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第38話 うさぎちゃんは幼女じゃない

 店に飛び込んできた小さくて可愛らしいうさぎちゃんは、こちらへ股を開いてドカドカと歩いてくるとセイの酒を奪うように掴み取ると一気に飲み干した。あっけを取られたおれをひと目に見るとおれの酒も同じようにうさぎちゃんが飲み干してしまった。



「かーっ、うめえな。喉が渇いててよ、こりゃ酒でも飲んでやらんとやってられんぜ」


 椅子を乱暴に引き寄せると太腿が閉めないまま椅子の上にうさぎちゃんが座る。ラッキー、白いものが見えたよ。



 瞬時に背筋が凍るような殺気が襲ってきて、横を見るとセイが凄い目線でおれを見ているから自重しよっと。



 うさぎちゃんは灰色のチュニックワンピースを着ている。服の胸元がだらしなく開き、隠そうとしないその隙間から谷間が無防備にさらけ出している。セイには及ばないものの、この身長でこのボリューム感なら十分におれ好みの良いスタイルだ。


 いにしえの言葉でいうとトランジスタグラマーとかいうやつかな? 上司が口にした女性の表現だが、やつはなぜかおれと同じ女がお好みだからよく覚えている。



 埃で少しだけ煤けている美しい顔立ちだがそれより可愛らしさが際立っている。人を思わず引きつけそうな青い瞳からは幼子の好奇心を想起させような印象を抱かせ、すっきりと通った鼻筋は時折り空気を吸い込むように可愛く微動させ、小さな細めの唇はほんのりと色気のある桃色が艶めかしい。


 手入れの少ない乱れ気味の黄金色に近い茶髪は短めに切り揃えていて、体付きは小柄で華奢だが全体的に生き生きとした健やかな雰囲気を持ち、見せつけるような躍動感が実に良く似合う健康美人だ。


 惚れ惚れとおれはこの美麗な自然の造形を飽きずに見蕩れていた。



「ん? このおっさんだれ? 俺の胸ばっか見てんけど、見てえのかい? うりうり」


 わざとチュニックワンピースの胸元を広げて見せている。容姿とは打って変わって、低いドスの利いた耳障りな下品さがある声をした女だなと思いつつ、その深い谷に吸い込まれそうな幻想に囚われたおれは自分を止めることもできずに引き寄せられていく。



「エティ姉もアキラさんもいい加減にしなさいな」


 エティリアと呼ばれる粗野なうさぎちゃんとおれは同時にセイからのチョップを脳天で食らってしまった。理不尽だ! おれはさぎちゃんに誘惑されただけなのに。



「ってえな、セイっちも手加減しろよ。いってえったらありゃしねえ」


 確かに痛かったし、手を出す速さはファージンさんたちが見せるのそれよりもさらに上回っている。二つ名である白瞬豹の真価を見せてもらった。



「んで、このおっさんはなにもんでい? セイっちの良い人かい?」


「「良い人じゃねぇよ(じゃないわよ)!」」


 ん? なんか同じことがあったような感覚、デジャヴってやつかな。



「なんでい、セイっちもいい歴だから男を作って繁殖しろやい」


「エティ姉に言われたくないわ」


 繁殖って、こいつらの村ではどんな性教育しているだろう。みんなが集まってワショイワショイで公開行為か? おれも見たいからそこへ連れてって。



「それよりエティ姉え」


「なんでい、近付くじゃねえよ。俺は女に興味はねえぞ」


 おおっと、ここに来てまさかの同性ショー。それも見たいから是非ともご出演を。メモリー容量は少ないけどこれは永久録画保存の価値が大いにありですぜ旦那。




「もうエティ姉は。そんな無理な太い声で粗暴な言葉をあたいらの前に使うんじゃありません!」


「……だってだってぇ、こんなナリだからみんなが見くびるもん。みんなだよ。ウェーン!」


「よしよし、エティ姉は可愛いのが一番いいわ」


 先と違って艶のある甲高い声が泣き声に変化した。あるぇ? 俺っ子が幼獣に早変わりってどうなの? 幼子の必要枠ならもう埋まってますので勝手にキャラを変えないでくださいね。視聴者から文句が来て視聴率に影響するからやめてね? 異世界に番組なんてないけどね。




「スンッスン……で、この人だあれ?」



 キュートなうさぎちゃんは机の上に突っ伏してひとしきり号泣して、セイに優しく慰められてから精神的に立ち直ったようだ。その間のおれは酒飲みの機械に化してからずっとレイに付き合わされていた。


 ニモテアウズのじっちゃん、このウワバミエルフからタスケテ、弟子が酒に飲まれされそうです。ウェップ……



「そうそう、エティ姉この人はアキラさんと言う人族よ。エティ姉の護衛をあたいらの代わりにやってくれるわ」


「アキラサンさん?」


 あ、それはおれが先に団長さんに使ったやつ。うさぎちゃんはパクらないように。



「もうエティ姉は。アキラさんはそんな燦々と輝ける人族じゃないわ、アキラって名前よ」


 セイよ、お前も何気にひどいよな。おれだって髪の毛が抜けたら輝いて見せるわ、アホ。グスン



「アキラっち? セイレイっちの代わりに護衛してくれるの? でも冴えないしスケベそうだし弱そうだからやだもん」


 こぉいぃつぅらぁは、どいつもこいつも人を貶さないと気が済まんのか? おれだってお前の護衛なんてやだもん! ……うそです、ごめんなさい、うさぎちゃん可愛くてお胸様ですからさせてください。なにをって? 護衛だよ。お近付きして仲良くなりたいです、はい。



 それとセイとレイのことをセイレイって言ったよな、いいな。おれもセイレイちゃんと呼びたかったぜ、おれがセイレイ術師だっただけに。はあ、滑りまくるからやめよう。



「エティ姉ったら、アキラさんはこう見えても強いのよ? ちゃんーとゼノスまで無事に連れてからわがまま言わないの。メっ!」


 こう見えてもってなんだよ、もうなにも言わんぞ。それとセイさん、おれにもその片耳を倒して、片目を瞑ってからちょんって人差し指で額を突っつく、やたらと可愛らしいメっをしてください。たまらんです。



「先からずっーと口を開いてボーっと見てるもん、この人アホなの?」


 アホと言うやつがアホじゃい、失礼なうさぎちゃんだな。でも可愛いからおっさん許すよ?



