第49話 美しい花は棘付きで
「ぐべぼーっ!」
元気だったヒャッハーさんがまた一人綺麗に空中浮遊して飛んでいきました、実力を弁えないで粋がるからこういうことになるのですよ。気を付けてね? この巨乳さんは端麗な見た目と裏腹にこの世界でも折り紙付きの上位実力者ですから、ちょっかいを掛けたいなら命を賭け金にどうぞ。
おれは外套に付いているフードで顔を隠しながら、先からおれの横で野郎どもから声を掛けられまくっているニールから少しでも離れようとした。
最初に声を掛けてきた中年でおれより不細工だが巨漢の勇者さまはおれを見もしないでニールに粘っこい声で話しかけた。
「よう、美しいお嬢ちゃんだな。どうだ、横に冴えない連れを放っておいて俺たちと女神祭でも楽しまないか? 勿論夜のほうでもヒーヒーってよがらせてやるぜ! げへへっ」
まぁまぁ、ヒーヒーですって? お下品ですこと。これは別におれが出なくてもニールが一人で対応できるはずだし、そもそもおれが出た所で惚れられるという要素は一切存在しておりません。
「そうだぜ、女。横の奴が震えてるじゃねえか、情けない奴だな。そいつはここに置いて俺らと行こうぜ、なんなら俺が叩きのめしてやってもいいぜ」
プププっ。怖くて震えているじゃないんです、お前さんたちの滑稽っぷりに笑いを殺しているのです。地雷を踏もうとしているやつを見るのがこんなに楽しいとは思わないぞ。
「結構だ。目障りだから消え失せろ!」
ほらほら、巨乳さんはお怒りですよ、命が惜しくば素直にこの場を去るべきです。別に連れて行ってくれてもおれは食費が浮いて助かるけどね。
「んだとてめえ! 優しくしてりゃ付け上がりやがって、いいから黙ってついてこいってんだ」
「このアマがぁ、あとでたっぷり泣かせてやるからな!」
「なめんなよ、俺達はゼノスで恐れられているガルノス三兄弟って知らねえみたいだな。その身に恐怖を叩き込んでやるぜ!」
安っぽい灰色の皮革の鎧を着ているガルノス三兄弟なるものがニールの前に立ち塞がっている。是非とも黒い鎧を装着してほしかった、なにやらの三連星と褒め讃えてやったのに。
「めんどくせえやつらだ、消えな」
目にも止まらぬ速さというより、いつニールが手を出したのかがわからなかった。ガルノス三兄弟なるものは腹を抱え込んで嘔吐しながら地面で転がりまわっていた。あるぇ? これはニールが腹パンを入れたらしいが全然わかりませんでした。こわっ!
おれたちの前後に並んでいた人たちもおれと同感したようで、遠巻きに見ていたのがさらに遠くへ後ずさっている。フード付きのロングマントを用意しててよかった、常に顔を隠しておこうか。
「なんだよこいつら。うっとおしい」
「手加減してやれよ、こんなところで衛兵にでも捕まれば面倒事に巻き込まれるぞ」
それこそ面倒くさそうにニールが右手の手首を振り回した。
「チッ。今日はお前の作った美味しいもので機嫌がいいんだ、殺しはやめだ」
「是非そうして、市内に入ったら美味しいものを奢るよ」
焼き肉を汗水垂らして焼いててよかった。それで殺人事件から遠ざかることができたというなら安上がりだよ。
「ふっ。麗しいお方よ、大変そうだったみたいだね。僕が遅れてしまったことをお詫びしよう。さあ、この僕と一緒に行こう、どんな危機からでもあなたという可憐な花から守り通してあげよう」
ププっ、空気の読めないイケメンさんが爽やかに現れました。先のヒャッハーさんたちがぶっ飛ばされたのが目に入らなかったらしく、それに言うことがもう最高に抱腹絶倒させてくれそうで素敵であります。銀龍が可憐な花ですとよ、棘だらけで猛毒の花じゃねえか。
