第52話 ネコミミ巫女婆さんにも祝福を
都市ゼノスの郊外に何代前かは知らないが、人々を疫病から救った有名な巫女さんが植えたと言われる大きな木があるという。病人の中で回復魔法を使い続けて、食べ物の手配など献身的な疫病が鎮静して人々が命が救われたと歓声をあげているときに疫病の病魔に蝕まれたその巫女は短い生涯を閉じることになった。
長らくこの地に鎮座しているその木には巫女の魂が宿っており、今でも都市ゼノスに住む人々を見守っていると信じられていて、神木として都市ゼノスの人々から信仰を寄せられている。
この言い伝えを教えてくれた女騎士のイ・プルッティリアは非常に悔しそうにネコミミ巫女婆さんから二人きりでお話ししたいとのありがたい通達を頂いた。そのあまりにも悔しくて唇を噛みしめている姿を見るとおれにも一抹の同情が……湧き上がらないけどね。そうなったのも女騎士さんの自業自得だから。
巫女の神木と言われるこの木の付近一帯は都市の賑わいから隔離されているようにとても静かで緩やかに時が流れているような場所。木の下を見るとフードを被った小柄の見覚えある人が木に向かって真摯にお祈りを捧げているようで、それが終わるまではおれも無言でこの立派な巫女の神木を眺望していようと考えた。
合間を見てこっそりとネコミミ巫女婆さんのステータスを覗かせてもらうことにした。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
名前:イ・オルガウド
種族:猫人族
レベル:63
職業:巫女
体力:1563/1563
魔力:1029/1029
筋力:521
知力:???
精神:164
機敏:345
幸運:137
攻撃力:611/(521+90)
物理防御:162/(120+15+15+12)
魔法防御:100/(100)
武器:世界樹のナイフ(世界樹の枝製短剣・攻撃力+90・回復魔法起動補助)
頭部:無し
身体:聖女のローブ(物理防御+120・魔法防御+100・精神攻撃無効)
チュニック(物理防御+15)
腕部:無し
脚部:皮革のブレー(物理防御+15)
足部:皮革のサンダル(物理防御+12)
スキル:????Lv?・????Lv?
????Lv?・短剣術Lv3
????Lv?・??????Lv?
ユニークスキル:回復魔法増強・魔力回復
称号:慈愛の巫女・風の精霊の祝福
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
何も言いません。教会の偉大なお巫女さまだからおれより賢くて当然だし、おれがアホというわけではない。スキルも高レベルがずらりと、辛うじて短剣術だけが読み取れた。しかも称号の慈愛の巫女がいい、どんな効果があるのはこれが悪の神官とかなればおれはすぐに逃げだしたと思う。
なんと言っても受けた祝福は風の精霊のものであって、精霊王からは直接に受けていないみたいだ。そういえばこの前に精霊王からは多種族による自力の発展は彼女の手助けを必要としないくらいには多様化になってきているので、彼女から直接の祝福を受けた巫女は長らく存在していないとか話していたな。
それにしてもこの巫女様のレベルが高い、今まで覗いてきたの誰よりもだ。伊達に長いことネコミミ巫女をやってないってことか。
「待たせたようじゃ、すまないのじゃ」
ネコミミ巫女婆さんはお祈りを済ませると身を起こしておれに挨拶をしてくる、おれが待っていることは気付いていたらしい。
「気にしなくてもいいよ、おかげさんで神木の光景を楽しめたからね」
「イ・マダラス巫女様は偉大なお方なのじゃ、わらわもそれに見習おうと、日々のお祈りと民を愛することをこの朽果てようとしている身に課しているのじゃ」
どの世でも宗教の教えを忠実に信仰しようとしている清らかな心の持ち主がいるもの。宗教が悪というわけではなく、悪の心を持ったやつが宗教関係者の中にはいるというわけだ。
