第40話 商売するのはおれじゃない
マルサンさんの宿で部屋をとって一睡をしてから、セイの奢りという提案でみんなが宿の酒場で食事を取ることにした。並べられている料理にエティリアは食べる、実によく食べる、食べすぎくらいに食べる。なんというか今でもパクパクと食べている、慈しむように自分の分も差し出すセイのことが女神のように見えた。
そんな驚異的な食欲を見せるうさぎちゃんにはおれから二つ名を奉じよう、今このときから大食いのエティリアと名乗り上げるが良い。
「...アキラ、ふーどふぁいたーってなに?...」
しまった、この頃はどうも口のチャックが緩くて、思ったことが口から漏れっぱなしみたいだ。
「あ、うん。食べることに戦う意気込みで生きるやつ?」
「違うもん! あたいはそんなに食べてない、セイっちが食べさせるからいけないもん!」
うさぎちゃんから猛然と抗議の声が上がった。
「そうね、ごめんなさいね?エティ姉」
「プーンだ。セイっちのせいでトウシしてくれるアキラっちが誤解したもん!」
誤解したもんじゃねぇよ、誤解じゃなくて事実だよ。セイもうさぎちゃんを甘やかさないように。
「そうよね、エティ姉。謝るから許して頂戴ね? ……アキラさん? 早くエティ姉に謝って」
なんで? オレマチガッテナイヨ? なんで謝らないといけないの?
うわ! この兎人冒険者の目がマジだ、おれがここで謝らないと命の危険に係るほど気迫のこもった戦闘意志をセイの右手が剣の柄にかけていることで示している。
その加害者は被害者面の顔をしてしょんぼりと涙目で次々と食べ物を口に放り込んでいる。おいおい、まだ食るのか……
「……ごめんな、エティ」
「いいよ、アキラっちならなんでも許すもん」
「ゴクッ! なんでもでござりますか……」
そのお言葉でおっさん色々と想像しちゃうよ、妄想だけに生きてきたおっさんの想像力はすごいよ? いいの?
「アキラさん? わかってらっしゃるとは思うけど、命は欲しくないかい?」
「セイっち、この三つ角のシカ肉は美味しいね! お替りはいい?」
はあ、場の空気を読めないうさぎちゃんは置いといて、おれも飯を食おう。先からその食いっぷりにびっくりしてまだご飯の一口も入れてない。
「...アキラ、レイふーどふぁいたーみたい二つ名ほしい...」
「え? 白魔豹って立派な二つ名があるんじゃ?」
「...レイそれいや...」
「この前にフーリンカザンがお気に召してなかったっけ」
「...レイそれあきた...」
「そうなの? 二つ名って飽きていいものなんだ」
キラキラした目でこっちに向かって名前をねだるエルフ様。いつもならその願い事を叶えてあげるのだが色々あり過ぎて腹は減っているし、もう思考が回らなくなっている。
「ドリンカーでいいんでないの」
「...アキラ思い付くすごい。レイ、ドリンカー・レイって名乗る...」
うん、いいんじゃないかな。文字を噛むように呟いているエルフ様に良く似合うと思うし、実際にじっちゃんもたぶん顔が真っ青になるくらいのうわばみだからな。
「ふふ、アキラさん? どりんかーってどういう意味かしらね?」
「んー、アル中のこと。飲兵衛もしくは飲んだくれでもいいし、酒がないと生きていけないかなりやばいやつ。酒豪のレイ、カッコイイね」
思考の回転が停止しているから脳に経由しないで思ったことがそのまま口から出てしまった。
「うふふふふ。いいわね、レイっちにお似合いよ。それなら二つ名を改めてもいいわ。うふふふふ」
「レイっちダメよ? 飲み過ぎは良くないってあたいはいつも言ってるもん」
兎人の二人がなにか言っているけどどうでもいい、お腹が空いたので飯を頂きます。あれ? パンが口から遠ざかって行くけどこれ如何に? 首筋が凄い力で掴まれているけどこれなぜに?
