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第55話 独り身に修羅場

 酒が置かれている、本日2度目の焼き肉パーティに100人を超えるむさ苦しい男が焚火に囲んで、おれが提供したオークの肉に舌鼓を打っている。なぜこうなったんだ?


 最初は小人(ノーム)の男が部下に命じて酒を持ってこさせた。酒のつまみに出された干し肉を見たおれは不満を覚える、ファージン集落で作った干し肉に馴染んでいるおれは安物を許すはずがない。しかし、こいつらにファージン集落産干し肉を食べさせるのはもったいないので、代わりにオークの肉を提供した。それに隠れていた男たちもが食いついて飛び出してきた。



「中々気前がいいんだね、おっちゃん」


 オークの肉は高いからね、ちゃんと味わってくれよ。



「それで、おっちゃんはボクとなにを話したいのかな?」


「儲け話」


「へー、悪くないかな?もしボクたちがそれを断ったら?」


「消えてもらう話」


 わりと大き目なおれの声にオークの肉をがっつく男たちが一斉にその手を止め、携えている得物に手をかけようとしている。



「あー、いいから食べてて。このおっちゃんはその気がない、やるなら最初から、ね?」


 そうだとも、殺すのは簡単だがそれでは意味がない。さすがに荒くれ者を率いているだけであって、こいつも大した頭脳の持ち主だ。おれより知力が高いからな。グスン



「その儲け話ってのを聞かせてよ」


「都市ゼノスで魔石が大量に売り出されるかもしれない、出元は兎人の商人だ」


「エティリアさんですね?」


 こともなさげにこいつも標的(エティリア)の調べは付いているようで、エティの情報はあの会長から聞いていると思う。



「そうだ。その子から君に魔石が流せるように話は付けておく」


「口だけでは信用できないなあ、担保となるものはあるかな?」


「その子は双白(ツインホワイト)(パンサー)の契約商人だ、ついでにおれの契約商人でもある」


双白(ツインホワイト)(パンサー)か、商売にしては手堅い話だね。信じてあげたいけど、ボクにも食わせてやらなければいけない人たちがいるからな」


 小人(ノーム)の男は酒とオークの肉で騒いでいる男たちに目を配っていて、こういう部下を労われるやつはおれとしても信用できる。アイテムボックスを操作してリュックを逆さにしてジャラジャラと魔石500個を地面にぶちまける。



「手付金だ、取っといてくれ」


 小人(ノーム)の男が反応する前に飲んでいた男たちが魔石を見てこっちに群がって来た。



「ひょー、魔石だぜ!」

「この量はすげえな」


「キミらは飲んでてよ。まだこのおっちゃんとの話が終わってないよ。それとプーシル、この魔石を全部もらっておきなさい」


 大男が配下に魔石を片付けるとうに言いつけてから、お替りの酒をおれと小人(ノーム)の男の間に置いて行く。小人の男がおれの酒杯にお酒を注ぐとおれは一気に飲み干した。



「警戒しないんだ。毒を入れられたらどうするの?おっちゃん」


「きみはそういうせこい真似をするやつじゃないと思うし、美味しい酒には目がないんだ」


 しきり感心している小人(ノーム)の男におれは心の中で謝っていた。実は毒が効かない(チート)ユニークスキルを持っているから豪胆のところを見せつけてやろうとしているだけだ。ようするにおれは良い恰好を見せたいだけの小心者。



