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第59話 行商人の護衛で獣人族の村へ

 オークの集落までは樹木が密生しているがニールのパンチで道が作られていく。彼女が殴るだけで巨木の太い幹が吹き飛ばされて行き、おれとエティリアは無言のままで走車でその後を進んでいくだけ。なんというパワーだ。



「ここだ」


 彼女に導かれ、辿り着いたのは森の中で開けているところ。粗悪な小屋がいくつもあって、真ん中の広場にはオークの死体が折り重なっていた。死因は全てが眉間に小さい穴が開いていて、彼女の光魔法によるものだろう。



「この小屋の中だ」


 ニールが指さしている数ある小屋の中でも割とマシな建て方をしている木で組んだログハウスみたいな建物で、中からは呻き声が聞こえてきている。



「エティ、ニール、中を見て来てくれ。おれは外で見張っておくから」


「あいよ」「はーい」


 二人が建物の中に入っていく。待ってる間にオークの死体はアイテムボックスにひと先ず突っ込んでおくことにした。解体するのは暇があるときでいい、今は生存者がいることを精霊王に祈っておこう。



 建物から二人が出てきた。ニールは銀龍であってこういうことには感情を乱すことはないだろうが、エティリアのほうはそうはいかなかったようだ。彼女の涙は止め方を忘れたようで絶え間もなく流され続けていた。



「だめだなありゃ。生き残ったやつらは運がいいってとこだ」


「……ウッ、ウェーーーン」


 ニールのぶっきらぼうの言葉にエティリアが声を上げて大泣きをし出した。



「全部がケモノ人の女だ、人族は一人もいなかったぜ」


「ふーん……なあ、ニール。回復魔法を掛けたら生き残れそうなのは何人くらい?」


「魔法の能力によるが、5人もいりゃいいもんだ」


「そうか。ちょっくら行ってくらあ」


 ニールの傍を横切るとおれは建物の中に入った。中は吐きそうになるような男の精の匂いで充満していて、建物の壁のほうに見るにも無残な動かない人の形をした肉が並べられている。



「何だってんだよ。クソが!」


 そう吐き捨てずにはいられないほど凄惨で胸が悪くなるだけの光景である。


 回復魔法のアイコンを開いて、生きていようかいまいか構わずに全ての女性の人に魔法をかけていく。死ぬとしてもできるだけ綺麗なままのほうが彼女たちも喜ぶと思う。



「こ……ころし……て……」


 死を望む女性にはおれが込められる限りの思いやり(サバイバルナイフ)を心臓に突き立てる。彼女たちは見るだけでわかるようにとても助かりそうには見えないし、助かっても廃人としての生涯をつらい記憶に付きまとわれながら生きていくだけ。


 それならば、せめて自分の願い通りで終末を選ぶことも彼女たちに残された少ない選択肢であると思う。



 結局、助かった女の獣人は3人のみ、亡くなった女性たちは後でエティリアにお願いして化粧でもしてもらおう。村へ返すか、どこか景色の良い場所で葬ってやってもいい。こんな死に方を強いられるほど、彼女たちは罪深くなんかない。




「ウッグ……ありがとう、アキラっち……スン」


 おれにしがみ付いてお礼を言ううさぎちゃん。同族の死体から血を拭き取ってから村に持って帰るつもりの布を使って何も言えない同族だった兎人を包まっていく。



「この場合はどうすんだよ?」


「どうするとはなんのことだ」


「クソ。俺ら(ドラゴン)は死んだ仲間を弔うために殺した奴に戦いを挑むんだよ。ケモノ人の場合はそうしたらいいかって聞いてんだよ」


 おや? 気難しい顔をしているが銀龍さんも嘆くエティリアに気を使っているようで、人をおもんぱかることは人としていいことだよ、ニールさん。それにいいことを聞いちゃった、ドラゴンを殺した奴は復讐が待っているので、はぐれ以外は絶対に手はださないようにしよっと。



