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第43話 都市ゼノス

 時空間停止しているときに巡歴したこの世界の都市は様々な特徴で形成されている。


 高い城壁と堀で築き上げられ堅固な城塞都市、作物の畑で囲まれていて農作が盛んな農業都市、色んな学び舎が沢山あって本屋も多く存在する学問都市、家畜が数多く飼育されていてそれに関連する商品を産出している畜産都市などがある。


 ここゼノスはその中のひとつで、人と物と金が流通する交易都市だ。



「ようこそゼノスへ。人は一人当たり銀貨1枚、荷の多少にかかわらず走車一台で銀貨5枚の入市税です」


 人の好さそうな衛兵の青年がおれとエティリアに説明する。税のことはエティリアからあらかじめに聞いていたので準備していた銀貨7枚を衛兵に手渡す。



「はい、確かに。ではゼノスで楽しんで良い思い出がありますように」


「ありがとう」


 都市ゼノスに入るのは難しくない。ここ一帯の物産や金はここに集中して、ほかの都市群と交易を行うのがゼノスの市政の根幹とエティリアから情報をもらっている。



 その経済力に目を付けた都市ラクータは以前に周囲の都市と同盟を組んで、討伐軍を侵入させたことがあったが、経済力でものを言わせて冒険者を傭兵軍団に仕立て上げて討伐軍を撃退した歴史があるとエティリアはここに来る途中で雑談の中に話していたのはおぼろけに覚えている。


 都市の中心を目指して大通りを行く。とにかく人族と獣人族や数の少ない類人族が至るところで行き交い、多種族の全てがここに集まっていると錯覚を起こしそうになるくらい、ここには様々な人種が集い賑わっている。



「おう、兄ちゃんよ、そのウサギは可愛いじゃねえか!」


 強面の鎧を着たの中年はおれとエティリアがいく道を3人で遮った。ついに来ましたね、期待の異世界テンプレってやつですか? 殺害することは市内だと面倒なことになりそうで軽く手足でも折ってみるか。



「えへへ、あたいはアキラっちに唾を付けられているもん!」


「ハッハッハ、そいつあ残念だな。兄ちゃんはウサギを大切にしな、じゃあな」


 中年のおっさんはおれの肩を叩くと仲間と人ごみの中へ流れて消える、思ったような悪い人たちじゃなかった。どうもこの頃のおれは殺伐しているようで、ちょっと態度を改める必要があると思った。



 モビスを手綱で引きつつ、おれとエティリアは都市ゼノスの商人ギルドを目指した。




「それで倉庫をお借りしたいということですね」


「えへへ……あっはい!」


 しまった、若くて綺麗なお姉ちゃんを見るとついついニタニタしてしまう。テンクスの商人ギルドも案内係は容姿が整えた美人ぞろいだが、ここのギルトの美女には胸の差で及ばない。


「アキラっち! デレデレしないもん、しゃんとするもん!」


 うさぎちゃんは先からご機嫌斜め。大丈夫ですよ、おらあはあなた一筋ですからっ! ただ、困ったことにおれの中には筋は何千本もありそうで、今しがたこの案内役のお嬢さんにも立てそうになってしまっているだけ。


 あたたっ、これこれエティや、抓らないように。メチャクチャ痛いから。



「クスっ。担当する者にご案内致します、付いてきてくださいね」


 ミディアムカットの案内役はお尻を少し揺らしながらおれとエティリアの前で歩いている。元の世界では見るだけでキモッとか見るなおっさんとか、若い子は容赦なくおれの心を抉って来る。


 だったらそんなカッコするなと言いたかったが、お前に見せるために着ているじゃないと言われるのはおれもよくわかっていたので、直視しないように目線を逸らして網膜に焼き付く技を磨いてきた。



 この世界は違う。お姉ちゃんを見ても怒らないし、セイレイちゃんは誘惑すらしてくる。ただその後になにが控えているのが読めないから、踊り子に手は出せません。セイレイちゃんの罠に引っかかってエティリアの護衛に勤めるハメになったのがいい例だ。


 言い間違えた、エティリア護衛の場合はむしろ勇んで飛び込んだ罠だ。エヘヘ



「ようこそゼノスの商人ギルドへいらっしゃいました、本日は倉庫をお借りしたいとの件を伺いましたが、どのような物件をお借りしたいと考えておられるのでしょうか?」


 目の前には顔立ちが優しいそうで線の細いカッコいい青年が座っている。おーおー、ハンサムさんはどの世でもモテそうで宜しいですな、ああっ?



