第56話 三人の旅はのんびりで
エティリアが所有している走車に見せるための食料品だけを積み込み、後方はニールが台に乗り、前方はおれとエティリアが乗車する配置になっている。女神祭ではおれの奢りで二人が満足するまで屋台で食べ歩きして、エティリアはティアラをプレゼントし、ニールには彼女を説得して彼女から作り出された伝説となれる剣じゃなく、武器屋でどうにか街で持ち歩いても目立つことのないバスタードソードを買ってあげた。
出費が嵩んだことで持っている現金が減り、女神祭で魔石売りしている屋台でゴブリンの魔石で現金に両替してもらった。
「ふむ。この剣も悪くないがちっともろいな。こんなじゃドラゴンどころかワイバーンすら切れねえぜ」
ニールさん、あなたは街で売られているバスタードソードでなにと戦うつもりか。こんなところにそんな危ないモンスターはいません。だから流れるような剣の舞いにはおれも見惚れてしまうが危ないからやめなさい。
「はいはい。ニールも走車に乗る、もう出発するよ」
「おうよ。いつでも出ていいぜ」
走車に飛び乗るその身軽な曲芸は様になる、さすがは闘いの申し子というわけだ。羨ましい、おっさんがやるとボテっと無様に転んでしまう自信だけはある。
「出発進行!村へ帰るもん」
エティリアは機嫌が宜しくて、頭にあるティアラが篝火の光を反射している。
走車は城塞都市ラクータへいく街道の門に着いた。ここを出るとしばらくは村や集落がないことはマップでチェック済みである。
「もう行かれるんですか?女神祭の本祭がまだ終わらないのに」
若い衛兵さんはおれたちが女神祭に参加できないことを残念そうに言ってくれている。やはり交易都市だけであって、ゼノスの衛兵は人当たりのいいやつが多いかもしれない。
「では、お気を付けて。アルス様にご感謝を!」
「ああ、ありがとう。アルス様にご感謝を!」
走車が衛兵の詰め所を通り過ぎるときに、荷台の上に気怠そうに乗っている超絶美人のニールを衛兵さんが見かけると持っている槍を落としそうになっている瞬間をおれは見逃さなかった。ニールの外見の良さにに騙されたやつはまた一人と増えた。
ゼノスを出た所で神教騎士団のイ・プルッティリアが道の脇に立っていた。おれはエティリアとニールに待つように言い聞かせてから彼女に会うことにする。
「なんの用だ」
「お前、何者だ。なぜイ・オルガウド巫女様が若返った? なぜイ・オルガウド巫女様にお前と接触ことをいきなり禁じられるんだ、教えてくれ」
婆さんに言われたわりにはしっかり会いに来ているじゃないかとツッコミを入れたかったが、困惑しきってどう対応すればいいかわからない顔をした彼女に、追い打ちをかけるのはちょっとかわいそうになってきたのでそれはやめてあげよう。
「悪いがそれは言えない。どうしても聞きたいのなら巫女さんに聞いたらどうだ」
「これ以上お前のことを詮索するなと言われている」
「だったら言われた通りにすればいいと思うよ」
「……納得いかないんだ。お前がここに来てからからアルス様に係わることが立て続けて起きた。巫女様に監視しろと命令されたのに、突然取り下げられるし。一体何なんだお前は!」
あーあ、まじめなのだねこの子は。こういう時は言われた通りだけをすればいいのに自分の思いを引っ込めるができないんだね。こういうときははぐらかすように言葉をかけたほうがいい。
「今は言えない。それは巫女さんが一番ご存じのはず。時期がくればきっと教えてくれると思うよ」
「……わかった、とりあえずお前の言うことを信じよう。引き留めて悪かったな」
イ・プルッティリアがどうにか引いてくれたのでおれは乗車して先へ進むことにする。走車が進んでいく中で彼女は姿が小さくなって消えるまでずっと頭を下げたままだった。
「先の人はだあれ?」
「アルス神教の関係者だ」
「そう……」
エティリアはそれ以上聞いてこようとしなかった。おれはこういう分別のある彼女のことをとても気に入っている。走車の後ろではニールが横たわって寝ているふりをしていた。
城塞都市ラクータまでは一般的に陽の日と陰の日がそれぞれ15日ほどあり、でもそれはゼノスとラクータの間に存在するシンセザイ山脈を避けての話だ。山越えするならそれぞれ5日で済ますことができるが、山には強いモンスターが出没しているから通常は山道を通らない。
シンセザイ山脈は岩が多く植物の少ない山々で、エティリアの話では山道を利用する者が少数しかいないので整備された道ではなくて、自然にできた平らなところを通行するだそうだ。
強いモンスターについてはおれたちには大先生がついておられるので今回は心配することがない、備えあれば憂いなしだ。ただ目的地は城塞都市ラクータではなく、食糧を待っているとのことで直接各獣人族の村々へ向かうことにする。