「ありがたい言葉だね。ボクとしてもその信用に応えてやりたいが、今少し担保が足りないんでね」


「ああ、これでどうだ」


 ダンジョンで入手したロングソードとショートソードを5本ずつリュックから出して、小人の男の目の前に放り出して見せる。



「……ダンジョンものですか……おっちゃんは何者かを是非聞いてみたいだが、詮索はやめておくね。その魔法の袋のことも含めて」


「そうしてもらえると助かる」


 両手を軽く上げてから肩を竦める小人の男は、ちょっとだけ微笑んでからおれに手をさし出した。



「いいよ。これで交渉はおっちゃんの出した条件で飲もう、あの会長のおじさんとは手切れだよ。ほかに望むことがあれば言ってね?」


「兎人の商人がゼノスにいる時は助けてやってくれ」


「大切な商売相手だから粗末にすることはできないよ。でもなぜ人族のおっちゃんは兎人族に肩入れするのかな?」


「そりゃ、大切(すき)な人だから」


 興味深そうに小人(ノーム)の男はおれの顔を覗き込む。たぶんおれの肩でも叩こうとしたが身長が足りないことに気付いて、右手でおれの右の手のひらを握った。



「そういう答えは大好きだね。ボクの名は妖精(ノーム)のペンドル、ゼノスではペンドルと呼んでね」


 先にステータスを鑑定した時に小人(こいつ)の名はもう知っているが、ここは初めて聞くふりしておく。



「わかった。おれはアキラだ、よろしくな」




 見たことない形の短剣を拾い上げたその男の背中を見送ると、プーシルという大男は自分たちをまとめ上げた小人の男に近づいた。



「いいのかい、ボス。エッシーピ商会と手切れしても……」


「ああ、ちょうどいい機会と思ったんだ。あのおじさんはボクたちを手下のように扱っているが、元々対等の商売相手でのお付き合いだからね。よりいいお話に乗るのは当たり前じゃないかな」


 手下たちは魔法が使えないから知らないだろうが、ペンドルは人族では大に付く魔法を一人で撃つことはほぼできないことを知っていた。それが魔法行使の術式に欠陥があることを人族たちは知らない。それなのにあのアキラという人族の冴えなさそうなおっちゃんが魔法陣もなしでいとも簡単に起動させて見せた。


 長く生きてきたノームのペンドルは魔法陣無しでの魔法なんて見たことがない。あのまま戦っていればペンドルたちは間違いなく一人残らず殺されていた。



 それにペンドルは思う。人族至上とかほざくエッシーピというやつはロクな奴じゃない、やつは何者かにそそのかされてこの都市ゼノスで暗躍していることはペンドルのほうでも掴んでいる。多種族の楽園であるここ(ゼノス)を薄汚いやつらに食い物にされるつもりなど毛頭ないペンドルであった。




 街の中には色んなところで篝火が燃え盛っている。その周囲で踊りながら女神様にお祈りを捧げる人たちが自分の舞踏に夢中になってリズミカルに軽やかなステップを刻んでいる。火の光で影を作る人々、夜空には大地をうっすらと照らす三つの月、数多の屋台には魔道具が明かりが点されて、すれ違う色んな種族がこの幻想的な風景の中、自分だけの思い出を記憶に残していくのだろう。



 それを見ると女神の真実などどうでもよくなってくる。きっと精霊王(ようじょ)のほうでも人々が幸せに暮らしていれば、自分という虚像に感謝をしなくても彼女のほうは愛し子たちのためにずっと見守っていきたいと考えていることをおれにもわかる気がしてくる。



「あら、アキラさんじゃありませんこと?」


 誰かに呼び止められたので振り返ってみた。犬人の美人さんデュピラスは友人の娼婦とおれに挨拶するために手のひらを小さく振っている。女神祭の見物に来ているのだろうな。いつものような肌を開けた妖艶な姿ではなく、清楚な薄緑色のワンピースは彼女を汚れのない乙女のようにに仕立て上げている。



「やあ、デュピラスさん。ご機嫌はいかがかな?」


「ええ、アキラさんにお会いできて、たった今とてもよくなりましたよ」


 せっかく清いの夜だ、娼婦とそのお客の爛れた関係は無しで交差する男女の邂逅と洒落込みたいものだ。



「宜しければ少しの間エスコートして頂けるかしら?」


「ああ、是非とも。そちらのご婦人もご一緒にどうぞ」


 デュピラスと同行している狐人族のちょっと年増の娼婦さん、娼館で会ったことはあるが身体でのご縁は未だにない。デュピラスがおれに付きっきりで、おれを見かけるといつも手を引いては彼女の部屋へ消えるだけ、娼館通いしているが実質はデュピラスを贔屓(ひいき)する客となっている。



「まあ、嬉しいわ。素敵な紳士にご案内してもらえるなんて」


 ちょっと年増の狐人さんもノリがいい。二人はおれの左右の手をそれぞれが抱き着いて、まさしく両手に花という状態で女神祭を見回ることにした。あまりにも愉快であったのでエティとニールのことはすっかり忘却している頭が悪いおっさん(おれ)