「...アキラ、レイ話あるから一緒行く...」
「えっ、レイさん? 飯はまだ終わってませんよ?」
「...アキラ、レイご飯いつでも食べれる、アキラ話す今だけ...」
「あのレイさん? なんで話で杖を持って行くの? ねぇ?」
地べたをズリズリとレイに引きずって引っ張られていくおれを、兎人の二人はなにも見ていないように引き続き美味しい食事を楽しんでいるようでなによりだ。
空腹で身体が萎えてしまいそうだ。今は商人ギルドの室内にいて、そして前に座って対応してくれているのがワスプール。おれの横にうさぎちゃんが置物みたいに可愛くチョコンと周りをキョロキョロして見まわして、出されたお菓子を小さな口でチビチビと食している。
普段ならおれもその光景の観賞に徹するのだが、お腹が空いていて菓子を手で鷲掴みにしてから口の中に投げ入れてバリボリと頬張っている。
うさぎちゃんが悲しそうな目で無くなりかけのお菓子を愛しそうに見るが今は気を使ってやれない。悪いのは悪のエルフでおれは空腹なのに杖術で殺そうとするからだ。残影に見える杖を避けるのに大変だったが、一発も食らわないで回避することができた自分の上達を褒めたい気分。
その白豹たちはおれとエティリアが座るソファーの後ろに守護神がごとくに突っ立ている。これこれ、きみたちは商人ギルドを脅迫するつもりか。老練なワスプールは顔色一つ変わることなく穏やかに会話をしてくれているが、お菓子のお替りを持ってきてくれた案内役が震えていたじゃないか。
うさぎちゃんは場の空気を読まないでお菓子の皿を自分の所へ引き寄せる。こら、それはおれの分もあるからちょっとは遠慮をしろよ。
「では、今回はそちらのエティリアさまが商品をお売りして頂けるということでよろしいでしょうか?」
「おう。俺がおめえとこに.……いたっ!」
うさぎちゃんの頭を軽く叩いてやった。
セイに言いつけてうさぎちゃんの身だしなみを整えてもらった。商売話するのに不恰好は礼儀に欠くし、相手から軽んじられてしまう恐れがある。行商人だけならともかく、いっぱしの商人になるならそれなりのことはやってもらおう。大事なのは可愛く装ったうさぎちゃんをおれが見ていたい。
「普通にしろ、わざとらしい態度は作るな」
「叩くことないんもん……」
「商人ギルドはエティの手腕で駆け引きしてくれる。やり手なら対等に扱ってくれるし、カスなら気持ちよく買いたたかれるだけだ。そうだよな?ワスプールさん」
「ははは、アキラ様にはかないませんな。当ギルトとしては商人仲間なら等しく公平な商談をさせていただく方針でございまして、差別はどなたにも致しておりませんよ」
「ふむ。商人仲間なら、ね……だそうだよ、エティ。商人らしく商売話をしようか」
「でも、この前は門前払いされちゃったもん……」
その言葉に即座に反応したのは後ろにいるおっかない兎人の冒険者。後ろからの殺気を感じたので振り向きもせずにおれは片手だけを上げて、その動きを事前で封じて見せた。ワスプールはそれを見て少しだけ目に光が走ったようにおれを見つめる。
「はい、そこまで。今回は商人ギルドに商談にきただけ、リクエストを受けに来たわけじゃない。門前払いをされてしまうのはエティにも非があるはず、チンピラ言葉で商売したいなら市場でしろってもんだ。なぁ、ワスプールさん」
「はは、本当にかないませんな。その件は私が担当したわけではありませんが、エティリアさまが前にお持ちになって頂いた商品はテンクスの市場でも不足はしておりませんので、お断りさせて頂いたと耳にしております。申し訳ございません」
苦笑したワスプールは申し訳なさそうにエティリアに頭を下げた。
「ううん、いいの。売れないのはあたいも思ったもん。でも売りたいから頑張ってみただけだもん、気にしないで」
「そうおっしゃって頂けると当ギルトとしても助かります。勿論、どのような商品でもお取り扱いしたいと思っておりますが、当ギルトも市場の需要には逆らえませんから」
