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第37話 白豹たちに惑わされて

 着いた先は前に一緒に飲んだ酒場、落ち着いた空間は以前と変わらない。アビラデを注いだ酒杯がおれの前に置かれていて、セイはニコニコしながらしつこいくらいおれに酒を勧めている。



「ちょっと待て、酒を飲む前にどういう魂胆であるかだけは教えてくれ。悪いがこのままでは飲む気にはなれないぞ」


「いやだわ、別に取って食うつもりなんてないわ。そう警戒されると胸が張り裂けそうになるわ」


 そのしかめた柳眉(りゅうび)で今にも目じりから零れそうな雫、美しい曲線を描く巨大な胸を両腕をきつく組まれた姿でおれを誘惑しないでくれ。理性がウソ泣きとわかっていても感性のほうはグラついて自我が保てそうにないぜ。



「お、オホン。だ、騙されないぞ、そそその手はもう通用しないからな」


「...アキラ、動揺しないの...」


 くそ、敵にまで見破られるとは、おれもまだまだ若いおっさんだぜ。



「うふふ、アキラさんはわかり易いわね」


「うっさいな、男なんだからしょうがないじゃん」


「ふふ。お願いしたいことがあるのは本当よ」


「ふっ、だが断る!」


 へへーん、決まったぜ。今日のおれは一味違うのだ……って、いきなり抱き着くな!



「そんなこと言わないでよ、もし引き受けてくれるならあたいはアキラさんと()()()()してもいいのよ」


 ものすごく弾力性のあるものが当たっている、もうね、柔らかさの中にほど良い硬さがあっておれの身体を跳ね返そうとしている。それよりも! いいことってなに? おれが期待してることでいいよな? もう動画観賞じゃなくて実戦形式で頑張っちゃうぞってことだよね!



 おっさんの邪念妄想はおいといて、抱きついているセイの目を覗き込む。



 あれ? 本気なのかこいつ? 妖麗な笑みは湛えたままだが、瞳にはウソや偽りの色はみじんも見られない。正気というなら話だけは耳に入れよう、判断するのはそのあとでいい。


 嫌だけど、したくはないがおれはセイを抱擁から振り解いた。彼女は少々驚いたが椅子の上で座り直す。



「まあ、なんだ。本気であることはわかったから話してみろ、受ける受けないのはその後でもいいだろう」


「ええ、ありがたいわ」


 ここで初めて3人が酒杯を傾けて乾杯をした。



 ところでエルフ様、おれが言う乾杯は形式のことであなたは本当に割ってもいないアビラデを飲み干したのはどういうこと? その上にお替りを注文したのはなぜかな? え? 一杯じゃなくて1本ですか。失礼しました!




「あたいにね、お姉さんがいるのね」


 同じくお胸様ですかと口が開きかけたがそういう雰囲気ではないので、茶化さないで頷いて見せた。



「お姉さんと言っても本当の姉じゃないのよ、子供の頃からすっごくお世話になったの。冒険者の成りかけの頃も武器やポーションを安く仕入れてくれたわ」


「... エティリアいい子、レイ大好き...」


 ほほう、エティリアさんという女の人ね。



「もうレイっちたら、名前はあたいが言おうと思ったのに。いいわ、エティ姉は昔からなんでも良くしてくれたわ。だからあたいもお返しがしたいといつも思ってるの」


 ここで一先ず口を挟むことにした、おれが知りたいのはおれは何をさせられるということだ。



「ああ、セイの話でエティリアさんという人は君たちにとって良い人だってよくわかった。それでセイがおれに抱かれてもいいくらいのお願いとは何のことだ? それを教えてくれ」


「んま、アキラさんってせっかちね。焦るのは良くないわ、焦らすくらいじゃないと女は燃えなくてよ?」


 だれが女性を口説くテクニックの授業をしろと言ったんだ? 話の流れを読めや。



「それは参考するから話を続けろ、君たちのお願いは命に係わりかねないからな」


「うふふ、随分と買ってくれるのね。いいわ、お願いというのはエティ姉の護衛をしてほしいの。エティ姉は行商人をしているのね、いまはテンクスの町にいるけど次はゼノスへ行くつもりだわ」