「アルス様にご感謝を」
それは嘘偽りでもなくじゃれごとでもなく、おれの本心から出た言葉だ。別に信者になったわけじゃない、精霊王様は本当にこの世界に生きる全ての生き物を愛しているからたまには本気で褒めてあげたい。
「アルス様にご感謝を。そなたの御信心は必ず報われることじゃ、アルス様からそなたにご恩恵あらんことを」
ネコミミ巫女婆さんのありがたきお言葉に一礼を返したおれは、ここで一気に話の先を進めていこうと決意する。その前に疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「婆さん、そのフクロウはなんだ?」
「フクロウとはなんのことなのじゃ?」
あれ?おかしいね。このネコミミ巫女婆さんはうそをつくとは思えないが、その肩には前に会ったときと同じのように黒いフクロウが乗っているのだが。
「無駄ですよ、彼女にはわしが見えないのですから」
「うおっ!」
黒いフクロウが喋ったぞ! ファンタジーかよ? あっ、ファンタジーか。
「変な奴なのじゃ、だれと喋ているのじゃ?」
おかげで婆さんが疑わしげにおれを見ている。いったいこのフクロウは何者か。
「精霊ですよ、カガルティアという名のね。もっともアルスの森に住む精霊じゃなくて、わしはゼノテンスの大森林に住んでいたから言わば森の賢者と言った所ですね」
アルスの森に住んでも森の賢者じゃないかとツッコミたくなった。だが、これ以上ネコミミ巫女婆さんに疑念を持たすのは得策ではないので小さく頷くことしかできない。
「お前さんと話すのは後にします。先に彼女との話を済ませてください」
おれは精霊カガルティアの建言を受け入れることにした。今は精霊と戯れるのではなく、ネコミミ巫女婆さんと意志疎通することが目的ですから。
「婆さん、なぜおれに尾行を付けた」
「ふむ、いきなり核心に着くとは気の短いやつなのじゃ。よかろう、それならそなたに聞くがそなたはアルス様とはどう関わっておるのじゃ? わが神教のほかの者には察知できないのじゃろうがわらわにはわかるのじゃ。なぜそなたからわらわたち巫女と同じ雰囲気を纏うのじゃ?」
「アルス様とは確かに関係はある、しかも多分それは婆さんが想像してる以上のもの」
「ほう、わらわが思う以上とは中々言うやつなのじゃ。そのことをわらわに教えてくれるというのじゃな?」
「そうだね、婆さんが信用できる人ならお話しはさせてもらおう。あいにくと今のところアルス神教で信用しているのはイ・コルゼーさんだけだからね」
「おお、そなたはイ・コルゼーを存じておるのじゃな。あいつは元気か」
「ああ、ピンピンしていると思うよ。別れたのはそう昔のことでもないし」
「あの放蕩者は生きておるのじゃな、そうかそうか、生きてさえおれば良いのじゃ。あの鼻たれ小僧も簡単には死なんものじゃ」
「へえ、イ・コルゼーさんを知っているんだ」
「知ってるも何もあの小僧はわらわの弟弟子で、今はいない師の許で回復魔法を学んだ仲なのじゃ。あいつは若い時がヤンチャでわらわも随分と迷惑を被ったものじゃ」
「そっか。あの人の好さそうなじいさんがか」
誰でも若くて恐れを知らないときがあるということか。おれは人当たりの良い一面しか知らないから、こういう風に知り合っている人の知らな過去に触れることも悪くはない。
「イ・コルゼーさんの知り合いとなればなおさら確認したい、おれは婆ちゃんを信じていいのか?」
「分からぬことをいうやつなのじゃ。そなたが信わらわをじようと信じまいとそれはそなたが決めることであって、わらわに聞くべきことではないことなのじゃ」
中々どうして愉快な婆さんだね、それなら言い方を変換してみようか。
「そだね。ではこういうのはどうだ? おれは婆さんを信じたい、だから婆さんはおれに信じさせてくれ」