「アキラっちは黙ってて、あたいが交渉するもん」


 ダメ出しを出された冴えないおっさんがソファーの上でいじけているにもかかわらず、話はトントンの調子で決まっていく。倉庫は都市ゼノスの繁華街から少し外れた工場区画に陽の日か陰の日に当たる一日金貨1枚で大きな倉庫を借りられることができた。




 都市ゼノスに入る前にはすでにエティリアと話し合い、ゼノテンスの大森林で取れた素材を含めて魔石もエティリアに預けて売買してもらう。エティリアは故郷のために食料品を買い集めるつもりだが、おれは武器や装備も買い付けるように助言した。



 エティリアには都市ラクータ周辺に住む獣人族が迫害を受けていることを聞いた。詳細は教えてくれなかったがテンクスの町に入るときに出会ったクップッケからの話と合致する。


 別に人族が人族至上主義を唱えようと、獣人族を絶滅させようと、この世界を害そうと、おれは世界の救世主ではないからそんなことに興味はない、それを正す義務と権利を負っているのは管理神から託されている神龍と精霊王だけだ。


 だがおれが知っていて守りたいと思っている人たちに害を及ぼすのは到底許容する気にはなれない。



 時空間停止しているときで見た殺されようとしている家族のことを、あの時に抱いた気持ちも一緒に思い出す。せめておれが見知った人たちが理不尽なことにあえば、それに対する手助けにおれができるこのを精いっぱいしよう。これからもこの世界に生きていくためには後悔だけはしたくない。



「じゃあ、投資する1000個の等級1魔石とオークの等級2魔石157個とコボルトで取れた等級1魔石325個も含めて、素材はほぼ全部預けるから運用してくれ。収益は帳簿に記載してくれるだけでいい、エティの思い通りに好きな商売をしてくれ」


「うん……ありがとう。アキラっちはどこかに行っちゃうの?」


 心細そうにしているうさぎちゃんを見て、どうにか一緒にいたい気持ちを抑え込んでからエティリアの頭をグリグリと撫でて慰める。



「ああ、ちょっとした用事だ、しばらくは一人で行動する。倉庫の見張りにエティの護衛と冒険者をちゃんと雇えよ? 会えそうなときに商人ギルドで伝言を残すからな、ラクータへ行くのは待っててくれ」


「うん、わかった。アキラっちの言う通りにするから気を付けてね?」


 なんて可愛いお人だ、ご縁ができたことはセイに感謝しなければならない。後ろ髪を引かれる思いでエティリアとしばしのお別れだ。荷は倉庫に積んで置いてきたし、ちゃんと食い放題の焼き肉パーティは倉庫で気が済むまで開いた。はっ、まさかおれと別れがたいのは牛肉が食えなくなるからか!



「バカね。30枚の牛肉でもアキラっちにはかなわないもん」


「じゃ、40枚の牛肉なら?」


「――ゴクッ! ……あ、アキラっちが一番なんだもん……と思う」


 かなり迷ったな? しかも、と思うとは何事か! この大食いのうさぎちゃんめ、可愛いじゃねえか。




 ゼノスの商店でお菓子の買付けをする、もっぱらお菓子しか買わない。野菜もオークの肉も残っているから幼女に逢えるなら今度こそは餌付けをしてやる。地球産のチョコレートも飴も、女性には抵抗できない魅力は子供とウサギで実験済み。あとは教会で女神像が通信できるかどうかをテストしてみるだけ。



 エティリアが若い女性冒険者と3人で走車に商人ギルドから買い付けた商品を積んで付近の村へ行商しに出かけるのを見届けてから、おれはゼノスの街を堪能しようとずっと待ち望んでいた観光を楽しむために、街の中をゆったりした歩調で石畳みの広場へ足を向けた。