「それならなにもおれに頼まなくても君たちが同行すればいいじゃないか、しかもおれは男だぜ? そのエティ姉って女の人はいくつかは知らないが男女二人きりで心配はしないのか?」


 セイとレイが口元を抑えてクスクスと笑い出した。美女って本当に得だよな、どんなポーズをとっても絵になるよ。



「うふふふふ、ごめんなさいね。アキラさんなら大丈夫よ? 女のほうから圧しかからないと手も出せないのでしょう」


「...アキラ小心者、レイ女にだまされるの心配...」


 誰だそのチキン野郎はよ! え、おれのことですか? あーそうですか。チクショーめ、会って数回の女に言われてしまうなんて。おれはやる時はやる男ですぅ、やる時がないだけですぅ。


 それとエルフ様、おれは今まさに女にだまされようとしているところなんですよ。そう、あなたたちにです。



「どういう風におれを見てるのはよくわかった。話は戻すぞ、なぜ君たちは世話になった人の護衛をしないでおれに頼むことを説明してくれ」


「...そこで逃げるからアキラは臆病、レイ強引さ勧める...」


「まあ、レイっちたら、それがアキラさんの良さよ。意気地なしの男もそれはそれで魅力があるわ」


 こいつらぁ、言いたい放題言いやがってぇ。いつか泣かすぞ! ヒーヒーって泣いても知らないからな。その前におれが泣かされそうだ。グスン



「べそをかかないの。話を続くね?アキラさんの言う通りだわ、本当はあたいらが護衛をするつもりだったわ。それが先にアキラさんが聞いた話の依頼を受けっちゃって、達成しないとこの町を離れるわけにはいかなくなったわ」


「...レイ、エティリア心配。ゼノスは遠い...」


「よしっ! その依頼は引き受けよう」


 思いっきりおれのせいじゃねぇか。この子たちがおれの都合で巻き込まれただけじゃん、おれ今この町の最悪の厄災じゃんか。



「あら、即断なのね。男らしいわ」


「...レイ、アキラ見直した。カッコいい...」


 スーウシェ団長さんといい、こいつら白豹ちゃんといい、なんでこんなにいい人ばかりなんだ。頼むからおれの歪んだ心を殺さないで、二つ名に臆病者(チキンハート)が付きそうで泣きそうです。



「ありがとうね、アキラさん。これで心配が減ったわ、エティ姉をお願いね」


「そういうふうに言われるとつらいな。自分で言うのも変だけど、おれのことを信用していいのかな? おれの強さを知らないでしょう?」


「うふふふ、本当に自分で言っちゃうのね。ええ、だからこそ信用しているのよ」


「...レイ、アキラ心配ない、アキラは強い...」


 イエーイ、エルフ様から強さのお墨付きですよ。おれってば、最強!



「レイっちの言う通りだわ。盗賊団を殲滅するときは見せてもらったの、それ以上の能力を隠しているでしょう」


「マスター、おれの酒おかわりね」


 バレバレかよ。こいつらの勘ってどんだけ?そりゃ女の勘はいいのは知ってるけど。



「うふふ、隠し事の出来ない人ね。そういうの嫌いじゃないわ」


「それにしては今回の町のことはおれを疑わないのだな」


 おれはそのことをこの二人から聞きたかった。



「ふふ、そうよ。大光魔法なんて集団でこその魔法なのね、現在世界最高の光魔法使いのヴェルケイズ爺様でも3人以上魔法術師の補助をつけないと威力のある攻撃はできないはずよ。はっきり言うけどアキラさんが一人でどうこうできる魔法じゃないわ。人族では人数を組んで発動させてこその魔法よ、だから魔族の襲来じゃないかとスーウシェさまが疑念を抱いているの」


「...アキラ、光魔法おかしくてすごい。レイ、大光魔法、人族一人、使えない知ってる...」



 オレヒトリデウチマスタ……



 マジで! やばいじゃん? おれやばいじゃん! 大光魔法ってやつを独りで撃っちゃったよ。エルフ様だって人族は一人で撃てないって断言しちゃったし、これは益々誰にも言えないよな。