「いい加減にしろや! うざってえから消え失せろ!」
ほら、もうニールさんは怒りモードに突入じゃないか。しかしイケメンの好青年さんはへこたれない、瞼を閉じてから軽く首を左右に振ってみせた。ムカつくけど絵になるよな、ここがブッサメンの昔のおれが及ばないところで女を引っかけるには多少のしつこさが不可欠なもの。無論、顔の良さが大前提であるけれども。
「いけませんね、花も恥じらうようなお美しいあなたがそんなお言葉では。さあ、この僕が淑女たるものを教えてあげましょう。さすれば……ゲフガッ!」
あららら、イケメンさんもニールの見えない腹ワンパンで悶絶中です。口からドボドボと大量に食べたであろうものをお吐きになられたようだ。いけませんね、このおれが紳士たるものを教えてあげましょう、ゲロをしてはダメであります。
「うるせよ! 調子に乗ってっとぶん殴るぞ!」
おやおや、ニールさんや。そういうのは殴打する前に言ってやってくれ、さすがのおれもかわいそうだと……思わないからね!どんどんやってやれ!
「何があったんだ!」
列の横にヒャッハーさん時々イケメンさんが死屍累々と倒れている。その根性は見上げたものだが、おかげさんで噂を聞きつけた衛兵が駆けつけてきたじゃないか。
「あのバカたちがこの美人さんにちょっかいかけて返り討ちにあったのよ」
「本当にしつこかったのよ? そこの美人さんが強くなかったら連れて行かれたとこだわ」
「本当本当、あとからあとから湧いてきて。全部そのお嬢さんが倒してやったのよ」
「いやね、これだから男って野蛮だわ。襲われたらわたくし困っちゃうぅ」
後方のおばさんたちがおれたちの代わりに衛兵に解説してくれたからおれたちは説明要らず。衛兵もオロオロしてうんうんと頷くしかなかった、助かりましたよ。ありがとうございまーす。
それはいいとして。
おい! 最後のオバハン、どんだけ自我意識が高えんだよ。おめえは心配しなくても誰も連れて行かねえよ! やたらとその太い腰と尻をクネクネさせんなや、おれが吐いてまうわ!
衛兵さんの護衛付きで門まで来ることができた。途中で何人かの命知らずが未練たっぷりとニールのほうを眺めているが、さすがに都市ゼノスへ入るまでに騒ぎを起こすのを嫌ってか、こっちには寄ってこなかった。
「どこから来た?」
衛兵さんが職務でしてるけど、その目はニールに釘付けである。これだからこいつと同行するのが嫌だったんだよ、銀龍メデジーは麗し過ぎる。
「テンクスの町です」
所持している商人ギルドのカードを提示して衛兵に見せる。
「ふむ、確かに。ようこそゼノスへ。もう少しで女神祭が開催されるので、アルス様にお祈りを捧げてゼノスの町で楽しんで行ってくれ」
後ろの行列が閊えそうなので衛兵も形式ばかりの誰何だけで通してくれた。問題はこの後です、待ち構えていた男どもが今にもこちらに襲い掛かってきそうな勢いで様子見している。
門を入って街の中に入ろうとしている時にその男たちが一斉に寄ってきた。
『消えろっ!』
声そのものは大きいものではなく、だがそれは魂そのものを揺さぶってしまうほどのニールの怒声であった。聞いていたおれも思わず手足の力が抜けてしまい、ユニークスキル不老の精神耐性がなければ男たちみたいに地べたにへばり込んだに違いない。中には脱糞したやつもいたみたいで、臭い匂いが辺りに立ち籠ってきている。
「おい、行くぞ。さっさと案内しろ」
「お、おう。こっちだ」
ひと声だけで瞬間的におれが持つ戦闘本能を掻き消してしまった。やはりこいつはアルス神教の教典に記載されるだけであって、銀龍メリジーは神龍の竜の使いにしてその名に恥じぬほどの力を持つ、それはまさしく化け物である。
