第51話 女神の召喚はお気軽に
今の都市ゼノスの賑わいはこれまでの歴史でもっとも喧噪で多くの多種族の往来を見せているとオーク肉の串焼きを売っている屋台のばあちゃんから聞いた。もっともこのばあちゃんがいくら年を取ったと言っても、都市ゼノスの歴史に精通するほど長生きしていないと思うので話半分でフンフンと聞くことにした。
銀龍メリジーことニールはこの騒がしくも活気に満ち溢れている光景が気に入ったらしく、やたらとおれに街を回ることをせがんでくるので、閉口したおれは彼女に心酔しているゾシスリアとモージンとエティの3人に託すことにした。
女同士で気が合うだろうし、ニールが護衛役ならなんの心配もいらないはず、彼女に膝を屈させることができるお二方は至上の秘宝殿ことラストダンジョンのお守りでそこから動くことができないはず。
おれはいうとちょっと済ませておきたいことがあるので、街の中で適当にブラブラと買い喰いして観光を満喫するふりをしている。あの女騎士さんにまた付けられているのだ。尾行するならもっとそれらしい恰好しろよ、騎士団のフル装備は目立っているぞ。
「いや、待てよ。お前は付けられているよってネコミミ巫女婆さんからのお知らせかもしれないな」
それなら女騎士そのものがあの萎えネコミミ巫女婆さんからのサインだと考えられる。今の状況で教会から一生逃げ続けられるとも思えないし、どこかで打開策を打つことも欠かせないかもしれない。一応、後で援軍だけ頼んでおくつもり。
ガンシャウのジュースを販売している屋台の前に着いたが、若い店員さんは並んでいる行列を捌くのにてんやわんやと動き回っている。その横で小さい女の子がジュースの入った木製コップをこぼれないようにぎごちない手付きでお客さんに渡そうとしている。
「またの機会で買いに来るか」
広場を去るおれはせっかくなので馴染みの美人のお犬様に逢いたいと思い立ち、健康的な大人になった今、たまにはガス抜きをしないとなにかの拍子で身悶えしてしまう。おれは身体の和みを求めにスキップしながら軽やかな足取りで人混みを避けて目的地へ向かう。
大人的な一時を過ぎると犬人のデュピラスからしなやかな指で身体の隅々まで心が蕩けるマッサージを受けていた。こういう緩やかな時間を過ごすと、心底から生きててよかったと思えるもの。
「泊って行かないの?」
あくまで願うように耳を撫でるような彼女の甘い声が男としての願望をくすぐって来る。
「そうしたいのは山々だがね、ちょっと今はね」
「そう……」
「悲しまないでくれ、マイ・ラマン。また会いに来るさ」
気障っぽくわざと声のトーンを下げて、片手で彼女の頭にある耳を愛でるように撫でてあげる。
「クスっ、もう。似合わないことはしないの。大体まい・らまんってなによ」
笑われてしまった。どうせ冴えないおっさんはなにしても絵にならないよだ。右手首を口に当てて、おかしそうに微笑む彼女は大人の妖艶さを失わずに陰のない陽気を感じさせてくれる。
不貞腐れたおれを左手で抱き着いて、耳や首筋に接吻してくる色気のあるデュピラスに男性本能を催さないのほうが難しい。しかし、今はしなければならないことがある。そのためにここへ来たのだから。
金貨1枚を彼女の手のひらに忍ばせるとおれは着衣するためにベットから出ることにした。
「いつもお気前が宜しいですこと。こんなに頂いていいのかしら」
「もらってくれ、金は使うべき時に出すものだ」
「そう、ありがたく頂いておくわ。お帰りはどちらからで?」
デュピラスのことが気に入ったのはこういう頭の回転の良さを含めるもの。表には女騎士が待ち構えている、今回の目的は婆さんのほうだから女騎士は参加するのは除外させてもらう。
「裏から帰る」
シーツだけで身を包まったデュピラスは両手でおれの頭を抱きしめると、そのやや厚めの熱を帯びた唇でおれの唇に熱い別れの挨拶を交わしてくれた。
「気長に待ってるわ、また会いに来て」
倉庫に戻ったおれは人の気配がまったくないことを確認してから今回の援軍を呼び出すことにした。
「エデジーさん、お願いがあるんで来てください」
魔晶はアイテムボックスに入れたままで召喚することを試してみたかった。これで呼び出すことができれば今後なにかとやりやすくなるし、人目に付くことも少なくなると思う。
一陣の風が倉庫の中を通り過ぎていき、美しい風の精霊がおれの前に凛とした姿で佇んでいる。成功だ、女神召喚です。
『なーに?ちょこれーと』
いや、だからおれの名はチョコレートじゃないですって。はー、もういいや。ちょこれーとでもあめでも好きな名にしてくれ、訂正するのも面倒になってきた。
「手伝ってほしいことがあるんです」
んん? なぜか眉間にシワを作ってから立ち眩みしたように風の精霊エデジーはよろめいている。なにがあったんだ?