「ちょっとね、美人に弱いのよ。でも心配しないでね、手を出せないフヌケよ」


 シクシクシクシク……



「...アキラ、レイ慰めるから飲んで...」


 もう飲まねぇよ! というよりもう飲めねぇよ。おれは吐き出し(リバース)寸前だぞ、エルフ様。




「それでエティ姉はどしたの、商人ギルドへ装飾品と鉄製品を売りに行ったじゃないの?」


「売れなかったもん……アンクレットは買ってくれるけど利益がでないもん、鍬とかこっちに一杯あるからいらないって。どうしょう、小麦粉を買わないと村のみんなが飢えちゃうよ。あたいはどうしたらいいもん、スンッ」


 うさぎちゃんがまだ目を赤くして泣きそうだ。やめて、君には涙なんて似合わないから笑ってくれ。心でしか言えないおれはチキンです。



「だからぁ、あたいらが――」


「それは無しだもん、セイっち。ただではお金はもらえない、あんたも兎人ならわかるよね? 代償無しのものはもらえないもん、村の人だってそうだから懸命にものを作ったもん」


「エティ姉……」



 この話の輪郭だけは見えてきた。うさぎちゃんは村からものを預かって売ろうとして、だけど商品として売却することができない。そこへ白豹ちゃんズは援助しようとしたが断られた、でも売らないと食料品が買えない。そういうことかな。


 うん? エルフ様がおれを困っているように視線を向け、机の上にまた泣き出したうさぎちゃんを慰めつつセイもおれを見つめる。この場をどうにかしてほしいってか? いいか、乗り掛かった舟だし、うさぎちゃんモロ好みだし。




「エティリアさん、ちょっといいかな」


「スンッスン、ズー。なあに? アキラっち、あたいのことはエティでいいもん……スンッ」


「わかった。じゃあ、エティね」


 イエイ、おれもっちに昇格に愛称呼びを許されたよ、これは奮起してやろうじゃないか。それとうさぎちゃん、あなた鼻垂れてますよ。タオルっと。



「スンッ、この布はいい生地もん。スンッ」


「それはやるから顔を拭け」


 集落でご婦人たちがおれのタオルを真似て作ったものだ。



「チーーン!」


 ……ためらいなく鼻水をかみやがった。



「でなあに、アキラっち」


「ちょっと耳を立てて話を聞いてみたが今困っているようだな」


「え? 人族も耳立てられるもん、すごーい」


「話の腰を折るな、ったく。今困っているよな」


「……うん、商品が売れない、村に小麦粉を買って帰れないもん」


「ところでお金の援助は受けられないと?」


「うん。獣人はね、獣人だからもらったものは必ず返す、だから返せないものは受けられないもん」


「そうか。誇り高いだな、すごいよな君たちは」


「えへへ、褒められちゃったもん」


 実際すごいよ。苦しんでいるのにそれでも矜持は貫き通すってのは簡単じゃない。



「そこでだ、そんな誇りのあるエティにいい話がある。今だけだぞ? ちゃんと聞かないと損するよ?」


「え? なあになあに?」


 ふふーん、さすがは商人。損するって聞いたら身を乗り出してきた。ちょうど谷間が良く見える位置だ、役得役得。てへへ



「商人の目からして、これをいくらで買う?」


 アイテムボックスのメニューを操作し、出したい項目を選んでからリュックよりレッサーウルフの皮革と牙のネックレスを取り出して、机の上に広げて見せた。何も無い所を押す姿は変な目で見られたが、こんなの集落で慣れているから気にしません。



「え、アキラっち、それ魔法の袋なの?」


 いや、食いついてほしいところが違うから、今は机の上に集中しようね? セイとレイも無言で成り行きを見守っている。



「それはいいから先に答えてくれ」


 真剣な目に切り替えてからうさぎちゃんが丁寧にレッサーウルフの皮革と牙のネックレスを細かく調べている。いいね、そういうの大好きさ。やるときゃやるってやつだ、



「レッサーウルフの皮革自体は高くないがこの辺にはいないから珍しいもん。しかも傷が少なく丁寧になめしているからあたいなら最低で銀貨10枚は出すもん」


 ありがとう、なめしの作業におれも手伝ったから褒められると嬉しい。



「それでこのレッサーウルフの牙のネックレスは作りが細かくて形もよく考えている、これならどこに出しても喜ばれるもん。買値なら最低でも銀貨25枚はするもん」


 よかったな、アリエンテさん。商人から銀貨25枚の値打が出たよ、これを聞けばマリエールもきっとやる気を出して懸命に加工するだろう。まあ、集落に戻らないから伝えられないけどね。




「それでエティならいくらで売れる?」


「ふふん、あたいの腕ならレッサーウルフの皮革を銀貨20枚、この牙のネックレスは銀貨50枚で売ってみせるもん」


 倍売りというわけか、ワスプールさんが前に話していた商売人魂ってやつだな。逞しくて頼りになりそうだ。



「そうか、ならばおれはレッサーウルフの皮革60枚と牙のネックレス35点を持っている。これを全部エティに譲るからエティのほうで売ってくれ」


ありがとうございました。

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