「それはそなたの話すことによって決まるのじゃ、なんせわらわとそなたは初対面みたいなものじゃから」
「わかった、それでいいよ。これから語る内容は婆さんにとって作り話と思われるかもしれないし、下手したらアルス神教の信仰の根底を崩すかもしれない。信じられないのなら聞き捨てても構わないから」
「……」
婆さんがおれに返事するつもりはなさそうだから、構わずに一人で語り部となって神話の真実について、自分の生涯を女神様に捧ぐこの敬虔な巫女様に明かすつもりでいる。ネコミミ巫女婆さんにどのような衝撃を与えてしまうかは予測もつかないが、味方になってもらうには共有の秘密が必要だから遠慮はしないつもりでいる。
「アルス様とあんた達が信じているのは風の精霊であって、風の精霊は本当の女神じゃない」
ネコミミ巫女婆さんの顔と目には疑わしさに満ちて、それでもおれの話を止めようとしないで沈黙を保っている。
「其は闇に包まれし暗夜の世、生きしとするものはなく、黒き霧のみ大地を蝕まんと広がりせしめる。アルス様は槍斧で闇を切り裂け、盾で黒き霧を払いのけ、守護たる竜と精霊で我らを暗夜の世から守らんと地上に遣わせるものなり。守護たる二柱が邪悪なるものをお倒しになられるもいずこかへお隠れになり、悲嘆するアルス様は自らわれらの許へ舞い降りられ、再びわれらの繁栄を望まんとす」
アルス神教の教典に記載された冒頭の文、これが天地創造の始まりと解釈されて、多種族が女神様に愛されている証拠として信仰する者の拠り所とされてきた。イ・コルゼーさんから嫌というほど聞かされたこの節だけはおれも暗記してしまっている。
「本当のアルス様は教典の天地創生に描かれている、お隠れになった二体の守護者の一体である精霊王様だ。現在の教会で敬われている女神様というのはアルス神教の教典で人魔の争いの章のその後の新世の章で書かれている、各地で現れた女神の使いの天使で、その内の一体である風の精霊エデジーだ」
「……」
「アルス神教が布教され始めたのは人魔の争いの後で、要するに天使が各地へ現れ始めた頃に宗教として形が成りたった後のものだ。一番多くの場所で姿を見せたのが風の精霊、霊体を見せていた彼女はあんたたちが信じる女神として敬われたということだ」
「……」
「世界の守護たる二柱はいまでもちゃんといる。精霊王様はアルスの森にある世界樹にいて、神龍様はアルス連山の山頂にある神殿からあんたたち多種族や魔族を見守っている」
「・・・・・」
話の途中から俯いて呟き始めたネコミミ巫女婆さんは懐に手を忍ばせている。
「できれば婆さんにおれの話を信じてほしい。どうしてもお願いしたいことはあるんだ」
「――このアルス様を汚す者め! わらわを誑かすものに罰を与えるのじゃ!」
激高したネコミミ巫女婆さんはいきなりナイフを突きつけてくる。急なことで刺されそうになったものの、何とか身をナイフから躱すことができた。
「逃げてくださいね、彼女はこう見えても短剣使いで有名ですから」
精霊さん、冷静に助言する場合じゃなくて、そこは守護しているネコミミ巫女婆さんを止めてくれよ。
「お前は古より存在する偽神派なのじゃな? アルス様が最高神ではなく、今は無き守護たる竜と精霊とともにお隠れになった聖人様こそが神という歪曲した邪説を唱える罰当たりどもの一味なのじゃ!」
どこの宗派かは知らないがビンゴそのものじゃねえか。おれも人魔の争いの章の最終節は読んだことあるが、あれは管理神が銀龍メリジーと風の精霊メデジーによるジェノサイドから種族を救い、顕現されたお姿だと思っている。
「待てよ婆さん、おれの話を聞けって!」
「聞けぬわ、世を誑かす者め。わらわの手で成敗してやるのじゃ!」
世界樹の枝で作られたの木製とは思えない鋭いナイフを振り回すネコミミ巫女婆さん。般若のような枯れたお顔がとても恐ろしくて、痩せ枯れている腕にどこから力が湧いているのが不思議でしょうがない。
