉した食糧援助に関する内容はエティリアの希望でおれには内密だそうだ。
正直なところ、聞くつもりもなかったので気になることはまったくなかった。
再建が一段落ついたところ、ニールさんが仕入れしておれが捌いたオークの肉が大量にあるので、村長さんに提案して村の広場でオーク肉祭りを開くことにした。村長さんからこの話を聞きつけた村人が全員集まって、おれが解体して供出したオークの肉を村人はそれぞれの想いを込めつつで流涙と怒声の中で全部残らずに平らげてしまった。ご供養、ご苦労さん。
子供たちはお腹が満腹になって、村の中で石っころを投げては追いかけるだけの遊びをおれは呆けて見ていた。そんなつまらないお遊びでも喜べるのかと不憫に思ったおれはエティリアに頼んで布で包まったボールを作り、木の枝で削って作ったバットを持って好奇心に満ちて寄って来る子供たちを誘った。
野球しようぜ!
ボールを投げて打つだけの遊びに子供たちはすぐに夢中になった。これは本格的にやったほうがいいかなと思って、羊人の奥さまたちに頼み、オークの皮で二つのチーム分のクラブとボールを用意した。おれは子供たちに野球という球技のルールと試合の仕方をを教えるつもり。
これからアキラっちのことは異世界のベースボールティームの監督とでも呼んでくれ、マイ・ハニー。
こう見えても高校の時は聖地を目指して白球を追いかけては打ち放つという暑い夏にある青春を送っていました。4番じゃないけどうちの高校の野球部でエースと謳われていたのはなんとこのおれだ。
夏の選抜大会、灼熱の日差しの中でのコールドゲーム。滝のように流す汗と涙、マウンドの上で長くて短い高校の生活が記憶となっていく。
負けたのはもちろんおれたちのチームで、なにも県大会で準優勝したチームと初戦で当たらなくてもいいじゃないか。
だがな、異世界でのおれは一味が違うぞ、監督になったからには子供たちに野球の何たるかを教えてやらないとな。今のおれなら球速もボールの変化量も高校当時と大違いのはず!
さあ、ハニーよ、彼氏の雄姿をご覧あれ!
あの頃は曲がらなかったスライダーが消えるように横へ滑るように変化する、でも羊人の子供には打たれてしまう。
ストレートの中に混じって投げた山なりのカーブは打者のタイミングをずらす、でも羊人の子供には合わされて流し打ちをされてしまう。
ホームプレートの直前にブレーキが掛かったように急速落下するフォーク、でも羊人の子供にはすくい上げられてしまう。
右打者の足元へ斜め下に曲がって落ちる高速シンカー、でも羊人の子供にはバットコントロールで強打されてしまう。
絶対に160キロは越えているであろう自慢の火がまといそうなストレート、でも羊人の子供にはジャストミートされて場外ホームラン。
もうあの頃の持ち球は全て投げた、全球種をきれいに打たれてしまいました……
ええい、こいつらは全員が野球の化け物か! みんなを連れて帰って世界の野球リーグを制覇したいわ。
そんなわけでこれからはコーチ役にまわります。こいつらならおれが選手でいるより、教え込んでから観客の立場で見たほうが楽しい気がしました。
野球をしている羊人族の子供たちとそれを見守っている大人たちはみな笑っている。涙よりも笑顔のほうがずっといいに決まっている。
ありがとうございました。




