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第45話 幼女は紛うことなき精霊王様

 現実として俺から見たアルスの森はただ一言だけで表現ができる。


 神聖なる森。


 それがこの森に足を踏み入れた瞬間に思い浮かべた気持ちであった。



 リスやウサギに三つ角のシカなどの動物が森の中を元気で走り回り、おれを見ても怖がらずに近寄ってきて、森にはない匂いを遠慮もなしにすごい勢いで鼻で嗅いでいる。


 びっしりと地面一杯に生えている苔はやはり思った通り柔軟な踏み応えであった。苔の上に手と足の力を抜き、大の字となって寝そべって、マイナスイオンを全身で浴びながらこの神秘的な古代の森で森林浴を楽しみたい、ずっと思い描いてきた光景におれは猛烈に心から感動している。


 だというのに、この空気を読む気すらないアホな精霊王(ようじょ)ときたら……



『ちょこれーとぉ、ちょこれーとぉ、アメをなめたらちょこれーとぉ!』


 虫歯になるわ! どっちかにしろ。



『アキラ、ちょこれーとなるものが大変美味しいと精霊王様がいつも仰っていたけれど、本当?』


 風の精霊もチョコレート争奪戦に加わろうとしている。その前にひとつだけ釈明させてもらうけど。



「あいつは食ってねえよ、おれからの刷り込みだけで話を膨らますな!」


『ガーーーーン!』


 久々にいいリアクションを頂けました、さすがは精霊王さまです。こういうところは抜け目なくおれがほしいお返しをくれます。ここは親指を立てて、この幼女を讃えてやりましょう。



『なにそれ? なんか意味あるの?』


「あるぇ? 心の内を読んでくれなかったの?」


『バカね。もうあんたの時空間停止が解けて、なにも読めて来ないよ。』



 そうか、それで先からジッと見ているだけか。おかしいと思っていたがそれが原因でおれの言葉を待っているのか、理解ができたよ。ただこのシュールな絵図をどうにかしてくれ。



「体に乗っているリスと鳥、足元に群がるウサギにミーアキャットとかキツネとかを何とかしてくれ。おれが埋もれそうで気持ち悪いんだよ」


 頭や肩には鳥が乗り、リスやモモンガが身体中にぶら下がっていて、足にはわんさかとウサギにミーアキャット、キツネたちが犇めいている。ハッキリ言って多すぎて気持ち悪いから愛でる気が起きそうにない。



『まあ、この子たちがこんなに懐くなんてアキラは愛に溢れているのね』


 風の精霊ちゃん、おれにはそんなものはありません。溢れそうなのは怒りの気持ちだけ、あなたが愛するペットたちをおれが手をかける前にどうにかして。



『面白そうだからこのままにしよ!』


 いたずらっ子の表情を見せてニタニタと笑う精霊王(ようじょ)におれも邪悪な笑みを作ってみせた。



「へー、いいんだ? チョコと飴は無しでいいだな? よしわかった。風の精霊さんは運んでくれたから精霊王様の分を含めて渡してやりましょう」


『あなたたちい! どきなさーいぃぃぃぃ!』


 効果てきめんです、小動物たちが蜘蛛の子を散らすように消え去って行った。精霊王(ようじょ)の怒鳴り声にこの場は三人だけとなりました。




 管理神から聞いたこの世の成り立ちについて、精霊王におれが知っていることを全部説明した。その間に精霊王と風の精霊ちゃんはチョコレートと飴のお替りを要求し続けて、炭酸飲料を飲んでは出てくるゲップで二人して大はしゃぎしている。