 ここは見覚えがあるかもしれない。正直なところ、この世界の町を回り過ぎてはっきりと覚えていない。ただ、マッピングされているから通ったことがあったのだろう。



 広場には老若男女問わず、人がたくさんいる。恋人が手を繋いで広場の中心にある噴水の水に当たって嬌声を上げている。子供が両親におやつを強請るが拒まれたために泣いて拗ねている。老夫婦が肩を寄せ合いながら木製の椅子に座って、買った弁当を分かち合っている。


 人々の様々な人生模様がここで一時だけでも確かに紡ぎ出されている。



 店もいっぱいだ。飲み物に食べ物、大きな店は一つもないが小さい屋台が広場の外周を取り囲むようにして立ち並んでいる。縁日に出てくる屋台みたいで見ているだけで楽しくなってくる。



「ねえ、そこのおじさん。ガンシャウのジュースはいかが?」


 飲み物を売っている屋台に生きのいい若い女の子が大声で売り込みをおれにかけてくる。



「臭くないか?」


「うちの家伝の製法なの、ほかでは味わえないよ。飲んだら病みつきなの」


 家伝の製法ときたか。それならお試しする必要があるな。



「1杯いくらだ」


「ここで飲んでいくなら銅貨5枚よ、木製のコップ付きなら銅貨10枚ね」


 木製のコップを持ったまま歩くのもなんだか行儀悪そうだし、ここで試してやろうか。アイテムボックスには集落の森から採取したガンシャウの実が入っているがジュースにして飲むのは初めてだ。


 ガンシャウの実の臭さがちょっとだけ鼻に突くがジュースを一飲みして味を確かめてみる。



「……うまいなこれ」


「でしょうでしょう! お母さんがお祖母ちゃんから教わったのよ。あたしも子供の頃から大好きなの。それで売り物にしようかと思ったけど、ガンシャウということでこれが中々」


 口当たりは苦味がまず舌をびっくりさせてしまうが、その後にすっきりした甘さが口の中でブワッと広がって、暑さで乾いた水分を欲しがっている喉を潤す。あとは一気に飲み干すだけ。



「美味しいぜ、お替りもう一杯だ」


「あいよ。お兄さんありがとう、気に入ってくれて嬉しいよ」


 ニカッと笑う女の子は元気印そのもの、突き出された今度はじっくりとその味を愉しんで飲むことにした。



「おい、おっさん。それ本当にうまいか?」


 横から若い男が恋人みたいな若い女を連れて、疑わしげにおれに質問してくる。



「人に聞くなら自分で試してみることだな」


「おう、それもそうだな……ねえちゃん、俺にもガンシャウのジュースをくれ!」


 ガンシャウのジュース飲み干した頃には気が付けば売店には人だまりができている。コップに銅貨10枚を生きのいい少女に渡すとお礼を言ってくれた。



「おじさん、ありがとう! なんだか人が一杯来ちゃった」


「ああ、商売繫盛でなによりだ。また来るよ」


「うん、また来て来て」


 もう少しだけこの広場で往来する人を眺めてみようと、木の椅子に座ってから空の流れる雲に目を向ける。




「いらっしゃいませ。今日はどのような服をお求めですか。奥さまに? それともお嬢様にですか?」


 雰囲気がよく、質のいい女性用の服装が並べられている店に入る。目的は精霊王の幼女にプレゼントする。ピエロの怪しげな装いはおれが心情的に許せない、幼女は可愛らしく上質な服が相応しい。



「子供用を見せてもらえるかな、できるだけ上質なもので長持ちするものがいい。」


「かしこまりました。ご予算はいかが程に致しましょうか?」


「魔石が使えるなら無制限だよ」


 都市ゼノスでは魔石が通貨代わりに使えることは商人ギルドの兄ちゃんが教えてくれた。



「はい、当店は相場通りで料金を魔石による支払いも受け取っておりますのでご安心ください」


 女性の店員はあっちの世界なら二十の半ばくらいでおれの目が漂うほどじゃない上品なお嬢さん風で、如才なく対応してくれていることにおれは気に入った。やはりお客様を大切に扱ってくれる店というのは、支払いするときは気持ちがいいというもんだ。



