第58話 おれは弱しで彼女が強し
ニールの護衛で山越えはいつの間にかふもとに辿り着いてしまった。山頂からの見晴らしは素晴らしいの一言で、城塞都市ラクータまで行く道には森が広がっていることもマップに映っているのと同じで、最初の獣人族の村へは人族の村を通らないように道を進む予定だ。
今回は急ぐと言うことでゆっくりと景色を楽しむことはできなかったが、今度来ることがあれば、山頂で寝泊まりして夜景や雲海をこの目に収まることにすると自分に誓う。
シンセザイ山のふもとにある草原でモビスを休ませることにして、これから獣人族の村々を回るために先へ進めることは十分に休息を取らせることが不可欠だ。それはおれたちも同じ、というよりおれのほうが休むことを必要としている。
「飯はまだか?」
「アキラっち、お腹空いたもん」
要扶養者を二人も抱え込んだ気分で調理道具を取り出してから何を食べさせるかを悩む。この先はエティリアがいうシンセザイの森に突入するするわけで、用心棒には気力を漲ってもらわないといけないし、森の中じゃ手の込んだ料理もできないのでエティリアが不満を漏らさないようにしっかりと美味しいものを作ってやろう。
牛肉をサバイバルナイフの背を使って叩いて一口になるような大きさに切って、量を増やすために用意したオークの肉も同じ大きさに切る。この世界で購入した大きい鍋を二つほどアイテムボックスから出して、水魔法の生活魔法を起動させて沸かす。牛肉とはあらかじめ表面が焦げ目がつく程度に焼いておき、オークの肉もしかりだ。水が湧いた鍋には乱切りして炒めておいたジャガイモやニンジンのような野菜と森で取れたキノコを入れる。
味付けの基本はは塩と砂糖、あとはテンクスの町で数十種類と買った香辛料からピリ辛になるように鍋に入れて、隠し味としてはおれが欠かせないソイソースこと醤油を忘れちゃいけない。薪で火力を調整しながら肉をそれぞれ鍋に分けてから投入するしてから弱火で火力を調整しながら煮込むだけ。
そうしている間にもエティリアとニールが何度も顔を覗かせて調理の進度を確かめてくるが、邪魔だからその都度二人を追っ払っているけど。
牛肉の煮込みはビールの代わりにエールを使って味付けをして、オークの肉の煮込みのほうはリンゴのような果実を使って甘く仕上げをする。ぐつぐつと辺りに匂いが立ちこもる頃には二人がいそいそと木の板を敷いた即席のテーブルを組み立てていた。食事に係わることについては本当に息の合うコンビだと感心する。
「できたから食うぞ」
「「はーい」」
普段もこのくらい素直ならおっさんとしてもやりやすいと思わずにはいられない。最後は都市ゼノスのパン屋で買いこんだ柔らかい食パンを普通なら数人分の量を厚めに切り分けてからテーブルの上に乗せて、食後のデザートに果物で食卓を飾っておいた。
あっちの世界でカレーとか肉じゃがなどお手軽の料理をすることはあるが、独り身のために長い間は外食産業にお世話になりっぱなし。誰かのために料理をするなんて彼女がいた時代しかなかった。こういうのも悪くはないな。
美味しそうにがつがつと食っているお二人に料理長からのお言葉だ。それはそうとおい貴様ら、おれの分も残せよ。
シンセザイの森にも当たり前のように魔素の塊がある。ニールからの強いご希望でモンスター化させたが、ここの森はおもに鉄の槍を持つリザードマンが出現している。オーガとは比較ならない弱いモンスターにニールも興味を失せたようで、進む行く森の道で魔素の塊に当たって出てくるリザードマンを射殺する役割をおれが担うこととなった。
「ん? モンスターの群れがあるぞ。ちょいと見に行ってくんぜ」
それだけを言い残すとニールは飛び去るように森の中へ消えていく。彼女の気を引くものは食べ物と闘いで、とてもわかりやすい脳筋バカさんである。
「ねえ、ニールっちってとても強いね、片目のオーガを簡単に倒しちゃうもん」