 やめなさい、はしたないからやってはいけません。女神様ともあろうお方たちがお下品ですよ。



『そう、すべては主様がこの世にもたらす恵みということね。ゲップ。魔素がそんな役割があるなんて知らなかったわ。ゲップ』


 しみじみとゲップしながら精霊王は自分が疑問に思っていたことがわかって、ホッとしているような表情で穏やかにゲップを出していた。



『これは面白いね、ゲップ。精霊王様、ゲップ』


 もう言葉の後ろにゲップが付きそうな精霊王に風の精霊、これ以上ゲップすると炭酸飲料はあげませんからそのおつもりで。



『で、これからどうするの?アルスで生きるならなにか目標とかあるの?』


「そりゃもう。敬愛する精霊王様と風の精霊様に美味なるお菓子を献上させて頂くことを生き甲斐にしょうかと」


『『やったー!お菓子食い放題!』』


「嘘ですけどね」


『『ガーーーーン!』』


 あ、風の精霊まで感染っている。彼女は精霊王の眷属みたいなもので、しかも一番の使い走りだから同化しやすいからかもしれない。



「冗談はさておき、お土産を渡すね」


 都市ゼノスで買ってきた品々を精霊王に手渡す、風の精霊にはお菓子のおすそ分けした。こらこら、幼女は自分の部下を威嚇しないの。お菓子を取り上げられそうで風の精霊が泣きそうじゃないか、まったく大人げないな。


 部下にはやさしくする、以上だ。



『この服良いね、気に入ったわ』


 お土産のアラクネの糸で仕立てたチュニックワンピースは精霊王(ようじょ)に大層気に入られて、5着のチュニックワンピースを風の精霊に見せびらかして、恨めしそうに風の精霊におれは睨め付けられる羽目になった。理不尽だ!



『でも着るのもったいないわ。アラクネの糸で作っているけど、長持ちしそうにないね』


 残念そうな精霊王(ようじょ)におれは宥めてみた。



「また買ってくるから着てよ、あんたに似合うと思って買ってきたから」


『うん!また買ってね!』


 嬉しそうな精霊王(ようじょ)に悲しそうな風の精霊(メガミ)。そんな哀愁を漂わす顔をしないで、あなたの分を今度はちゃんと用意する。



「風の精霊様、今度は買ってきますから待っててください」


『うん!ありがとうね。あたくしのことをエデジーと呼んでいいわ、精霊王様から頂いた名なの』


 風の精霊にも名があったんだ。先と打って変わって全ての者を魅了するような笑い顔で胸の前に両手を合わせた。



『あたしは10着がいい、忘れないで』


 すっかりおねだりモードの精霊王(ようじょ)様に微笑んで返事する。



「あいよ、また持ってくるから着てね」


『うん!さっそく着替えるね』


 精霊王はピエロみたいな服を脱がそうとして手をズボンにかけている。



「待ちなさーいっ!向こうで着替えろ!」


 こらっ!ここで脱ぐんじゃありませんっ!女の子は恥じらいを覚えなさい。




『あんたがこの世界で生きていくならちゃんと聞きたいことがあるわ』


 店員さんが見立てたチュニックワンピースは精霊王(ようじょ)に実に良く似合っている。以前はピエロの服のせいで威厳もなにもあったものじゃない。今は見た目が子供だから精霊王でありながら畏怖させる感じは全くしないが、持っている神秘感と清楚な雰囲気が合わさって、どことなくエキゾチックな雰囲気を醸し出している。


 買ってきて自分で言うのもなんだけど、いい仕事したね、おれ。



 そんなことを考えていたおれに精霊王は出会って以来、いつになく真面目な顔と目付きで静かに語りかけてくる。



 その二つの瞳は突如、奈落へ落ちて二度と戻って来れそうにない薄暗い深淵を湛えて、アルスの森を全体的に威圧するくらいの覇気が精霊王そのものから漲っており、おれに自分が矮小な虫けらと自覚するだけの圧倒的なパワーをまざまざと見せつけてくる。ピリピリと空気が震えて、おれの正面に息ができないほど霊圧が押し寄せてきた。


 横にいる風の精霊は動くこともなく美しい彫刻の像になってしまっている。



『アキラなる異界のものはこの世界で如何様に生きたいと思う? 主様がお許しになったとはいえ、アルス・マーゼの守護者の一柱たる精霊を統べる者としてお前に問う。異界の者はこの大地を汚すか? わが愛し子を殺めるか? それとも我が怨敵になるか? 答えよ!』