『ちょこれーと、あたくしはここに来るのにかなりの霊力を使ったわ。今すぐ補わなくてはいけないのよ』
手のひらを何かをゆするようにして彼女は両手を伸ばしてくる。
というか、嘘つけ! あんたら精霊はは霊体みたいなもので補給は魔素を取り込んでいるだけだろうが。でも、お願いしているのはこっちだ、女神さまへの貢物と思えばなんの苦もないさ。
素直にチョコレート1袋を献上する。
『これよ、これなのよ』
さっそくですがバリバリと袋を破って美味しそうにチョコレートを食す女神(代理)様。神々しさも荘厳さもなにもあったものじゃありません。昼時に事務所でお菓子を頬張る事務員のおばさんとなんらか変わりはありませんでした。
それは置いといて。
『それで手伝ってほしいことはなーに』
満足そうに話しかけてくる女神(代理)様、そりゃ3袋も食べれば満悦でいらっしゃるでしょうな。床に散らかっている空の袋や包装紙はおれが片付けることになるんだろうな。
「教会のものに目を付けられているので味方につけたい巫女がいるんです。ひょっとしたらそこに来てほしいかもしれないから先に伝えておこうと思っただけ」
『いいわ、必要な時に好きに呼んで。でもね……』
言わなくてもいいよ、その先の言葉はもうおれは知っているからね。
「わかってる、チョコレート3袋で手を打ちませんか?」
『……6袋よ。あたくしばかりもらったことがばれたら精霊王様がまた泣くわ。』
どこの駄々っ子ですかそいつは。ああ、いいともよ。どのみち無限供給品だから好きなだけ供え物ということにしておきます。
「ひょっといてエデジーさんの正体や精霊王様のことをその人にバラさなくちゃいけないかもしれないが、いいのかな?」
『いいんじゃないかしら。元々勘違いしていたのは多種族のほうなの、あたくしは精霊王様のことをみんなにずっと知ってほしかったの』
「ありがとう、おれとしても助かる。ところで今回はこっちに来たのはメチャクチャ早かったよな」
『ええ、そうよ。あたくしに距離なんてものは無意味なの。風が吹いていればどこでもすぐに行けるわ』
おお、まさしく召喚獣ということですな。ひょいひょいとエデジーさんは手のひらで献上品を寄越せと催促の合図をしてくる。
おれのアイテムボックスから寄進された6袋のチョコレートを手土産に持ったエデジーさんは倉庫の入口に向かって出ていこうとしているので、慌ててその行く先を邪魔するように立ちはばかる。
「おいおい、風があればどこでもすぐに行ける話はどうしたの?」
『それはなにも物を持たないときのことよ。実体のある物はちゃんと持っておかないと運べないの』
「待て待て、ちょーっとお待ちになってもらおうか。その恰好で街に出られると非常にまずい」
もうすぐ都市ゼノスは女神祭、倉庫は街のはずれにあるとは言え、今の時間では人が通ったりしているはず。そこへ女神(代理)様がいきなりご来臨するとなれば、賢い諸君ならなにが起こるかを言わずともわかるものだろう。
『大丈夫よ。あたくしに出現する意思がなければ人型には見えないですもの』
えー、凄いな。精霊さまはステルス性を兼ね備えたハイスペック仕様になってますね。