エティリアと二人きりになるのはテンクスの町から都市ゼノスへ行く時以来。こういう時間に彼女との親交を深めるのもいいと思う。
「ああ。達人で例えることすらおこがましいくらい、おれなんて彼女の足下にも及ばないよ」
「そんなことないもん。アキラっちはセイっちにも負けない強いもん」
「ははは、ありがと。でもニールと較べるにはそもそも基準そのものが違いすぎるよ」
「ふーん。あたいは自分を守るためだけの剣は使えるけど、ニールっちとアキラっちみたいに戦士じゃないもん。そういうのはわからないもん」
いえいえ、あなたもフードファイターという立派な戦士ですよ? 食べることなら負け知らずのはずだ。
「まだなんかしょうもないことを考えてるでしょう?」
疑っているような美しい顔がおれの眼前に現れている。少しだけ空いた口からは彼女の吐息が漏れて、おれの顔に微かに吹きつけられている。ああ、このまま抱きしめたいな。
「ねえ、女神祭の時に会ったデュピラスさんはだあれ?娼婦って彼女が言ったけど本当?」
「うっ! んん。ああ、そうだな」
いきなりデュピラスのことを質問されてしまった。先の話の流れからするとすんげえ曲がてくる変化球を投げられたようなものだよ?思わずたじろいでしまったから返事もしどろもどろと声がくぐもっている。
「アキラっちは勘違いしてるもん、あたいは別にそのことは怒ってないもん」
「ええー? そんなんだ」
「だって、あたいはアキラっちの女じゃないもん」
「……うん……そうだよな。うん……」
もろにそれを言われてしまうとおれもつらい気持ちになってしまう。
確かにエティリアの言う通り、おれと彼女は恋人の関係じゃない。エティリアは隙が多いし、なにかとおれに気がありそうなそぶりを見せているけど、あくまでそれはおれから見てのこと。彼女の本意なんて確かめるのが怖くて言い出せなかったんだ。
いいじゃん。おっさんは冴えないし顔だってこの世界の人に比べればいいほうじゃないことは自覚しているよ。でもいいじゃん、夢を見たっていいじゃん。売り子には手を出さないから、その美麗な姿をずっと記憶に保存するから、妄想を見させてくれたっていいじゃん。
「もう、すぐそうやってしょぼくれるね。セイっちのいう通り、アキラっちは顔に出るから感情がばれるもん」
「……悪かったな。こういうやつなんだよおれは」
エティリアは走車の席から前を向いていた体を横に座り直して、おれのほうへ彼女の正面を見せてくる。
「アキラっち。あの女の人のことであたいは怒りたいもん、だから、怒らせる理由をあたいにください」
「ええ? どういうことかな?」
どういうことだ?エティリアはなにが言いたいのがわかるようでわからない。女性とは付き合ったこともあるし、女心ってやつがあることも知っているつもり。だけど正直なことをいうと、モテないおれに女が何を考えているのがいまでも理解はできない。気を使えば使うほど距離が置かれるような冷めていく感覚はもう嫌だ。
だからなのか、おっさんと呼ばれる頃には妻はもちろんのこと、特定の彼女も作ることはなかった。年ごとに衰えていく性欲は風俗通いで解決していた。
「アキラっちは女が怖いの?」
「……怖くないよ、別に」
「本当のことをあたいにちゃんと言うもん」
エティリアは両手を使っておれの顔をしっかりと掴んでくる。その真摯な眼差しはおれが精神的に逃げることの許可を与えてくれない。もう異世界に来たんだから、ちょっとは本音でぶちまけてもいいよな?
「……怖いんじゃない。なにをしたって気持ちがどんどん離れていくことが嫌なんだ」
「それは、アキラっちが上辺だけを取り繕うからダメだもん。本当のことを言ってくれないとなにを思ってるかがわからないもん」
「あうっ。鋭いご意見をどうもありがとう」
「アキラっちはすぐにそうやって逃げるもん、それはダメだもんの。メっ!」
くはっ、セイのそれより遥かに上回る可愛さのメっ! を頂きました。っパないなこのうさぎちゃん。鼻血がでそうであります、軍曹!