「戦いを挑むかどうかは別として、今はそっと肩を抱いてやればいいんじゃないかな?」


「それはてめえの役目じゃねえか? バカかてめえはよ」


「すんませんでした!」


 それはもう銀龍さんの仰られる通りでございます。今から大好きな人を慰めて来ますからしばしお待ちを。




 おれの腕の中で泣き疲れていたエティリアをニールに預けてから、可能な限り綺麗になおした獣人族の女性の死体をアイテムボックスに入れておく。


 獣人族の女性だけがオークに攫われるのはおれからすればおかし過ぎる。獣人族の村々で良くないことが起こっているのかもしれないから用心したほうがいい。



 生き残りの虎人と羊人の女性を走車に寝かせて、エティリアはニールに抱えられて走車に乗る。ここはまずどこかの獣人族の村で聞き込みすることが必要、戦争で勝つには情報戦を制することから始まる。


 戦争なんてしないけどね。



「出発するよ」


 その前にニールが落としていた数十体のオークを回収しに元の場所へ戻ろう。




 魔素の塊から産まれたリザードマンは初級光魔法で掃射する。ゲットしたアイテムの鉄の槍と魔石はアイテムボックスに収納して、使い道はあとで考えよう。



「あたしたちの村はオークたちにいきなり襲われて、あたしや友達がオークに攫われてきたの。それで……うっうう……」


「いいの。もういいの」


 目覚めた虎人の女性はエティリアに事情を説明している。羊人の女性は言葉を失ったように沈黙しているが多分同じことが彼女の村で起きていたと思う。


 事情をまとめてみる。突然オークの群れが現れて獣人族の村が襲撃されて、女なだけが攫われる。攫った女を連れてオークの群れはそこで一斉に引き上げたと虎人の女性は思い出したようで、村そのものが全滅したという記憶は彼女になく、羊人の女性もそれに同意していた。



「ふむ。なんだかくせえな、わざとらしい匂いがすんぞ」


「ああ、そうだな。オークの死体にキングかジェネラルのはなかった。ニールが全滅させたオークの集落はだれが長だったのだろうな」


 やはり戦闘の天才、ニールは虎人の女性の話に不審な点があると思っているようで、それはおれも同じだ。残虐なオークにしては女を攫っただけで逃げるでは、やつらの本性からすると大人し過ぎる。獣人族の村を襲っている時点でなにかの思惑が込められていると邪推しているのはおれだけだろうか。



「え? なになに? なんのこと? あたいにも教えてほしいもん」


 ああ、うさぎちゃんはそんなことに脳力を使わなくていいよ。あなたはマスコット枠だから、頭脳が冴えわたるとキャラが変更してしまうのでそのままでいてください。


 おれはニールにヒントを探すためのお願いをする。



「ニール、お願いがあるけど。エティが最初に着くという羊人族の村に行くまで、この森を探索してくれないかな」


「いいぜ。何を探ればいいのかを教えろや」


「オークさん。たぶんだけど、この森にはほかにもオークの集落があるかも」


「あったらどうすんだ?」


「うん、殺して。一匹残らずね。回収はしておくように」


「おう。また人がいりゃどうすんだ?」


「オークを殺して戻ってきてよ。助けられるだけ助けたいから」


「わかった。ところで……」


 物欲しそうな顔をしておれを見つめるニールさん。このパターンはほかで経験しているから腹を抱えるフリはしなくていいよ。



「焼き肉パーティを開催する」


「ぱーちー……」


 大声で叫びながらニールはそれだけを言い残して、飛び乗るように木々の枝を伝いながら森の中へ姿を消す。


 どこの忍者ですかあなたは。



 あっけを取られた虎人と羊人の女性にエティリアはなにか説明しているようだから無視をしよう。もうちょっとで魔素の塊を通過するのでおれは光魔法のアイコンを呼び出しておいた。