「でも、その理屈でいくと迎えに来たときはなぜ身を表せたのかが解せない」
『それのほうが面白そうでしょう?』
あのね、遊ぶな。おれの人生で遊んでくれるな!面白いだけでおれを窮地に追い込まないでおくれ。どこの天然ちゃんかあんたは。
『じゃあね』
チョコレート6袋を抱えたままエデジーさんは入口から外に出て、おれ以外のだれにも発見ができないまま、風の精霊は空高く舞い上がって行き、あっという間に消えていなくなった。
事前の準備も済んだことだし、それでは最後の仕上げと行きますか。おれは未だに娼館の前でウロウロしているはずの女騎士にネコミミ巫女婆さんへの取り付きをしてもらうために倉庫から出た。
「お前は……女を買い漁って……むぐー」
後ろからそっそりと近付き、イ・プルッティリアとネコミミ巫女婆さんが呼んでいる女騎士の肩を挨拶代わりに軽く叩くと、彼女が振り向いておれのことに気付くと大声を上げようとした。慌てたおれは女騎士の口を咄嗟に左手で塞ぐことに成功する。
大きな声でなんてことを言うんだこの女は。お前の天敵であるオークを連れてくるぞ! この世界にそういう設定があるかどうかはわからないけど。いつものようにくだらないことを妄想しているとその時に激痛の痛覚が左手のひらから脳へ伝わってくる。
いってえーーー! おれの手を噛みやがったぞこいつ。
深く歯型が付いた左手を彼女の口元から離して、痛くなった手を振りながら右手で魔法操作を行って、回復魔法を自分にかける。
「ってえな、これで治った、と」
「なっ、回復魔法だと! お前……何者だ!」
愕然としておれの魔法をみた女騎士のアホ面を見て、それとわかるようにわざと回復魔法を使ったわけだからびっくりして当然だな。
「ネコの婆さん巫女に会いたいと伝えておいてくれ」
険のある顔をして、元々きつい目元がさらに吊り上げられ、右手で握るロングソードの柄が鞘から遠のいていこうとしている。
「待てよ、散々人の後を付けといて斬り気か? 教会の者とはただの殺戮者の集まりということか?」
ここでこの女騎士を見極めのための駒にする。何の芸もなく剣を振り回すバカというのなら、こいつを使役しているネコミミ巫女婆さんも大したことのないクソばばあとしてみなす。
さて、どっちなのかな? 念のためにおれもククリナイフの柄を握りしめる。
「わが神教を貶す言葉を看過することはできない」
彼女のロングソードは彼女の手によって半分まで抜かれているが、そこで止まったままの姿勢で女騎士はおれと対峙している。
「……だが、イ・オルガウド巫女様はなぜか気に食わんことにお前に会いたがっている。巫女様に話を聞いて来るから教会裏の墓守の小屋で返事を待っていろ」
抜きかけたロングソードを鞘に戻すと女騎士は大通りのほうへ身を翻すとこの場から立ち去った。血の気は多そうだがさすがは神教騎士団に身を置くものとして見るべきか、本人が持つ感情の発露とは別に成すことをちゃんと弁えている。
いずれにせよ、おれとしては教会関係者と争うことにならなくて本当によかった。
今からご指定の教会裏にある小屋へ足を運ぶとしよう、ネコミミ巫女婆さんからの返事はすぐに来るだろうから。
ありがとうございました。