気が抜けたようにウサギ耳が垂れているエティリアはとっても可愛い。さて、前置きもこのくらいにして、おれから商談のきっかけを作るとしますか。
「なるほどね。その理屈ならば市場が必要とする商品なら商人ギルドは是非買付けしたいと理解してもいいかな?」
「ええ、その通りです。当ギルトも商人として市場に適切な商品を供給する義務を負っていると考えておりますので、いい商品であれば是非ともご商談を乗らせてください」
リュックからレッサーウルフの皮革60枚と牙のネックレス35点をゆっくりと持ち出し、その間にワスプールはジッとそれらを見つめて目を離さない。すべの物を置き終えるとおれは彼に語りかける。
「ワスプールさん、まずはおれの立場を表明しよう。おれはこのエティ、いや、エティリアの投資者だ。商品はおれのものだが彼女に販売を委託しているので実質は彼女のもの、だからこの商談の交渉は彼女としてくれ。おれは口を出さないがもし、損するようなことがあればそちらとの取引をおれも考え直さないといけない」
「ほほう、とうししゃ、ですか。私の愚考ですがアキラ様は商品をエティリア様にお預けして当ギルトとの値交渉をエティリア様が行い、アキラ様は販売された商品から利益を得られるということでお考えしても宜しいで?」
「そうだな、大まかだがそう捉えてもらって構わない。おれは商人じゃないから市場の値段がわからん、狩りはできても売ることができない。行商人や市場の商人と付き合いがないから買い叩かれることの心配が絶えない。それなら信用できる商人と契約して、おれが損しない値段で買ってもらう。その商人が商人ギルドにいくらで売るかは関知しない、商人には儲けるべき利益があるからな」
「……アキラ様、あなたには驚かされてばかりです。確かにこれなら当ギルトとしても冒険者様との問題を避けることができます、交渉の相手が商人ですからな。率直な言い方で申し訳ないのですが、冒険者様と契約された商人が商品の値段で紛糾があっても当ギルトとしては存じぬ知らぬで通せますから、今まで冒険者様とのいざござがこれで無くすことができるかもしれません。ははははは」
ワスプールが仮面を殴り捨てて、本当に嬉しそうに笑っている。言いがかりを付けてくる冒険者なんていくらでもいるだろう。どの世界もお客様は神様かもしれないが、神様でも疫病神がいるからな。唯一神のこの世界にはいないけど。
「アキラ様、差し支えなければこの仕組みを当ギルトが取り入れても宜しいでしょうか? いくらかですが、知恵の代償ということでお支払いすることもできますので」
「いいよ。ざっとのことしか言ってないし、代金の支払い方とか契約の内容とか、仕組みに仕立てていくのほうが難しいことだからお金はいらないよ。ただ、エティリアはおれの契約商人だから良くしてやってくれ」
「畏まりました。アキラ様の御好意は当ギルトとしてありがたく頂戴いたしますので、その契約商人たるエティリア様には大切な商人仲間としてこれからもご懇意させて頂きます」
おれと年がそんなに変わらないのにワスプールという人は爽やかな笑顔が良く似合う。いいなあ、おれが笑ったら卑屈そうなところはあるからな、チクショー。
「エティ姉もあたいらの契約商人よ、粗末に扱うと承知しないわ」
「...レイ獲ったもの、エティリア売る、商人ギルド大事する...」
白豹ちゃんたちも乗っかってきた。うさぎちゃんが感動した顔付で後ろに振り向いてから無言で二人の手を握っている。
「これはかないませんな、名が轟く双白豹様のご契約の商人とあらば、当ギルトとしてはより一層のお付き合いを考えねばなりません。何せよ、双白豹様には護衛などの重要クエストをご依頼しておりますので、そっぽを向かれたら当ギルトの運営に大きな影響を及ぼしかねませんよ。ははははは」
和やかな雰囲気になってきたので、あとはうさぎちゃんに一任しようと思ったから席を立とうとした。
「ところでアキラ様、先ほどのお言葉でとうししゃというのがありましたが、それはどのような意味をお持ちで?」