「お嬢様のおおよその体格付きを教えて頂ければ、こちらでご希望する物をお薦めでききますが?」


 手で幼女の身長を店員に示して見せる。



「このくらいかな?体は太っていないけど痩せてもいない」


「了解いたしました。それでしたらアラクネの糸で仕立てたチュニックワンピースなどいかがでしょうか? 値段のほうはどうしても値が張ってしまいますが水濡れにも十分な耐性がありますし、少々無茶な使い方でも破れることは少ないので、ご予算に無理がなければ是非にお薦めしたいですね」


 店員が手に取ってみせてくれたワンピースは質素な作りで、袖と襟もとと裾に刺繍を施して可愛く仕立てている。渡されたものはアラクネの糸で作ったサンプル品みたいなもので、引っ張ってみることを勧められたので試してみた。力を入れてみたが確かに生地としての強さはある。



「これはいくらになるかな?」


「はい、この材質で仕上げしてますから1着が銀貨60枚になります」


 値段は張るが精霊王への貢物だ、安いと思うべきだろう。



「わかった。これを色違いで5着くれ」


「まあ、お嬢様を大切にされておりますのね。とても羨ましいですわ」


 店員の称賛の言葉は幼女様が聞けばまたサルみたいにキーキーと騒ぎだしそうだが、大切にしたい気持ちは確かにある……かもしれない。



「金貨3枚丁度になります、ワンピースのほうは包んでおきますか?」


「ああ、そうしてくれ。驚かせてやりたいのでな」


 持っている金貨3枚を取り出して店員に渡す。



「かしこまりました。料金のほうは頂戴致しますね」


 これで幼女様への貢物は終わった。やり過ぎると調子に乗られそうでこういう場合は程よいのがちょうどいい。



「またのお越しをお待ちしております。わたくしはこの店を営んでいるラウネーと申します。本日はお買い上げありがとうございました」


 ラウネーの店ね、覚えました。エティリアにもいい服をプレゼントしたいから今度ここに連れて来よう。


 さてと、本来の目的であるゼノスの教会へ向かおう、幼女からのの第一声が楽しみだ。




『コラァーっ! あんたはどこをほっつき歩いてんのよ、このバカァー!』


 しょっぱなから喧しい子供の甲高い声が脳内を響き渡る。



 ゼノスのアルス神教の教会は木造の建築物、左右の横方向に建物は建てられていて、真ん中のほうは3階の石作りの塔が立っている。建物の随所に窓が設置され、塔の一階には教会内部へ入る玄関が設けられている。以前にイ・コルゼーさんが教えてくれたがここ一帯の信仰を集めているのがここらしい。



 教会の中に入ると石の塔の一階部分に見慣れた女神像が置かれている。数十人の信者が女神像に向かって両手を合わせた格好で跪拝している。初老の神官が数人の信者に教典の説教を行い、女神官たちは静粛に教会の中で礼拝を捧げている。


 おれは跪いてから女神像のほうへ小声で呼びかけてみた。



「精霊王様、お久しぶりです。信仰心が薄いエセ信者のアキラがお祈りを献じに参りましたよ、聞こえたら答えてくれよ」


『聞こえたわよ、遅かったわね』



 幼女の声が脳内に響いた時、女神像から凄まじい波動が噴出して辺りの空気が震動している。


 教会にいる人たちはたちまち異変に気付いて、神官や女神官たちの間で大騒ぎになり出した。



「女神様の奇跡だ!」


「おお、アルス様。私たちにご恩恵をくださーい!」


「アルス様、アルス様、愚かなる私たちに英知あらんことを。矮小なる私たちを守り給え!」


 周りの信者たちは頭を地面につけて、深い祈りと信仰の言葉を唱えている。おれもそれに見習うように身体を前屈みで両腕で顔を隠した。



「おいこら、教会がお前のせいで騒ぎになっているぞ!」


 小さな声で吐いた文句はちゃんと幼女に届いている。



『ごめんね、やっちゃったみたい。てへっ!』


 テヘッじゃねえよ、この場をどうしてくれるんだ? 本当ロクなことしやがらないな、この役立たずの幼女め。


ありがとうございました。

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