 戦闘開始。




 これはもう陰謀確定です。森の中で十か所以上のオークの集落をニールが潰しまわった。もうアイテムボックスの中にオークの死体が500頭以上と気持ち悪いくらいに集まっている。お蔭様でニール様ご希望の焼き肉パーティは十数回を開くことになった。



 その中で助けた獣人族の女性は23人になって、彼女たちも焼き肉は大好評であったため少しでも癒しになれたことを良かったと思っている。その数倍は死んでいる獣人族の女性の遺体は住んでいた村へ連れて帰りたいから、今はアイテムボックスの中だ


 それにしても人族のアホどもめ、エティリアを十数回も泣かせたことをおれは許せそうにない。だが、だからと言って全ての人族が悪いと断定するほどおれも脳筋じゃないから、食糧を獣人の村へ届けながら情報の収集にあたるつもりだ。



「ゲップ!」


 焼き肉に炭酸飲料というスタイルにニールは大いに気に入ったみたい。そのせいか、アイテムボックスには廃棄できないペットボトルが増え続けている。



「もうすぐ羊人の村パットラスに着くもん」


 エティリアのお知らせに羊人の女性がビクッと肩を震わせた。汚されていると思い込んでいる彼女を村人は受け入れてくれるかどうかをずっと心配していた。


 大丈夫、助けたからには最後まで面倒をみよう。村で受け入れられないのならこの広大な世界のどこかであんたを迎え入れてくれる場所が見つかるまでおれとニールで守り抜く。



「そこの人族、なにやつだ!」


 緊張した面持ちで安っぽい銅の剣で羊人族の男が村の入口で誰何してくる。


 見ただけでもわかる貧しそうな村だ。防壁にしている木の杭は所々倒れていて、焼け崩れの家屋が村の外からでも一目でわかる。警備に当たっている羊人族の男も傷が癒えていないようで太腿や腕に化膿している傷跡が痛ましい。



「回復せよ」


 躊躇いもなく回復魔法を羊人族の男に行使した。おれの回復魔法レベルが低いため、致命傷は無理でもこの程度なら問題はない。あっという間に回復した羊人族の男は呆然としたが、すぐにおれに問い詰めてくる。



「なあ、あんたは教会から遣わされた巡回僧か? 村の人を助けてくれよ、薬草が足りないし、ラクータの奴らのせいで教会の神官も来てくれないんだ」


「巡回僧じゃないけど、村を助けるのは構わない。怪我人のところへ案内してくれ」


 羊人族の男について行こうとしているとき、助けた羊人の女性がおずおずと前へ恐れるように出てくる。



「あなた……」


「お前……無事だったのか!」


 羊人族の男は羊人の女性に走り寄って、彼女を強く抱き締めた。その目は人目に憚ることもなく流涙していて、羊人の女性のほうがためらいつつ、両手をゆっくりと羊人族の男を抱き返す様子が儚げで意地らしい。



「ごめんなさい……オークに汚されたの……うううぅ」


「いいんだ、何も言うな。生きていてくれたらそれでいいんだ」


 おい、感動的じゃないか。こんなのラノベの展開と違うぞ。オークどもに犯された女はいた村から受け入れられないことで女だけの村を作るとかのストーリーに発展していくんだよ。


 でもこれはこれでいいと思うぞ。ほら、うちのエティが号泣してんじゃねえか。



 それに釣られて走車にいる獣人の女たちも泣き出している。この分なら彼女たちを村へ送り届けることができそうでおれは心からホッとした。



 そして、おれは今までで一番の驚きに値する出来事を目の当たりにした。



 なんと、あの神話にまつわる銀龍メリジーさん、あなた、その目が潤んでいるではないか!


「な、泣いとらんわ! こ、これは汗じゃい。そう、汗なのじゃい!」



 はいはい、苦しい言い訳をどうもありがとう。目から汗がでたら化け物じゃ! あ、銀龍メリジーは人からすれば化け物で間違いないか。



 エティリアとおれがあたふたしているニールを見守る眼は、それはもうとても生温かいものであった。


ありがとうございました。

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