「ああ、とうしとは利益が上がるを見込んで商品又は金銭を預けること。しゃとは文字通りの者、人のことだ」
本当の意味において投資はもっと広義的と狭義的な意味を持っているが、この世界ならこのくらいでいいだろう。
「あとは商売の話なのでエティリアに全部任せる。おれとセイとレイは休憩室で茶を飲んでいるから損しないように頼んだよ」
「うん、任せて。アキラっちがびっくりするくらいの利益を儲けちゃうもん」
「怖いですな、エティリア様。お手柔らかにお願い致しします」
休憩室でとにかくお菓子を頬張る。今のおれはリスだ、焼き菓子は片っ端から口に放り込んでしまえ! そんなおれを呆れたようにセイレイちゃんは上品そうにお茶を啜っている。はんっ、そんな優雅そうに飲んでも出るものは一緒だぞ! あ、でもこいつらなら出るものに別名が付きそうだ、黄金水とかね……おれって、お下劣だね。
「アキラさん、エティ姉のことはお礼を言うわ。ここまでしてもらえるなんて考えもしなかったの、本当にありがとうね」
いつものお姉さん風じゃなくてセイが気真面目におれにお礼を申し出てくるのでお菓子が喉に詰まりそうになった。慌てて上質なお茶を水替わりに飲み込んで、喉につまることを阻止させた。
セイ、そんなの言わなくていい、事の発端はおれだし、うさぎちゃんに商売の話を持ち掛けたのも色香に血迷ったスケベ根性だからおれに礼を受ける資格はない。
「いいって。儲けさせてもらうんだから、逆にエティを引き合わせてくれたセイとレイにおれがありがとうって言わなくっちゃ。だからこの話はここまでにしような」
冗談じゃなくて本気と書いてすんませんっしたと読む。
「ふふふ、不思議な人ね。人族なんて欲の塊で自分が得することしか考えない汚らわしい存在と思ったのにね」
「...レイ同感、人族最悪。同じスケベでもアキラいいスケベ...」
いやいや、エルフ様ぁ? 宜しいですかぁ? いいも悪いもスケベはただのスケベだよ。
「まぁ、君たちの人族に対する見方を変えるつもりもないし、変えたいとも思わない。付き合い方は人それぞれ、良い人もいれば悪い人もいる。人付き合いなんて自分が思ったようにやればいいんじゃない」
「そうね。別にアキラさんと仲良くなったからって、人族とは慣れ合うつもりはないわ。アキラさんはアキラさんってことね」
「...アキラいい人、レイ好き。でもスケベ殺す...」
殺すのですか? ねぇ、それって深く仲良くなるチャンスがないってことだよな。おサワリはダメよってやつですか、エルフ様のガードは死亡フラグ付きでつらいです。
「ふふふ、またなにかふしだらなことを考えているのね。いいわ、あたいがお相手にするわ」
えええー! 麗しい兎人さんご乱心? なにこのいきなりの展開、おっさんは心がドキドキして下半身がバキバキと張っちゃうよ、いいの? 本気と書いてマジと読んでいいんですか?
「ふふ、足腰が立たないくらいにいいことしましょう? エティ姉に色目を使えないくらい干からびって精魂が尽き果てるまでお付き合いするわ」
ムフフフフ。この世界に来て苦節の日々、集落ではガキしかいなくて、この白豹ちゃんたちもおれを搾取する魔女と思っていた。
もうおれの相手なんてスマホで見慣れた触れない彼女たちだけと覚悟していたが、ついにおれも異世界移転にある夢の一つ、モフモフでお・と・こになれるのだ!
ムハハハハ。うさぎちゃんは? また今度な。
でもちょっとタンマ、セイさんや。おれから見るとその手に持つショートソードと背負うバスタードソードはなにに使うのかな? 異世界のプレイはハードってことか、おれの心臓もうパックンパックンだよ。
「...セイちゃん、気付けて。アキラ強い...」
「そう? それは楽しみだわ、絞り込んであげたくなっちゃう」
お願いだから違うものを搾って込んでくれるって言って。もう嫌だあ! こんな異世界移転ってないよお!
ありがとうございました。