役割を分担するための打ち合わせを三人でした。走車の操縦役、おれ。設営役、おれ。料理番、おれ。後片付け役、おれとエティリア。戦闘担当、おれとニール。見張り役、おれとニール……マテ、ちょっと待て、この決め方はおかしいだろうこれ。
おればかりじゃないか! ブラックも真っ青だよ、労災無しの疲労死しちゃうよ。
「なあ、ニールさんや」
「その声音はやめろ、気持ちわりいぜ」
くっ、人が下手に出てりゃ貶しやがって。このアマにはいつかぎゃふんと言わせて……やれればいいなあ。
「見張り番だけは頼むよ。こんなじゃおれが寝る間もない」
「軟弱な奴だな、そういうこったぁではマーブラスのおっさんと渡り合えねえぜ」
誰が、邪龍マーブラスと、戦うかっ! 相手にならねえよ。秒殺どころか、会った瞬間におれが消されてるよ。お前らドラゴンとは戦闘のことしか考えない脳筋の集まりか。
「いやいや、そんなご無体な……ただね、こんだけ忙しくなると食事がね、干し肉と硬いパンだけになっちゃうんじゃないかなと」
「ちっ。わかったよ、見張りは俺がやりゃいんだろうが。食事は手を抜くんじゃねえよ」
忌々しそうに舌打ちする銀龍さん、その眉間を寄せたお顔も美しいですよ。おれは彼女の操作術を少しずつ分かってきたような気がする。おだてと食事、これが今のところ彼女を動かせる二つの方法だ。
ただ、賢い彼女に食事での脅迫は多用禁物、しっぺ返しが恐ろしくて想像したくもない。
出だしは特に問題になるようなことは起こっていない。山を登ることを考慮すると今はモビスにストレスや体力消耗をさせることはできないから、モビスの気のままに走らせるつもりでおれは手綱を緩めている。
「おう、飯にしようぜ。腹が減ってきた」
「いいねえ、ニールっち。あたいもそれがいいもん」
嬉々と意見をそろえる二人におれは言いたい。飯はさっき食ったばっかじゃねえか、どんだけ燃費が悪いんだよ。モビスは未だに食った草を反芻してんじゃん、少しはおれを労わるという気はないんかい。
「……干し肉とパンをかじっとけ」
「えー、んなまずいもんが食えるかっ!」
「そうだよ、アキラっちは横暴もん」
「これ以上言うなら村に着くまで焼き肉抜きだな」
「「……」」
管理神様、牛肉の使い放題をどうもありがとう。沈黙する大食いの様子におれは猛獣使いにでもなった気分だよ、はっはっはっ!
時折り草原を走る三つ角のシカをククリナイフによる投擲の一撃で仕留めるおれをニールは興味津々に食い入るように見つめてくる。なにやらこの技が彼女の関心を引き寄せたようだ。
「おう、あきら。それを俺にもやらせてくれねえか?」
「うん、いいけど得物はどれにする?」
おれは進む走車から後ろにいるニールにハチェットとククリナイフを見せつつ選ばせることにした。
「どっちも試させてくれ」
「いいよ、はい」
渡されたハチェットとククリナイフをひっくり返して丁寧に鑑定するように見ているニール、彼女にはそれらがこの世界にないものことをわかっていると思う。
「見たこったあねえが、おもしれえ作りだなこれ」
ニールは言うなりにハチェットを疾走している三つ角のシカに向けて投げつける。それを見ていたおれは彼女が狙った獲物に当たらないことを看破した。
「んなっ!」
「はい残念、はずれだよ。戻れっと」
おれの念じた通り、ニールによって飛ばされて消えたハチェットが手元に戻ってきた。それに気付いた彼女はなんだそれはと書いた表情を見せる。
「主様の調整済みだから、そんなにびっくりすんなや」
「むっ! そういうことか」
おれとニールの会話にエティリアはなにか言いたそうな雰囲気をまとっているけど、意外と気を使えることができる彼女は黙ったままで聳えるシンセザイ山脈を眺望することにしたようだ。いつか、きっとおれのことを話すから待ててね、うさぎちゃま。
投擲を続けるニールはククリナイフを見事に三つ角のシカの脳天に的中させることができた。やはりと言うべきか、武の達人はどのような武器を扱ってもすぐにその特性に慣らすことができる。本当、羨ましい限りだぜ。
仕留めた獲物を取りに行くのもそれを解体するのもおれの役割、異論を唱えるのも疲れるのでサッサと終わらせる。これらの素材は獣人族では大切な加工品の材料であることをエティリアから聞かされていた。
「飯はシカの煮物にすんぞ」
「「それ賛成!」」
異口同音のお二人は食事の時に、いつも姉妹のように仲良くおれの献立に異論を挟まない。煮物の腕はファージン集落でアリエンテさんから免許皆伝を頂いているので、おれとしてはちょっとした自慢ができる一品だ。
仲良しこよしのきみたち、ご飯が出来次第たーんと召し上がってくれ。
ありがとうございました。