 周りから飛んでくる羨望の目におれは気を良くして、屋台が立ち並ぶゼノスの大通りで威勢のいい店員が勧める女性向けの高価そうな商品にデュピラスと狐人さんを連れてプレゼントをするために品定めしてみることにした。。



「まあ、料理や飲み物も美味しかったし、こんなの買ってもらえるなんて幸せだわ。ねえ、デュピラスちゃん」


「もう。姉さんは少しは遠慮なさいな。ごめんね、アキラさん。すっかりお金を使わせちゃって」


「いいんだいいんだ。大したことはないんだ、ぬあははは」


 片手にエールのおれは、狐人さんのさり気なく上手なおねだりモードでネックレスやらブローチやらしこたまと二人分を買わされたが、女の人が喜ぶ顔を見るとそんなことには気をしなくなるのはこれまさに不思議。


 アイテムボックスには魔石はまだまだあるからそこの売り子さん、もっと気の利いた装飾品をじゃんじゃん持ってこんかい!



「今度会いに来てくださいね?たーんとサービスするわ」


 美人の犬人がおれの耳元でそっと囁いてくるが、なんの誘惑の魔音だよこれ。あ、そこで耳たぶを甘嚙みしないで、大事な象徴が起立(こんにちは)しちゃうよ。




「帰りが遅いと思ったら、お前はなにをしてんだよ」


 ううん?なぜか聞きなれた声がするけど幻聴かな?前にいる見覚えありそうな爆乳さんはニールに見えてしまうほどおれは飲んでいないはずだけど。おっかしいなあ、そっくりさんかな?



「アキラっち、なにしてるの?」


 ギルティです! 冷や汗が出て来てしまった。誰とも付き合っていないのにこの修羅場の感覚って何? 酔いが一気に覚めてしまい、おれの前にはエティが悲しそうな顔でおれとデュピラスを見つめている。



「あら? 可愛らしい兎人さんだわ、アキラさんのお知り合いかしら?」


 心なしか、おれの腕に纏わりつくデュピラスの腕の力が入っている。それに彼女は身体をピッタリと寄せてきて、まるでエティリアに見せつけるようにおれの傍から離れない。



「アキラっち、その人だーれ?なんでアキラっちとお祭りに回っているの?」


 責めているような口調でエティリアはすかさずおれの前へ身体を立ち寄せている。えっと、近い近い。柔らかいその二つの凶器がおれに当たっていますよ、エティさんや。



「ふむふう……なるほど、逢引きの現場というのか……ほうほう、こういうのを女の闘いというのか、勉強になるな」


 こらそこ、狐人さんもニールに余計なことを吹き込まないように。あいつはああ見えても伝説の銀龍さんですよ、早く逃げて。



「お馬鹿さんね、今日は勘弁してあげるわ」


 オロオロしているおれを見かねてか、デュピラスは小声で囁いてくる。だが二の腕をデュピラスに強く抓られたおれはその爪の食い込みに痛さを覚えた。ひょっとしてデュピラスがちょっと怒っているかもしれないけど、なんで?



「おこんばんは、素敵なお人。わたしは娼婦のデュピラスよ、アキラさんはいいお客様なの。通ってもらっているお礼にお祭りを付き合ってあげただけよ」


 おれの手を離したデュピラスエティリアのほうへ挨拶代わりとばかりにに説明っぽいことを言い残す。



「アキラさん、またいらしてね。御機嫌よう」


 別れの言葉が終わると彼女は姉さんと呼んでいる狐人さんのほうへ歩いて、ヒラヒラとおれに手を振ってから二人は人混みの中へ紛れ込んで消え去っていく。




 二人が去るまでにおれはただ突っ立ているだけ、手を振り返すことすらできていない。情けないな、異世界に来ても魔法が使えるようになっても、つまるところ小心者のおれはおれのままということか。



「アキラっち!」


「は、はひ!」


「あたい、ウソつきは嫌いもん」


 手を伸ばしたうさぎちゃんは掴もうとしているおれの手が先までデュピラスが寄せていた側と気が付いてか、反対側に回ってから力一杯おれに取り付いてきた。



「だから、女神祭をアキラっちと見るもん!」


「は、はひ!」



 強引におれを引っ張って雑踏の中を進むエティリアの後をニールは笑いを堪えながら離れずに付いてきている。お前も笑ってないで見守る者としておれを助けろよ。


ありがとうございました。

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