「埒が明かないな」
「とうとう観念したのじゃな! ひと思いで刺して目を覚まさせてやるのじゃ、そこに直るのじゃ!」
いやいや、刺したら目は覚ますどころかそのまま死ぬから。言うことが支離滅裂だ。でも婆さんになるまでに信仰している教義を否定されて、あまつさえ偽神扱いされたら狂信者じゃなくてもお怒りになるよな。あらかじめに対策を練っておいてよかったよ。
「婆さん!」
「なんなのじゃ!」
おれの呼びかけでどうにかネコミミ巫女婆さんがナイフを手に持ったままで停まってくれた。
「驚くなや? 心臓を強く持て! いきなり麻痺させないでくれよ!」
「何のことじゃ!」
右手を天にかざしてご大層に彼女をこの場に呼ぶ。やっぱりこういう見せ場は誇張的にカッコつけないといけないよな。
「出でよ! 愛し子を隔たりなく愛でお守りし、アルスの女神と崇め讃えられる、風の精霊エデジー!」
ネコミミ巫女婆さんの前で風が吹き始め、空中で渦巻きが発生すると思いきや、その中に風の精霊が槍斧と盾を持って、女神像のままで舞い降りてきた。この精霊も中々洒落がわかっているね、ちゃんと女神の姿で現れてきた。
はい、あんたが待ち望んでいた女神のご降臨ですよ? 巫女の婆さんや。
眼前の光景に信じられないと言わんばかりの目でネコミミ巫女婆さんはおれと風の精霊と交互で忙しく視線を動かして両手で口元を抑え込んでいたが、すぐに自らの非礼に気付いたように風の精霊に五体投地で身体を地面に伏せさせた。
「女神様にご感謝を! アルス様、アルス様……」
賛美の言葉でうわ言を言うように婆さんは地面に顔を付けたまま上げようとしない。そんな婆さんを風の精霊は慈しむようにその頭に手で触れている。
『ゼノスの巫女なのね、祝福を授かって以来なのかしら? 随分と老けたようね』
「もったいなきお告げを。一目でもアルス様にお会いできるだけでこの枯れ果てた身などお捧げしても惜しくはございません……う、ううう……」
信愛する神様に会えたから婆さんの感動は止まりそうにない流涙することで表している。ところで、のじゃはどこへ行ったんだ?あんたの属性を忘れちゃいけませんぜ。
『立ちなさい、ゼノスの巫女』
崇拝する女神のお言葉にネコミミ巫女婆さんは恐る恐ると立ち上がったが身体は微かに震えているのをおれは見逃さない。
「婆さん、これが風の精霊エデジーさんだ。あんたらがアルス様とお呼びしているお方だ」
「またそういう罰当たりのこのことを! アルス様のお怒りを恐れぬ知れ者め!」
『ゼノスの巫女、このちょこれーとなる者の言う通りです。あたくしは貴方たちが女神と呼んでいる存在であるとともに、精霊王様にお仕えしている風の精霊であるエデジーと名乗るお使いなの』
なおも怒れるネコミミ巫女婆さんを宥めてくれたのは風の精霊、そのお告げに婆さんは驚きのあまりに絶句してしまっている。
『精霊王様に貴方のことをお伝えしたの、ちょこれーとのお役に立ちなさいと伝言を預かっているわ』
アルス様と長い間に心身を捧げた存在のお言葉に、事の流れがあんまりにも激しいものだからどうすればいいかがわからずに立ち尽くしているネコミミ巫女婆さんの頭を風の精霊がそっと手のひらを置いた。
『ゼノスの巫女、貴方に精霊王様の祝福がありますよう、これからも命が尽きるまで人の世を見守り、愛し子の力のなることを手伝いなさい』
ネコミミ巫女婆さんは風の精霊の言葉とともに全身が眩し過ぎるほど光りだし、しばらくするとその光は治まったがそこにはネコミミした麗しい猫人が出現しました。
婆さんが美人さんとなって萎え属性から超おれ好みの萌え属性に切り替わってしまったよ。なんということか、これはファンタジーだ!
イ・オルガウド巫女のスキルです。
スキル:回復魔法Lv8・神聖魔法Lv6
魔力操作Lv7・短剣術Lv3
異常耐性Lv5・魔力使用半減Lv9
ありがとうございました。