「そ、そうだよな。い-や、おれも疑われたときはビックリしっちゃてよ、あんな魔法なんて見たこともないし。ナハハハ」


「ええ、でもアキラさんなら盗賊団やモンスターなら退治は出来るわ。ゼノスまでの道はモンスターが出るのよ、稀に食いはぐれた人族が盗賊になることもあるわ」


「今さら君たちに隠してもしょうがない。まぁ、盗賊程度なら安心してていいよ」


「ありがとう、アキラさん。それでお礼のこと――」


「銅貨1枚で引き受けよう」



 セイがすり寄ろうとしたから、酒杯を彼女の目の前に掲げてその行動を止めた。セイはおれが言う報酬の内容を聞いて、両目をこれでもかと険しく見開いた。



「……アキラさん、冗談であたいがあなたに身を預けようと思っているかい?」


「セイもおれが冗談で銅貨1枚を請求したと思っているわけか?」


 セイが射るような目でマジマジとおれの顔を見つめていて、おれも彼女の美顔を食い入るように眺め返す。二人の真剣さにレイのほうが固唾を飲んで黙って見守っている。だが……



 おれはセイの耳を見てこう思った。

 長くて毛深い耳だな、モフモフして色んなところを巻き付いてみたいと。


 おれはセイの目を見てこう思った。

 澄んで透き通った瞳だな、汚れないその目でおれの色々を見てほしいと。


 おれはセイの鼻を見てこう思った。

 可愛らしくて高い鼻だな、ぺろぺろしてからその鼻息を当ててみたいと。


 おれはセイの唇を見てこう思った。

 小さくて艶やかな唇だな、チロッと舌を色っぽく出してくれないかなと。



「...アキラ、レイ全部聞いた...」


「ええっ! マジで? おれ声出てたの?」


「ふふふ、ちゃんと聞かせてもらったわ。自分の欲望に忠実な人は嫌いじゃないわ」


 もうおれってやつは、昔から自制心が育てられないやつだよな。



「あたいならアキラさんの求愛を受け付けてあげるから頑張ってね。でも、エティ姉に手を出したら殺すからね」


「いや、そもそもおれはそのエティリアさんって人は知らないし」


「あら、言ってなかったの? アキラさんがスーウシェさまの査問の時にレイっちが呼びに行ったの、もうすぐここに来るはずだわ。可愛い人よ? でもアキラさんはもうあたいに交尾を求めているからエティ姉に浮気はだめよ?」


 交尾っていうな! 神聖なあれは子を成す大切な儀式だ、男と女が確かな愛を確かめ合う体のふれあい、そういう学術的な言い方するんじゃありません。じゃあ避妊ってなあにって? 知ラン知ラン。



「ここに来るってことは君たちはおれがこの依頼を拒否しないってはなから踏んでたってことでいいよな」


「ええ、そうよ。アキラさんは美女ならなーんでも言うことをちゃんと聞くわ」


「...アキラ、レイ見て、メロメロドロドロ...」


 おれのおのれ! 時空間停止の時にもし解除したらクールでレバーなやつになるってあれほどの固い決意を決めたのに、このままではただのクールの配達員になっちまうよ。


 ところでエルフ様、そのメロメロのドロドロってのは腐った高級果実のことですか? 昔に入院したときに上司から頂いたが、なぜかやつが全部食ってしまった旧炭鉱から生まれたおいしい果物のことかな。



「もうええよ、おまえら好きに言っとけ」


「うふふふ」「...ふふ...」




 セイが銅貨1枚をそっと机の上に置いた。おれはそれを受け取ると人差し指と中指で挟んでからリュックに仕舞う。これで行商人護衛の契約は成立だ。


 今日はエルフ様の笑い声も聞いたから良しとしよう。彼女らと飲み直すつもりで酒杯を掴もうとしたとき、勢いよく店の扉が開いて威勢のいい声が飛び込んできた。



「おう、てめえらここにいやがったか? 俺は場所しらねえから探したぜ!」



 驚いて振り向くとそこには小さくて可愛らしいうさぎちゃんがいました、しかも予想の斜めに行く僕っ子じゃなくて俺っ子でした。


 

 拝啓、父上に母上、異世界にはおどろきもののきさんしょのきが一杯です。


ありがとうございました

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