 これはいつもの幼女じゃない。いや、これが本当の精霊王(ティターニア)様。



 おれがどうあがいてもどんなに強くなってもこのお方に勝てる気がしない、たぶん勝負すらさせてもらえない。もっと正確に例えると精霊王としておれをこの世界に迎えるかどうか、これが精霊王様からの試練だ。それにしてもとんでもない霊圧、今にも魂そのものが押しつぶされそうだ。



 これからが正念場だ。ここで言葉の選択を誤ると幼女と爺さんに会うことはもう、できない。



「……精霊王様。おれは迷い込んだ者としてこのアルス・マーゼを回りました、自分の記憶になかった風景や生き物もいっぱい見てきました。叶うことならそれらが停止した動かないものではなく真実のものとして、自分の感じたいと思っている」


『ならばお前は()()()()()()というのだな?』


 この幼女には嘘をつきたくない、今の彼女がどんな立場でどう思うであれ、おれは自分が考えてきたこの世界で生きる自分を伝えねばならない。



「いいえ、()()()()()()というのは絶対にありません。自分が大切にしたい人がいれば、その人たちが危害に加えられることがあれば、おれは見捨てることなんてできないし、命をかけて戦うになることと思う」


 ひときわ強くなる霊圧に心臓が潰されそうな感覚の中、おれはファージンさんの集落にいる人たち、出会って間もないだけど、うさぎちゃんのことも心から大事にしたいと思っていた。



「そのために精霊王様のお守りするこの世界を争いをもたらせ、愛し子たちを殺すことがあるかもしれない。でも、何もしないままでただ自分の命の可愛さで大切な人たちがいなくなるくらいなら、そうしろというのであれば、ここでおれを亡き者にしてください」



 自殺願望なんてのはないけれど、友と思うこの幼女に命を刈り取られるというのなら、観光できなかったことは残念ではあるがそれはそれで納得のいく生き方。未練が残るのは爺さんにおれから感謝の気持ちを伝えられなかったことだけ。その分、幼女にはしっかり伝えておく。



「色々と本当にありがとう、誰もいない世界でおまえと爺さんだけが友達だった。出会えたことは楽しくて嬉しくて、幸せだったと今でも誇れるよ。どんな選択をおまえが選ぼうとおれは文句なんかないから、好きにしてくれていいよ」


 これは偽りない気持ち。そりゃ長生きができればいいなとは思うけど、おれの真実を分かち合える友人を失うまでこの世界で生きたいとは思えなかった。



 すぅーと霊圧が消えた。幼女様はおれに飛び付いて、腰から抱きしめてくれた。父親になったことないができるだけ優しく抱き返す気になるような、それはとても温かい抱擁である。



『バカね。あたしがあんたを殺すわけがないでしょう? 主様(あるじさま)からも聞いたわ、あたしと神龍は友達だって。ただね、あんたがこの世界をどう思うのを知っておきたかっただけ』


 よく見ると精霊王の瞳の色は薄暗い深淵から晴れやかな太陽に変わっていた。やはりこのような明るく人懐っこい容貌が彼女に相応しいとおれは思う。



『この世界で大切に思う人ができたみたいね、あたしの愛し子を愛してくれてありがとう。』


「いいえ、おれのほうがみんなに愛されてとても満足してますよ」



『……よかったわ、このアルス・マーゼとわが愛し子たちを気に入ってくれて嬉しいわ。これでチョコレートと飴は無限供給できそうだね!』


 そっちかい! 先のはおれに文句なく貢物を献上させるための威嚇か? 違うよな?多分最後のほうは幼女が照れ隠しだと思う。



 幼女と爺さんは本当に管理神から預かったこの世界を愛してやまない。だから知らない存在である異界から来たおれの気持ちを言葉にさせるため、それは精霊王(ようじょ)らしい、本気の芝居だった。


ありがとうございました。

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