向かう先は商人ギルドからエティリアが借りていた倉庫、まずはそこへ行って心の癒しであるうさぎちゃんにおれは会いたがっていた。出会った当初は可愛さとスタイルの良さに目が眩んでいるだけであったが、なぜか今は彼女に会いたいと思っている。
心配しているのとはちょっと違う気持ちのスパイスが混じり込んでいたようだ。
「あのな、後で紹介したいやつがいるけど変なことは言うなよ」
「なんだよ、いきなりご挨拶だな。そいつはお前のなんだ、番か?」
メリジーはこんなやつだとおれにも少しはわかってきた。乱暴な言い方に惑わされがちだが、本当は頭が良くて勘は鋭い奴である。
「ちげえよ。まぁ、ちょっとはそうなればいいかなとは思ってるよ」
「ふん。まどろっこしいやつだな、交尾したいならそう言ってやればいいじゃねえか」
もうね、なんでもかんでもすぐにそっちのほうに持って行くなよ。順序というものがあってだな、恋愛するというのはその過程も楽しまなくちゃいけないんです。そりゃ、最終的にはヤりたいことはヤるけどさ。
「もういいよ。とにかく気を使ってくれよ、じゃないと今度から焼き肉抜きだからね」
「くっ。汚い奴だ、脅しやがって。わかったよ、余計なことをいわんからそんでいいだろ」
スタイルも顔もおれ好みで、それでいておちょっこちょいのとこもあって、健気で頑張り屋さん。なによりも夢中になていた異世界の獣人がそこにいる、これで惚れるなと言われるのほうが厳しい。
さあ、エティさん、おれの用事は済んだので仲良くなるために逢いに来たよ。この角を曲がれば会えるといいな。
倉庫の前を十数人の無法者がエティと二人の女性冒険者を囲んでいた、そいつらはエティたちを抑え込もうとしている。二人の女性冒険者は懸命に防ごうとしているが多勢に無勢、男たちの後方で無法者を指揮している初老のおじさんがなにか発令している。
無法者どもはまさにエティたちを捕まえようと一歩前に進んで、その中の一人がエティリアの頬を手で叩いたのをおれは目の当たりにしてしまった。
こいつら、おれのうさぎちゃんに手を出しやがったな!その報いをくれてやる!
全速力でメリジーことニールを置き去りにする。初老のおじさんを抜き去るとエティに手を上げたやつに死なない程度加減したケリを入れた。蹴り飛ばされたそいつは倉庫の扉に激突してそのまま動かなくなった。
全員が突然の出来事に唖然とする中、二人の女性冒険者の手を掴んでいるやつらの顔に右ストレートに左ストレート、腰に力を溜めてからの右アッパーカット。一人目はこれでノックアウト。
ステップを刻んで接近し、二人目が女性冒険者の手を放しておれに殴りかかろうとするところをおれは若干腰を傾斜させて、左手と腰に力を込めてから一気に左右のフックを連続で放つ、これがおれのアキラロールだ。
反抗もできないままそいつはおれの連打によって地面に沈められ、立ち上がる気配すらみせないそいつをおれは一瞥してからこの場に改めて目を向けた。
「お前らはなにもんだ!ここで何をしてんだ!ああっ?」
エティたちを取り囲んだ無法者がおれを警戒してか後ろに下がり、エティたちの当面の危機が脱したのを確認してからそいつらに大声をあげる。
「いや、お前さんこそ何者です?」
初老のおじさんがあっけを取られた顔でおれの質問に疑問を投げてくる。しまった、血が上ったせいで名乗りするのを忘れた。
まぁ、始めからこいつらおれの名をに教える気もないけどね、てへ。
ありがとうございました。