「ねえ、アキラっちはあたいのこと、好き?」
「あう、うわ」
掛け値なしの豪速球にタジタジのおれが見送りの三振、大脳から言葉になる指令が出やしない。
「うーん、そういう言い方はダメなの? じゃあ、あたいのことは嫌い?」
「嫌いなはずがない!」
これだけはさすがのおれも即答することはできる。
「嫌いじゃなかったら、好き?」
改めて聞かれました。エティリアはおれの頬に当てていた両手を、いつの間にかおれの両手を握りしめている。それを気付くことができなかったおれは彼女の情熱に飲み込まれそうになっている。
そうやって心の防壁を彼女の優しさで溶かされて行くことにおれは自分で自分のことをマジで情けなく思えてくる。だから飾ることのない言葉で彼女に返事する。
「……好きだ」
「うん! あたいもアキラっちのことが大好きもん。これで両想いもん」
晴れやかな彼女の笑顔は、空高く大地を照らす太陽の光にも負けないくらいにおれのことを温かく包容してくれる。そんな彼女に甘えるようにおれは確かめたいことを聞いてみることにした。
「なんでおれが好きなのか? こんな年の食った味気もなくうだつが上がらないおっさんだぜ?」
「アキラっちが自分のことをどう思おうかあたいは止められないもん。だけどっ!」
うわっ! 怒ってる、出会ってから初めて激怒するうさぎちゃんを見ることができました。大鬼も逃げ出す魔神がごとくの形相だよ。タスケテ、アルス様……
「あたいが大好きになった人をそうやって貶さないで、あたいの思いをバカにしないで!」
「ご、ごめんなさい……」
「わかればいいもん、アキラっちのことはエティがなんでも許すもん」
それを言い終えるとおれの頭は彼女の胸に抱かれた。欲情が湧きようもない、それは女として愛しい想いとともに心の鼓動が男の心に伝わって来る。
「アキラっち、もう一度聞くよ。あたいのことが好き?」
「ああ、大好きだ」
「うん! アキラっちの女はあたい、あたいの男はアキラっちだもん」
「ああ、そうだ。エティはおれの女になったよ」
「そのデュピラスさんの所へ行くのは止めないけど、ちゃんとあたいのことを愛でてね?」
「あう」
このタイミングでそれを言いますか? あなたの球種はあり過ぎて、今度は鋭く横へ滑るように変化する球が投げ込まれ、おれの心をエグるようにに突き刺さってますよ。
「怒ってるけど怒ってないもん。あたいはアキラっちがトウシで助けてくれたから好きになったじゃないもん。それもあるかもしれないけど、なによりあたいにその真っ直ぐな優しさをくれたあなたが好きになっただもん」
おれとしては自分の劣情も混じっている気もするが、このうさぎちゃんのことが出会ってから一緒に時間を過ごして、エティリアのことをどんどん好きになっていく自分がいることはとっくに気付いていた。
「だからね、ちゃんとあたいのことを見てほしいもん」
そうするよ。それで君の想いに応えられるなら、目を逸らさないで君のことを大切にしよう。こういうときはちゃんと言葉にしてほしいと昔の彼女が言ってたな。いまなら、おれもちゃんと気持ちを口から言える気がする。
「お? 交尾か? 俺のことは気にしねえでとっととやっちまえよ」
エティリアが顔を真っ赤にしておれから離れて距離を取ってしまった。この空気の読めない駄竜め、お前は見守り役ならこういう時は遠くから眺めていろよ! せっかく勇気を出して思いをエティリアに伝えようとしたのに!
あ、でもエッチなことで頑張っている場面を見られる趣味はないからそれは見ないでね? 恥ずかしいし、気になるから。どうしてもみたいと言うならスマホを貸すから、おれの秘蔵お宝動画で楽しんでおけ。
「お、おかえり。早かったね、ニール」
誤魔化しているようにエティリアはニールに声を掛けているが、バレているから無駄だ。その証拠にやつはニタニタしている。
「おうよ。オークとかいうモンスターの集落があんからよ、皆殺しにしてやったぜ」
ニールはおれがあげた魔法の袋を逆さにすると、ドサッと数十体のオークの死体が地面一杯に落ちている。こいつ、手加減なしで殺しまわったな!
「まだあんけどよ、拾うのが面倒くせえから置いてきたぜ」
「マジか、もったいないことを。オークは金になるからな」
「そか? じゃあ、取りに行くか?なんか小屋に人みたいのもいたしな」
聞き捨てにならないことをこいつはサラッとぬかしやがった。オークに捕獲されているのは女騎士が相場だぜ、そのあられもない姿を……いや、今は妄想に浸っている場合じゃない。ちゃんと助けに行かなくちゃ!
「早く連れてけよ、助けられるなら助けたいから」
俺の剣幕を見たニールは若干引いていたが、エティリアも心配そうにおれの行動に賛同して野営道具を片付けてから走車を走らせることにした。ここにあるオークの死体ならあとで取りに来ればいい。
ありがとうございました。




